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2ヶ月ぶりの復帰!③たーぼ、文章を書くことについて考える [プライベート]
見出しのタイトルで書くブログが3回目となった。久しぶりのブログ更新だ。この頃は、在学する大学の学内SNSでの学友たちとの語らいが中心になりすぎて、ブログのほうが疎かになっている。前回のこのブログは、社会福祉実習とその事後処理からどのように変わったのかを簡単に書いたが、それから2ヶ月の私の状況は、正直特筆すべきことは無い。学内のレポート課題に追いまくられたことと、国家試験対策の勉強がにっちもさっちもいっていないということを除いて。そんな中で、学内SNSの中で、書き綴ってきたもののなかで、私自身印象に残っているものを今回は再掲しておきたい。
既に何人かの学友の方にご報告したことであるけれど、今年度取り組んできた「社会福祉援助技術演習」の課題レポート6題が完成し、無事に提出投函まで完了した。
他の受講者にとっても同じかもしれないけれども、この科目のこの課題レポート群を仕上げたこと、それも期限内のこの時期に仕上げられたことは私にとってとても大きいことだった。国家試験対策の観点でいえば、現在3回生の皆さんならばまだ時間的なゆとりはあるかもしれないのだが、4回生の場合はそういうことは一切ない、と言って良いからだ。
この科目のレポートについては、この1年間近くの間、実にすったもんだをしてきた。詳細はここでは述べないけれども、私の場合は、この科目のそもそものねらいについて一定の理解はしつつも、設問のあり方という点ではとことん科目担当の教授宛てに噛み付いてきたのは事実である。そして、その思いはそう簡単に消え去るものではなく今も納得がいかない中にある。しかし、現実的に課題レポートを提出しなければ修了試験にも到達できないという事情があって、やむなく取り組んできたというのが正直なところだ。
誤解を避けるために敢えて断っておくが、私はこの科目のレポートに取り組む上で「労力」云々で不平不満を言い立ててきたのではない。社会人学生としてのしんどさがあろうと何だろうと、その辺は学生の本分としての最低限のことはするのが当然だと弁えているからだ(これは当然なことですよね)。
そうではなくて、この科目の個別の設問の中には、資格取得の前提として"必ず取り組まなければならない"ような性質の設問は実質的に半分しかなかったと思っている。踏み込んで言えば、設問としては個人のことに立ち入り過ぎという意味において大変不適切な設問もあり、その点についてはこれまでにも何度となく、科目担当の教授に改善を申し入れてきた。が、結果的にはゼロ回答。私はまずそのことに大いに失望した。
そういう中で、敢えて己を滅して取り組まなければならないことに憤りを覚えながらここまでやってきた。憤りというのは、直接的には私の考え方が教授に受け入れられなかったことであるが、それ以上に対話を誠実にしてもらえなかったことが何より悔しかった。
担当教授は果たして1回の回答コメントだけで私が単純に納得できると思っていたのか・・・。もしそうだとしたら、とんでもないことだ。基本的にプライバシーに対する配慮という意味では、安全性の担保力と説得力は脆弱であったし、そういう限界についての配慮に欠けた教授のコメントの単純さに「この人はこういう観点でしか物を考えられない人なのか」とつくづく呆れたものだった。
しかし、それはそれとして、あれこれ考えながらも一通りのレポートを仕上げることができたのは良かった。そもそも、私は普段は割合にアバウトな生活(いいかげんなということではなく、ラフなという意味で)をして、何か事を成す場合は事前準備というか検討というか、そういうことをゆったりと時間をかけ、本格的な作業は短期決戦型であることが多い。それゆえ、レポートも普段は殆ど時間をかけない。もちろん、書いた後の推敲の作業はシビアにするけれども、それでもそんなに時間をかけたという経験は余り記憶にない。私にとって文章を書くという行為は既に中学生時代からごく当たり前のものになっているからでもある。書くということに基本的に抵抗感は全くないのは、私にとっては幸運なことだと思っている。
でも、何を書くか・どういう形で書くのかという点は、本当に難しいことだろうと思う。何より、文字(テキスト)として可視化する行為としてとらえたとき、書き手と読み手の対話を意識することは不可欠だからだ。
書かれた文字・文章は書き手の"主張"に直結する重大事案であり、読み手に対する「衝撃」を与え得る力も持つことがある。そういう視点で考えると、たかがレポートされどレポートなのだと思わずにはいられない。
