谷川浩司さんとの出逢い [プライベート]
早いもので、年が明けてから1ヶ月が経ってしまった。このブログもなかなか更新が出来ず、訪れて下さっている皆さんには大変申し訳なく思っている。加えて、この頃は、母校の大学のコミュニティーサイトにおいて日記を書くことが多く、その上、目新しい出来事やその他のテーマなどが思いつかないことも理由になって、ブログ更新がおろそかになっていることをお詫びしたい。書きたいテーマが思いつかないというのは、書くに値するテーマがないわけではない。むしろあり過ぎることがネックになっていて、情報を追い切れない現状があるからと言うほうが正確である。そんな中で、この頃の私のトピックの中で大きなものを今日は取り上げておく。冒頭にも述べたが、特筆すべきテーマが絞れない中で、母校の大学のコミュニティーサイトが日記の舞台の中心になっているため、内容は、そちらからの転記分(部分的に修正を施している)になることが多いことを予めお断りしておく。
先日(1/25日)、午後から兵庫県明石市で、将棋のイベントに初めて参加する。参加と言っても、指導を受けられるほどな実力はなく、棋譜解説と講演会の視聴である。私の趣味の一つである将棋であるが、このイベント参加というのは私にとっては特別なこと。
特別な理由は、将棋界の関西の雄である谷川浩司名人が棋譜解説と講演に来ること。なかなかこうした機会に恵まれないままに氏のデビュー当時から応援してきたが、今日ついに生でその姿に接することができるというわけで、永年待ち焦がれた初恋の人との再会のような胸の高鳴りがある。
その日1日は仕事や勉強のことを一切忘れて、谷川名人の世界に浸って過ごした。
将棋愛好家の一人でもある私は、今回幸運にもこのイベントを生で見る機会を得た。幸運にもというのは、このイベントが申し込み抽選制だからなのである。普段は、関心があってもこうしたイベントがなかなか身近な地域で見る機会が無く、あれこれ出かけられる人たちのことを羨ましがっていたものであるが、新聞の広告で情報を得て、これは仕事の都合をつけて何とか行きたいと願い続けていただけに、抽選に当たったことはとても嬉しかった。
この豪華な企画とあっては、谷川氏のデビュー当時からのファンとしては熱望しないわけがない。まさに永年待ち焦がれた初恋の人との再会のごとき胸の高鳴りであったのだ。
大盤解説というのは、将棋ファンならばご存知のものであるが、対局の経過をリアルタイムで追いかけて、戦法・戦術について解説するものである。そして、イベント的には「次の一手」というコーナーを盛り込んで、ファンに向けて手筋のクイズを出題することが楽しみな企画でもある。このクイズコーナー「次の一手」が、どのあたりで設けられるかは勿論戦局次第であり、解説者の経験にも左右される。で、この日の大盤解説は、地元の企業が創設したカップ争奪戦という形式による関西の女流棋士の対局についてであった。対局者は、関西の将棋ファンの方には馴染み深い棋士ではないかと思われるが、里見香奈倉敷藤花と岩根忍女流初段であった。里美氏は、まだ若干19歳という新鋭であり、これからの女流棋界を背負って立つべき棋士の一人。岩根氏も勿論、まだまだお若年ながらこちらはそろそろ中堅クラスになりつつある位置にあり、この両者がどんな対局を見せるのかというのも関西女流将棋の見どころともなっている。この一局を解説するのが、かの谷川氏なのであるが、前半戦は内藤國男氏が担当された。内藤氏も勿論関西の棋士の重鎮でありるが、この方は日頃から解説においては漫談が多くて、息詰まるような対局の解説の中ではいつも聴衆をリラックスさせてくれる温かさと、ちょっと人を食ったような軽妙な語り口が特徴で、昨日も楽しい話を盛り込んで解説をされていたのが印象的だった。しかし、私にとっては昨日の狙い目は何と言っても谷川名人ただ一人。氏の語ることを生で受け止め、運が良ければ直接サインをいただこうということで、色紙と油性マジックペンを持参していったのである。
そして、谷川名人の出番は何ということも無くあっさり大盤解説の後半にやってきた。これで私のボルテージが上がり始めるのであるが、テレビで普段拝見している通り、実に冷静な語り口で解説を進めておられる谷川氏。その姿に私はすっかり魅了されてしまい、氏の解説の中身が半分程度しか理解できないほどに気分が高揚するのを抑え切れなかった。
