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    <title>パルナソス・アソシエーション</title>
    <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/</link>
    <language>ja</language>

    <pubDate>Sun, 27 May 2012 19:19:44 +0900</pubDate>  
    <description><![CDATA[音楽家で鉄道マニアの日記・エッセイ集です]]></description>
    
        <item>
      <title>111のWerbungslok</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-27</link>
      <category>ROCO</category>
      <pubDate>Sun, 27 May 2012 19:19:44 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/IMG_1814.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_IMG_1814.jpg" width="500" height="350" border="0" align="" alt="IMG_1814.jpg" /></a><br />
<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/IMG_1815.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_IMG_1815.jpg" width="500" height="350" border="0" align="" alt="IMG_1815.jpg" /></a><br />
<br />
　いくつか発注しておいたものが入荷した。そのうちのひとつがこの１１１型。この広告が面白い、と思って頼んでおいたものである。いかにもバイエルンらしい、ブルーと白のミュンヘンを中心とした私鉄の広告。　ＢＡＨＮＬＡＮＤ　ＢＡＹＥＲＮの白抜きの文字。車籍はDBAGである。もともとVerkehrsrotの塗装の上にラッピングをほどこしたものらしく、屋根はそのままの色で残っている。とはいえ、実車は通常の位置から見える部分は赤色が見えないよう、屋根部分の苦労のあとが見える。車籍はDBAGではあっても、近郊の私鉄で電化されているところにも出向いているのであろうが、電化されている近郊鉄道はだいたい電車だし、そうでないところはディーゼル動車だから、用途は限られるであろう。<br />
<br />
　細部まで良く出来ていて、走りもROCOらしく静かでなかなかいいのではあるが、手すりなどはプラ製でボディももちろんそうである。まあ値段相応ではあるなあ、という感想は持った。私的には、貨物列車かSilberlingeでも牽引させるつもりでいる。写真では見にくいが、１番運転台側のドア上部にＲＯＣＯのロゴが小さく印刷されているにはどういうわけだろうか。これはカタログでは見えなかった。最近のROCOは旧東ドイツ系の国々のものを多く手がけているので、ときおり欲しいと思うこともあるけれど、もうきりがないのでこの辺でやめておく。<br />
<br />
註)余計なことではあるけれど、これまでmade in Austriaであったのが、この表示はmade in EUとある。実態に合わせた、という意味ではわかるが、あいまいこのうえない。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>ゴルフの整備</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-26</link>
      <category>自動車</category>
      <pubDate>Sat, 26 May 2012 07:56:12 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[我が家のゴルフワゴン(ヴァリアンテ)も満8年になる。その間、モデルチェンジがあり、内容は一層磨かれたものになっているが、外観のスタイルや、簡素な必要にして十分な内装に今も愛着があって、新しい車に食指が動かない。なんと言っても9年目になるのだが、ほとんど故障がない。48000キロしか走っていないので買い換える理由が見つからない。だいたい、こわれもしないのに買い換えるものは車くらいのもので、電化製品はこわれるまでつかう。<br />
<br />
新しいゴルフはなんとなくスタイルが馴染めないし、そもそもほとんど二人以上は乗ることがないから、もう大きすぎるのである。ポロのヴァリアンテが日本で発売されればちょうどいい大きさだと思っているが、その気配はない。ともあれ、一年整備を終えて戻ってきた。オイル類の交換とワイパーブレードの交換以外何もすることがない。でもいろいろ調整してくれたおかげで、走りは調子良くなった。多分この調子でいくと車は持ち主の寿命を超えて生き延びそうである。もしそうだとするなら死ぬまでこいつと付き合ってやろう。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>JR北海道の対応</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-23</link>
