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手術適応 [お医者のキモチ]

以前書いておいた記事。


「外科医の責任」について考えてみたりしています。
外科医だから手術が好きかってーと、ぶっちゃけて好きなんですけど、そうとも言い切れない部分があります。
癌だったら「手術以外に根治の方法はありません」の一言ですむって言えばすむんです。
そうでない、とくに緊急手術の場合、ほんとにこの人手術しなきゃいけないのかな、CT所見と手術所見が違ったらどうしようって思いながら、実際のおなかの中をみてほっとすることが、実はあります。
そんな無責任なこと言うなよ!って思われて当然ですが、ベテランDr.だってそう言います。
こと子どもの場合、小児外科のDr.の表情からも、自分の経験からも、切ない気持ちになります。

自分が外来や救急で見た人であれば、この機会を逃すまいと本当に手術適応かどうかや手術に向けてのやりくりを自分の手中におさめておくわけですが。


そんなこんなで、若手外科医としては手術症例を手ぐすね引いて待っているわけですが、けど、その一方で適応を誤ることはできない。
かといって、経過観察の判断で手術のタイミングを逃せば、患者さんは重症化してしまう。
若手であっても外科医である以上、保存的(内科的)治療中の受け持ち患者の外科的治療に踏み切り、内科医からの相談には受けて立たなければならないわけです。

好きだけど、大変な決断です・・・。
人に麻酔をかけて、刃を向けるわけですから。
当面は、このプレッシャーに立ち向かっていくつもりではありますけど。






4年目の心境 [お医者のキモチ]

外科医になって3年半が過ぎました。

年明け早々緊急手術のためにスタッフを招集したり、家族とのショッピングを切り上げて呼び出しに応じて病院に出向いたり、内視鏡的に胃潰瘍の出血を止めたり、癌の病巣を切除したり。
ビジュアル的に分かりやすい形で、救命したり、あるいは命を落とさないための手立てを取ったりしています。

謙虚であれ、と思いつつも、一方で、命を救う、寿命を延ばす、あるいは元気な人の生活の質を改善する(ヘルニア、胆石などの良性疾患の予定手術)ことに貢献しているという自負はあります。

たしかにそうらしいのですが、患者さんの生命力、底力に、何度も助けてもらった日々でもありました。
術後合併症に、ある人は淡々と、ある人は半ベソかきながら、打ち勝ってくれました。
超高齢のおばあちゃんは自らの意志で準緊急手術を望み、ちゃんと元気に退院しました。

笑顔で退院することが目標なのはドラマの世界の話です。もちろんそれが短期目標ではありますが。
病気を治す、それによって安心感をもたらすために尽力するのは当たり前のことで、術前とかわらない生活を取り戻すための支援をすることも、外科医の大切な役割だと思っています。
良性疾患の緊急・準緊急手術後におなかの症状がなかなか改善せず、根気よく何カ月も通院してくださった末にやっと職場復帰を果たしたり、悪性疾患の術後になかなか体重が増えずあまりにガリガリで毎月お目にかかることに恐怖感さえあった方がだんだんふっくらしてきたり。
こちらもうれしくて涙目になってしまいます。「患者さんの人生」という肩にのしかかる重しが一気に軽くなるのも、まぎれもない事実であり。
患者さんにいいことがあると、素直に喜びを表現するようにしています。素直にうれしいのはもちろん、主治医が笑ってくれない時の怖さ、不安を、娘の一件で思い知ったから。
外科で付き合いの長い患者さんというと、たいていは悪性疾患か、術後経過が一筋縄でない良性疾患の方のどちらかですが、そんな方々に「センセーの顔を見るとほっとするんだよ」って言ってもらえると、こちらこそこんな若造を信じてくれてありがとうございます、という気持ちになります。


外科をやりたいのであって、癌と戦おうなんて思ってなかったんです、実は。
ところが消化器疾患を主に取り扱い、来るべくして癌患者さんと向き合う日を迎え、今日に至ります。
はじめの1年はこんな http://blog.so-net.ne.jp/side_B/2008-03-01 日々でした。

