わが家にとっても記念日な「リカちゃん記念日」の話 [日本文化論]
今年も5月3日がやってきた。この日が憲法記念日ということは勿論のこと、あの「リカちゃん記念日」であるということは割合によく知られた話である。「知ってる人は知っている、知らない人は覚えてね」とどっかしらの企業のCMのようなことを云うようではあるが、実際にこの「リカちゃん記念日」は有名なものだ。興味に任せて(決して、フィギュアオタクな意味合いでの興味ではない!)調べてみると、この「リカちゃん記念日」や「リカちゃん人形」についての記事は、ウェブ・ブログともやたら多いようで、40周年を迎えた今でも絶大な人気を誇っていることに改めて驚く思いであると同時に大変喜びを感じている。このブログで何度か取り上げたことのあるウルトラマンのシリーズが昨年40周年記念となったのであるが、次は「リカちゃん」の番である。今日5月3日で「リカちゃん人形」は1967(昭和42)年の初代発売から丁度40周年を迎えたのだ。私にとって、いや私の家にとって「リカちゃん人形」は実は切っても切り離すことの出来ない繋がりがあり、この上ないよろこびなので今日はこの話をしてみたい。
実は、私の母はその昔「リカちゃん人形」初代の原型を作った原型師だったという顔を持っている。原型師というと馴染みの薄い仕事だと思われることだろうが、現在のフィギュアを例にとって考えていただければ分かりやすいことかと思う。人形作家といえば勿論オリジナルな作品もあるのだが、アニメのキャラクターなど素材が既に原作があってそれをソフビ人形・フィギュアなどの形に作り出すところの人形作家もある。もっとも、アニメのキャラクターを作るのは厳密には作家と称するより原型師という名称が相当するのであるが、私の母はまさにこの人形の原型を作り上げた張本人なのである。
私にとっては別段Wikipediaなんてものによらずともよくよく知っている知識なのではあるが、もっとも重要なことは、この人形が㈱タカラ(現タカラトミー社)が1967年に発売した大ベストセラーの着せ替え人形であり、キャラクターが牧美也子氏の原作マンガに基づくもので「誕生日」が5月3日という設定になっていること(人形の発売自体は7月4日だったが)。本名は香山リカ(テレビなどにも登場する精神科医にもこんな名前の人いますよね)、小学5年生(ハートヒルズ学園初等部/牡牛座生まれの11歳)、血液型O、趣味はイラストを描くことと歌。性格は明るくちょっとおっちょこちょいなところがあること。将来は外交官を目指していること、そしてフランス人ハーフで音楽家のピエールを父、ファッションデザイナーの織江を母、元航空機キャビンアテンダントのリエを姉に持ち、祖母ミレーヌ、従兄弟のシャルル、いずみちゃんやきらちゃんという友達やボーイフレンドのわたるくん(初代)、マサトくん(2代目)などと色々な人間関係の中で暮らしている女の子という設定であること、くらいなものである。その他の事柄はこの人形の爆発的な人気のおかげであれやこれやとシリーズ化されたことによるものなので、私自身は別段どうということもない。もうこの「リカちゃんファミリー」というのがやたら多いことだけは今更ながらに凄いよなあと思ってしまう。そもそも初代人形の発売で併せて「リカちゃんハウス」なるものも商品化された。当時は国内ではアメリカ生まれの「バービー人形」や「タミーちゃん」等が着せ替えファッション人形として人気を集めていた。が、いかんせんこのバービー人形が身長30㎝という大きなサイズで、日本の女の子にとっては持ち歩くにはちょっと難があったのである。「リカちゃんハウス」の元になる「ドリームハウス」の開発でも、30㎝の人形を入れてというのは大変なサイズになってしまうことであったという。そこで、㈱タカラの創業者佐藤安太氏は「日本の女の子に丁度良いサイズの人形を」と考えた、これが「リカちゃん人形」開発の切っ掛けとなったのである。さらにはその開発のコンセプトとして、「身近で友達のように親しみが沸き起こる人形」ということを掲げて開発に着手するに至ったのである。この㈱タカラは1955(昭和30)年の創業から5年後の「抱っこちゃん」人形の爆発的人気を起こした(世に謂う「抱っこちゃんブーム」)が、その後に続くヒット商品の開発の目玉にこの「リカちゃん」の企画をぶち上げたのである。
そして、「リカちゃん」の開発は社長直轄のプロジェクトとなったのだが、ポイントは「身近に感じられる可愛らしい人形」「女の子の夢や憧れを併せ持つ人形」「日本の女の子の小さな手で持てるサイズの人形」ということに置かれた。調べてみると、当時の開発スタッフは実際の小学生にアンケートを実施して、詳細な市場調査を行っていたようだ。そして、この調査の結果、彼女たちの憧れが牧美也子氏の漫画のヒロインであることが判明し、牧氏の協力の下にリカちゃんを具体化していったという。具体的なイメージとして「色白で眼が大きく、瞳に星が輝いている6頭身の細身の体つきで、それでいて物憂げな雰囲気を漂わせた少女」という形が出来上がったのである。このイメージを最も忠実にカタチに出来る職人として、手先が格段に器用で優れた彫塑技術を持ってタカラの下請けの金型製作所で働いていた私の母親に制作担当の白羽が立てられたのだった。母は来る日も来る日も夜中の2時頃まで仕事に没頭して生活していたという。父はその一方で美術の道に本格的に進むべく大学院に進学していたという、今から考えれば実に自由奔放な生活ぶりで、思えば良く結婚生活をやっていたものだなあと感じる話である。作れば作るほど売れる、そのバカ売れのおかげで当時は破格の儲かり方になったのだという。しかし、実際の生活は質素なものだった。母の技術は相当なもので、サラリーマン仕事とは違って、製品を作れば作るほど売れていった。それは、当時私が生後間もなくして難病に罹り、生死を彷徨うということがあって、その治療のために稼いだ金の大半が注ぎ込まれたという。そのおかげで私は一命をとりとめ今があるわけで、私はまさに母が「リカちゃん」の仕事をしていたことで救われたのであった。