      <category>札幌日記</category>
      <pubDate>Wed, 23 May 2012 17:00:53 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[　新千歳からスーパーカムイで札幌に向かう途中、恵庭を発車したところで急停車した。ややあってアナウンスがあり、「先行の普通電車が故障で運転不能となり、この電車をなんとかしないと、後続列車は発車できません、いつになるかわかりませんがしばらくお待ちください」ということで、止まったままになった。次の恵み野という駅で止まったままの普通列車をどうするか、ということらしい。<br />
<br />
　私がすぐ考えたのは、このスーパーカムイを故障車のところまで運行し、連結して待避線のある島松まで最徐行で推進すればいいではないか、と思ったが、そういう発想はないらしい。もう一つの方法として、苗穂運転所から救援列車を出して、下り線に入って推進運転で待避線に入れる、という方法がある。多分そうなると思ったのだが、苗穂から来たとしても恵庭までせいぜい２０分の距離である。ちょうど昼間だから、業務についていない救援用にまわせる列車はいくらもあるはずである。それがなぜ２時間もかかるのだろう、というのがどうしても解せない。<br />
<br />
　結局２時間１５分も遅れて札幌に到着したが、なぜこんなに時間がかかるのか。おまけに停車駅でもない次の恵み野で停車して、乗客全員にパンとお茶を積み込んだ。これにもかなり時間を要した。もうかれこれ２時近く、かなり腹も減っていたから有り難くはあったが、それよりは早く目的地に着いて欲しい。こういう事態は常に起こりうることだが、それに対する普段からの備えが不足している,と強く感じた。救援用のディーゼル機関車くらいは常備すべきであろう。結局、救援に来たのは「スーパー北斗」のフル編成だった。これでは能率が悪いわけである。だがまあ教授会にはなんとか間に合った。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>金環食</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-21</link>
      <category>プライベート</category>
      <pubDate>Mon, 21 May 2012 12:11:16 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-21</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/Unknown-1.jpeg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_Unknown-1.jpeg" width="400" height="270" border="0" align="" alt="Unknown-1.jpeg" /></a><br />
　もちろん私はこの時間寝ていた。だが、この画像は間違いなく東京の我が家の屋上から撮影されたものである。息子と妻が早起きをして、（といっても７時頃だが）望遠カメラだけで特段の天体望遠鏡の助けもかりずにとったらしい。<br />
<br />
　私が小学生の時、日食があって、日食を観察してそれを自分で見たとおり絵で描いてくるように、という宿題が出た。もとより私はずぼらで、日食には興味がないから見もしなかったし、書きもしなかった。しかし宿題だから出さないわけには行かない。父親に頼んで、適当な絵を描いてもらい、提出はしたが、父親とて、実際見たわけではないから、まあいえばデタラメを書いて出したわけである。案の定バツであり、赤インキで訂正されて戻ってきた。もともと興味がないのだからバツで当たり前で、気にもしない性格はいまもかわらない。<br />
<br />
　面倒なことはみんな人任せ、という性格は昔も今も変わらない。それにしても普通の望遠カメラで良くこれだけのものがとれるなあ、と感じ入った。おじいちゃんと私の性格が息子に遺伝しなかったのは幸いである。私とちがって、やり遂げるまで絶対にあきらめない長所は母親から受け継いだものであろう。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>アルフレッド・コルトー(3)</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-20</link>
      <category>ピアノ音楽</category>
      <pubDate>Sun, 20 May 2012 13:31:51 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-20</guid>  
      <description><![CDATA[前述のTさんからおみやげにいただいたコルトーのマズルカを半分くらい聞いてみた。ふだんあまりCDは聞かないのだがこれはおもしろそう、と思ったのだ。コルトーらしいアクの強い演奏は予想した通りなのだが、録音はしたものの、発売はしなかった、という理由もわかる気もする。どの曲も私の予想とはことごとく違うテンポなのだが、これもいつも起こることでそう気にもならない。<br />