医学的な面でいうと、今は、自分の中で患者さん個々の手術のイメージ(どの膜を切開して腸を授動するとか、どの血管をどの分岐で縛るとか)を組み立てておいて助手をしてくれる上司のおんぶにだっこにならないとか、いかに抗癌剤の副作用を悪化させずに長く使い続けられるようにするかとか、ちょっと経験を積んできたなりの視点で取り組んでいるつもりです。
患者さんとのお話の傾向と対策はソラで出てくるようになりました。経験したことがないから答えに窮するということもめったにないし。
bad newsを伝えるのはどうしたって億劫だけれど、それを何日も引きずってくよくよすることはなくなりました。
そういう割り切りも、医者にとって必要な能力の一つだと思っています。
感情移入が過ぎて、仕事を休む一因になった研修医が以前いたから。人間として素晴らしいことだとは思うのだけれど、自分が元気でなければ、患者さんのことを守れない。


すっかり消化器の医者になったなぁとも思います。
研修制度が変わる前からローテート研修をしていた病院なので、どの科の医者も大人も、子どもも、妊婦さんも診ます。
ただ、急性期の初期対応はするけど、そこから先は内科なり、循環器科なり、それぞれの専門家でよろしく!ということが当たり前になりました。
逆に、消化器や外傷のことなら、他科のベテランDr.よりもずっと経験豊富になりました。
一人で全体をカバーすることなんて到底不可能なぐらい医療が進んだ今、当たり前って言えば当たり前だけれど。

思いついたことを、徒然に。





時間外風邪外来、ときどき中等症~重症 [お医者のキモチ]

最近ほとんど寝られない当直の割合が増えました。
寝つきが悪くなったのも一因ではあるけど。
一時は夜中の受診がかなり減ってたのに、熱が出た、インフルエンザが心配、っていう患者が1時間おきにやってくる。
「救急」受診が必要とは思われず、特段の処置なく薬の処方だけというケースが多い。
Ns.が電話で通常診療の受診を促しても「うちの子が重症化したら責任とってくれるのか」ってすごんできたという一件でも至って元気なお子さん。
なんでこんなケロッとした人が夜中の1~5時に受診しなきゃいけないんだろ、って。
(夜中に眠れないから、その流れで明け方の受診は実はさらにつらい。
3秒前にカルテに書こうと思ったことが思い出せないぐらい頭が働かないから、むしろ医療事故が起きやすい時間帯といえる)
で、そういう方には「前々から症状があったのにこんな時間に受診しなければならない状況には見えない」「我々も、人間ですから昼間起きて夜は寝るんです」と率直に言うようにしています。

でも先日とうとうトラブルになってしまいました。
前日から熱が出て、既往症の再発が心配だから予防薬がほしいとAM3:30に受診した元気な患者さん。
家族がどなりこんでいらした。
不愉快な思いをさせたことに対しては謝罪した。
こちらが説明する間もなく話し続け、最後には「あなたもこういう仕事だという覚悟でこの仕事を選んだのでしょう、嫌ならやめなさい」まで言われてしまいました。

「当直なんて嫌いだからむしろこちらからやめるって言いたいぐらいです」って瞬時に思ったけど、今この場で波風を立てるのは得策ではないと思いとどまって、やめた。
反発を招くようなことを言ったら余計にお説教をくらい、睡眠時間が削られ、翌日の診療に支障をきたす。

救急外来が「時間外風邪外来、ときどき中等症~重症もくるけどね」という場所だなんて、これっぽちも「覚悟」してなかった。
眠気が吹き飛ぶほどの切迫した状態で受け入れなければならないような救急患者なんて、しがない二次救急病院には一晩に一人来るかどうか。
喘息発作、脱水など、入院には至らないまでも医学的に早めの受診が必要な方を拒む気はさらさらないけれど。
社会貢献、会社への貢献(私ひとり抜けたら他のDr.の負担が増える)と思って自分の健康を害し、家族と一緒の心地よい眠りを我慢している。
嫌いだけど、地域のため、同僚のため。

数十万都市にありながら、近隣自治体まで含めても数えるほどしかなくなった24時間365日子どもを診る病院。
何と言われようとも、この地域の医療を守りたいなら軽症患者は常識的な時間に来院しろ、という思いに変わりはない。