しかし、クライマックスはここからだった。このイベントのメインである講演で私は谷川氏の人間性にとことん魅了されてしまったのである。普段から谷川氏のことをテレビなどで拝見し続けてきたので、もちろんどういう話をするかくらいのことは軽く想像はついていたのだが、それでも改めて生で話を聴くことができたことは、一生ものの感動であった。氏が語ったのは、「将棋を通して学んだこと」という題で、将棋人生のなかで会得してきた人生訓についてであった。谷川氏はこれを①引き出し、②三つの顔、③買い物、④醍醐味というキーワードで実にわかりやすくそして聴く者に説得力のある語り口で話されていた。
その内容に曰く、
①引き出しとは、ものの考え方の応用力を高めるためには、それに見合うだけの引き出しを自らに備えなければならないということ。
②三つの顔とは勝負師・研究者・芸術家の顔のことであり、このいずれかが突出してもダメである。勝負にこだわれば目先のものに囚われて大局的にものを観られなくなり、研究者色が強過ぎればとき経験したことだけに囚われたまま自己満足になる危険がある。芸術家の色が強過ぎれば勝負の世界からは遠ざかった感覚になってしまう。そして、将棋だけでなく何事においても一廉の者になろうとするならば、この三つの顔をバランスよく持たなければならない。
③「買い物」とは、物事の選択の力を養うのは、百貨店で一着のスーツを買い求める行為にも似るもので、ありとあらゆる条件から何を選択するのかという眼を養うためには数を当たっていくことが大切であることを意味する。
最後の④醍醐味とは、先の三つを前提にして実際に事に当たる限りは、当然に勝つことも負けることもあり、そこにはそれなりのドラマを感じることができる。このドラマこそが勝負に生きる者にとっての醍醐味であり、かつまた人生における醍醐味とも相通じていくものなのではないか。
以上のような筋で、谷川氏はご自身の将棋人生を振り返りながら語っておられた。
そして、この日は午前中に子どもたちも指導対局のコーナーを楽しんだとのことであったため、氏は最後に子どもたちに対しても貴重なメッセージを残しておられた。その言葉は概ね次のようなものであった。
「皆さんも将棋に限らず、勉強やスポーツなどで色んな勝負を体験していることと思います。勝負事は勝つか負けるかという世界ですね。当然に、勝てば嬉しいし負ければ悔しい。私も皆さん方の歳の頃は、同じように喜びも悔しさも味わってきました。しかし、勝つとはどういうものかと考えた時に、私は負けた悔しさがそこにあるから、それを克服できた、すなわち勝った時に勝つ喜びというものがあるのだと感じてきましたし、今でもそう思っています。大切なのは、負けることは悔しいことであっても恥ずかしいことでは無いということです。まあ、恥ずかしいと思うことがあっても仕方ないとも思いますが、その負けた経験というものを勝った時以上に大切にしていって下さい。負けて悔しいと思える心、んー、分かりにくいかな、とにかく悔しいという気持ちが、次に勝つために大切なんです。これは、勉強にしてもスポーツにしても何でも、皆さん方がこれからやっていきたいと思うこと・進路のことなど、どんな場面でも大切にしていってほしいことです。負けた後、負けたと思った後に、何が良くなかったのかをきちんと振り返るようにすることを心がけていれば、よりよい人生を作っていくことが出来るんじゃないかなと私は思っています」
この話を聞いて、「やはり谷川さんは素晴らしい人だなあ」と感激した。いや、感激という以上に、信心にも似た気持ちにまで高まっていったのである。こんな感覚はあるいは私自身初めてかも知れない。勿論、他にも私自身尊敬する有名人は色々いるのは事実だ。王貞治氏やイチローも尊敬している。が、実際に生で聴くことの出来た著名人の話としては、谷川氏の話は初めて打ち震えるような感動を覚えたということになるだろう。
