東寺 [水彩画]
軒先からみえる 五重の塔F8 水彩 05,06
東寺 写真1 修行僧が 托鉢に でかけるところ

東寺 写真2 庭園での 亀さんの甲羅干し

東寺 写真3 修学旅行生一行が 多かった

東寺 写真4 おまけに てっちゃん
法隆寺境内 [水彩画]
法隆寺境内前の作品について、有難い、いコメントを、頂戴いたしました。それに、甘えさせて、もらいます。
奈良の名所であるだけに、訪れる人の数は、長崎とは、比べものにならないくらいです。
長い歴史の、あるところの、重厚さ、威厳に、満ちた、仏像に、回廊、庫裏。やはり、精神的な
安らぎ、落ち着きを、与えてくれます。 普段から、信仰心の薄い、私は、何か、背中に、背負わ
される思いも、同時に、感じさせられました。確かに、京都、奈良の文化、歴史から、学ぶことと
あわせて、自分の人生や、生き方、在りようを、振り返って、考えるということが、大事なんだと
いうことを、今回、再認識させられました。
当たり前の、ことなのですが、観光地でない、歴史の都であることが、大きく、偉大に思えました。
作品の絵は、そんなことには、全く、縁のないもので、、恐縮するばかりです。
修学旅行の生徒、団体一行さんの、行き来する中での、スケッチは、至難の業で、休憩をかね
観察、色名記入、現地仕上げでなく、写真からの仕上げです。ご容赦ください。
F8 水彩 05、06

現地の写真を、添えて、載せておきます。
法隆寺 [写真]
法隆寺表門・外から
法隆寺表門・内から法隆寺表門の絵と、あわせて、ご覧になってください。
写真は、ネガでなく、接写のため、写りが、良くないこと。
どうか、ご容赦ください。 弟が、撮っていて、青いシャツ
白いズボンで、門の内側にいる人物は、私です。
法隆寺夢殿
法隆寺表門 [水彩画]
法隆寺表門6月の暑い日でした。大阪から、朝早く、出かけたんでしたが、途中、高速に、乗り損ない
1時間ぐらい、無駄にしてしまいました。ここは、やはり、修学旅行の団体の学生、ツアー
といった、貸切バスが、多かったみたいでした。友人が、斑鳩の、この近くに住むと、聞いて
いたんで、たずねましたが、残念ながら、会うことが、できませんでいた。
民家の有料駐車場に、車を置き、お寺の門近くの、蕎麦屋さんに、入って、おろしそばを
食べました。お店の雰囲気、インテリアに、工夫が、されていて、そっちの方に、気をとられて
しまって、どんな味だったか、わからず仕舞いでした。スケッチブックは、持っていたんですが
何せ、観光客が、大勢で、押しかていましたので、行列に、のまれてしまって、写生は、そっちのけ。
門の内側からです。色名、記入、デジカメ写真を、撮って、後から、描いたものです。
そこから、唐招提寺へ、向かいましたが 工事中で、前に、来たこともあって、入館料、取られるのも
いやだったので、見学は止めました。 F6 水彩 06、06
福岡県浮羽市吉井町 [油彩]
福岡県浮羽市吉井町ここは、昔の宿場町で、あったそうで、古くは、長崎街道ともつながった、交通の要所
であったところです。友人を、訪ねていった時のスケッチを、油に、描いたものです。
昔の情緒を、残すために、町中が、保存のために、一生懸命に、頑張っておられました。
話を、お聞きしたら、漆喰は、余計、お金がかかって、大変です。補修のために、出る
補助金では、賄い切れないので、これからが、より、大変だと、いうことでした。
通りには、呉服屋さん、古物もの骨董、駄菓子屋さん、酒屋、土産げ物屋さんが並び
特に、感心したのは、自宅民家を、そのまま使って、写真美術館を、なさっておられる
年配の方が、ボランティアで、観光案内もなさっていました。土間の廊下に、ずらりと
展示されている作品は、見た人を感動させる、優れた良いものでした。
ひととおり、お話を、聞いた後、和菓子屋さんに、立ち寄って、だんご餅を、食べました。
この街は、植木や、ブドウ、ナシの栽培でも、名の知れた名産地で、結構、九州各地
から、観光に、訪れる人も、多いところであるということでした。
F6 油彩 06、05
京都・東寺2題 [水彩画]
京都 東寺・五重の塔