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再掲みたいなものですが、前提条件。

一般的な医師は平日の日中毎日出勤しています。
夜間・休日はそれにプラスで働いている時間です。
つまり当直の日は日中はたらいて、そのまま当直(実体としては夜勤)勤務して、そのまま翌日の勤務に入ります。

二次救急とは、入院または手術を要するレベルの救急を指します。





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死と向き合うということ [お医者のキモチ]

後期高齢者終末期相談支援料・・・後期高齢者が終末期にどんな医療を受けたいか、受けたくないか、相談して書面に残したら診療報酬を算定できる・・・以前の診療報酬改定時に設けられたけど、高齢者に「延命治療は受けたくない」と言わせて医療費を削減しようって魂胆だろう、という反対にあって凍結された。
目的はともかくとして、あながち間違ってばかりもいないと思ってたんだけど。
終末期医療を「端折る」ことによって、相当な額の医療費を削減できるのは事実としても。
後期高齢者に限定するから話がおかしくなるのであって。


大学5年のとき、「地域医療」の実習でお世話になった在宅医療専門クリニックの先生がおっしゃっていました。
「人は、本来食べられなくなったときが最期だと思ってるんだよね。だから胃ろうやCVポートは好きじゃないんだよ」って。
在宅医療:体が不自由、終末期などの理由で通院が困難な方に、周到な準備を整えてから、導入することが現在では一般的です。普段元気な方の急性疾患は通常対象になりません。
胃ろう:腹壁、胃壁を貫く管を留置して、体外から胃に直接栄養を流し込む
CVポート:体の深くの太い血管に直接高カロリーの点滴を入れるためのポート

なるほどな、そうだよな、って思ったのを、すごくよく覚えています。


医療自体が、神の思し召しへの反逆、短くなるべき命を永らえ、終わるべき命を救う行為なのですが。
考え方には諸説ありましょう。
すべての命に全身全霊を傾けるべきだとか、本人の望むとおりにとか。


死をタブー視せず、
自分が意思表示できなければここまではやってほしい、ここから先はやってくれるな、
ボケて家族の顔も分からず、食べることも忘れるようになっても生かしてやってくれ、あるいはもう見送ってやってくれ、
という意思を、元気なうちに表明しておいてほしいと思うことが多々あります。


良くも悪くも、医療は発達しました。
元気な人の元気を維持することはもちろん、
食えなくなったら胃や血管に直接栄養をぶち込み、
終末期でそう遠くない将来に閉じようとしている命を様々な薬剤や血液製剤の投与でわずかに永らえ、
回復の見込みのない命に気管内挿管、人工呼吸、心臓マッサージを施し。


胃ろう造設は、内視鏡的にも手伝ったことがあるし、外科的にも作ったことがあります。
意思疎通できない、理解不能な状況に暴れ出すと鎮静剤を打たれ、「く」の字に曲がった体に穴を開けるのは、えも言われぬ気持ちになります。

助からないだろうな、と思いながら心臓マッサージすることも、少なからずあります。


「少しでも長く生きていてほしい」という家族の愛を感じるし、
いずれ絶たれてしまう亡くなりゆく本人の記憶よりも、今後も生き続けていく残された家族の「これだけがんばった」という記憶の方が大切なのかもしれない。
自分のような若造がこんな厚かましいことを言うのは世の諸先輩方に大変失礼なことだと思うし、親世代はともかくとして、同世代、子供世代に対してそんな「冷めた」ものの見方をできる自信もない。


だけど、「俺が寝たきりでうーうー唸ってるだけしかできなくなったら、そのまま静かにほっといてやってね」。

死ぬという行為は、自分の、生きるという行為の最後の一幕だと思うから。






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胃潰瘍 [お医者のキモチ]

(注:胃の画像を載せていますが、あまり一般受けが良くないらしいので、不得手な方はご注意ください)


最近胃の調子が悪くて、観念して胃カメラ初体験しました。
どれだけ具合悪くても食い気だけはあるので、食欲が落ちるのはかなり具合悪い証拠です。

相方の里帰りを見送った日がもっとも具合悪かった。
ろくにおもてなしできず、お義母さんすみませんでした。
相方からも受けろって言われたし。
胃が張る感じはピロステ(幽門狭窄)?若年発症の癌だったらどうしよう、とか思わないではない。

