復活の10月 [学校生活全般]
さて、休暇も過ぎ去り後期が始まった。
やはり、前期の成績が芳しくない自分にとって、後期は挽回しなければならない。そんな一心もあっていわゆる「意識の高い状態」にあったわけだが、それはどうも自分に限ったことではないらしい。
誰と話しても、前期よりはみんなまともに勉強をする気があったようにうかがえる。まあでもそれもそうだ。自分が満足できる成績を前期で取得できた人などほんの一握りに過ぎないのであろうから。
とはいっても9月、紹介せざるを得ない行事がこの大学の学祭、通称「工大祭」だ。
学祭といっても、東大の五月祭や慶応の三田祭に比べたらどうせ大した規模ではない茶番にすぎないと思っていたらなかなかしっかりとしていた学祭で面白かった。
私自身は、所属しているテニサーの屋台でたこ焼きを焼いているだけで二日間終わったのだが、やはり企画がとても充実していて面白かった。
まず理系大学なので、さまざまな研究室が一般人向けに展示の企画をする。新しいガラスの技術の説明から、ロボットを動かしてみようといったものまで、さすがに全分野の工学部をそろえているだけあって充実していた印象だ。
そして様々なサークルが練習してきた成果を発表する。それはジャグリングだったり、音楽だったり、モダンダンスだったり形は色々なのだが、非常に多くの団体が各所でやっているため見ていて飽きることはない。
そして何より今年の一番の目玉となっていたのが「ミスター美少女コンテスト」だろう。
これは有志の団体によって作られたもので、題名の通り「女装」してきた男たちがステージの上で「ミスコン」をやるものだ。どうせ内輪ネタにすぎない、寒いただの出オチなショーだと思っていたのだが、構成がうまい。本気の女装から半ばジョークの色気担当までしっかり設定が作りこまれていて、私自身はインターネットの動画中継で見たのだが2時間まったく飽きさせない内容だった。
そんな工大祭だった。
この大学がここまでオープンに何かをやることなど一年にたった一度しかないのだから、ぜひ来年は足を運んでほしい。
工大祭が終わるころには、後期の生活が軌道に乗り始めていた。
前期の反省を生かしての、バイト、サークル、授業、交友関係などをうまく両立させた充実した生活の歯車が回り始めたのだ。受験生だったころと同じように、目的を持った規律のある生活。大学に入って半年。ようやく到達できた生活形態だ。
やはり、前期の成績が芳しくない自分にとって、後期は挽回しなければならない。そんな一心もあっていわゆる「意識の高い状態」にあったわけだが、それはどうも自分に限ったことではないらしい。
誰と話しても、前期よりはみんなまともに勉強をする気があったようにうかがえる。まあでもそれもそうだ。自分が満足できる成績を前期で取得できた人などほんの一握りに過ぎないのであろうから。
とはいっても9月、紹介せざるを得ない行事がこの大学の学祭、通称「工大祭」だ。
学祭といっても、東大の五月祭や慶応の三田祭に比べたらどうせ大した規模ではない茶番にすぎないと思っていたらなかなかしっかりとしていた学祭で面白かった。
私自身は、所属しているテニサーの屋台でたこ焼きを焼いているだけで二日間終わったのだが、やはり企画がとても充実していて面白かった。
まず理系大学なので、さまざまな研究室が一般人向けに展示の企画をする。新しいガラスの技術の説明から、ロボットを動かしてみようといったものまで、さすがに全分野の工学部をそろえているだけあって充実していた印象だ。
そして様々なサークルが練習してきた成果を発表する。それはジャグリングだったり、音楽だったり、モダンダンスだったり形は色々なのだが、非常に多くの団体が各所でやっているため見ていて飽きることはない。
そして何より今年の一番の目玉となっていたのが「ミスター美少女コンテスト」だろう。
これは有志の団体によって作られたもので、題名の通り「女装」してきた男たちがステージの上で「ミスコン」をやるものだ。どうせ内輪ネタにすぎない、寒いただの出オチなショーだと思っていたのだが、構成がうまい。本気の女装から半ばジョークの色気担当までしっかり設定が作りこまれていて、私自身はインターネットの動画中継で見たのだが2時間まったく飽きさせない内容だった。
そんな工大祭だった。
この大学がここまでオープンに何かをやることなど一年にたった一度しかないのだから、ぜひ来年は足を運んでほしい。
工大祭が終わるころには、後期の生活が軌道に乗り始めていた。
前期の反省を生かしての、バイト、サークル、授業、交友関係などをうまく両立させた充実した生活の歯車が回り始めたのだ。受験生だったころと同じように、目的を持った規律のある生活。大学に入って半年。ようやく到達できた生活形態だ。
休暇の9月 [学校生活全般]
さて、8月が夏休みというのは高校、いや果ては小学校時代から変わらない。
だが9月も休みというのがやはり大学生特有の現象といえる。