これも、古い作品ですが、青い鳥さん、よしあき・ギャラさんの、記事写真に、ならって
掲載してみました。大阪から、車で、北千里を、左に眺めながら、東寺を、目指しました。
修学旅行の時期だったのでしょうか。6月初旬でしたが、かなり、大勢の見物の人達で
混んでいました。大庭園の、美しさに、見惚れて、池の周りを、巡りました。
塔が、池に、映える様子と、庭園の、美しい、感じを、描いてみました。境内近くには
修学旅行の、生徒達の、楽しんでいる様子も、入れているんですが、判りますか、どう
ですかしら。 F10 水彩 06、06
東寺・境内

境内の静けさと、お寺の荘厳さを、感じながら、描いたのでしたが、少し
描き足りないものに、なってしまいました。 F6 水彩 06、06

これも、古い作品ですが、青い鳥さん、よしあき・ギャラさんの、記事写真に、ならって
掲載してみました。大阪から、車で、北千里を、左に眺めながら、東寺を、目指しました。
修学旅行の時期だったのでしょうか。6月初旬でしたが、かなり、大勢の見物の人達で
混んでいました。大庭園の、美しさに、見惚れて、池の周りを、巡りました。
塔が、池に、映える様子と、庭園の、美しい、感じを、描いてみました。境内近くには
修学旅行の、生徒達の、楽しんでいる様子も、入れているんですが、判りますか、どう
ですかしら。 F10 水彩 06、06
東寺・境内

境内の静けさと、お寺の荘厳さを、感じながら、描いたのでしたが、少し
描き足りないものに、なってしまいました。 F6 水彩 06、06
旧き良き時代 [水彩画]

旧き良き時代
ここは、長崎の、一番の繁華街にある、喫茶店です。小生の記憶から
すると、昭和20年代から、営業している店ですから、70数年。相当に
旧い喫茶店(手前の店)です。
学生時代に、デパートのアルバイトで、稼いだ、お金を、もらうと
リーゼントスタイル、マンボズボンの、友達らと、よく通った、唯一の
店です。
昼間は、喫茶、夜は、スタンドバー(寿酒造・SUNTORY)で、トリス
の、おじさんの商標のついた、ウイスキー。ハイボール60円、・ピー
ナッツ付き、音楽は、EP、LP盤で、<花祭り、第3の男、モリタード
モナリザ、ブルーキャナリー、テネシーワルツ、メモリーズオブユー
など等、店員に、うるさがれても、何度も、繰り返し、聞いたり、した
ものでした。店に、客が多いと、立ち待ちを、したことも、ありました。
予断ですが、恐らく、長崎出身の、さだまさし、クールファイブの人
たちも、、立ち寄ったことは、間違いのないことでしょう。
現在の長崎は、新幹線どころではなくて、昔の老舗と、いわれる
店が、次々に、消えていってる、情況にあります。
この店の、隣も前も、通りは、シャッターや、入れ替わり<貸し店舗>
の名札。 店といえば、100円ショップ、ドラッグ・ストアーばかりで
昔が、無くなって、寂しい街に、変わり、果てつつあるのです。
つい、最近、長崎の、昭和初期からの、有名な、レストランも、消え
てしまいました。そんな寂しさの中で、ここだけが、頑張っています。
旧い・昔の思い出を、懐かしみ、スクーリーンをかけた、イメージで
描いてみました。THE 5TH DIMENSIONの曲を、聞きながら・・。
F6 水彩、パステル 07、09
柳川の風景 [水彩画]