今回の「援助技術演習」のレポートで、果たして私自身がどこまでそれを相手(担当教授)に伝えられたのかは分からない。が、少なくとも与えられたものに対しては、私自身の能力の範囲でとことん誠実に向き合うことに努めてきたことだけは確かである(いかにそのものに対しての不満があったとしても、それはそれこれはこれである)。これで、本学の通信教育学部での学習も一応、この科目の修了試験レポートを残すのみになった。
私は、もちろん、これからも科目修了試験レポートにとどまらず、書くことにこだわり続けるとは思うが、今回の課題レポートで、自分にとって書くということがどういう意味を持っているのかをあらためて確認できた思いである。
「書くこと」についての苦痛を感じておられる方は少なくないとは思う。でも、幾分大仰なことを言うならば、何を語るのか、どう語るのか、なぜ語るのか("語りたいのか"から"語らなければならないのか"までを含めて)、などの点を掘り下げることは決して人生において無駄ではないと思う。そこから見えてくる自己というものにきっと出逢えると私は強く感じているからである。その自画像は過去であるか未来像なのかはわからない。けれども、どんな自画像でもそこに自分の存在というものの確かさを実感できるのではないだろうか。
既に何人かの学友の方にご報告したことであるけれど、今年度取り組んできた「社会福祉援助技術演習」の課題レポート6題が完成し、無事に提出投函まで完了した。
他の受講者にとっても同じかもしれないけれども、この科目のこの課題レポート群を仕上げたこと、それも期限内のこの時期に仕上げられたことは私にとってとても大きいことだった。国家試験対策の観点でいえば、現在3回生の皆さんならばまだ時間的なゆとりはあるかもしれないのだが、4回生の場合はそういうことは一切ない、と言って良いからだ。
この科目のレポートについては、この1年間近くの間、実にすったもんだをしてきた。詳細はここでは述べないけれども、私の場合は、この科目のそもそものねらいについて一定の理解はしつつも、設問のあり方という点ではとことん科目担当の教授宛てに噛み付いてきたのは事実である。そして、その思いはそう簡単に消え去るものではなく今も納得がいかない中にある。しかし、現実的に課題レポートを提出しなければ修了試験にも到達できないという事情があって、やむなく取り組んできたというのが正直なところだ。
誤解を避けるために敢えて断っておくが、私はこの科目のレポートに取り組む上で「労力」云々で不平不満を言い立ててきたのではない。社会人学生としてのしんどさがあろうと何だろうと、その辺は学生の本分としての最低限のことはするのが当然だと弁えているからだ(これは当然なことですよね)。
そうではなくて、この科目の個別の設問の中には、資格取得の前提として"必ず取り組まなければならない"ような性質の設問は実質的に半分しかなかったと思っている。踏み込んで言えば、設問としては個人のことに立ち入り過ぎという意味において大変不適切な設問もあり、その点についてはこれまでにも何度となく、科目担当の教授に改善を申し入れてきた。が、結果的にはゼロ回答。私はまずそのことに大いに失望した。
そういう中で、敢えて己を滅して取り組まなければならないことに憤りを覚えながらここまでやってきた。憤りというのは、直接的には私の考え方が教授に受け入れられなかったことであるが、それ以上に対話を誠実にしてもらえなかったことが何より悔しかった。
担当教授は果たして1回の回答コメントだけで私が単純に納得できると思っていたのか・・・。もしそうだとしたら、とんでもないことだ。基本的にプライバシーに対する配慮という意味では、安全性の担保力と説得力は脆弱であったし、そういう限界についての配慮に欠けた教授のコメントの単純さに「この人はこういう観点でしか物を考えられない人なのか」とつくづく呆れたものだった。
しかし、それはそれとして、あれこれ考えながらも一通りのレポートを仕上げることができたのは良かった。そもそも、私は普段は割合にアバウトな生活(いいかげんなということではなく、ラフなという意味で)をして、何か事を成す場合は事前準備というか検討というか、そういうことをゆったりと時間をかけ、本格的な作業は短期決戦型であることが多い。それゆえ、レポートも普段は殆ど時間をかけない。もちろん、書いた後の推敲の作業はシビアにするけれども、それでもそんなに時間をかけたという経験は余り記憶にない。私にとって文章を書くという行為は既に中学生時代からごく当たり前のものになっているからでもある。書くということに基本的に抵抗感は全くないのは、私にとっては幸運なことだと思っている。
でも、何を書くか・どういう形で書くのかという点は、本当に難しいことだろうと思う。何より、文字(テキスト)として可視化する行為としてとらえたとき、書き手と読み手の対話を意識することは不可欠だからだ。
