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タグ検索トップ  >  記事  /  山折 哲雄
記事 での「山折 哲雄」の検索結果 27
空海
空海が天才であるという理由は、平安時代に中国から密教という一大文化体系を持ち帰っただけでなく、日本初の庶民のための私立学校「綜芸種智院」の設立、日本最大のため池「満濃池」の修築、戯曲的構成で書かれた日..
タグ: 空海 山折 哲雄 川辺 秀美 保坂 隆
伊達家宇和島十万石
 伊達家宇和島十万石は独眼竜で知られる伊達政宗の長男、秀宗から九代宗徳まで続き、明治を迎えた。藩を築くにあっては仙台藩から武家をはじめ職人、商人なども多数移住したというから、東北の上質な文化が、のどか..
タグ: 司馬 遼太郎 山折 哲雄 黒田 仁朗
御厨人窟
  御厨人窟(みくろど)は、国道五五号沿いの室戸岬東側に位置し、隆起海蝕洞といわれています。中に入ると広々としていました。奥に祠があり、大国主命が祀られ、外を見ると闇にポッカリと開いた穴から、海と空だ..
タグ: 山折 哲雄 黒田 仁朗
大山祗神社
 平安時代に「日本総鎮守」とされ、深い信仰を集めてきた大三島(愛媛県今治市)の大山祗神社には、国宝や重要文化財が数多く集まっています。 日本の総菩提寺は高野山(和歌山県高野町)ですが、大山祗神社は海の..
タグ: 山折 哲雄 黒田 仁朗
伊豫豆比古命神社
長曾我部(住人注;伊豫豆比古命神社(いよずひこのみことじんじゃ) 第十四代宮司 長曾我部 延昭氏) 「古事記」ではイザナギとイザナミが最初淡路島、次に四国を生みます。ここで「四国は身一つにして面四つあ..
タグ: 司馬 遼太郎 山折 哲雄 黒田 仁朗
高田屋嘉兵衛
「若衆文化」の根を探る旅は続く。私たちは新神戸駅で待ち合わせ、神戸淡路鳴門自動車道で明石海峡を渡り、真夏の淡路島に江戸時代の豪商、高田屋嘉兵衛の故郷を訪ねることにした。目指すは兵庫県洲本市五色町都志だ..
タグ: 山折 哲雄 黒田 仁朗
能島村上水軍
 能島村上水軍は十五世紀後半の戦国時代、能島を要塞に大坂、堺から薩摩、坊津まで瀬戸内海、宇和海全域を支配したとされる。織田信長と戦っていた石山本願寺に兵糧を運び込むため、織田水軍と激突した木津川口合戦..
タグ: 山折 哲雄 黒田 仁朗
幡多
 宿毛市から足摺岬、四万十市の四万十川流域にかけての地域を幡多といい、土佐や伊予とは一線を画した独自の文化を育んできた。サンフランシスコ講和条約を結んだ吉田茂の実父、竹内綱は宿毛出身の武士で戊辰戦争に..
タグ: 山折 哲雄 黒田 仁朗
四国は尾根でつながっている
  龍馬追跡に終止符を打った私たちは松山市を目指した。檮原町の中心地から松山市までは国道四四〇号を経由し、国道三三号で約二時間。山間を貫く高架やトンネルが舗装され、快適だ。山の中腹に小さな集落がいくつ..
タグ: 司馬 遼太郎 山折 哲雄 黒田 仁朗
龍馬脱藩の道
文久二(一八六二)年三月二十四日、高地城下を出奔した龍馬は翌二十五日、檮原の志士、那須俊平、信吾邸に宿泊。翌二十六日、村内の宮野々番所、松ケ峠番所を抜け、四国カルスト西端の韮ケ峠を越えて伊予国へ脱藩し..
タグ: 山折 哲雄 黒田 仁朗
ギリシアの神々と日本の神々
 ギリシアの神話と日本神話―従って、我々の昔話―との類似は、単にひとつのモチーフの共通性ということではなく、実はその根本的な構造において一致点をもっている。 それは、男性神の暴行によって、大女神..
タグ: ギリシャ神話 山折 哲雄 河合 隼雄 小林 朋道 植島 啓司
山に登る
登山なんてかっこいいもんじゃない。へばって、這いつくばって登って、ひざがガクガクになりながら下る、山登りが好きなだけ。基本体力がない。熱中症を恐れて、担ぐ水の量を増やすと体力がすり減る。初心者なので何..
タグ: 山折 哲雄 馬寄村の住人 黒田 仁朗
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