柳川の風景長崎のほうは、ここ2、3日、雷、にわか雨の日が、続いていて、蒸し暑いです。
まだ、当分は、暑さが残るのでしょうが、・・・・。
涼しさが、感じられたらと、思い、古い作品で、申し訳けないですが、福岡県
・柳川の風景を、写真に、添えて、載せることにしました。
ここは、風光明媚な、水郷の里で、全国に知られた、名所であり、 また
北原白秋の生誕地でもあります。生家は、川端沿いにあり、格子窓 酒造蔵
造りで、 文学記念館になっていて、沢山の遺功が、展示されています。
大勢の、川くだりを、楽しむ人や、文学フアンが、訪れるところでもあります。
キャノン、DIGITAL 500 F8 水彩 06、05
哲ちゃんの家の玄関 [写真]
異人屋敷群跡 [版画]
異人屋敷群跡先に、紹介した、異人屋敷の、木造洋館の、ひとつです。建物の裏側から、見た風景です。
昔は、この東山手という、小高い丘から、長崎の港が、一望でき、船の入港を、知ることが
できたと、いわれていますが、今では、ビルなどの高い建物に、隠れてしまって、港の一部は
見ることが、できても、ほんの、僅かしか、見ることはできません。
建物の内部は、建具、調度品も、あって、当時の様子を、窺い知ることが、できます。
この屋敷群が、傷みがひどかったのは、戦時中下、洋館の出入りは、厳しく禁止、もしくは
放置され、荒れるがままに、なっていた歳日が、あったからです。
長崎の、観光の用地として、補修、修理されて、今日、立派に、蘇っていて、ご案内のような
観光スッポトとして、観光客の目を、楽しませてくれています。
このすぐ、下が、孔子廟で、つなげて、見物が、できるのも、魅力です。
色刷りが、うまく、いってないのですが、雰囲気だけでも味わって、もらえると、有難いです。
不十分ですが、少し、修正してみました。 版画 A4 08、08
町の教会 [水彩画]
町の教会今日は、8月6日、広島に原爆が、投下された日です。63回目の祈念大会が、
広島では、行われ、核廃絶を長崎市と、一体的に、取り組んでいくことが、平和
宣言の中で、読み上げられました。昨年は、平戸の教会を、載せたのでしたが
私の町の教会を、紹介します。広島に向けて、平和のミサが、行われ、信者の
方の深い祈りが、捧げられました。一昨日は、原子力潜水艦が、放射能漏れを
起こしていた、事実を隠していたにも拘らず、その翌日には、2隻目が入って
来たのでした。被爆地・長崎県民の心情を、逆なですることが、起きました。
県では、強い抗議と、放射能検査を、米軍と、共同で、するよう、求めています。
同様に、8月9日には、長崎でも、平和祈念式典が、取り行われます。
平戸の展望台 [水彩画]
長与港風景 [水彩画]
長与港風景ここは、長崎県の大村湾に、面した港の風景です。私の住んでいる、町でもあります。
描いているボートは、大村長崎空港とを、結ぶ海上タクシー・快速艇で、15分で、空港
へ、行き着けます。勿論、空港には、大きなパーキング場も、低金額で、在りますが
交通渋滞を、避けて、このルートが、便利さも(町の駐車料無料)あって、お客さんの
人気を得て、好評スポットに、なっています。ガソリンは、全国一に、高い、長崎県です
から、今から、飛行機利用者が、多くなって来るに、違いありません。
片道1400円だから、通行料、あまり、差がないのが、当時、「い~いんだ!。」とのこと。
今、現在は、より安くなっているんでは、ないかと、思います。
絵の左方向が大村空港です。
旧い作品、引っ張り、出してきたのは、こんな訳ですので、ご勘弁ください。
F4 水彩 02、05
学生時代の思い出 [パステル]
学生時代の思い出ここは、長崎でも、お寺の多い通り・寺町通りです。鍛冶屋町通りと、繋がっている
繁華街です。昭和30年代初期、深夜喫茶、ダンスホール、スタンドバー、レストラン
が、軒を並べていました。ネオンの先は、お寺さんで、古本屋、仏具店、ミシン屋
呉服店などがあって当時、奇妙な通りに、なっていました。学生時代を思い出すと
アルバイト、コヒー飲み、コンペ、待ち合わせなどで、我が物顔で、通りを、闊歩した
ものでした。トリスバーの60円の、ハイボール、ピーナツつまみ付きで、2時間ぐらい
粘って、過ごしたこともありました。もう、それから、50年の年月が、流れ、街の通り
も、ほんのわずかしか、昔の影を、偲ぶことができません。現在は、ミスタードーナツ
の店の窓。スケッチの合間の休息、パイプ煙草を、くゆらせ、煙の中に、遠い昔の事
を思い起し、懐かしんでいます。 A4 size パステル、水彩 05、10
ハウステンボスと子ども達 [水彩画]
ハウステンボスと店 [水彩画]
女神大橋 [写真]
鍋冠山からの長崎港 [写真]
長崎港 [水彩画]
旧上海銀行 [スケッチ]
旧上海銀行1862年以後の、「貿易御試船」の上海遣欧使節によって、欧米との
貿易をはじめとする、外国との貿易が、盛んになるにつれ、商取引に
必要な銀行が 建てられました。
明治、大正、昭和時代の3時代にわたり、繁盛し、栄えました。
唐人屋敷時代から、新地の華商の人達が、大いに、利用したに違い
ありません。
戦後は、商社や会社などの、所有の経過をたどって、無用の長物
みたいな扱いを受けながら、来ました。
最近になって、老朽化が、云々される中で、解体される ことが、決定され
ました。しかし、歴史上の遺跡として、「保存せよ」の市民の強い 要求運動
によって、補修がなされ、やっとのことで存続ができるようになったのでした。
現在、市の建物として、文化事業(オペラ、ジャズ、コンサートなど)の
会場 などに、活用されています。
参考までに、現在の写真を載せましたが、車道 陸橋などの邪魔なものが
建物の存在を遮って、ゆったりと、全体像が、眺められくなっていて、
とても、残念な思いがします。 F4 水彩 1989年
現在の旧上海銀行東山手洋館 [水彩画]
異人屋敷跡 [水彩画]
オランダ坂 [水彩画]
オランダ坂長崎の観光と、いえば、かならず、訪づれると、いわれる、オランダ坂です。
ここは、長崎の港の見える、小高い丘の、ところに、あります。
南山手の洋館と、石畳で、よく、知られている、ところです。また、この右
上には,活水女子短期大学,、海星高校が、あって、学生と観光客で、人の
往来も、多いところでもあります。今は、洋館の建物も、屋根、煙突も傷み
が、きて、どうにか、もてている感じが、しないわけでもありません。
この近くには、木造の洋館が、数多くありますが、現代の建築材料に
取って 変わられ、昔の情緒が、壊されていくのが、寂しい限りです。
此の辺一帯は、幼いころから、スケッチに通った、思い出があります。
本当に、久しぶりに、当時のことなど、思い出しながら、描いてみました。
F4 水彩 08、06
平戸の教会にて [水彩画]
平戸の教会にて1550年に、日本に、初めて、ポルトガル船が、入港して以来、平戸は、良い港を持ち
玄界灘、東シナ海に、行き来する、最適のところであったため、外国貿易の中心地となり
それとともに、キリスト教が、入ってきました。フランシスコ・ザビエルが、宣教にあたった
ことが、広く、知られています。その教会と、いわれています。日曜日には、ミサが行われ
多くの、家族連れの人たちが、集まります。前の作品で,もうひとつの、教会の紹介も
しましたが、隣り合うように、教会が、並んでいます。 また、隠れキリシタンの集落も
幾つかあることでも、知られていて、当時の、遺跡も数多く、残されています。 平戸には
観光の人達が,沢山やって来ます。 日曜日の朝、観光客と、家族連れのスケッチです。
水彩 F8 05、06
桜の名所・大村城 [水彩画]
旅の天草で [水彩画]
旅の天草で同窓会を、毎年、九州各県の持ち回りで、開いているんですが、06年は
熊本の天草の下田温泉で、開かれました。
特に、興味深かったことは、東シナ海に、沈む夕日が、とても、素晴らしい
ものだという、前評判があって、期待していたんですが、生憎、天候が雲で
覆われ、残念ながら、観賞ができませんでした。
翌日に、近くに、水車小屋が、あるというので、出かけて行ってみることに
しました。なるほど、看板には、「天轟丸」「直径10M」「日本一」と、あって
その大きさには、びっくりしました。
この水車は、産地で知られる、陶土を細かく砕いて、窯業の盛んな各地
に、積み出す、働き者であることを、知らされたのでした。
F4 水彩 06、6
ハウステンボスと広告 [水彩画]