そして、その打ち震える感激が、講演が終わった直後に思いがけない形でさらなる強烈さでやってきた。それこそ、谷川氏との個人的な対面であったのだ。実は、このイベント会場で直筆サイン本の販売があった。私は、会場の環境からおそらくサインをもらうなどということは無理だろうと諦めて、せめて直筆サイン本だけでも買っていことにした。これも販売コーナーに置かれている本の一冊一冊に紛れもない直筆の毛筆サインが入れられていたのであった。そのうちの一冊を買った後のことだが、折角こういう機会なのだからと思い、遂に会場の管理スタッフの一人に、氏のサインをもらえるような状況を作ってもらえないかと頼んだのである。
そうしたところ、果たして、そのスタッフの方が「谷川さんに掛け合って頼んであげましょう」と、私を氏の控室まで連れて行って下さったのである。そして、僅かな確認の後、意外にもすんなりと「どうぞこちらへ」と控室の中の谷川氏のところに招き入れていただくことが出来たのである。これには、私は一気にそれまでに倍加する感激の震えが走った。
谷川氏との直接の対面で思うように言葉が滑らなかったのだが、氏は実に優しい物腰で私を迎えて下さった。私も最低限の礼儀として名刺をお渡しした。もっともスタッフに掛け合ってもらう際に既に名刺はお渡ししていたのであるが、そのスタッフの方が「(たーぼ)さんから谷川さんにお渡ししてみては?」と気を利かせてくれたのである。
大体が、控室に一個人が迎えてもらえるなどということは本来はあり得ない。その上、直接ご本人と話を交わすなどというのはさらにあり得ないこと。軽々に目通りさせて何のトラブルになるか分かったものではないだろうからである。しかし、そのことを心得ていた私は、事前にスタッフに名刺を渡すことで、スタッフに対してはおろか、谷川氏ご本人に対しても最低限の礼を示すことになると考えたのである。
果たして氏は快く「どうぞ、サインしますよ」と私から色紙を受け取られ、さらさらと書いて下さった上、私の厚かましくも差し出した手を温かく握って下さったのである。こんな体験が最後に出来るなんて本当に思いもよらなかった。何しろ、目の前の谷川氏は、長身痩躯のすずやかな姿で、極端に言えば神々しささえ感じられるほどだったのであるから。この日、不躾ながらも谷川氏に直接お目にかかる機会を得たことは、私にとってたまらない体験であった。勿論、こんなやり方が通用するとは当初思ってもいなかったが、正当な手続きを経て許されたことなので、感謝以外の何物もない。当然ながら、この日谷川氏から直接にサインや握手をいただくことの出来たのは唯一私だけである。
その優しい表情が観音を思わせる素晴らしいものであったことを、私は生涯忘れることが出来ないだろう。そして、勿論こういう人物には到底及びもつかないまでも、僅かでも見習って生きてゆきたいと思ったのである。
先日(1/25日)、午後から兵庫県明石市で、将棋のイベントに初めて参加する。参加と言っても、指導を受けられるほどな実力はなく、棋譜解説と講演会の視聴である。私の趣味の一つである将棋であるが、このイベント参加というのは私にとっては特別なこと。
特別な理由は、将棋界の関西の雄である谷川浩司名人が棋譜解説と講演に来ること。なかなかこうした機会に恵まれないままに氏のデビュー当時から応援してきたが、今日ついに生でその姿に接することができるというわけで、永年待ち焦がれた初恋の人との再会のような胸の高鳴りがある。
その日1日は仕事や勉強のことを一切忘れて、谷川名人の世界に浸って過ごした。
将棋愛好家の一人でもある私は、今回幸運にもこのイベントを生で見る機会を得た。幸運にもというのは、このイベントが申し込み抽選制だからなのである。普段は、関心があってもこうしたイベントがなかなか身近な地域で見る機会が無く、あれこれ出かけられる人たちのことを羨ましがっていたものであるが、新聞の広告で情報を得て、これは仕事の都合をつけて何とか行きたいと願い続けていただけに、抽選に当たったことはとても嬉しかった。
この豪華な企画とあっては、谷川氏のデビュー当時からのファンとしては熱望しないわけがない。まさに永年待ち焦がれた初恋の人との再会のごとき胸の高鳴りであったのだ。