<br />
もとより、コルトーの演奏するマズルカがポーランド流のアカデミズムに収まるはずもないし、それでは面白くもないのだが、そうだとするとどんなマズルカでもいいか、となるとむつかしい問題が生ずる。ついでに一緒にいただいた20世紀前半のいろいろな歴史的ショパン弾きの演奏とも比較して聴いたがこれについてはまた項をあらためる。<br />
<br />
さすがにコルトーとなると、全く自由なルバートを用いても曲全体の構図はしっかりしていて、勝手放題、ということにはならない。が、しかしマズルカ独特のリズム感ということからすると、やはりかなり違和感を持たざるを得ない、というのが正直な感想であり、途中で少し疲れてもきた。多分ショパンはマズルカをこのようには考えていなかったのではないか、という思いがよぎった。やはりコルトー自身もそんな理由から発売をためらったのかもしれない。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>自転車専用道路</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-19</link>
      <category>交通一般</category>
      <pubDate>Sat, 19 May 2012 09:52:33 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-19</guid>  
      <description><![CDATA[自転車専用道路などというものの観念すらなかった時代の日本だが、私が留学した1960年代にはすでにドイツでかなり整備が進んていて、なるほど、と感心した覚えがある。いまだに<br />
日本では議論されているけれど、まだほとんど見かけない。ただ歩道、自転車道、車道、と分離すればすべて解決するわけではないことは、ヨーロッパでも問題になっている。自転車は走りやすくはなるが、その分スピードも出すからぶつかった時の被害も大きい。結局乗る人次第、ということになる。私は子供の時から自転車で走り回るのが好きで、よく友達とかなり遠くまで動き回ったが、いまはできない。妻から厳禁されているのである。あなたはせっかちだから絶対危ない、というのがその理由。<br />
<br />
自転車の運転の横暴さは目に余るものがあるから、これは法的規制は必要であろう。事故を起こしたら車の運転と同じ罰則があるとみんなが認識すれば、多少は減るであろう。ただ自転車に乗る人の心理を車の運転者も歩行者も知っていると、かなりな程度事故は減らせる。自転車は一度走り出すとよほどのことがないと、足をおろして止まりたくない。またスタートに余計なエネルギーがいるから一旦停止はできるだけ避けたい心理が働く。もうひとつ、自転車運転者は見込み運転が多い。歩行者はいつもまっすぐに歩くものであって、急に思いついてショウウインドーに駆け寄る可能性があるとは思っていない。だから歩行者も進路を変える時に自転車が周りにいないか確認するくらいの注意はした方がいいし、私は被害者になりたくないからなるべくそうしている、しかし人はいつも緊張ばかりもしていられないから不注意の時もある。ヨーロッパ流の自己責任も限度があるから、その辺りの妥協点は見つける必要はあろう。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>アルフレッド・コルトー（２）</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-15</link>
      <category>ピアノ音楽</category>
      <pubDate>Tue, 15 May 2012 10:06:24 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-15</guid>  
      <description><![CDATA[　コルトーといえば、ショパン弾き、というイメージが強いが、シューマンなどドイツ音楽にも、ドイツ人以上に共感を持った人で、これもいまに語り継がれている。それと、Tさんの話で私も始めて知ったのだが、なんとベートーヴェンのソナタ全曲の録音があるのだそうである。（ただし、ハンマークラヴィアの一部がなぜか抜けている）そのほか、録音はしたものの、本人が発売を許可しなかったものが、たくさんあって、その中にショパンのマズルカ全集がある。まだ聞いていないがこれは面白いだろうと思う。そのコピーがいま手元にある。ショパン協会としてはいい資料になると喜んでいる。指揮者として、ワーグナーに傾倒し、ローエングリンや神々の黄昏などの楽劇も指揮したことなどはほとんど知られていない。当時のフランス人としてはワーグナーを上演するのは珍しかったのではないか。<br />
<br />
　ところでコルトーの記念館であるが、私はまだ見たことがない。比較的こじんまりしたホールでコンサートや展示ができる会館だそうだが、どういう理由か、資金不足のために中断し、内装ができていないので、そのままのかたちで、ときおりコンサートなどが開かれているようである。内装工事のために、１０００万から２０００万の資金が必要でそれをこれからなんとか寄付でまかなおう、ということのようである。<br />
<br />