で、昨日はふと気付いたら22時だったので、つまみなしで晩酌。
今日の朝ご飯は紅茶一杯。

あまり朝はたくさん食べる方じゃないけど、何も食べてないとさすがにおながが空く。
出勤して、いつものように胃カメラ当番の日。
予約患者一覧の中の自分の名前を指して、看護師さんに「これ私なんで・・・お願いします」。

昼前まで、みなさまの胃の中をクネクネと見渡す。
先輩Dr.に声がかかって、いざ自分が患者になる番。


まずはのどの麻酔。
キシ○カインスプレーのまずいことまずいこと。
舌がしびれてきて唾液も飲みづらいやら出しづらいやら。
マウスピースを口で保持している感覚もつかみづらくて、テープで顔に固定してしまったほうが患者さんにとっては楽なのかも。

いよいよ挿入。
「舌の力抜いて~」
そうそう、舌をコネコネされると大変挿入し辛いのです。
スコープの先端が咽頭後壁に達するよりも前にオエオエと反射が出てしまう。
いつもなら「この人やりづらいな~」と思うタイプに、自分もあてはまりました。

のどは思ったよりもすんなり通ったよう。
ここで力むと、スコープは通らないし、のどは痛いし、いいことありません。
スコープが通った後でも違和感からのどに力が入る方がいますが、これも痛いだけです。

「食道抜けて胃に入ったら少し楽になるから、あとは死んだふりしてて」
たしかに、なされるがままに身をゆだねるしかない、早くこの苦痛が終わることを願うしかない状態でした。

スコープで胃が押された瞬間に大ゲップ。
大量に空気が抜けて視野が悪くなって申し訳ないなぁ、と思いつつも、止めようがなかった。

一度抜き加減になったスコープが、黙ってまた奥に進められると、抜く方向の一方通行でいいっすよーと思う一方で、なんか悪いものでもあるのかなーと不安になりました。

幸いにして生検を取らなきゃいけないような病変はなかったけど、ここからさらに5分かけて生検、とか言われても、がんばれそうにない。
とにかく早く終わってほしかった。

30.jpg
前庭部のちっちゃい潰瘍、胃炎でした。

キシ○カインは不味い。
咽頭反射の強い皆様、今まで「この人やりづらいなー」とか思ってすみませんでした。
我慢しようのないゲップって、あるのですね。
できるだけ短時間で、でも見落としのないようにがんばります。

ってな具合に、貴重な胃カメラ体験をしたのでした。
そのうちピロリの検査もします。

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相方を見送った日の帰り、一晩我慢できそうになかったのでドラッグストアに行きました。
潰瘍かもって思ってたので、胃粘膜保護薬には目もくれず、H2ブロッカー。
薬剤師さんに声をかけてもらったけど、自分が飲む薬は自分で選ぶ(笑)。

H2ブロッカー6錠で980円なり。
1錠163.3円!!!
(調剤薬局なら1錠34.1円だから、ドラッグストアで買うと129円も高い)

一方、翌日
H2ブロッカー、胃粘膜保護薬、胃粘膜麻酔薬、整腸剤 14日分を調剤薬局でもらったら、窓口負担940円(病院の窓口負担と合計で2020円)。
ま、うちの病院の採用薬ゾロが多いですけど。

保険診療してるのがアホらしくなりました。
そりゃあ、発症したばっかりのただの風邪でも、ドラッグストアで薬買おうなんて思わないわな。





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退院可能になったら、以後全額自己負担でいいと思う。 [お医者のキモチ]

たまたま問題行動のある患者が重なったり、たまたま施設入所中の高齢者の退院日がなかなか決まらなかったりすると、医療以外のところでイラつくことがあります。

交通事故後数週間たって、ほとんど部屋にいないぐらい動けてて、タバコ吸いに行ってて、果ては大部屋でタバコ吸って、退院勧めても家族ぐるみで連絡とれなくなった患者。たまたま見舞いに来てるときに入院適応ないし、入院生活に適応できないと話して退院日決めたけど。

