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日本が世界の人々から必要とされるためには [日記風のもの]

日本が世界の人々から必要とされるためには

キーワード:理工系技術者、国際技術貢献、安全保障、語学

サマリー
日本は天然資源に乏しいので、食糧、エネルギーの安全保障を確保する必要がある。そのためには、日本の人的資源を最大限に活用することが重要である。すなわち、志のある理工系技術者および、会社で能力を最大限に発揮する機会に恵まれない技術者に語学を徹底的に教育して「輸出」することにより、諸外国が戦略上必要とする技術の発展に貢献し、それらの国の安全保障政策に深く食い込むことにより、日本と諸外国との相互の安全保障を強固なものにする必要がある。

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 日本は世界の人から必要とされなくてはならない。不安定な要素が多い昨今の世界情勢を考えると、安全保障の面からも、日本が世界の国々を必要とする以上に、それらの国々から見た日本は不可欠な存在にならなくてはならないと思う。日本のプレゼンスを高めつつ、日本と他国間との相互の安全保障を確保するには専門家、とりわけ科学技術に携わる人々が個人の持っている技術を活かして、日本の技術を必要としている海外諸国に技術で貢献し、諸外国の安全保障政策に深く浸透するのが最も効果的であると考える。

 なぜ科学技術に携わる人々に特に期待するかと言うと、何といっても「技術に国境はない」からである。例えば、技術者であれば修士課程の学生であっても、国際会議で良い発表をすれば、発表が終わったその直後に握手攻めにあうことになる。中国人からも、韓国人からも、アメリカ人からも分け隔てなく賞賛を浴びる。それは科学技術がフェアな競争であって、高い技術を持っている個人を国籍や信条、宗教に関係なく認めざるを得ないからである。そして技術的な尊敬が、その個人の尊敬につながるのにそれほど長い時間はかからない。国際学会の度に顔をあわせて、何回か飲みにいったりすれば一生の友達になることだってあるのだ。一方、空虚な社交辞令に終始する、イデオロギーにまみれた政治家、思想家間の交流では真の世界平和はかなえられない。技術というフェアな土俵上における競争を通して、世界の人々と尊敬しあうという体験をより多くの若い人に味わってもらいたいと思う。

 そこで現在の日本における技術者の立場を考えてみると、残念なことに日本では「自分の子供も技術者にならせたい」という理工系技術者の割合が、中国、アメリカと比較して非常に低く、逆に「技術者にならせたくない」と回答した割合が大きく上回っている。また「会社は技術者を大切に扱っているか?」という質問に対しても、日本におけるyesの割合はアメリカ、中国と比較して非常に低い(日経エレクトロニクス 2002年9月9日号)。つまり、「科学技術に興味があって勉強してきた。しかも電子立国日本にあって、技術職というのは社会的に意義のある仕事であるに違いない。そこでエンジニアになってみたものの、仕事はきついし、待遇もそんなに良くない。あまり人から感謝されているという実感もない。従って人にはお勧めできない」といったところだろうか。

 自分の仕事に対してそれほど情熱も持てない。仕事上の不満はあるけど「他社に移っても、また同じような問題が起きるのではないか?」などの理由により転職できず、長時間労働によって体と精神を蝕まれ、疲れ果ててしまっている技術者を多く抱えるのは、日本の企業にとって、また人材しか売り物がない日本という国にとって大きな損失である。技術力があって粘り強い日本のエンジニアは、彼らが本当に必要とされる場所に職を得ることができれば、目覚ましい活躍をすることは歴史が証明しているのだから。

 さらに表題の、「世界から必要とされる日本」となるためには、是が非でも優秀な人材を発掘して、日本と相手国との信頼関係を築くために働いてもらう必要がある。また、「自分は優遇されていない」と感じている技術者の中にも、自分の技術を活かしたいと考えている前向きな技術者が多く存在するのではないだろうか?また彼らは「社会から必要とされたい」、「社会のために何か役立ちたい」と考えてもいるはずである。