　この程度の金額なら、どうにでもなりそうなものだが、小さい自治体ではなかなか思うようにはいかないらしい。今年の１０月７日を中心にイベントを計画しているようで、内容はまだ決まっていない。パリでコルトーに直接師事した人は案外多くて、日本人では遠山慶子さんがその筆頭格だが、遠山さんあたりが中心になって企画され、演奏会などをされるのされるのがいいのではないかと思う。いっぱんからの浄財を募る、ということも考えているようである。ともかく、コルトーと日本との結びつきを考えるなら、これはなんとかいい形で残していきたい、と思うのは私だけではあるまい。日本ショパン協会として協力するのは当然のことだと思う。(札幌）<br />
<br />
　<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>アルフレッド・コルトー(1)</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-12</link>
      <category>ピアノ音楽</category>
      <pubDate>Sat, 12 May 2012 09:43:15 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-12</guid>  
      <description><![CDATA[   ピアノに関係した人で、アルフレッド・コルトーの名前を知らないものはないほど、ショパンと云えばこのピアニストが象徴的に語られる。昭和27年に来日していて、5つのプログラムでコンサートを行なった。私は当時高校2年生。コルトーの実演を聞いた、というだけで羨ましがられる。<br />
<br />
昨日、Tさんという国立文化財機構理事の来訪があった。今年はコルトーの没後50周年にあたる。コルトーという人は途方もないスケールの音楽家であったが、いまでは日本ではもう知らない若い人も多い。コルトーという歴史的なピアニストを記念して立てられたホールが山口県にあるので、コルトーにちなんだイベントをやる計画があり、日本ショパン協会として、協力してもらえまいか、というのが来訪の趣旨である。 <br />
<br />
もう一つ、コルトーが下関公演の際宿泊していた、宿から見える無人島の小島、正式には厚島というのだそうだが、これがとても気に入り、「私は世界を旅したが、こんな素晴らしい景観はみたことがない、この島を買い取り、晩年はここで生涯を終えたい」とまでいったそうだが、土地の人は「外国人の単なる社交辞令」くらいにしか思わなかったが、だんだん本気であることがわかってきて、当時の町長さんが、それではこの島を差し上げます、と申し出た。コルトーはとても喜び、そのつもりでいたが、その後コルトーは病気で再び日本の土地を踏むことはなかった。が、コルトーはフランスに帰ってからもそもことをとても誇りに思っていたようである。その島は「孤榴島」と名付けられ、コルトーのサインの入った記念碑も立てられて今でもコルトーの象徴的存在であり続けている。(続く)<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>コンプガチャ</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-11</link>
      <category>一般向け</category>
      <pubDate>Fri, 11 May 2012 09:11:28 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-11</guid>  
      <description><![CDATA[  最近はすっかり興味をなくしているが、私はもともと賭け事が嫌いな方ではない。パチンコ、マージャンなどは若い頃かなりはまり込んだこともある。なにかといえばどちらかにかける、というのは今でも面白いと思うたちである。しかしたいていは負けることの方が多いから、やはりそちらの才能のなさはわかってきて、最近は遠のいている、というわけだ。それでもつぶれかかったGMの株を買って一攫千金を狙ったがこれもあえなく潰えた。<br />
<br />
寡聞にして「コンプガチャ」についてはよく知らなかったが、「ガチャガチャ」の電子化したものかな、くらいには思っていた。これもゲームの一種だが単にアイテムをそろえる、それも人がもっていないアイテムを揃えて自慢する、など私にはよく理解できない。どううまくいっても、金がかさむだけで、運がよければ大金を手にできる、というものではない。かけないマージャンがいかに面白くないかはやってみればわかる。<br />
<br />
時代もすっかり変わり、ゲーム全盛になったが、あれは勝っても負けても、金に関係ないこと、と思っていたが「コンプガチャ」は月に数十万円のツケがくることはあっても、運がよければ数百万円あたる、というものでもないようである。賭け事好きにも良く理解できない。ただ「コンプガチャ」の命名だけは秀逸である。「コンプガチャ」は廃止になったようだが、元祖「ガチャガチャ」はいまだ健在で街角で時折見かける。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>除染？移染？</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-10</link>
      <category>一般向け</category>
      <pubDate>Thu, 10 May 2012 18:52:02 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-10</guid>  
