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ある手紙とお餞別のこと [プライベート]

ここ2、3日で私の地元も日に日に春めいてきた。桜も七分咲き程度になっている。彼の人はどんな思いで眺めていることだろうか・・・、と思っていると、偶然にもその人から一通の便りが来た。その人は、2ヶ月程前に突然亡くなった私の友人の奥さんからであった( この件については、2月中旬のこの日記で触れている)。便りによると、先日無事に四十九日法要が終わり一段落着いたとのことで、生前の故人との交誼に対する感謝の気持ちが認められていた。勿論、本文をご紹介することは差し控えさせていただくが、手紙の末尾は「また主人に会いに来てやってください」との文言で締めくくられていた。
 以前にも書いたように、私と故人は高卒の浪人時代に地元の予備校で知り合って以来、20年近くの付き合いとは言え、彼の高校の同級生やら会社の同僚の人々と比べれば、存在感など薄いはずの人間であると思ってきたが、奥さんからの丁重なるご挨拶状をいただいて、改めて彼との信頼関係が意外な程に深くなっていたことを実感する思いだった。今、奥さんからのそうした便りをいただいた私は、なお一層、故人との信義を守り続けていきたいと思うと同時に、未だに心の傷の癒えぬ奥さんほかのご遺族の気持ちを想像するに、限りない物悲しさを覚えたのであった。

 もう一つは、嬉しい話。一昨日(4/7)は花見旅行に出かけたのであるが、そのために前日に新幹線チケットを飼いに行ったときの話。そのために使うお金に絡む話なのだが、私はやはり、当たり前に銀行のATMで幾許かのお金を下ろした。実は、手元には職場からいただいたお餞別のお金があったのだが、結局手をつけなかった。そのお餞別は上司からのものと親睦会からのものであったのだが、どちらのお餞別も勿体無くて、使う気になれなかったのだ。
 私がその職場から受けた恩は計り知れないものがあり、人生の宝物の5年間をいただいたという趣旨のことを先日も書いたわけだが、そうした先様からのいただき物は、本当に有り難いもので、使ってしまうなんてことができない、これが私の性格なんである。「金は天下の回り物」などとはよく言うが、感謝の気持ちを忘れないために、敢えて手をつけたくないのである。そのお餞別には、下さった方々の気持ちが込められていることを思えば、使うなんてできない・・・、そう思って通常の自分の持ち金で新幹線のチケットを手に入れたのである。
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