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“Early Childhood Education” in Canada [保育士のタマゴが見た海外のKODOMOたち]


"Early Childhood Education" in Canada
*Mak*


改めましての紹介になりますが,
2005年9月から,カナダのFort St. Johnという,人口1万5千人くらいの小さな町のカレッジでEarly Childhood Education(幼児教育)を勉強しています。

科目はこんな感じ

  Foundational Writing(小論文の書き方)
  Principles & Practices I(カナダの幼児教育全般)
  Principles & Practices II(施設の運営,子どもひとりひとりに合ったカリキュラム  の立て方)
  Curriculum Development I: Math, Science, & Social Studies(カリキュラム作り:数  学,化学,社会学)
  Health, Safety & Nutrition(小児保健)
  Field Placement I(実習1:パートタイム10週間)
  Field Placement II(実習2:パートタイム10週間)
  Final (Block) Practicum(実習3:フルタイム5~6週間)
  Interacting with Families(家族との関わり方)
  Language & Literature for Young Children(子どもの言葉の発達)
  Strategies for Supporting & Managing Behaviour(子ども一人一人をサポートするために)
  Curriculum Development II: Art, Music, Movement, & Drama(カリキュラム作り:芸術,ダンス,劇)
  Child Development(子どもの発達全般)
  The Early Childhood Education Professional(プロとして何をするか)
  Introduction to Life-Span Development(人間の発達全般)
  Guiding & Caring("しつけ"とは?)
  Introduction to Observing & Recording(観察&記録の仕方)
  Interpersonal Communications(コミュニケーション学)

もし,もっと見てみたい方がいたら,こちら。
http://www.nlc.bc.ca/public.program.php?ProgramActiveList=programdetails&ProgramID=17

ちなみに,このプログラムを修了すると,ブリティッシュコロンビア州でEarly Childhood Educatorとして働くことのできる資格をもらうことができます(カナダはアメリカと同じで州単位)。
日本で言えば,短大の保育科のようなイメージだと思います。

そして,このプログラムは,Distance Education(通信教育)のため
教室でのいわゆる"授業風景"はありません。
事実,このプログラムの学生(300人くらいいるみたいです)のほとんどはこの町に住んでおらず,ブリティッシュコロンビア州のあちこちに点在しています。
基本的には,自分で教科書を読んで,毎週のノルマをこなし,課題をこなし,先生に送り,採点されて返ってくる。そんな繰り返しです。

教室での授業がない代わりに,いくつかのコースでは,電話で授業が行なわれます。
生徒(1科目あたり10~15人)と先生とが同じ番号(フリーダイヤル)に電話をかけ,
みんなで会話をします。それが1科目週に1回90分。
顔の見えない電話はかなりきついです・・・

さらには,チャットでディスカッションをする授業もあります。
これまた10~15人くらいの生徒と先生(1人)が一斉に画面上に文字を打ってくるので,
いろいろな文章が川のように流れていきます・・・

どれくらいの期間で修了するか(全科目終えるか)はその人次第。
最短で10ヶ月(3学期)ですが,多くの人は1年半~2年の計画を立てているようです。
20代前半で,これからこの世界に入るぞって人もいれば,すでに保育所などでフルタイム勤務をして,働きながら勉強しているベテランの人もいます(キャリアアップのために)。
ちなみに,授業で出会った人は今のところ全て女性です。

現在は,戸惑いの1学期,怒涛の2学期を乗り越え,ようやく3学期目に入ったところです。
この学期を入れて残り3学期なので,ほぼ半分です。


なぜ幼児教育を勉強しにわざわざカナダまで来たのかと聞かれることがあります
(日本ではできないの?って)。

カナダに留学したのは、英語をもっと理解できるようになりたい,
他の国の教育制度やカリキュラムなどを知りたいというのもあります。
が,それらは日本で本気になってやれば,わざわざカナダにこなくてもすることはできます。

今,ここでしかできないこと
この国で"あたりまえ"に生活をしている子どもの目線で,
自分の目線との"違い"を感じること

それは,当たり前すぎて,日常の中で見えにくくなりがちなもの
"個別性"とか"地域性"とかよりももうちょっと大きな範囲で,
ひとりひとりの子どもを支えているもの
制度や社会的慣習や自然環境を超えたもっと大きな,
その場を覆っている"何か"かもしれない

その"何か"を"自分の目線"で"感じる"こと

この国の"なんとなく"や"あたりまえ"を
日本で生活をしてきた"自分の目線"から
客観的に捉え、主体的に感じる事

そして,"この国"を感じて,それらが自分の中に沁み込んでくると
今度は日本の"なんとなく"や"あたりまえ"を客観的に捉えなおす事ができる


"カナダの方がよい""日本の方がよい"と思った時点で,その先見えるものは半分になってしまう
だから,どちらがよいかを比べるのではなくて,"違い"をそのまま違いとして残しておく