ハウステンボスと広告
のどかな、ハウステンボスの、お昼の時間帯です。さっきまで、沢山の人出で
賑やかだった,通りに、急に、静けさが、やって来たようでした。
話し声が、遠ざかり、遠くに、人の気配が。庭園の、向こうの、建物の方へ。
3枚のパネルが、案内の女の子に、置いてきぼりに?遠くには、アドバルーンが
朝からの疲れを、お昼に小休止でも、するかのように、低く浮かんでいます。
F4 水彩 06,5
大村市・裏見の滝 [油彩]
大村市・裏見の滝
ここ、大村は、数少ない、海上空港で、知られるところですが、この滝は、大村湾と
空港を、見下ろす、山の中腹に、 あります。国道から、入って 、 かなり、 急な坂を
登って、行かなければなりませんが、もちろん、車でも 、滝のある付近まで 、行く
ことができます。自然に群生する、シャクナゲの樹・花のきれいなところで、観光に
おとづれる人で、賑わいます。駐車場からだと、車を置いて、逆に、急な斜面を、グ
ルグルと,回りながら、滝に向かって、降りて行くことになります。
下りは、それほどで、ないんですが、帰りは、とても大変。厳しい登りで、降り口
に、観光課で、用意されていた、杖を、持って、行かなかったために、帰りは、キツイ
目に、遭いました。花は、樹の梢まで、咲き乱れ、とても、きれいでした。
F10 油彩 06,5








東山手洋館
異人屋敷群跡