安静が必要、外出したら命の保証はしないって言ってるのに外出が外泊になり、数日帰ってこない人。

施設入所中の方は、救急車に乗って「一方的に」受診、入院するわりに、退院可能になってから実際に退院するまで1週間近くかかる。高齢者の場合、退院直前に熱を出して退院延期ってまれならずあります。院内感染にかかりやすいリスクからも、せん妄のリスクからも、できるだけ早期に退院していただく必要があります。

他の患者とトラブルを起こさない人はただ寝かせておけばいいので、多少入院期間が延びても、経営だけみれば病院はそれほど困らない(うち、まだDPCじゃないんで)。
しかし、外科病棟という特性から、手術や化学療法で定期的に予定入院が入ってくるし、本当に入院が必要な急性疾患の患者を受けるためにベッドをやりくりしなければならない。
そんなこんなで、昨日まで「担当者が不在ですので明日連絡します」とか言ってた施設側が、家族に「うちはいつでも退院してもらっていいんですが、病院が書類をよこしてこないんで退院日が決まらないんです」とか言った日には、キレます。

「退院可能、退院に向けての特段の調整の必要性も認められないのに患者都合、受け入れ施設都合で退院がのびた場合にはそれ以後の経費を全額自己負担とする」

保険がきかなければ、1泊約3万円の自己負担です(差額ベッド代除く)。
こうすれば、みなさんの税金、保険料を一部の人が食いつぶすこともなく、空きベッドが確保されて救急受け入れも円滑になると思うのですが。
そして勤務医が医療以外のことに悩まされずに済むと思うのですが。





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袖の下 [お医者のキモチ]

「ちょっとちょっとセンセーっ」ってポケットに突っ込まれる、いわゆる謝礼ってやつです。
正規の診療報酬外の。
まだ4年目、どこにでもある総合病院勤務の私でも、片手で足りるかどうかぐらいの回数、現金を渡されそうになったことがあります。

医者一般に当てはまるわけではないでしょうけど、私個人は嫌いです。
断る気力、労力が嫌。

謝礼をもらってもその人の治療方針がかわることはない。
良性疾患でその場限りならまだ後腐れもないかもしれないけど。
今回は術後、これから化学療法を一緒にがんばっていきましょうっていう方。
私が受け取ることでその人が再発しないのなら、ナンボでももらうんだけど。

他人が謝礼(ものを含めて)を渡しているのをみて「うちは(金銭的な余裕がなくて)出せなくてすみません」という方もいて、病院として頑なに金品を辞退している一因なのだそう。
「(亡くなった)○○さんのご家族がもってきてくれました」と指し示した菓子折りまで嫌な顔をされるのは、さすがにどうかと思うけど。






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優しくなれない・・・ [お医者のキモチ]

なんだか苛立っていたこの頃。
忙しさのせいだか、患者さんの予後が悪いからだか、花粉症のせいだか。

1日がかりの心臓外科手術に入る週は、とくに時間の余裕がない。
自宅療養の方向づけ目的に入院してもらった末期癌患者さんはゆっくり腰を据えて話せないまま退院し、
初診で切除不能癌と診断した患者さん、とくに病状を受けとめきれないその家族とも、腰を据えて話せなくてコミュニケーションがうまくいかず、
比較的若いながらも癌の術後の患者さんにはどの化学療法を推奨すべきかが悩ましく、
精査したもののうちでは手におえず専門病院に紹介した患者さんもいて。
手術を翌日に控えて入院された患者さんに、昼間のうちに「こんにちは、担当させていただきますのでよろしくお願いします。今は手術の合間なので夕方か夜には改めてうかがいます。申し訳ありません。」と挨拶をすませておいて、実際に面談できるのは18時、この前なんか20時だったりする。

患者さんにエネルギーを「吸い取られ(注いで、という意味で)」て、
家に帰っても相方に優しくない自分。

ただでさえなんだかなぁと思っているのに、患者さんに対してもきつい言い方をしてしまって、自己嫌悪、自分で墓穴を埋め直すありさま。
相方にも、患者さんにも、優しくなれないなんて、どうしようもないよなぁ、、とさらに自己嫌悪。