      <description><![CDATA[　放射能に汚染されたものを除染する、という言葉にどうにも引っかかっていた。放射能は洗い流したり、土地を削っても放射能そのものが消えてなくなるわけではないから、これは言葉のトリックである。第２次大戦中、日本軍が敗退した、という言葉がかっこわるいから、転進した、という言葉を使ったのと同じやり方で国民を欺瞞しているのではないか。このトリックは、除染したら、あたかも放射能が消えてなくなるかのように取れるから大きな誤解を招く。国民の大部分は「除染は出来る」と思っているが、実際は「移染」はできても除染などできないのである。放射能をただよそに移すだけならば、莫大な経費と手間をかけてやる意味がないではないか。ある程度許容出来るくらいの放射能ならば覚悟を決めて共存するか、それがだめならほかに移転するしか手はない。<br />
<br />
　と思っていたおりもおり、２６年たったチェルノブイリの放射能で汚染された地域のいわゆる「除染」の試みはことごとく失敗をした、という新聞記事を読んだ。さもありなんとおもう。日本はなぜチェルノブイリの事故に学ばないのだろうか。ウクライナもベラルーシはもう国としてとっくに「除染」はあきらめているのである。できることといえば、巨大な棺おけをもう一つこわれかかった棺おけの上に建造し（これとてそれに従事するひとは多くの放射能の影響を受ける）、いわば「くさいものにフタ」をするしか能がない。事故から２６年たってすらこれである。２６年後の福島もやはりこんな状態なのだろうか、と思うと暗澹たる気持ちになる。こんな惨憺たる目にあってもなお原発は必要なのだろうか。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>野立広告</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-09</link>
      <category>札幌日記</category>
      <pubDate>Wed, 09 May 2012 11:49:26 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-09</guid>  
      <description><![CDATA[　北海道もまだところどころ雪は残るものの、桜がまだ美しいし、白樺などの新芽がみずみずしい。札幌が一番美しい季節であろう。札幌駅に降り立つと、空気がまったく違う。からっとしていて、ヨーロッパに近い空気を感じる。北海道を鉄道で旅行していて思うのは、本州のような野立広告がほとんど見られないことで、これが景観のよさに大きく寄与している。<br />
<br />
　本来、禁止されているはずの新幹線沿線にも最近、違法な野立広告が目立ち始めていて、苦々しく思っているが、北海道にそういう規制があるのかどうかは知らないが、本当に少ないことは確か。でもこれを逆に見ると、本州のように金をかけてまで野立広告を作るだけの効果がない、だから少ない、ともいえるのかもしれないと思うとすこし複雑な気持ちにはなる。<br />
<br />
　日本の町並みを汚くしている原因は３つ。（１）建築物の規制が緩やかなこと（いい面もなくはない）（２）道路に張り巡らされた電線類（これも地震国としては街の景観は見にくいものの、災害の多い国では復旧が楽である（３）広告の規制がほとんどなく、いかにも汚い広告が街を醜くしている。<br />
<br />
　泊原発は５月５日以来止まっているが、いまのところ、札幌とその近辺で見る限り、とくに原発停止による変化はみられない。当地はむしろ夏よりは冬の電力が問題であろうが、一般家庭はだいたい灯油が主のようだから、東京ほどの影響はないかもしれない。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>原発停止</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-06</link>
      <category>一般向け</category>
      <pubDate>Sun, 06 May 2012 09:46:27 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-06</guid>  
      <description><![CDATA[べつに威張るわけではないが、私が一年前に記したブログで、脱原発などと言わなくても、当然再稼働には反対が予想される、ましてや新しく原発を作るのはどこも受け入れるはずはないから、イヤでも脱原発にはならざるを得ない、と言った筋書き通りになってきた。原発にも政治にも全くの素人の私が見てもそうなのだが、原発をやめるのが嫌な人たちは、自分たちの力でどうにかなる、と甘く見ていた節はある。<br />
<br />
でも、自分たちの意思で原発をやめる、といち早く決定したイタリアやドイツのような国と、成り行きまかせでそうなってしまった日本とはエネルギー哲学に雲泥の差がある、とは日本の国を動かしている人たちは思わないのだろうか。しかしいい機会である。節電を徹底し、自然エネルギーが軌道に乗るまでは、臥薪嘗胆、大変な覚悟がいるだろうが、これは私も含め、原発問題を根底から考えざるを得ないチャンスでもある。<br />
<br />
