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2ヶ月ぶりの復帰!②たーぼ、大学の実習を終えてからの修羅場に [プライベート] [プライベート]

見出しのタイトルで書くブログが2回目となるが、正真正銘再び2ヶ月ぶりになってしまった。
この2ヶ月間何をしていたのかと言えば、在学する大学の社会福祉実習に1ヶ月と、それの戦後処理および社会福祉士の国家試験対策講座の受講という新たなイベントでまるまる過ごしていた。このあいだに、世間じゃ大きく社会を動かす出来事があったのは周知の通りである(言うまでもなく政権交代のことである)。もちろん、その出来事があったからと言って私の日常に特段の変化はない。が、季節も移り変わり、私自身も来るべき国家試験の日までいよいよ4ヶ月今日に迫ってきている。この頃はと言うと、実習関連の科目の課題レポートに追われ、その上、対策講座の受講を含めた国家試験用の勉強ということで抱えるものは多く、それだけになかなか思うように物事が捗らないことが多い。そして、それは次第に焦燥感を超越して、ある種の闇のようなものにはまったような感覚にさえ陥るもとになっている。
 やることが多いこと自体に抵抗は何もない。到達すべき目的もあるからそれはそれなりの充実感はある。しかし、何かが足りない。追いまくられていることで、失っているものがあるような気がして、自分の中の精神状態が制御不能にさえなることが増えた。

 実習先の人との交流はもちろん今も脈々と続いているし、その実習や試験対策講座の講師との出会いなども、ちょっとした潤いにはなっている。しかし、それでも自分の中に満たされないものがあるのが怖い。
本当は「怖い」という表現を使いたくはなかった。が、他に適切な表現を思いつかないのでそのまま使っておく。

 満たされないという感覚に襲われた経験は、もちろんこれまでにも何回となくある。しかし、今の満たされなさは私にとってはかなりヘビー級なものである。国家資格の取得を目指して大学に戻って学び続けている今、受験資格を取得することの大変さ・煩雑さの中で、受験資格獲得という小さな入り口が見えかけている今という時期に雑念を持ってはならないのだが、自分の10年後20年後の姿というものをちらちらと想像して、そのあまりの不透明さ・不確実さに愕然とする思いがあるからだ。そういう修羅場を潜り抜けて生き抜くのが人生なのだとは思うが、そこに本当のこころの平安が描けないのが何とも寂しい。私も万能完全なる人間ではないので、気持ちが落ち込むこともある。否、実際にはあるどころの話ではなく、内面的にはどん底を這い蹲っている感覚である。
こころの平安が得られないとあまり思考回路は良い働きをしていかないというのは誰しも同じことだと思うが、こころの平安をどうしたら得られるのかと言うと、これが皮肉なことに何某かの目的を達成したり、自分自身の希望の状況に身を置けていることが実感できたときに平安が得られる。しかし、目的の達成などは自分が努力してそれにたどり着かなければならない。その努力がどれだけやれば良いのかは甚だ不明である。これは言うなれば「目的達成におけるメビウス」と表現しても良いような、不完結な状態である。

 一つの課題を達成すればさらに新しい課題が生まれるということは当然なことで、尽きることはない。そのことに対する不安も抵抗感もないのだが、自分自身の年齢との兼ね合いで、何をいつまでにやるかという自分なりの"マニフェスト"というか設計図が怖くてかけないという実におろかな袋小路に嵌っているのだ。
 実習で過ごした1か月は、そのスケジュールに追い立てられて、あれこれ摸索しているような暇もなかったのが幸いしていた。しかし、終わってしまうと「嵐のあと」という状況で、実に寂寥感というか虚しさが襲ってくる。一体自分は何をしているんだろうか、どこに向かおうとしているんだろうか、自分のことでありながら自分でどうにもならない精神状態がそこにはある。
脇目もふらずに国家資格を取るまでは頑張り抜くという意志も、本当に強く持ち切れるのか、それが今は不安である。


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