アンニュイな朝 [啄木さん]
たんたらたらたんたらたらと
雨滴(あまだれ)が
痛むあたまにひびくかなしさ
本日も雨・・・・・・・・・・・・うらめしい。
そのうえ、二日酔い >< 気分は最悪・・・・・・・・・
呼吸(いき)すれば
胸の中(うち)にて鳴る音あり
凩(こがらし)よりもさびしきその音
貧窮、放浪、家族離散、病気、子との死別、妻との不和
そして26歳での早すぎる死・・・・・・・・・・・・・・・・・
放浪の天才詩人 石川 啄木 の人生はすさまじい
石をもて追はるるごとく
ふるさとを出(い)でしかなしみ
消ゆる時なし
けだるい二日酔いの日曜日、ネガティブな気分
啄木の悲しみが、胸に迫る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

啄木 生誕の地
体は不調でも、愛犬の散歩はかかせない
早朝見かけた、秋の風景




今日はこれでおしまい 頭が痛い >< とほほ
悲しみについて [啄木さん]
人といふ人のこころに 一人づつ囚人がゐて うめくかなしさ
啄木
(森本 哲郎著 ことばへの旅より)
初めてのブログです。 本のこと、映画のこと、自然のこと等々いろんな分野から、人生についてちょっと考えたり、楽しんでみたり、そんなブログにしたいな。
さて、今日は私の愛読書の中から、ちょっと書いてみようかと思います。
悲しみについて 著者は次のように記しています。
この歌の意味は、人間を心という独房に閉じ込められ、苦しみうめいている囚人に見立てたものです。 何故かって? どんなにもがいても、人間は死というものから逃れることができない、悲しい存在だからです。 啄木にとって、どんな瞬間も自分にとってかけがえのない価値をもつ、貴重な一瞬の連続だったのです。 もう二度と帰ってこないこの瞬間の一分、一秒を彼はいとしみ、歌い続けたのです。 病弱で、わずか27歳でこの世を去った天才詩人は、それゆえ死の予感をいだきつつ、短いけれど充実した人生を駆け抜けたのです。
悲しみとはなんでしょう。 自分のなし得る限界につきあたり、せばめられ、閉じ込められた将来に対し、自分の力の及ばぬこと、なすところの無さを感じる心 だといいます。
人間は悲しい存在である。 死に対し無力なるがゆえに。
だからその悲しさを心に刻み、一瞬一瞬をいとしみながら生きること、それこそがその悲しみを克服する最も彫りの深い生き方ではないか。
悲しく、いとしい人生の一瞬一瞬。 どうして無駄に生きられましょう。
いかがでしょうか? 瞬間瞬間の連続である人生のなかで、ふと立ち止まり、あるいは無為にすごしているであろう貴重な日々を振り返る、心の時間、そういったものも大事なことだと思うのです。 私を含めた多くのあなた・・・今この時を大切に、悔いのない人生を送りたいものですね。
ふるさとの
やまにむかいて
いうことなし
ふるさとのやまは
ありがたきかな
啄木
