 それではなぜ日本では「技術者の職業は人にはお勧めできない」と考えている技術者がそんなに多いかというと、そもそも日本の多くの企業は「その個人の個性を活かす」という考えで人材配置をしていないからではないか。たいてい、年齢が比較的上の役職者の人事をまず年功序列によって最初に行う。このとき、年功が最優先事項であり、専門分野はそれほど重視されないので、それまでの人員配置に無理が生じる。とりあえずこのひずみを改善する方向で、役職でない部員の人事が決まるので、「いったんひっかきまわした上で、取り繕う」という、非効率的な手順になってしまう。このような非効率的なマネジメントが行われる背景は、「年功序列で、働いても働かなくとも給料そんなに変わらず」という日本の風習および、「マネジメントなんてできないのに、自分の存在感を示すという目的のみで人事をしたがる役職者が多い」ことが原因ではないだろうか?

 しかし「マネジメントが悪いから今の会社辞めて、新しい会社に行きます」といっても、またそこで同じ問題が起きるかもしれない。かといって、個別の深い技術が必要とされる中小企業には自信がなくて転職できない。こんな風に、日本の大企業のマネジメントがダメなために、優秀な技術者が多数「飼殺し」になっているとすれば、活躍の場を得たい技術者は、日本以外に活路を見出すしかないのではないか?

 例えば欧米の企業などでは、確かに技術者であっても、バカンスと称して日本人技術者よりはるかに長い休暇をとっていると聞くし、長時間労働によって過労死する技術者の話もあまり聞かないし、それでいて低収入で生活が苦しいのかというとそうでも無くて、むしろ日本人技術者よりも豊かな生活を送っているように見える。これは少ない労働時間で、仕事の成果が上がるようなマネジメントが行われているに違いなく、欧米の企業は理工系の技術者にとっては少なくとも日本の大企業より全然マシな場所なのでは?と思ってしまう。それに技術系の企業なら、業種は日本の企業とそんなに大きな違いはないであろうし、さらに技術そのものには日本と外国の区別はないので、日本人がそこで働いても、仕事の内容的にはさほど大きな障害は無いように思われる。むしろちゃんとしたマネジメントの下で、本来の実力を発揮できるようになるかもしれない。また相手国の政府系の仕事においても、チームワークで巨大プロジェクトを成し遂げるのが得意な日本人の特性が最大限活かされるに違いない。

 もちろん、「海外で仕事するなんて考えられない。それなら「飼殺し」のままで良い」という日本人技術者もいるだろうが、それは致し方ないと思う。家庭の問題等もあるだろうから。ただ、プロ野球の話をすると、今でこそ多数の日本人選手が米国のメジャーリーグに参加するのも、野茂やイチローが実績を積み上げたからこそ敷居が低くなったのだと思う。だから、今は「とてもじゃないが無理」と考えている技術者も、諸外国に渡った技術者の活躍を目の当たりにすれば、そのうち自分も行ってみたくなるかもしれないのだ。

 ただ、海外で働く際に当然予想される大きな問題に、言語が挙げられる。技術と違って、言語には確実に国境が存在する。外国語を理解しない者にとって、言語の壁の厚さは想像を絶する。これを解決するには正面切って勉強するしかないのだが、古くから自分の専門性を活かすことに情熱を注げる人は、そうしてきた。これはいわば自分自身の「輸出」である。たとえば、芸術家、料理家、文筆家などには、そうして自分自身を「輸出」する人が数多く存在する。しかし理工系の技術者で、単身外国に渡って技術を磨くという経験をしたことのある人はまだまだ少ないと思われる。

 しかし、日本の将来のために、本当に諸外国との持続的な安全保障関係を築き上げるためには、また技術者本人がもっと輝くためには、言語の問題を乗り越えてもらわねばならない。