書かれた文字・文章は書き手の"主張"に直結する重大事案であり、読み手に対する「衝撃」を与え得る力も持つことがある。そういう視点で考えると、たかがレポートされどレポートなのだと思わずにはいられない。
今回の「援助技術演習」のレポートで、果たして私自身がどこまでそれを相手(担当教授)に伝えられたのかは分からない。が、少なくとも与えられたものに対しては、私自身の能力の範囲でとことん誠実に向き合うことに努めてきたことだけは確かである(いかにそのものに対しての不満があったとしても、それはそれこれはこれである)。これで、本学の通信教育学部での学習も一応、この科目の修了試験レポートを残すのみになった。
私は、もちろん、これからも科目修了試験レポートにとどまらず、書くことにこだわり続けるとは思うが、今回の課題レポートで、自分にとって書くということがどういう意味を持っているのかをあらためて確認できた思いである。
「書くこと」についての苦痛を感じておられる方は少なくないとは思う。でも、幾分大仰なことを言うならば、何を語るのか、どう語るのか、なぜ語るのか("語りたいのか"から"語らなければならないのか"までを含めて)、などの点を掘り下げることは決して人生において無駄ではないと思う。そこから見えてくる自己というものにきっと出逢えると私は強く感じているからである。その自画像は過去であるか未来像なのかはわからない。けれども、どんな自画像でもそこに自分の存在というものの確かさを実感できるのではないだろうか。
2ヶ月ぶりの復帰!②たーぼ、大学の実習を終えてからの修羅場に [プライベート] [プライベート]
見出しのタイトルで書くブログが2回目となるが、正真正銘再び2ヶ月ぶりになってしまった。
この2ヶ月間何をしていたのかと言えば、在学する大学の社会福祉実習に1ヶ月と、それの戦後処理および社会福祉士の国家試験対策講座の受講という新たなイベントでまるまる過ごしていた。このあいだに、世間じゃ大きく社会を動かす出来事があったのは周知の通りである(言うまでもなく政権交代のことである)。もちろん、その出来事があったからと言って私の日常に特段の変化はない。が、季節も移り変わり、私自身も来るべき国家試験の日までいよいよ4ヶ月今日に迫ってきている。この頃はと言うと、実習関連の科目の課題レポートに追われ、その上、対策講座の受講を含めた国家試験用の勉強ということで抱えるものは多く、それだけになかなか思うように物事が捗らないことが多い。そして、それは次第に焦燥感を超越して、ある種の闇のようなものにはまったような感覚にさえ陥るもとになっている。
やることが多いこと自体に抵抗は何もない。到達すべき目的もあるからそれはそれなりの充実感はある。しかし、何かが足りない。追いまくられていることで、失っているものがあるような気がして、自分の中の精神状態が制御不能にさえなることが増えた。
実習先の人との交流はもちろん今も脈々と続いているし、その実習や試験対策講座の講師との出会いなども、ちょっとした潤いにはなっている。しかし、それでも自分の中に満たされないものがあるのが怖い。
本当は「怖い」という表現を使いたくはなかった。が、他に適切な表現を思いつかないのでそのまま使っておく。
満たされないという感覚に襲われた経験は、もちろんこれまでにも何回となくある。しかし、今の満たされなさは私にとってはかなりヘビー級なものである。国家資格の取得を目指して大学に戻って学び続けている今、受験資格を取得することの大変さ・煩雑さの中で、受験資格獲得という小さな入り口が見えかけている今という時期に雑念を持ってはならないのだが、自分の10年後20年後の姿というものをちらちらと想像して、そのあまりの不透明さ・不確実さに愕然とする思いがあるからだ。そういう修羅場を潜り抜けて生き抜くのが人生なのだとは思うが、そこに本当のこころの平安が描けないのが何とも寂しい。私も万能完全なる人間ではないので、気持ちが落ち込むこともある。否、実際にはあるどころの話ではなく、内面的にはどん底を這い蹲っている感覚である。
こころの平安が得られないとあまり思考回路は良い働きをしていかないというのは誰しも同じことだと思うが、こころの平安をどうしたら得られるのかと言うと、これが皮肉なことに何某かの目的を達成したり、自分自身の希望の状況に身を置けていることが実感できたときに平安が得られる。しかし、目的の達成などは自分が努力してそれにたどり着かなければならない。その努力がどれだけやれば良いのかは甚だ不明である。これは言うなれば「目的達成におけるメビウス」と表現しても良いような、不完結な状態である。
一つの課題を達成すればさらに新しい課題が生まれるということは当然なことで、尽きることはない。そのことに対する不安も抵抗感もないのだが、自分自身の年齢との兼ね合いで、何をいつまでにやるかという自分なりの"マニフェスト"というか設計図が怖くてかけないという実におろかな袋小路に嵌っているのだ。
