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ある友人の訃報(2) [プライベート]

そして、先週の火曜日(17日)は本葬・告別式にて最後の別れをしてきた。仮通夜での一幕のことは既にこの日記で述べた通りだが、やはり本通夜は遠慮して本葬・告別式への参列を選んだ。これは友人に対する思いからすると当然の選択だったし、結果的にもこれで良かったと思っている。

今回の葬式は家族・親族の葬式とは決定的に異なる友人という他人のもので、気分的にも全く違うもの。久々の葬式で私が繋がっているのは故人との友人関係だけであり、それに僅かに付随することとして彼のお母様にお世話になった過去があるくらいなもの。彼の奥さんやそのご両親とは事実上先一昨日の仮通夜の席が初対面であり、これ以外の何らの縁も無い状況の中で向き合うことと言えば、ひたすらに故人の冥福を祈りその直近のご遺族をお慰めすること以外にはない。

私が参列したのは式の開始直前で、お焼香の順番も最後に近いところだったのはまずまずだった。あまり目立った位置にいるのは気が引ける。大切なことはこの葬儀の場に私が参列させてもらったという事実であり、それでこそ私も公式にも友人に対しての弔意を示すことの意義があると考えていたのである。今日の参列者はご遺族ご親族のほかには、彼の職場・業界関係者や友人らの面々のみ。その友人というのも私以外は概ね彼の高校時代や大学時代の同期の主だった人だけであり、受験浪人時代に予備校で出会ったという僅かなきっかけだけで、ご遺族から友人としての承認を得られたのは私だけであったろうから、参列できることは大変有難いことだったと言わなければならない。

遺族ほか参列者の悲しみの中で、粛々と式は進んでいった。ところが、ここに至ってもなお、私は涙を一滴も流すことができなかった。「申し訳程度でも流せば良かったのでは」というお叱りの声もあろうかと思うが、正直なところ、これはどうしようもない感覚だった。悲しいを通り越してただただ空しさしか残らなかったのである。心に穴が開くという表現があるが、これがそのことなのか。先日の日記で、ある学友が「泣ければ楽なのかも」というコメントを下さったが、遂にその感覚にもなれなかった。私の思いは既に故人とのどうのこうのでは無く、遺された奥さんやそのご両親、そして彼のお母様のこれからの余りにも辛く寂しいこれからのことに向かっていたのだ。もちろん、彼の友人とは言っても所詮は他人の私に何ができるわけもないのは承知の上だ。しかし、余りにも酷い現実をそう簡単に受け入れられる心境でないのは確かなことで、それこそこの苦しみを癒してくれるものは時間だけであると私は改めて思った。奥さんや彼のお母様が泣き崩れるだけでなく、棺にしがみ付いて泣き叫んでいた姿を、私は他人事ながら生涯忘れることが出来ない。奥さんのお父様が必死に娘を労わる姿は一層切ないものだった。

最後の出棺では私も友人としてお手伝いすることができた。霊柩車に棺を運び入れるときに腕の震えが微かに走ったが、斎場に向けて出発した姿を見送ったことで、正真正銘彼との最後の別れになったことを私は改めて確認したのである。彼との交流は足掛け19年。その付き合いは実質的には、予備校時代の1年間とそれ以降の時たまの何年間ということで実質的な長さとしては大変短いかも知れない。しかし、毎年のように年始の挨拶や暑中見舞い状を交わし、時には再会して語り合い、励まし合ってきた。その時間の密度は彼の他の友人に負けず劣らずのものであったと私は思っている。彼は私の記憶の中にいる、それで良いのだ。これからは彼の死を無駄にせぬように、そしていつでもご遺族の心の支えになって差し上げられるようにして生きていきたいと思うのである。


今回で私の友人の訃報の話は終わる。が、今後私は何度このような悲しい別れを体験するのか分らない。もちろん、両親を見送ることは破格の悲しみになることだろう。さらには幸運にも結婚して自分の家庭を持つことが出来た場合は、彼の奥さんのように愛する家族を見送ることも特別な悲しみとなるだろう。が、こういうことを一つひとつ経験することが「大人になる」ということなのだと私は覚悟を決めているのである。
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