それが,お互いがお互いをより深く理解するための大切な足場になる
それが土台になっている限り,
どんなにきつくてもつらくても(もちろん楽しくても嬉しくても),そして納得いかないことでも
自分の周りで起こったことは何であろうと全てプラスになる


だから,今,ここで「幼児教育」を勉強しています。

                             

こんな思いも,英語ではまだうまく説明できないので"I think studying education in other countries is very good experience." と言うにとどまっています・・・。
そして,かなりポジティブに話をしましたが,実際の山あり谷ありな生活の中,めいっぱいになることもしばしばです・・・。
次回は,そんなめいっぱいだった一場面。どきどきはらはらの"The First Day of my Practicum(実習)"でのお話です☆


                                                      ↓コメント待ってます!


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コメント 7

えり奈

“自分の周りで起こったことは何であろうと全てプラスになる”っていうフレーズに共感しました!ホントそうですよね!!
にしても、すごくハードな授業&課題ですね。。。
でもMakさんの毎日の充実ぶりがとてもよく伝わってきました。
また楽しみにしています。
by えり奈 (2006-04-28 22:13) 

tomika

子育てする親は、これらのことを知る必要があるのだろうか!!
幼児教育の科目を見て、ふとそんなことを思いました。
この答えは、Makさんが父親になったときに,教えてもらえますよね。
by tomika (2006-04-29 14:51) 

mak

いろいろを勉強していくにつれて,
“親”と“先生”に共通する部分と保たなければならないラインが少しずつ見えてきました。
それは,「子育て」という枠の中で,なぜ先生が“プロフェッショナル”でなければならないかという疑問に対する答えになりうるものかもしれません。

先生は,同年齢のたくさんの子どもと接することができて
親は,ひとりの子どもと長い時間深く接することができる

だから,先生と親は,それぞれ持っている知識も技術も違う
それは,どっちが多いとか質がよいとかではなくて
それぞれがそれぞれの立場で子どもと接する時に必要となるもの

だから,親と先生が“同じひとりの子ども”と接するところに
たくさんの可能性がある

目の前のひとりの子どもに関して
親は先生の知らないことをたくさん知っています
先生もきっと親の知らないことをたくさん知っています
もちろん,お互いがお互いの全部を知る必要はありません。

お互いに必要としていることをどれだけ共有できるかどうか
それができれば,ひとりの子どもをいろんな角度から支えることができる

親が「子育て」の中心にいることは間違いありません。
だから,“プロであること”は,“親よりも「子育て」に関してたくさん知識&技術を持っているから,それを親に教えることができる”ということでは決してなくて
“一人一人の「子育て」の中で,しっかり自分のいるべき場所orいることのできる場所を見つけて,そこから自分の持っているものと一人一人の親と子どもの持っているものの中から共有できるかもしれないものを見つけながら「子育て」を支えていく”
そういうことかもしれないと,最近思うようになりました。

なので,今勉強していることは“父親として必要な知識”である部分ももちろんあると思いますが,たぶん自分の子どもに対して「先生」として接することはできないので・・・

“父親になった時に,父親としての自分を,客観的にいろんな角度から支えてくれるもの”

になるのかな,なんて今は思います。

ちょっと長くなりました・・・
「プロとしての保育士」については,今後のレポートの中でまた触れる機会があると思いますので,またその時に。
by mak (2006-04-30 04:05) 

toto

“客観性”は親にも必要な観点だと思います。
良い意味で他の子どもと比較して、自分の子の個性を見い出すために。

私も教師経験があるのですが、個々の個性を見い出し、その上でそれを生かしてあげることはと〜っても難しいことです。
先日、専門学校の講師を16年しているという方からこんな言葉を聞きました。
「教師は教えるプロであることよりも、技術者である方が良い。学生はその技術を見て収得し、目覚ましく伸びていきます」と…。
う〜ん、深い。実は幼児にも同じようなことが言えるように思うのです。
子ども達はマネが大好きですから、大人や年上の子達のマネから容易に遊びや生活の仕方を学んでいきます。それは技術に留まらず、人との接し方、困難時の対処など、人間として生きていくために必要なことすべてがマネから学べるように思えるのです。
だとしたら、立派な親であるよりも、必死に生きる1人の人間である方が良いカナ、なんて、思うようになったこの頃です。先生も同じかも知れないですね。

それと、子どもは信頼できる大人が多いほど豊かに育つということを聞いたことがあります。makさんも、ぜひ多くの子ども達の信頼できる大人の1人となっていただけることを期待してます〜!
by toto (2006-05-06 02:06) 

mak

totoさん,ありがとうございます。

「マネ」に関しては,前の学期の授業で出てきました。
“子どもは大人のよいものも悪いものも全て見て真似していく”
「恐ろしいことですね」と先生は半分冗談交じりで言っていました。