実習で過ごした1か月は、そのスケジュールに追い立てられて、あれこれ摸索しているような暇もなかったのが幸いしていた。しかし、終わってしまうと「嵐のあと」という状況で、実に寂寥感というか虚しさが襲ってくる。一体自分は何をしているんだろうか、どこに向かおうとしているんだろうか、自分のことでありながら自分でどうにもならない精神状態がそこにはある。
脇目もふらずに国家資格を取るまでは頑張り抜くという意志も、本当に強く持ち切れるのか、それが今は不安である。
この2ヶ月間何をしていたのかと言えば、在学する大学の社会福祉実習に1ヶ月と、それの戦後処理および社会福祉士の国家試験対策講座の受講という新たなイベントでまるまる過ごしていた。このあいだに、世間じゃ大きく社会を動かす出来事があったのは周知の通りである(言うまでもなく政権交代のことである)。もちろん、その出来事があったからと言って私の日常に特段の変化はない。が、季節も移り変わり、私自身も来るべき国家試験の日までいよいよ4ヶ月今日に迫ってきている。この頃はと言うと、実習関連の科目の課題レポートに追われ、その上、対策講座の受講を含めた国家試験用の勉強ということで抱えるものは多く、それだけになかなか思うように物事が捗らないことが多い。そして、それは次第に焦燥感を超越して、ある種の闇のようなものにはまったような感覚にさえ陥るもとになっている。
やることが多いこと自体に抵抗は何もない。到達すべき目的もあるからそれはそれなりの充実感はある。しかし、何かが足りない。追いまくられていることで、失っているものがあるような気がして、自分の中の精神状態が制御不能にさえなることが増えた。
実習先の人との交流はもちろん今も脈々と続いているし、その実習や試験対策講座の講師との出会いなども、ちょっとした潤いにはなっている。しかし、それでも自分の中に満たされないものがあるのが怖い。
本当は「怖い」という表現を使いたくはなかった。が、他に適切な表現を思いつかないのでそのまま使っておく。
満たされないという感覚に襲われた経験は、もちろんこれまでにも何回となくある。しかし、今の満たされなさは私にとってはかなりヘビー級なものである。国家資格の取得を目指して大学に戻って学び続けている今、受験資格を取得することの大変さ・煩雑さの中で、受験資格獲得という小さな入り口が見えかけている今という時期に雑念を持ってはならないのだが、自分の10年後20年後の姿というものをちらちらと想像して、そのあまりの不透明さ・不確実さに愕然とする思いがあるからだ。そういう修羅場を潜り抜けて生き抜くのが人生なのだとは思うが、そこに本当のこころの平安が描けないのが何とも寂しい。私も万能完全なる人間ではないので、気持ちが落ち込むこともある。否、実際にはあるどころの話ではなく、内面的にはどん底を這い蹲っている感覚である。
こころの平安が得られないとあまり思考回路は良い働きをしていかないというのは誰しも同じことだと思うが、こころの平安をどうしたら得られるのかと言うと、これが皮肉なことに何某かの目的を達成したり、自分自身の希望の状況に身を置けていることが実感できたときに平安が得られる。しかし、目的の達成などは自分が努力してそれにたどり着かなければならない。その努力がどれだけやれば良いのかは甚だ不明である。これは言うなれば「目的達成におけるメビウス」と表現しても良いような、不完結な状態である。
一つの課題を達成すればさらに新しい課題が生まれるということは当然なことで、尽きることはない。そのことに対する不安も抵抗感もないのだが、自分自身の年齢との兼ね合いで、何をいつまでにやるかという自分なりの"マニフェスト"というか設計図が怖くてかけないという実におろかな袋小路に嵌っているのだ。
実習で過ごした1か月は、そのスケジュールに追い立てられて、あれこれ摸索しているような暇もなかったのが幸いしていた。しかし、終わってしまうと「嵐のあと」という状況で、実に寂寥感というか虚しさが襲ってくる。一体自分は何をしているんだろうか、どこに向かおうとしているんだろうか、自分のことでありながら自分でどうにもならない精神状態がそこにはある。
脇目もふらずに国家資格を取るまでは頑張り抜くという意志も、本当に強く持ち切れるのか、それが今は不安である。
2ヶ月ぶりの復帰!①たーぼ、再覚醒 [プライベート]
このブログがしばらく沙汰止みになってから、早くも2ヶ月が経ってしまった。決して更新のことを忘れていたわけではない。しかし、これまで諸事情あって思うに任せなかったのである。2ヶ月の間に私の身の回りでも当然に色々なことがあり、それへの向き合いで忙殺されていると、ここまでの2ヶ月の歩みで何がどうなったか確認をしておかないと、話しとしては唐突なものになる印象がある。それは今の私にとっては少しまとまりが取れなくなるので、少しずつ、ある場所で書き溜めていたものを紐解いてみたいと思う。それによって私が見聞き感じてきたことがどんな道筋をたどったかが整理できるような気がするからである。