この記事でようやく一番最新のこのブログの更新に追いついた。前の記事でも述べたが、東レのシンポジウムに行ったことは、やはりセンター試験の結果だけで大学を選んだ自分にとって少し方向性を示してくれるように感じられた。
サークルでの旅行、高校での旧友との再会、高3のクラスでの飲み会だとか、外気もようやく涼しくなりはじめ、休みらしい休みとして過ごせたのが9月だ。5月の時期と違ってどうしても古い友達に会いたいというものでもなかったが、やはり旧友に会うと心が落ち着くし刺激になる。
元気なみんなの姿を見ると少し元気になるし、大学受験においては希望通りの進路を選べなかったあたり、彼らに負けるわけにはいかない鼓舞される。
教習所にも入校したのだが、あまりにこの時期やる気がなかったせいでこの記事を書いてる2月現在、非常に苦労しているのはまた別の話だ。
あとは合コンというものを初めて経験したのも長月だ。
あまりこのブログでは強調していないが、東工大の男女比は9:1だ。出会いがないどころの騒ぎじゃないし、東工大生は基本的に彼女のいない理由をこの男女比のせいにするというのも校風にも一役買っているデータである。
私自信が主催したのだが、初対面の女性を目の前にして話せるだけのトーク力があるのか自信がなかった。しかし意外と人間、窮地に立たされるとなんとかなる。特にそれから発展はなかったが、その場はすごく楽しめた。
この大学にいると、どうも受動的になりがち。
将来的に見ても就職が安定しているためわざわざ外の世界にでて努力をしようなんていう気もなくなってくし、女性関係にしても出会いがないからまったく恋愛感情さえ芽生えないためまったく行動を起こさない。
しかし、それでは堕落の一途をたどるだけだと察した。
だから、来年からこの大学にとどまらず、東京外語大の授業を受けるつもりだ。幅広い視野をもつ人間を育てるための「四大連合」というシステムを利用してのものだ。
一体これをやることで生活にどういう変化が訪れるのかわからない。しかし、常に探究心を持った状態で過ごすのだ。たとえそれで何も得るものがなくても、努力の上の無為は、後悔には値しないと思っている。
長かった夏休みも終焉を迎える。
夏休みが終わるとまた4月と同じように授業が始まるのだが、今回こそは4月と大きく違った。
そう、自分は何をすべきなのか。
得られ始めたその問いの答えゆえに、学問への意識は高まっていたという面においてだ。
だが9月も休みというのがやはり大学生特有の現象といえる。
この記事でようやく一番最新のこのブログの更新に追いついた。前の記事でも述べたが、東レのシンポジウムに行ったことは、やはりセンター試験の結果だけで大学を選んだ自分にとって少し方向性を示してくれるように感じられた。
サークルでの旅行、高校での旧友との再会、高3のクラスでの飲み会だとか、外気もようやく涼しくなりはじめ、休みらしい休みとして過ごせたのが9月だ。5月の時期と違ってどうしても古い友達に会いたいというものでもなかったが、やはり旧友に会うと心が落ち着くし刺激になる。
元気なみんなの姿を見ると少し元気になるし、大学受験においては希望通りの進路を選べなかったあたり、彼らに負けるわけにはいかない鼓舞される。
教習所にも入校したのだが、あまりにこの時期やる気がなかったせいでこの記事を書いてる2月現在、非常に苦労しているのはまた別の話だ。
あとは合コンというものを初めて経験したのも長月だ。
あまりこのブログでは強調していないが、東工大の男女比は9:1だ。出会いがないどころの騒ぎじゃないし、東工大生は基本的に彼女のいない理由をこの男女比のせいにするというのも校風にも一役買っているデータである。
私自信が主催したのだが、初対面の女性を目の前にして話せるだけのトーク力があるのか自信がなかった。しかし意外と人間、窮地に立たされるとなんとかなる。特にそれから発展はなかったが、その場はすごく楽しめた。
この大学にいると、どうも受動的になりがち。
将来的に見ても就職が安定しているためわざわざ外の世界にでて努力をしようなんていう気もなくなってくし、女性関係にしても出会いがないからまったく恋愛感情さえ芽生えないためまったく行動を起こさない。
しかし、それでは堕落の一途をたどるだけだと察した。
だから、来年からこの大学にとどまらず、東京外語大の授業を受けるつもりだ。幅広い視野をもつ人間を育てるための「四大連合」というシステムを利用してのものだ。
一体これをやることで生活にどういう変化が訪れるのかわからない。しかし、常に探究心を持った状態で過ごすのだ。たとえそれで何も得るものがなくても、努力の上の無為は、後悔には値しないと思っている。
長かった夏休みも終焉を迎える。
夏休みが終わるとまた4月と同じように授業が始まるのだが、今回こそは4月と大きく違った。
そう、自分は何をすべきなのか。
得られ始めたその問いの答えゆえに、学問への意識は高まっていたという面においてだ。