病棟にいても悩ましさで頭がいっぱいになるばかり。
だからって、手術室にこもることが現実逃避になってるのって…なんだかなぁ。


そんなさなか職場の同期の結婚式に出席して、人前式で誓いのことばを読み上げるふたりに、あぁよかったなぁ、と。
そうそう、いろんな人に見守ってもらったんだって感謝の気持ちでいっぱいだったなぁ、と思い起こした。
お互いに直してほしいところが、鼻毛が出てるとか、二重顎とか、おもしろい二次会だった。


とりあえず、その前後ぐらいから23時以降はWiiをしないことにした。
ブログも、帰りの電車で、携帯で打っておいて、後で編集。
そうしたら、寝る時間もとれるし、「器械越しでない」相方との時間も取れるし。
たまの休日の夜は、新婚旅行以来やってるみたいに、ワインをあけて、生ハムとチーズで晩酌したいなぁ。

患者さんの方針も決まってきたし、なんとか乗り越えられたっぽい。
あとは、異動であいた分の穴埋めで普段より多目の夜間休日勤務をいかに疲れをためずに乗り切るか。
休肝日(一発変換できるんですね)をいかに増やすか、間食をやめるか、、。






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経験をつんでも、辛いものは辛い [お医者のキモチ]

半月前に書いてあった記事をアップ。

自分はちょっとやそっとのことでは動揺しない、とまわりから見られているらしい。

オーベンからは「センセーはお酒飲んでも顔色変わらないし、受け答えも変わらないし。一度化けの皮をはがしてみたいんだよねー」と。

まぁ、確かに、思ったことをすぐに口にするほうじゃない。
相方や親しい友人と話しているときは「どんな冗談で切り返してやろうか」って考えるとこでも、他の人に対しては、そういうのは苦手。
損してるといわれるし、自分でもそう思う。

この前、ちょっかいを出し合ってる研修医に「膝カックン」(古っ)したところをオペ室ナースに見られた。
「へ~、センセーってそういうキャラだったんだ~。今度から私たちもやりますから!」
心の間の氷って、妙なところから溶けるものだ。


先日、歓迎会という名目のオペ室の食事会があった。
何かの話の流れで副院長が「センセーって患者さんが亡くなっても動揺しなさそうに見えるけど」と。
私「そんなことないですよ。そういうときは声が上ずっちゃいます」
科長も「私も付き合いの長い患者さんが亡くなると泣いちゃうのよね」
副院長も「感情が入っちゃうから『これは他人事』と心の中でつぶやくようにしてる。じゃないともたないよ」と。
どれだけベテランになっても、看取りは辛いんだなぁ。
当たり前って言えば当たり前のことなんだけど、人の死に立ち会う辛さは、この先30~40年ぐらい甘受し続けるんだなぁ。

…一方、残念ながら医療職には悲嘆にくれている時間が与えられていない。
私「でも、次の瞬間には、笑顔で別の患者さんに会いに行くんですよね」
副院長「そうそう、そういう演技みたいな技量が医者には必要なんだよな。次の人には、元気になったねぇ、よかったねぇって」
我々だってもちろん悲しいのだけれど、患者さんが亡くなったときにせよ、悪いことを伝える病状説明の後にせよ、それとは無関係な、軽快傾向のある患者さんに涙目、涙声で会いに行くわけにいかない。
かといって、30分も1時間も悲嘆にくれていては、仕事が終わらない、指示が遅くなると他職種の仕事にも支障が出る。

学生のころ実習先で指導医が、Aさんの術前の病状説明中に、Bさんが亡くなりそう、という事態に直面した。
Aさんには笑顔を見せつつ説明し、呼ばれていってBさんのご家族に神妙な面持ちで対応し、ということを繰り返した。
プロってこういうものなんだと思ったものだけれど、今現実に、自分がそうしている。

「動揺」から、ベテランになっても人の死はやはり辛いものであり続け、それを引きずってその日1日を過ごすことが許されないという思いも変わらない、ということをきけたお話でした。






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よりよく生きてもらうということ [お医者のキモチ]

外科医になった理由の一つは、もともと元気な人が、元気になって帰って行くからだった。
実際、経験の少ない今のところは良性疾患(ヘルニア、胆石、虫垂炎など大雑把にいえば癌以外)の方が圧倒的に多い。
悪性疾患(癌など)でも治癒切除、あるいは補助化学療法でそれなりの予後を期待できることが多い。