2ヶ月間のレビューの1回目は、6/10に記した「たーぼ、再覚醒する」というタイトルの一文である。
ここでは、それまでの自分自身とは少し異なる「学びへの感覚」について再考していた。読み返してみると、文面からは何故そういう変化が起こったのかということについては読み取りにくい文章なのだが、実にこの当時は変化を余儀なくされそうなできごとがあり、刺激を受けていたことは確かであった。
【たーぼ、再覚醒する(6/10)】
このところの自分の生活の中で起こっている様々な出来事に一つひとつ向き合っているなかで、それとなくしかし確実に自分自身がいわば「脱皮のための揺らぎ」とも言える実感を得ている。
仕事関係のこと(実務・資格取得両面にわたるキャリアアップ)、プライベート、そして、そもそもの生き方・人生の歩き方のことなど、考える材料がここ1週間のあいだに一気に私の前に提示されたことが大きなきっかけになっている。
もちろん、それらすべてが自分自身にとってそれぞれ次元を異にしたテーマを持っているので、単純に一気に解決するとかそういうことは期待できるものではないのだけれども、それでも感覚的には、苦しいながらもなお一層積極果敢に向き合っていこうという動機付けになっていることは確かである。
それを気付かせてくれているのは、家族・過去の様々な職場・職安の職員、実習予定先機関の職員・就職活動における面接先の人々などもそうなのだが、日頃交流していただいている皆さん方の存在を抜きに語ることは到底できないのである。
皆さんから学ばせていただくことは本当に色々で、勿論簡単に真似できるはずもないし、自分自身が参考にしようといったところで、どれだけ身体化できるかは未知数なのではあるが、それでも圧倒されたり教えられるものを感じたり、とにかく何かしら感じさせていただいていることは確かである。
そして、そのことを通して、今私の中ではある変化が起こりかけている。それは広い意味で学びに対する姿勢の変化と言って良い。個別具体的には、そう、何が変化と言って、私が今、取り組んでいる数々の課題レポート(実習関係全般にわたって)への取り組み方・考え方がここに来て大きく一つの転換点を迎えようとしていることは一番の変化になりそうな気がしている。もちろん、この感覚は苦しみ続けていくことで味わえる地鳴りの感覚であると思うが、どうやら、かつて散々考え続けていたことが甦ると同時に新たな覚醒になりそうな雰囲気があって、今はたまらない感覚である。
それが果たして良いことなのかどうかは今はまだ分からない。
けれども、何かが起こりつつあるのは、ある意味恐ろしくもあり、得がたい瞬間でもあると思うのだ。折角のこの瞬間を実りあるものにつなげていきたいし、また、皆さんと少しでも励まし合っていけるきっかけにしたいという願いが高まっているのだ。
一層、自らを戒めながら、進んでいきたいと思う。
2ヶ月間のレビューの1回目は、6/10に記した「たーぼ、再覚醒する」というタイトルの一文である。
ここでは、それまでの自分自身とは少し異なる「学びへの感覚」について再考していた。読み返してみると、文面からは何故そういう変化が起こったのかということについては読み取りにくい文章なのだが、実にこの当時は変化を余儀なくされそうなできごとがあり、刺激を受けていたことは確かであった。
【たーぼ、再覚醒する(6/10)】
このところの自分の生活の中で起こっている様々な出来事に一つひとつ向き合っているなかで、それとなくしかし確実に自分自身がいわば「脱皮のための揺らぎ」とも言える実感を得ている。
仕事関係のこと(実務・資格取得両面にわたるキャリアアップ)、プライベート、そして、そもそもの生き方・人生の歩き方のことなど、考える材料がここ1週間のあいだに一気に私の前に提示されたことが大きなきっかけになっている。
もちろん、それらすべてが自分自身にとってそれぞれ次元を異にしたテーマを持っているので、単純に一気に解決するとかそういうことは期待できるものではないのだけれども、それでも感覚的には、苦しいながらもなお一層積極果敢に向き合っていこうという動機付けになっていることは確かである。
それを気付かせてくれているのは、家族・過去の様々な職場・職安の職員、実習予定先機関の職員・就職活動における面接先の人々などもそうなのだが、日頃交流していただいている皆さん方の存在を抜きに語ることは到底できないのである。
皆さんから学ばせていただくことは本当に色々で、勿論簡単に真似できるはずもないし、自分自身が参考にしようといったところで、どれだけ身体化できるかは未知数なのではあるが、それでも圧倒されたり教えられるものを感じたり、とにかく何かしら感じさせていただいていることは確かである。