 そこで志の高い技術者に、語学を徹底的にトレーニングして、海外に輸出する枠組みを作る必要がある。国際会議や標準化会議に参加すると、中国人だって、韓国人だって、ヨーロッパ諸国の人だって、自国語を操るのと同じように英語を操っている。この現実をみると、日本もいつまでも単純に「英語できません」では済まなくて、制度的に英語の運用能力を技術者に詰め込むべきであろう。国家が本当に安全保障を考えるのなら、個人が自分で自分を売り込むことをしなくても、国家の枠組みで戦略的に技術者に英語や中国語、フランス語を徹底的に教育して、相手国に「輸出」すればよい。そしてその国になくてはならない技術の種をまいて、日本人がその国の安全保障に深く食い込むようにすればよい。ただ、ここで注意すべき点は、相手国の技術者を対象に、学校で技術を教えるのと同じようにやって、「はいおしまい」というのではいけないということである。

 ブータン王国において農業技術を広め、国王から外国人として唯一「最高の人」の称号をもらった、ダショー西岡と呼ばれる伝説の日本人がいた。彼によると、「外国に行って日本の技術を教えるということの一番大きな意味は、現地の人が技術そのものを習得したかというよりも、現地の人の考え方が変わることである」とのことである。人の考え方まで変わるには、やはり技術者の人間個人としての思想、信条まで話を広げて、現地の人と対話を重ねるしかないと思う。その際、現地の言葉ができれば最高であるが、共通語である英語ぐらいは最低限自由に操ることが必要であろう。

 確かに現在でもJICAによる「青年海外協力隊」はある。しかし、大学を出て何の社会経験も無く、すぐに協力隊員になれる人もいるようであり、さらに山本敏晴さんのブログなどにもあるように、技術者が持っているような専門性は重視されないことも多いようである。しかし、私がこの文章で述べているのは、それとは違い専門家、すなわちプロとしての貢献である。つまり、本当に対象国が必要とする技術を提供するサービスであり、したがって対象国がお金を払って買うサービスのことであり、その結果、日本と対象国とが安全保障上深い結びつきを得られるような実質的な技術的貢献のことである。ここで日本側のメリットとしては、対象国の鉱生産物等の、日本には無い資源を他国に先駆けて優先的に確保できること、あるいは将来日本を担う比較的若い専門家に経験を積ませることができることなどが挙げられると思う。相手国のメリットとしては、開発の時間をかけずにその国の国情に合った技術の導入が出来るということであろう。特に農作物の生産量を増やしたり、寒さに強い品種開発のための農業技術、CO2排出が少ない発電プラント技術、水浄化技術など、水、食糧、エネルギーにかかわる技術提供ならば、さらにその国の安全保障における日本への依存度は増すので、日本の国益の点からは有利であると思われる。

 そしていつの日か、諸外国で「必要とされた」という自信と共に、日本に対する問題意識を高めた人材が再び故郷に戻ってくるであろう。その時に、この人材をさらに国家の進路と照らし合わせて有効に活用できるような仕組みが必要である。もちろん、自分が貢献した国々とのつなぎ役としてずっと活躍してもらうことは言うまでもないが、同時に日本国内における人材育成にも携わってもらう必要があると思う。

 以上の提案中、私が貢献できるのは「技術英語で諸外国の技術者と議論できる」技術者の育成であると考える。私でも英語での議論の練習台ぐらいにはなれると思っている。さらに私自身の経験から言って、「外国人や諸外国に対して言いたいことが頭の中にいっぱい詰まっている人」は語学の上達が早いというのが実感である。

 大学の理工系学部の職員の方、語学教育機関の関係者の方、政府関係者の方、「専門家である理科系の技術者に徹底的に語学を教育して、海外に輸出するというプログラムはできないものでしょうか?またこのプログラムは「青年海外協力隊」と違って、専門家である技術者を、相手国の要請によって派遣し、その結果、優秀な技術者を通して日本のプレゼンスが高まり、また日本と諸外国との間の安全保障を図ることができる」という効果を狙うものですが、この仕組みを作るために必要と思われること、「もうそういう制度はある」という情報などの交換をしたく、ご連絡をお待ちしております。

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