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リアルな対話とバーチャルな世界の対話 [日本文化論]

思うようにブログの更新がはかどらないのはいつものことであるが、最近は母校の大学コミュニティーサイトへの参加の方が主力になってしまっているのも一因である。何でも、通信教育課程に再入学して学んでいるので、何かにつけて学習やら連絡事項やらはその全てがパソコンの通信を基本にして行われるということで、かつての郵送での課題提出をイメージしていた私にとっては隔世の感のある交流空間ではある。

元々はコミュニティーサイトを敬遠していた私だが、大学内のそれについては、学び合う学生という立場であるため然程に抵抗感が無いどころかむしろ積極的にこれを活用するようになっている。コミュニティサイトはmixiのスタイルを取り込んだものらしく、個人のプロフィールやマイページを基本に出来上がっていて、日記などを書き込むことも出来る形になっている。日記や通信型学内サークルを通して交流を深めるというもので、マイフレンド登録というシステムも備わっているというから大したものだ。感覚的には、面識もない相手に対して簡単にフレンド登録というのが?なのではあるが、それは別としても学生間の意見交換は刺激になるものも多い。私のように、既に大学も出てから10年余りも経過して仕事の面でもある程度の経験を積んだ者にとっては、いわゆるぺーぺーの学生さんとの交流では助言を求められたりすることが多いのだが、若い感覚というものを失わないためには絶対不可欠なのだと思っているので、今、彼らとの交流は本当に楽しい。この空間でのひと時は、私にとって普段のストレスを和らげる効果がある。率直な意見交換をするのは実は通信教育課程の学生の方が盛んなんじゃないかと思うほど、あれこれ飛び交っているのは貴重なことだと思う。

  しかし、これも実際のところどうなんだろう、面と向かっては言いにくいけれども、インターネットの世界では言いやすいというイマドキの若者の風潮が影響しているだけなんじゃないのかなあ。ネットの世界ではその匿名性の高さ (実は見かけ倒しの匿名性で、本当はIPアドレスの解析で一発に特定出来てしまうのだが・・・)からどんなことでも言いたい放題、この状態が弁えの無さを更に助長しているように思わずにはいられない。よく人と対話するのに緊張するという現象があるのだが、私はこれはとても大切なことだと思っている。それは対人恐怖症というような話ではなくて、基本的に体感しておくべき種類の緊張のことである。これ無くしてはマナーというものも成り立たないわけで、本当の対話というのは「思ったことを率直に発言する事の大切さ」と「こんな事を言って大丈夫だろうかという緊張感」という背反する精神状態の間で行うもののように私は思っている。勿論、いつもこのことばかり意識していては疲れてしまうものなんだけどね。

 改めて思ったのは、このところの北京オリンピックでの出場選手のブログへの書き込みの問題が話題になったからだ。私も詳しいことが分からないので知ったようなことは言えないけれども、同じオリンピック出場選手でもメダルを取った選手と敗れた選手とでは、彼らの立ち上げているブログ(出場選手本人の大会中のブログは解禁になったらしい)への書き込みの内容は雰囲気が違うようである。勝者には称賛の声が多いのは当然だが、敗者に対しては「負けたとはいえ素晴らしかった。胸を張って帰ってきてほしい」という類の声がある一方で、誹謗中傷の声も少なくないという。一例を挙げておくと、柔道無差別級の鈴木圭治選手の場合、「あまりにも情けなくてもう帰国したくないくらいです」という本人の苦痛の述懐に対して慰めの声が寄せられていたが、「練習しないで遊んでばかりいるからこんなことになるんだ」という非難の声もあったという。この事例は先日の朝日新聞の夕刊記事のトップに乗せられていたものであるが、この誹謗中傷の書き込みの類は実際にどれだけの規制がかけられているものだろうか。いわゆるプロバイダー責任法において、個人のプライバシー侵害や誹謗中傷など人格を傷つける行為に対する規制は実は生ぬるいものがあるようだ。罰則が明確に書かれていないのだからこれはもうザル法としか言いようがないのである。ネット社会となるとこういう問題が起こるというのは当然な話で、モラルがどうのこうのといったところでそれは個人の良識に任されるレベルにとどまってしまっている。勿論、人間の処処の営みに対してその全てについて法的な規制をかけるというのはおよそ不可能なことであるのだが、悪いことと知りながらも手を染めてしまうことについて概ね二通りのパターンがある。それは、<やむを得ず・図らずも>というタイプと開き直りのタイプ。ネットでの非難中傷の場合は果たしてどちらのタイプが多いのかと言うと、恐らくは開き直り・割り切りでのものが多いのではないか。それもやはり匿名性の故なのだと思う。

 こんなことを考えている私もこのブログ同様に、コミュニティーサイトの中でも気ままにものを発言をしている。割合に思ったことはズバズバ言っている方だと思う。勿論、特定(大学内なので)多数の相手に話すこととしては当然ながら大学という空間における一定の線を守ったものであり、そもそも話題も限られているのではあるけれども、通信教育課程の場合、社会人学生が多いためもあり問題意識が高いのが嬉しい。そういう人間関係の中で、自らをブラッシュアップしていくことが出来るのも大学のコミュニティーサイトの一つの効用であろう。勿論、独学で学ぶことも可能なので、コミュニティーサイトは不可欠という積りはない。が、工夫次第で役立つ環境にもなりえるように思っている。

 うーん、ネット社会が何だかんだと言いながら、結局バーチャルな世界のコミュニケーションも肯定していることになるんだよねえ。とほほ・・・

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コメント 2

よっぽ

こんにちは、たーぼさん。
母校のコミュニティサイト、この前送られてきた同窓会報で卒業生一般にも開放されることになった、と知り、登録しようか、迷っています。
僕はMixiもやっているんですけど、なんだかオジサンには気おくれするメディアで、しくみがそれに似ているから、少しためらいがありました。
でも、これをバンバン活用しているらしいたーぼさんの様子をこの記事で知り、おっ、楽しそうだな・・・!と思いました。
バーチャルコミュニケーションは、難しい面もあるけど、コミュニケーションしないより、よっぽどいいですよね。
by よっぽ (2008-08-23 18:00) 

たーぼ

 よっぽさん、長らく返事を書かずで済みませんでした。
母校のコミュニティーサイト、活用させていただいています。
顔の見えない相手と話を交わすというのは不思議なものですが、いろんなものの考え方・感じ方があることは学びの助けにもなるものですよね。
私が活用するのは、さしあたり集うメンバーがすべて同窓であるということによります。これが不特定多数ということになるとちょっと引きますけど・・・。

by たーぼ (2008-09-09 02:12) 

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