そして、そのことを通して、今私の中ではある変化が起こりかけている。それは広い意味で学びに対する姿勢の変化と言って良い。個別具体的には、そう、何が変化と言って、私が今、取り組んでいる数々の課題レポート(実習関係全般にわたって)への取り組み方・考え方がここに来て大きく一つの転換点を迎えようとしていることは一番の変化になりそうな気がしている。もちろん、この感覚は苦しみ続けていくことで味わえる地鳴りの感覚であると思うが、どうやら、かつて散々考え続けていたことが甦ると同時に新たな覚醒になりそうな雰囲気があって、今はたまらない感覚である。
それが果たして良いことなのかどうかは今はまだ分からない。
けれども、何かが起こりつつあるのは、ある意味恐ろしくもあり、得がたい瞬間でもあると思うのだ。折角のこの瞬間を実りあるものにつなげていきたいし、また、皆さんと少しでも励まし合っていけるきっかけにしたいという願いが高まっているのだ。
一層、自らを戒めながら、進んでいきたいと思う。
鶏肋 ( けいろく ) [プライベート]
久しぶりのブログ更新である。前回の日記で「春めいてきた」などと書いてから早くも1ヶ月以上が経ってしまった。
この所、私の地元も日に日に暑くなってきて、今日なども殆ど夏日のような気候である。何だかんだと言いながら季節は日々移り変わってゆくもので、いよいよ、8月の社会福祉現場実習に向けての本格的な準備段階の時期に来たと感じている。
今月から来月にかけては実習のためのガイダンススクーリングが各地で始まっており、かく言う私も月末にはそれに参加する見込みである。既にスクーリングを受講された方々の声もいくつかfuxiで載せられるようになり、そろそろ"たーぼエンジン"を整えて取り掛かろうという気分にはなるが、そんなに簡単に上り調子になれるわけでもない。今日などは、ここ数日の色々なことから少し解放された面があって、日頃の疲れが一気に来ているからだ。
先日は、失業給付の受給に関わる失業認定の日だった。一応、正式に認定はされたが、予てからの雇用保険受給資格者証の記載内容に関わる問題は未だにはっきりとした決着を見ていない。これはもう少し待つしかない。そんなことを思いながら、ついでに採用面接への応募可能なものがあればと求人情報をチェックし、結局1件だけ応募した。退職後初の求人応募であるが、今回は社会保険事務局の事務(嘱託職員)の仕事である。業務内容は、健康保険証の加入手続き事務というもの。私にとってはまた一風変わった仕事であるが、この仕事をすることになると今取り組んでいる福祉援助技術演習のなかの年金・保険の勉強にも役立つ上、職安で見つけた仕事の中で現状ででき得る現在唯一の仕事と思ったため応募を決断した。しかし、結果的には書類選考段階で、この話は無いものになってしまった。応募者も多いし、昨今の情勢からすると仕方がないと受け止めている。
さて、たどり着くということでは、職安のことでも実習関連のことでもそれなりの到達点に来ているわけだが、昨日の職安での相談でも就職活動戦略の話でいわゆる私の到達点のことがあれこれ話題になった。それでふと思い出した言葉が、今日の見出しの「鶏肋(けいろく)」という言葉である。
この言葉は、文字通り「鶏の肋骨」というものだが、意味は「取っておいても大した役には立たないけれども捨てるには惜しいもの」ということである。この言葉を最初に知ったのは、かの有名な『三国志演技』においてである。その中で、魏の宰相である曹操という男が、敵国との対陣の最中に、戦いを続行するか退陣をするかを巡って悩み抜いていた折に漏らした言葉というのがこれであった。「このまま、戦いを続けていても大した成果が上げられないけれども、だからと言って退いてしまっては何のために頑張ってきたのか分からないばかりか他人の嘲笑を受けることになる、そんなことでいいのかよ、俺は?」というのが曹操という男の苦悩であったという。結果的に、体面を保とうとして彼は無理に戦いを続けた末に大敗を喫することになるのだが、この故事は私たちの日常においても言えることである。
少なくとも、私にとって今自分自身が置かれている状況はまさに「鶏肋」とも言える状況に感じている。そう、今回応募した仕事と実習の2つのことである。仕事の方は、応募して採用をされたとしても実質は短期の嘱託という職分であり、得られるものは全然大したものにはならない。が、実際に携わればそれなりにやりがいもあるだろう。