大盤解説というのは、将棋ファンならばご存知のものであるが、対局の経過をリアルタイムで追いかけて、戦法・戦術について解説するものである。そして、イベント的には「次の一手」というコーナーを盛り込んで、ファンに向けて手筋のクイズを出題することが楽しみな企画でもある。このクイズコーナー「次の一手」が、どのあたりで設けられるかは勿論戦局次第であり、解説者の経験にも左右される。で、この日の大盤解説は、地元の企業が創設したカップ争奪戦という形式による関西の女流棋士の対局についてであった。対局者は、関西の将棋ファンの方には馴染み深い棋士ではないかと思われるが、里見香奈倉敷藤花と岩根忍女流初段であった。里美氏は、まだ若干19歳という新鋭であり、これからの女流棋界を背負って立つべき棋士の一人。岩根氏も勿論、まだまだお若年ながらこちらはそろそろ中堅クラスになりつつある位置にあり、この両者がどんな対局を見せるのかというのも関西女流将棋の見どころともなっている。この一局を解説するのが、かの谷川氏なのであるが、前半戦は内藤國男氏が担当された。内藤氏も勿論関西の棋士の重鎮でありるが、この方は日頃から解説においては漫談が多くて、息詰まるような対局の解説の中ではいつも聴衆をリラックスさせてくれる温かさと、ちょっと人を食ったような軽妙な語り口が特徴で、昨日も楽しい話を盛り込んで解説をされていたのが印象的だった。しかし、私にとっては昨日の狙い目は何と言っても谷川名人ただ一人。氏の語ることを生で受け止め、運が良ければ直接サインをいただこうということで、色紙と油性マジックペンを持参していったのである。
そして、谷川名人の出番は何ということも無くあっさり大盤解説の後半にやってきた。これで私のボルテージが上がり始めるのであるが、テレビで普段拝見している通り、実に冷静な語り口で解説を進めておられる谷川氏。その姿に私はすっかり魅了されてしまい、氏の解説の中身が半分程度しか理解できないほどに気分が高揚するのを抑え切れなかった。
しかし、クライマックスはここからだった。このイベントのメインである講演で私は谷川氏の人間性にとことん魅了されてしまったのである。普段から谷川氏のことをテレビなどで拝見し続けてきたので、もちろんどういう話をするかくらいのことは軽く想像はついていたのだが、それでも改めて生で話を聴くことができたことは、一生ものの感動であった。氏が語ったのは、「将棋を通して学んだこと」という題で、将棋人生のなかで会得してきた人生訓についてであった。谷川氏はこれを①引き出し、②三つの顔、③買い物、④醍醐味というキーワードで実にわかりやすくそして聴く者に説得力のある語り口で話されていた。
その内容に曰く、
①引き出しとは、ものの考え方の応用力を高めるためには、それに見合うだけの引き出しを自らに備えなければならないということ。
②三つの顔とは勝負師・研究者・芸術家の顔のことであり、このいずれかが突出してもダメである。勝負にこだわれば目先のものに囚われて大局的にものを観られなくなり、研究者色が強過ぎればとき経験したことだけに囚われたまま自己満足になる危険がある。芸術家の色が強過ぎれば勝負の世界からは遠ざかった感覚になってしまう。そして、将棋だけでなく何事においても一廉の者になろうとするならば、この三つの顔をバランスよく持たなければならない。
③「買い物」とは、物事の選択の力を養うのは、百貨店で一着のスーツを買い求める行為にも似るもので、ありとあらゆる条件から何を選択するのかという眼を養うためには数を当たっていくことが大切であることを意味する。
最後の④醍醐味とは、先の三つを前提にして実際に事に当たる限りは、当然に勝つことも負けることもあり、そこにはそれなりのドラマを感じることができる。このドラマこそが勝負に生きる者にとっての醍醐味であり、かつまた人生における醍醐味とも相通じていくものなのではないか。
以上のような筋で、谷川氏はご自身の将棋人生を振り返りながら語っておられた。
そして、この日は午前中に子どもたちも指導対局のコーナーを楽しんだとのことであったため、氏は最後に子どもたちに対しても貴重なメッセージを残しておられた。その言葉は概ね次のようなものであった。