原発なしで本当に不可能かどうか、この一夏が正念場となろう。試して見るいいチャンスである。新しく原発を作るのがほぼ不可能なのが明らかになった今こそ、長期計画で自然エネルギーと向き合わざるを得ないのだが、やれ、効率が悪いとか、コストが合わないとかで、いまだにみんな真剣になっているという風には見えない。長期計画で、何年後にはこうなります。だからとりあえずは一番安全そうな原発から稼働するのは仕方がないけれど、これこれこういう計画でやります、と政府がはっきり表明しないから、橋下さんみたいな極端なことをいう人の議論に右往左往することになる。<br />
<br />
私はここ何回か関西を往復したが、駅も、電車も、公共施設も、コンビニも、見たところ、節電をしている、というふうにはまったく見えない。いつも通りである。原発がエネルギーの半分を占めていたはずの関西だが、なぜこう危機感が見えないのだろうか。やはり原発などなくても日常生活はちゃんと回っているじゃないか、と東京からきた人間にはそう見える。いまだに関西でもオール電化住宅を売り込んでいる、というに至っては、いったい何を考えているのだ、といいたい。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>いやー、混んだ混んだ</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-05</link>
      <category>旅行</category>
      <pubDate>Sat, 05 May 2012 20:14:06 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-05</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/IMG_1793.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_IMG_1793.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="IMG_1793.jpg" /></a><br />
　(鶴橋駅のアーバンライナー、雰囲気も色もDBのドナルドダックに似ている)<br />
<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/IMG_1809.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_IMG_1809.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="IMG_1809.jpg" /></a><br />
（川合高岡側から中川駅手前の新ショートカット線を見る）<br />
　連休２度目の大阪行きである。連休中はずっと仕事が込みすぎて少し疲れ気味だから、今回は帰りは寄り道をしないでまっすぐ帰京するつもりでいた。ところが、名古屋から一緒にコンクール審査の仕事に来ていたM子さんが「私、１０時のアーバンライナーとったのだけれど、一緒に行ってちょうど１２時には名古屋に着くからそこで食事でもしない？」と誘われたので、近鉄好きの虫が動き出し、連休だからもう席はないかも知れないけれど、と近鉄あべの橋駅で念のため聞いたら「デラックス席は２席だけあります」。わたしはやはりいつも運がいい。<br />
<br />
　乗ってみたかった理由は、M子さんとのこともだが、川合高岡ー中川ー桃園のショートカットの新線がもう出来ているはずだから、新線を通過してみたい、という考えが頭をよぎったからでもある。とにかく、私は鶴橋の駅に予定の１時間も前に来て、上本町行、難波行、尼崎行、三宮行、とすっかり多様化した３社の車両の乗り入れ状態を観察するためにホームに陣取っていた。同じホームにこれだけいろいろな車両が往き来するところはそうそうない。１時間はあっという間に過ぎた。<br />
<br />
　Ｍ子さんは、といえば、難波から乗るはずが、何を勘違いしたか、南大阪線のあべの橋駅に行って待っていたがどうもおかしい、と気づいたらしい。（彼女は大阪出身であるにもかかわらず）時計を見たらもうアーバン出発の１５分前。大慌てでタクシーで上本町までとばして、かろうじて間に合った、という。やれやれ。ところで１年ぶりのアーバンライナーは、八木、津にも停車するようになっていて少しガッカリした。ノンストップが売りのこの特急がである。この業界も大変で背に腹は替えられないのかなあ、と想像した。<br />
<br />
　名古屋駅ビルも連休でどこも大混雑だがそれでもＭ子さんが「なだ万」を予約しておいてくれたので、昼食も楽しく終わった。問題は名古屋からの新幹線である。天王寺のホテルで早朝ＴＶニュースで、今日の博多から東京行きの「のぞみ」は終日全部売り切れです、と聞いたので、あわてて天王寺駅へいって名古屋からの「のぞみ」の状況を聞いたら、「14時10分発の普通席が一席だけ空いています」。なぜ私はこうも運がいいのだろうか。かにかくに、そこまでは良かったのだが、実際に乗車してみると満席の普通車は子供連れで阿鼻叫喚、自由席車からあふれた客がデッキも埋め尽くしている。まさに連休ピークの混雑をイヤというほど味わった。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>CDの録音に立ち会う</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-02</link>