また、実習のほうはもっとこういう思いになる。実習に取り組むことで本来できるはずの就職活動についてはかなりの犠牲はでてきているのは事実であるが、予定している実習は受験資格のためには避けては通れないことであるしやりがいもあるものだ。それに、社会福祉士の資格を取ろうということで受験資格を取るために大学に再び戻ってきてから1年2ヶ月、ここまでやってきたことをここで捨てるというのはいかにも勿体無いことであるかというだけでなく、おバカなことなのである。そんなことをこの私ができるもんかという意地もあるから、やはり戦いは避けてはいけないという思いになるのだ。勿論、この戦いは勝ちだとか負けだとかそういう性質のものではないけれども、強いて何が負けに当たるかといえば、それは自分自身の精神的なものがぶれてしまうことだと思っている。目先のことを考えるよりは、将来を見据えた行動の取り方こそ肝要だと思うから、ここでぶれていては何にもならないのだろう。
「現状で進んでいくことが果たして良い方向に行くかどうか不透明であることは元より覚悟の上、下手な戦い方をしなければ良いだけのこと、さらに戦略的にやっていかなければ」と、この「鶏肋」という言葉を噛み締めつつ思った。
この所、私の地元も日に日に暑くなってきて、今日なども殆ど夏日のような気候である。何だかんだと言いながら季節は日々移り変わってゆくもので、いよいよ、8月の社会福祉現場実習に向けての本格的な準備段階の時期に来たと感じている。
今月から来月にかけては実習のためのガイダンススクーリングが各地で始まっており、かく言う私も月末にはそれに参加する見込みである。既にスクーリングを受講された方々の声もいくつかfuxiで載せられるようになり、そろそろ"たーぼエンジン"を整えて取り掛かろうという気分にはなるが、そんなに簡単に上り調子になれるわけでもない。今日などは、ここ数日の色々なことから少し解放された面があって、日頃の疲れが一気に来ているからだ。
先日は、失業給付の受給に関わる失業認定の日だった。一応、正式に認定はされたが、予てからの雇用保険受給資格者証の記載内容に関わる問題は未だにはっきりとした決着を見ていない。これはもう少し待つしかない。そんなことを思いながら、ついでに採用面接への応募可能なものがあればと求人情報をチェックし、結局1件だけ応募した。退職後初の求人応募であるが、今回は社会保険事務局の事務(嘱託職員)の仕事である。業務内容は、健康保険証の加入手続き事務というもの。私にとってはまた一風変わった仕事であるが、この仕事をすることになると今取り組んでいる福祉援助技術演習のなかの年金・保険の勉強にも役立つ上、職安で見つけた仕事の中で現状ででき得る現在唯一の仕事と思ったため応募を決断した。しかし、結果的には書類選考段階で、この話は無いものになってしまった。応募者も多いし、昨今の情勢からすると仕方がないと受け止めている。
さて、たどり着くということでは、職安のことでも実習関連のことでもそれなりの到達点に来ているわけだが、昨日の職安での相談でも就職活動戦略の話でいわゆる私の到達点のことがあれこれ話題になった。それでふと思い出した言葉が、今日の見出しの「鶏肋(けいろく)」という言葉である。
この言葉は、文字通り「鶏の肋骨」というものだが、意味は「取っておいても大した役には立たないけれども捨てるには惜しいもの」ということである。この言葉を最初に知ったのは、かの有名な『三国志演技』においてである。その中で、魏の宰相である曹操という男が、敵国との対陣の最中に、戦いを続行するか退陣をするかを巡って悩み抜いていた折に漏らした言葉というのがこれであった。「このまま、戦いを続けていても大した成果が上げられないけれども、だからと言って退いてしまっては何のために頑張ってきたのか分からないばかりか他人の嘲笑を受けることになる、そんなことでいいのかよ、俺は?」というのが曹操という男の苦悩であったという。結果的に、体面を保とうとして彼は無理に戦いを続けた末に大敗を喫することになるのだが、この故事は私たちの日常においても言えることである。
少なくとも、私にとって今自分自身が置かれている状況はまさに「鶏肋」とも言える状況に感じている。そう、今回応募した仕事と実習の2つのことである。仕事の方は、応募して採用をされたとしても実質は短期の嘱託という職分であり、得られるものは全然大したものにはならない。が、実際に携わればそれなりにやりがいもあるだろう。
また、実習のほうはもっとこういう思いになる。実習に取り組むことで本来できるはずの就職活動についてはかなりの犠牲はでてきているのは事実であるが、予定している実習は受験資格のためには避けては通れないことであるしやりがいもあるものだ。それに、社会福祉士の資格を取ろうということで受験資格を取るために大学に再び戻ってきてから1年2ヶ月、ここまでやってきたことをここで捨てるというのはいかにも勿体無いことであるかというだけでなく、おバカなことなのである。そんなことをこの私ができるもんかという意地もあるから、やはり戦いは避けてはいけないという思いになるのだ。勿論、この戦いは勝ちだとか負けだとかそういう性質のものではないけれども、強いて何が負けに当たるかといえば、それは自分自身の精神的なものがぶれてしまうことだと思っている。目先のことを考えるよりは、将来を見据えた行動の取り方こそ肝要だと思うから、ここでぶれていては何にもならないのだろう。