「皆さんも将棋に限らず、勉強やスポーツなどで色んな勝負を体験していることと思います。勝負事は勝つか負けるかという世界ですね。当然に、勝てば嬉しいし負ければ悔しい。私も皆さん方の歳の頃は、同じように喜びも悔しさも味わってきました。しかし、勝つとはどういうものかと考えた時に、私は負けた悔しさがそこにあるから、それを克服できた、すなわち勝った時に勝つ喜びというものがあるのだと感じてきましたし、今でもそう思っています。大切なのは、負けることは悔しいことであっても恥ずかしいことでは無いということです。まあ、恥ずかしいと思うことがあっても仕方ないとも思いますが、その負けた経験というものを勝った時以上に大切にしていって下さい。負けて悔しいと思える心、んー、分かりにくいかな、とにかく悔しいという気持ちが、次に勝つために大切なんです。これは、勉強にしてもスポーツにしても何でも、皆さん方がこれからやっていきたいと思うこと・進路のことなど、どんな場面でも大切にしていってほしいことです。負けた後、負けたと思った後に、何が良くなかったのかをきちんと振り返るようにすることを心がけていれば、よりよい人生を作っていくことが出来るんじゃないかなと私は思っています」
この話を聞いて、「やはり谷川さんは素晴らしい人だなあ」と感激した。いや、感激という以上に、信心にも似た気持ちにまで高まっていったのである。こんな感覚はあるいは私自身初めてかも知れない。勿論、他にも私自身尊敬する有名人は色々いるのは事実だ。王貞治氏やイチローも尊敬している。が、実際に生で聴くことの出来た著名人の話としては、谷川氏の話は初めて打ち震えるような感動を覚えたということになるだろう。
そして、その打ち震える感激が、講演が終わった直後に思いがけない形でさらなる強烈さでやってきた。それこそ、谷川氏との個人的な対面であったのだ。実は、このイベント会場で直筆サイン本の販売があった。私は、会場の環境からおそらくサインをもらうなどということは無理だろうと諦めて、せめて直筆サイン本だけでも買っていことにした。これも販売コーナーに置かれている本の一冊一冊に紛れもない直筆の毛筆サインが入れられていたのであった。そのうちの一冊を買った後のことだが、折角こういう機会なのだからと思い、遂に会場の管理スタッフの一人に、氏のサインをもらえるような状況を作ってもらえないかと頼んだのである。
そうしたところ、果たして、そのスタッフの方が「谷川さんに掛け合って頼んであげましょう」と、私を氏の控室まで連れて行って下さったのである。そして、僅かな確認の後、意外にもすんなりと「どうぞこちらへ」と控室の中の谷川氏のところに招き入れていただくことが出来たのである。これには、私は一気にそれまでに倍加する感激の震えが走った。
谷川氏との直接の対面で思うように言葉が滑らなかったのだが、氏は実に優しい物腰で私を迎えて下さった。私も最低限の礼儀として名刺をお渡しした。もっともスタッフに掛け合ってもらう際に既に名刺はお渡ししていたのであるが、そのスタッフの方が「(たーぼ)さんから谷川さんにお渡ししてみては?」と気を利かせてくれたのである。
大体が、控室に一個人が迎えてもらえるなどということは本来はあり得ない。その上、直接ご本人と話を交わすなどというのはさらにあり得ないこと。軽々に目通りさせて何のトラブルになるか分かったものではないだろうからである。しかし、そのことを心得ていた私は、事前にスタッフに名刺を渡すことで、スタッフに対してはおろか、谷川氏ご本人に対しても最低限の礼を示すことになると考えたのである。
果たして氏は快く「どうぞ、サインしますよ」と私から色紙を受け取られ、さらさらと書いて下さった上、私の厚かましくも差し出した手を温かく握って下さったのである。こんな体験が最後に出来るなんて本当に思いもよらなかった。何しろ、目の前の谷川氏は、長身痩躯のすずやかな姿で、極端に言えば神々しささえ感じられるほどだったのであるから。この日、不躾ながらも谷川氏に直接お目にかかる機会を得たことは、私にとってたまらない体験であった。勿論、こんなやり方が通用するとは当初思ってもいなかったが、正当な手続きを経て許されたことなので、感謝以外の何物もない。当然ながら、この日谷川氏から直接にサインや握手をいただくことの出来たのは唯一私だけである。
その優しい表情が観音を思わせる素晴らしいものであったことを、私は生涯忘れることが出来ないだろう。そして、勿論こういう人物には到底及びもつかないまでも、僅かでも見習って生きてゆきたいと思ったのである。







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