      <category>ショパン</category>
      <pubDate>Wed, 02 May 2012 21:54:54 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-05-02</guid>  
      <description><![CDATA[　ピアニストの江崎昌子さんからショパンのオケ付き小品４曲をＣＤとして録音したい、という申し出をうけて、私もまた改めてこれに取り組むことになった。<br />
<br />
Op,2     モーツアルトのドン・ジョヴァンニの主題による変奏曲<br />
Op,13　ポーランド民謡による大幻想曲<br />
Op.14   クラコヴィアク風ロンド<br />
Op.22   アンダンテ・スピアナートとグランド・ポロネーズ<br />
<br />
　すべて私の弦楽合奏のための室内楽ヴァージョンとして編曲したものを使うので、２日間、全部の録音に立ち会った。編曲者としてのイマジネーションを直接演奏家に伝えたかったからである。室内楽のメンバーは２年前、表参道のフェスティヴァルで演奏をお願いした瀬崎明日香さんをはじめとする、超ベテランのメンバー揃いで、江崎さんの演奏も素晴らしいが、ピアノと弦が渾然一体となった見事な録音で、当面これ以上の質の演奏は望めないであろう。編曲者として冥利に尽きる。<br />
　これだけ分量の録音には通常３日は必要だが、メンバー全員と会場の都合、その他でどうしても２日しかとれない。なんとか２日で仕上げられたのもベテラン揃いだったからである。２年前、一度経験しているはずなのに、未だに楽譜のミスプリントや、私の書き間違いが１０カ所以上もあり、メンバーから指摘を受けて冷や汗ものではあった。<br />
<br />
　それでもテークを重ねながら、編曲の不本意な場所、その他問題点を録音されたものを聞きながら議論の上、その都度訂正出来たので、ほぼ完全なものに仕上がったと思う。大いに疲れたけれど得難い経験をした２日間であった。これから、編集やプログラムノートを作成するなどで、製品としてリリースされるのは半年以上先になる。<br />
<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/IMG_1783.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_IMG_1783.jpg" width="400" height="325" border="0" align="" alt="IMG_1783.jpg" /></a><br />
　（録音風景・神奈川アートホールにて）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>ヨーダンパ</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-30</link>
      <category>鉄道全般</category>
      <pubDate>Mon, 30 Apr 2012 15:26:59 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-30</guid>  
      <description><![CDATA[　このところほとんどが飛行機の移動ばかりだったがしばらく振りに新幹線で大阪に出かけた。連休で混んでいることは知っているが、私は切符の予約は可能な限りしない。一人くらいどんなに混んでいても何とかなるものである。N700でないとダメ、座席はＢ席（３人の真ん中の席）はダメ、と窓口で条件を付けたにもかかわらず、一列車見送るくらいでA席がとれた。<br />
<br />
　飛行機でなくとも、大阪まではほんとに早くなった、と改めて実感したと同時に、一番ドアに近い席だったにもかかわらず、座っていても横揺れがないなあ、と思う。ふと思い立って、列車の連結面に陣取って、どのくらいの揺れがあるか、しばらくの間観察していた。あけっぱなしの車掌室のすぐそばだったけれど、怪しまれもせず、何の用ですか、ともいわれず、私はiPadで連結面の動画を撮っていた。<br />
<br />
　ところがこれ、２８０キロ走行中、ホロも歩み板も上下左右、ほとんど動かないので動画にならないのである。連結面の両方の車両の歩み板のこすれるところ、私は客車時代の昔からここが好きで、両方の車両の動き、とくにカーブにさしかかるところなど両方の車両の動きのちがいを体で感じるのが趣味の一つだった。（いまでは「危険ですからホロの間には立たないでください、と掲示のある私鉄もある）N700はヨーダンパの効果素晴らしく、ほとんど静止に近い状態で疾走する。しばらくやっていたがとうとう動画撮影はあきらめた。この技術、日本はすごいねえ！<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>西洋医学の限界</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-27</link>
      <category>プライベート</category>
      <pubDate>Fri, 27 Apr 2012 13:18:55 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-27</guid>  