この初代リカちゃん人形の話は、後年、私の家族にとって大変嬉しい出来事に繋がった。それは、2000(平成12)年の小渕首相時代の沖縄サミットで、来日した外国首脳にこの「初代リカちゃん」が日本土産として贈られたということなのである。リカちゃんといえば現在は4代目にもなり最新の人形はいくらでもあるのに、あの初代が一番だということで贈答品に選定されたのだという。このニュースは本当に嬉しいことで、その日はわが家でもささやかながらにお祝いをした。こういうお祝いが持てるのもあの40年前の苦労があったればこそなのではあるが、この出来事は、リカちゃん人形の当時の開発スタッフの方々同様にわが家の宝物になっている。余談だが、あるサイトを見ると、「リカちゃん」の最初の金型が出来たときに、その初期のロットで鼻の穴が少し潰れているのはスタッフが金型を床に落としたことによるものだというまことにおバカな話を載せていたが、これは全くの誤りであり、作られた話に過ぎないことを明記しておきたい。金型というものは本来少々床に落としたというくらいでは形が崩れるなんて事はないし、専門家の人間が取り扱っているのに、そんないい加減なことをするはずが無いのだ。なぜそのような話をエピソードなどとして載せているのか理解に苦しむものである。
私は母がせっせと人形を作って売りに売れていた時のことを物心ついた頃から何度となく聞かされていたのだが、毎年5月3日になってリカちゃん人形のことを思うたびに、今でも不思議な感覚に襲われる。本当にお袋が初代リカちゃんの原型を完成させた原型師だったのかと。でも、今から20年近く前に一度だけ、リカちゃんをはじめとして昭和アニメのキャラクター人形等の原型制作の記録ノートを見せてもらったことがあって、紛れも無いことだと感動したことがある。記録には「科学忍者隊ガッチャマン」や「ロボコン」、「ドラえもん」など大人気のキャラクターのグッズのことが書いてあったのだから、凄いものだ。実際に少年時代の記憶の中で人形作りとして覚えているのは、御所人形を作って人形の会社に卸していた母の姿だった。ところが、私が成長するにしたがって、母は人形を作ることをしなくなっていった。今では年齢も年齢で視力の衰えがあるので、かつてのように人形作りをしても当時のような作品を作ることは難しいとは思われるのだが、身近に見つめてきた私としては何とも残念なことで、小さい頃に約束してくれた相撲力士の御所人形を作ってもらいたかったがどうにもそれは実現の見込みが無いのがとても寂しい気持ちである。なぜ人形を作らないことになったのかを聞いたところ、母が云うには「私は器用であることがかえってマイナスで、ものづくりも忠実に作ることは出来ても、作品として完成されたものを作ることが出来ないというセンスの限界があるから、作りたくなくなったのだ」とのことだった。母は金型製作所の一介の職人であったのだが、本人の思いとしては芸術家としての「作品」を作ることが大きな志だったということで、この母の一言は大変強烈な印象を私に残している。でも、母は無欲な人で、自身が初代リカちゃんを制作した張本人であることを世間に公表するなどというつもりが全く無い。その考えは死ぬまで変わることは無いだろうから、勿論息子の私がこのブログでこんな話をしていることは思いもよらないことだろう。私はそんな母のことを大変誇りに思っている。
参考) ① ITmedia NEWS ” 40周年「リカちゃん」がブロガーに” http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/10/news123.html
② リカ旅ブログ http://licca.takaratomy.co.jp/tabiblog/index.html
③ アニメアニメ http://animeanime.jp/news/archives/2007/04/_40_410.html
④ ニッポン・ロングセラー考「リカちゃん」 http://www.nttcom.co.jp/comzine/new/long_seller/index.html
⑤ タカラトミー イベント・キャンペーン「リカちゃん展」 http://www.takaratomy.co.jp/event/eventlist/070209.html
⑥ 事例に基づくキャラクターデザイン支援に関する研究-曲率半径と周波数分析を用いた顔の局面を構成する曲線の特徴抽出- ; 山田浩子(和歌山大学大学院)ほか・2003年 The 17tth Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence http://www-kasm.nii.ac.jp/jsai2003/programs/PDF/000011.PDF
⑦ 横浜人形の家 企画展案内 http://www.museum.or.jp/yokohama-doll-museum/html/schedule.html
⑧ 今日は何の日―毎日が記念日― http://www.nnh.to/05/03.html
⑨ 横浜経済新聞 http://www.hamakei.com/headline/2321/
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先日(7/20)、『未来創造堂』(日本テレビ系)という番組の中でリカちゃん人形がテーマになっていたのを観た。このブログではゴールデンウィークの頃にもリカちゃん人形についての記事を書いたが、わが家ではこのリカちゃん人形というものが大変特別な存在であり、新聞やテレビなどで何かと取り上げられ…[続く]







こんにちは、はじめまして。
貴重なお話、ありがとうございました。
リカちゃんのお話、また聞かせて下さいね。
by タニィ (2007-05-08 15:03)
恐れ入りました。
by mamagoto (2007-05-12 14:50)
タニィさん、mamagotoさん、コメント&nice投票有難うございました。
by たーぼ (2007-05-13 12:19)