「現状で進んでいくことが果たして良い方向に行くかどうか不透明であることは元より覚悟の上、下手な戦い方をしなければ良いだけのこと、さらに戦略的にやっていかなければ」と、この「鶏肋」という言葉を噛み締めつつ思った。
ある手紙とお餞別のこと [プライベート]
ここ2、3日で私の地元も日に日に春めいてきた。桜も七分咲き程度になっている。彼の人はどんな思いで眺めていることだろうか・・・、と思っていると、偶然にもその人から一通の便りが来た。その人は、2ヶ月程前に突然亡くなった私の友人の奥さんからであった( この件については、2月中旬のこの日記で触れている)。便りによると、先日無事に四十九日法要が終わり一段落着いたとのことで、生前の故人との交誼に対する感謝の気持ちが認められていた。勿論、本文をご紹介することは差し控えさせていただくが、手紙の末尾は「また主人に会いに来てやってください」との文言で締めくくられていた。
以前にも書いたように、私と故人は高卒の浪人時代に地元の予備校で知り合って以来、20年近くの付き合いとは言え、彼の高校の同級生やら会社の同僚の人々と比べれば、存在感など薄いはずの人間であると思ってきたが、奥さんからの丁重なるご挨拶状をいただいて、改めて彼との信頼関係が意外な程に深くなっていたことを実感する思いだった。今、奥さんからのそうした便りをいただいた私は、なお一層、故人との信義を守り続けていきたいと思うと同時に、未だに心の傷の癒えぬ奥さんほかのご遺族の気持ちを想像するに、限りない物悲しさを覚えたのであった。
もう一つは、嬉しい話。一昨日(4/7)は花見の旅行に出かけたのであるが、そのために前日に新幹線のチケットを飼いに行ったときの話。そのために使うお金に絡む話なのだが、私はやはり、当たり前に銀行のATMで幾許かのお金を下ろした。実は、手元には職場からいただいたお餞別のお金があったのだが、結局手をつけなかった。そのお餞別は上司からのものと親睦会からのものであったのだが、どちらのお餞別も勿体無くて、使う気になれなかったのだ。
私がその職場から受けた恩は計り知れないものがあり、人生の宝物の5年間をいただいたという趣旨のことを先日も書いたわけだが、そうした先様からのいただき物は、本当に有り難いもので、使ってしまうなんてことができない、これが私の性格なんである。「金は天下の回り物」などとはよく言うが、感謝の気持ちを忘れないために、敢えて手をつけたくないのである。そのお餞別には、下さった方々の気持ちが込められていることを思えば、使うなんてできない・・・、そう思って通常の自分の持ち金で新幹線のチケットを手に入れたのである。
以前にも書いたように、私と故人は高卒の浪人時代に地元の予備校で知り合って以来、20年近くの付き合いとは言え、彼の高校の同級生やら会社の同僚の人々と比べれば、存在感など薄いはずの人間であると思ってきたが、奥さんからの丁重なるご挨拶状をいただいて、改めて彼との信頼関係が意外な程に深くなっていたことを実感する思いだった。今、奥さんからのそうした便りをいただいた私は、なお一層、故人との信義を守り続けていきたいと思うと同時に、未だに心の傷の癒えぬ奥さんほかのご遺族の気持ちを想像するに、限りない物悲しさを覚えたのであった。
もう一つは、嬉しい話。一昨日(4/7)は花見の旅行に出かけたのであるが、そのために前日に新幹線のチケットを飼いに行ったときの話。そのために使うお金に絡む話なのだが、私はやはり、当たり前に銀行のATMで幾許かのお金を下ろした。実は、手元には職場からいただいたお餞別のお金があったのだが、結局手をつけなかった。そのお餞別は上司からのものと親睦会からのものであったのだが、どちらのお餞別も勿体無くて、使う気になれなかったのだ。
私がその職場から受けた恩は計り知れないものがあり、人生の宝物の5年間をいただいたという趣旨のことを先日も書いたわけだが、そうした先様からのいただき物は、本当に有り難いもので、使ってしまうなんてことができない、これが私の性格なんである。「金は天下の回り物」などとはよく言うが、感謝の気持ちを忘れないために、敢えて手をつけたくないのである。そのお餞別には、下さった方々の気持ちが込められていることを思えば、使うなんてできない・・・、そう思って通常の自分の持ち金で新幹線のチケットを手に入れたのである。
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