それでも、順調な経過をたどった方々よりも、ごく一部の治療に難渋した方、予後が厳しい方のほうが、印象に残る。

根治切除を目指すけれど、取りきれない場合は断念して食べ物が通過する経路を設けるにとどめる、という患者さん。
術中所見から、残念ながら後者になった。
明日にはすっかり麻酔も覚めてしっかり話もできるようになる、が、はたしてどんな顔して会いに行けばいいんだろう、、、。
「取りきれた」などの嘘になることはけっして言わない。
会話の中で訊かれた範囲で、嘘にならない範囲で、状況を話す。
ご本人の術後の回復と、術中・術後にありのままを話してあったご家族の気持ちの整理を待った。

「大手術」にならなかったがゆえに術後の入院継続期間が長期になる必要はなかった。むしろ少しでも早く退院するように動機付けして、少しでも長く家で過ごしてもらいたかった。
医療スタッフや家族が「うまくいったよ、順調だよ」と嘘をつきとおしても、元気に日常生活を送れなくなるのは時間の問題であり、そのとき必ずやご本人と家族、スタッフとの間に行き違いが生じる。
およそ1年と残されていない時間、比較的元気に体が動くうちにご本人にはやっておきたいこと、行っておきたいところ、家族に残すものの整理、連絡を取っておきたい人、さまざまなことをすませてほしい。

最終的にはご家族の意向に沿うようにします、という前置きをした上で、ご家族に、ご本人にも予後が厳しいことは伝えたほうがよかろうと話し、納得された。

当然にご本人もショックを受けていたが、翌日には、話してくれてよかった、よくなったって言われても手術時間からしておかしいなぁと思っていた、とお話してくださった。
ご家族のがんばりもあり、ご本人の早く帰りたいという気持ちもあり、「お話」から数日後には退院になった。

・・・・その頃、他の方の術後経過が良好だったり、腹腔鏡下手術は難しいと思われた方が開腹にならずにすんだり、全体としては調子よかった。
だが、ひとり予後不良な方がいたり、ひとり術後経過が思わしくない方がいると、頭はそちらばかりに向いてしまう。

最近、結構悩んでいる。
悩んだって仕方がないし、誤解を恐れずに書くと手術好きだし、やっぱり自分は(高齢者が多く、基礎疾患が複雑という意味で)内科医にはなれないけど。

60代、70代、ときには40代で、発見された時には切除不能な進行癌、あるいは術中に腹腔内への播種が判明するという方が、それほど珍しくない。
つい先日まで平穏な社会生活、家庭生活を営んでいた方が、不調を訴えて精査した、手術を受けたその日を境に、切除不能癌患者になる。
そしてその家族も、治らない癌患者の家族になる。
鮮明な理解力をもった世代が切除不能癌と告知され、自分がそうであることを日々思い起こしながらときを過ごすのと、
80代、90代の方が重症肺炎や虚血性心疾患などにかかるのとは、状況がまるで違う。
治らない癌の場合、数ヶ月、化学療法が奏功しても(消化器癌に関しては)数年先には、必ず終末期を迎える。

よりよく生きてもらうために力を注ぐことは、よりよい死を遂げてもらうために力を注ぐことと紙一重。
医学的な支援を約束し、社会資源の活用を促し、その方の人生の一部を支えるためにがんばっているのだけれど。
半年や1年以内には、笑顔で歩いている目の前の患者さんはもういないだろうという、その現実を受け止めきれない。
医師という職業を選んだ以上避けては通れないのだけれど。

じゃあどうしたら自分は悲しい思いをしないで済むようになるんだろうって考えたら、進行癌を出さない、つまり検診業務に精を出すことなのかな。
でも当分は一線の外科医をするつもりだから、検査を勧める、胃カメラで早期癌を見落とさない、かな。

あの患者さんやご家族にこれは話しておきたい、こんなことを知りたいかな、どんなふうに話そうかな、ということを、医局で一息ついていても、通勤の途中でも、家にいても、考えてしまう。
経験を積むうちに脳内マニュアルが構築されていくだろうし、慣れないとこの先30年以上やっていけないとは思うんだけど。






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