愛校心 [プライベート]
これまでにも私を知る人には度々言ってきたことだが、大学について語る際にこれからも、いや生涯にわたって恐らくはずっと言い続けるであろう話。それは愛校心のことである。
昨年、4年次編入として再度母校に帰ってきた私であるが、かつて在学していた頃と変わったのは、大学の事務のありようが悪くなったこと(もっとも以前は通学部の学生だったため、通信教育部の学生として感じるものがイメージが悪いだけなのかもしれないが)。昨年から、大学事務職員とのやり取りでは不愉快なことが続いていて、今も何かと煩わされているのは自他共に認めるところでもある。
ところが、愛校心となると話はまったく別だ。私は、これまでもそうであったが、学校や職場として自分が身を置いたことのある場に対しては一方ならぬ愛着を持ってきた。これは両親も何かと感心しているようであるが、私は殊の外、場に対する愛着の強い人間であるらしい。それはいわゆる帰属意識とかにも通じるものなのかも知れないが。
だから、どんなに嫌な体験をした場所であったとしても、私は自分の中で「こういう体験の一つひとつが自分の成長の原動力になるのだ」という信念で受け入れて過ごしてきた。そして、どんな場所に身を置いても、自分にとって合う人間、合わない人間はいるものなのだからということを自然に身に着けてきたつもりである。そんな風だから、幼稚園から大学院、これまで携わってきた職場の数々に対して、限りない愛情を持ち続けることが出来てきたのだと思う。
そして、今、母校の通信教育部で新しい学友と出逢い、スクーリングで実際に顔を合わせたりしながら、色々な対話をさせていただいていることによって、一段と本学への愛校心が強くなっている自分があることを改めて感じている。このfuxiという学内コミュニケーションクラブの中で語り合っていることの一つひとつが私にとってとても大切な学びになっていることは言うまでも無いが、こういう場を通して改めて仲間の大切さを感じていることが大きい。勉強の面だけでなく、色々な物事について考えるきっかけをいただけていることはたまらない喜びである。マイフレの皆さんとの語らいも色々な種類の語らいをさせていただいているが、それぞれのトーンで多様にお付き合いをさせていただけていることは、ありがたいことである。まさに、学び合える時間(天)、場所の自由さ(地)、仲間(人)が揃って初めて、充実した学びが出来るということを、強く実感している。
この先どんな仕事をしていくにしても、私の場合、折に触れて大学での学び直しという機会を作ることになるかもしれない。そして、学び直しの場のは先々あるいは別の大学になることもあるかもしれない。
しかし、私にとって心の最終的なよりどころになる大学は母校以外に考えられないのである。
この頃、色んな学友の皆さんと語り合ってきたことを通して、しみじみ感じた次第である。
昨年、4年次編入として再度母校に帰ってきた私であるが、かつて在学していた頃と変わったのは、大学の事務のありようが悪くなったこと(もっとも以前は通学部の学生だったため、通信教育部の学生として感じるものがイメージが悪いだけなのかもしれないが)。昨年から、大学事務職員とのやり取りでは不愉快なことが続いていて、今も何かと煩わされているのは自他共に認めるところでもある。
ところが、愛校心となると話はまったく別だ。私は、これまでもそうであったが、学校や職場として自分が身を置いたことのある場に対しては一方ならぬ愛着を持ってきた。これは両親も何かと感心しているようであるが、私は殊の外、場に対する愛着の強い人間であるらしい。それはいわゆる帰属意識とかにも通じるものなのかも知れないが。
だから、どんなに嫌な体験をした場所であったとしても、私は自分の中で「こういう体験の一つひとつが自分の成長の原動力になるのだ」という信念で受け入れて過ごしてきた。そして、どんな場所に身を置いても、自分にとって合う人間、合わない人間はいるものなのだからということを自然に身に着けてきたつもりである。そんな風だから、幼稚園から大学院、これまで携わってきた職場の数々に対して、限りない愛情を持ち続けることが出来てきたのだと思う。
そして、今、母校の通信教育部で新しい学友と出逢い、スクーリングで実際に顔を合わせたりしながら、色々な対話をさせていただいていることによって、一段と本学への愛校心が強くなっている自分があることを改めて感じている。このfuxiという学内コミュニケーションクラブの中で語り合っていることの一つひとつが私にとってとても大切な学びになっていることは言うまでも無いが、こういう場を通して改めて仲間の大切さを感じていることが大きい。勉強の面だけでなく、色々な物事について考えるきっかけをいただけていることはたまらない喜びである。マイフレの皆さんとの語らいも色々な種類の語らいをさせていただいているが、それぞれのトーンで多様にお付き合いをさせていただけていることは、ありがたいことである。まさに、学び合える時間(天)、場所の自由さ(地)、仲間(人)が揃って初めて、充実した学びが出来るということを、強く実感している。
この先どんな仕事をしていくにしても、私の場合、折に触れて大学での学び直しという機会を作ることになるかもしれない。そして、学び直しの場のは先々あるいは別の大学になることもあるかもしれない。
しかし、私にとって心の最終的なよりどころになる大学は母校以外に考えられないのである。
この頃、色んな学友の皆さんと語り合ってきたことを通して、しみじみ感じた次第である。







フクシィからやってまいりました。
私、すごく驚いてるんですよ。
だって、全く一緒なんですもん。 『愛校心』
当時は本当にみんなアットホームで優しかった。
実は私も同じ頃の美浜の通学生でした。
そして卒業14年目に再び通信に編入したんですよ。
今の大学の職員に当時のものを求めるのは難しいでしょうが、多分校風と言うか自分たちで作り上げる大学の雰囲気は、それほど変わっていない気がします。
だから、スクーリングに行くたびに、学生時代の夢を描いていた頃を思い出して、勇気や元気が出てきます。
そして、こうして社会人になってからも学生仲間が居ることに幸せを感じております。
by オバQ (2009-01-28 00:43)
オバQさん、コメント有り難うございました。
このブログは、取り立てて別枠で書くような内容が無いときは、大学内のコミュニティーサイトと、内容を同一にしてあります。ネタがないのではなく、実はあり過ぎて追いきれないというのが実情なので、こんな形を取っています。また
内容を同一にしてある理由は、大学内で話すだけでは勿体無いネタに関しては必ず、学外のこのブログでも載せておくつもりです。
オバQさんも同じ頃の通学生だったんですね。あるいは実際に当時お会いしているかもしれないですねえ。もし知り合っていたのであれば、通信課程でお久しぶりですということですね。
今後ともよろしくお願いしますね。
by たーぼ (2009-02-02 19:29)