そして,「マネ」に関してモデリングという形でひとつの“テクニック”も学びました。
例えば,問題が出てきた時にどう対処するかを順を追って子どもたちに示していくといったようなもの
それは,もちろん“お手本”として“答え”を与える場合もありますが,それよりも,根本的な姿勢(問題に立ち向かう姿勢や態度)を示す方に重みがおかれていた気がします。
そもそも,大人の解決法と子どもの解決法が同じとは限らない,もっと言えば,子ども一人一人の解決法も違うという話で・・・
(これについても,そのうちに改めて書こうと思っています)

子どもが安心していろいろ自分の周りの物や出来事を自分で探索できて考えて試すことのできる環境,信頼できる大人はそんな環境の土台なのかもしれないと,totoさんの文章を読んで思いました☆

毎日感じることがたくさんありすぎて,とても追いつかないのですが,ひとつずつゆっくり書いていければと思っています。

あと,個人的に漠然とですが
「幼児教育」という分野には,「教育」の中の核があって,また,「教育」という枠を超えて,ヒトが生きていく上で全てに通じる大切な何かがあるのではないかと,そんなことを感じています。
まだ何も根拠はないですが・・・

これからもよろしくお願いします☆
by mak (2006-05-07 14:19) 

kao

改めて保育の奥深さを感じました。幼児期の環境は一人の人が育っていく中で根本になるもののように私は感じています。
現在の福祉現場では、一つ一つの仕事をどこまでやるかは、掘り下げて考えるかは人により大きく違うように感じます。その中で深く掘り下げ、広い視野をもった意見はうれしく感じます。

makさんが今外国で
"何か"を"自分の目線"で"感じる"こと"なんとなく"や"あたりまえ"
が、段々とかたちになっていくことが楽しみです。
ぜひこれからもいろいろな話を聞かせてください。
by kao (2006-05-09 22:13) 

mak

kaoさん,ありがとうございます

こちらこそ,実際の“現場”で仕事をしている人の話を聞くことができるのは,とてもうれしいです☆

人はひとりひとり違うから
福祉現場(保育も含め)で働いている人もいろんな考えを持っている
でも,その“いろんな考え”が例外なく共通して乗ることのできる“土台”がある
そんな気がしています。

それは「職業」としてひとくくりにしてしまったり,こうあるべきだと決め付けてしまったりするのではなくて,また,抽象的すぎて話がそれ以上進まなくなってしまうものでもなくて,“多様性”を下から支えることができるかもしれないもの

例えば,プロ野球選手だったら誰しも
基本的な技術(投げたり捕ったり打ったり走ったり)をしっかり持っていて,野球に関する基本的知識や戦術をしっかり理解している

それがなければ,その世界で“個性”を出すもなにもなくなってしまうような
ひとりひとりがその世界でプロとして個性ををめいっぱい発揮する,そのための具体的な“足場”となることのできる,そんな技術や知識

特に福祉(保育も含めて)は,特にそこが見えにくい分野なのかもしれないとなんとなく感じています。

ひとつひとつの“事実”を
「現場から離れて上からくくる」
“データ”として与えられ,そこから“傾向”を見出すことは,やろうと思えば誰にでもできるかもしれません(裏づけを求めなければ)。
でも,そのくくり方は人によって全然違うかもしれないし,そもそもそれをすることで“事実”から離れてしまい“実感”がなくなってしまうかもしれない

例えば,“3歳児”の描いた絵を100枚集めれば,そこから何か“傾向”を見出すことはそんなに難しいことではないかもしれませんが,ただ絵を見せられただけ導き出した“傾向”の中には,“ひとりひとりの子どもの姿”はありません。

だから,「現場に立って下から支える」
ひとつの“事実”をまず最初にみんなが同じ場所から同じ目線で見ることができる。ひとりの人が一貫性を持ってひとつひとつを見ることができる。

ひとりひとりの子どもの絵を一枚ずつ,他の絵と比べることなく“その子どもの描いた絵”としてどう支えていくことができるのか。100枚の絵それぞれをどうしたらしっかり支えていくことができるのか
これは,誰にでもできることではないかもしれません。
が,幼児教育のプロである限り,ひとりひとりが例外なくできなければならないことだと思います。

そういう意味で,最低限のラインとしての“足場”はとても大切で,
そんな中から,ひとりひとりのひとつひとつの“事実”が積み重なって
「みんな違う」それ自体を包み込んでしまうような,
その分野の人に限らず,全ての人が理解できる形での“真実”が見えてくるのかもしれないと最近感じます

まとまりきらず,しかも長くなってしまいすみません・・・

また少しずつ形になったら伝えていければと思います。
これからもよろしくお願いします☆
by mak (2006-05-11 14:22) 

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