      <description><![CDATA[   年を取ると、体調が前よりよくなる、ということはあり得なくて、現状よりいかに悪くならないようにするか努力する以外に手はない。<br />
<br />
  ここ数年悩まされてきたのが便秘で、特に旅行中は便秘薬が手放せないばかりか、だんだん量が増えてきて、かかりつけ医に相談したけれど、これという対処法はない、と諦めかけていた。ところが、数ヶ月前からかかっていた中国人の整体療法を受けるとその後しばらくのあいだは調子がいいことは経験的にわかっていた。中国人のC先生に、旅行中も自分でなんとかできないでしょうか、と相談したら、「いや、ツボさえわかれば自分でできます」ということなので、やり方の秘訣を教わってきた。<br />
<br />
    当初、たいして効果もあがらないかにみえた。やはり素人療法じゃダメか、と思っていたのだが、効果は少しづつ出始め、旅行中も薬は徐々に減らせるようになり、今や、これで薬とは完全におさらばできるのではないか、という期待が持てるまでになってきた。<br />
<br />
  要するにこれは老化現象であって、腸の働きが悪くなったにすぎない。これは西洋薬では治らないのは考えてみれば自明の理で、便秘薬などというものは対処療法であって、根本的に治すものではない。ここで、これまで私がほとんど相手にしてこなかった中国医療が功を奏したわけで、便秘などという誰でも起こる初歩的なことさえ西洋医学は限界があることもわかった。これで末期ガンになってモルヒネを使うようになっても便秘で苦労しないよう、もう少し挑戦してみよう。年のせい、とあきらめずにすむこともあるのです。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>Hｂfの運転会</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-23</link>
      <category>メルクリン</category>
      <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 18:25:16 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-23</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/IMG_1778.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_IMG_1778.jpg" width="400" height="320" border="0" align="" alt="IMG_1778.jpg" /></a><br />
<br />
　よしゆきさんが誘ってくださったのでこの日を心待ちにしていた。中央区豊海区民館というところで、勝ちどき橋の先を東に行った、埋め立て地のほぼ突端ににあり、私も始めてのところである。一人のコレクションには限度があるが、私の知らないめずらしいものが見られるのと、情報交換、無駄なおしゃべり（もちろんメルクリンとDBの話が中心になる）が魅力。<br />
<br />
　この日のハイライトはなんといっても超レトロなSchürzenwagenもどきの客車群であろう。これを見るだけでもここにきた甲斐があった。計測したわけではないが２４センチ客車より短く、(20センチくらいか？）厚い金属板製なので２４センチ客車よりはるかに重い。ＭÄRKLIN,GERMANYと刻印があるだけなので、これはもしかすると東西ドイツに別れる以前の製品ではないか。郵便車、手荷物車’、食堂車、一等車、２等車、と一通り揃っている。いかにわたしがレトロな存在とはいえ、感激して眺めるしかない。ドイツ製品の常としてものすごく頑丈に出来ていて、巨大なテールランプもある。しかも保存状態が信じられないほどいい。これをＭレール、アナログE18型機関車で走行する姿を見るのは、タイムスリップしたようで、ただもう感嘆あるのみ。<br />
<br />
　いや、申し忘れました。abeさんやHUHさんなどともお話し出来て良かった。ついでに、Hbfの会員のお仲間に私も加えてもらった。皆さん、ありがとうございました。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>幸田延の「滞欧日記」</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-21</link>
      <category>Literature</category>
      <pubDate>Sat, 21 Apr 2012 15:03:16 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-21</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/E58699E79C9F-9a720.jpg" target="_blank"><img src="http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/_images/blog/_658/klaviermusik-eisenbahn-koba/m_E58699E79C9F-9a720.jpg" width="225" height="300" border="0" align="" alt="写真.jpg" /></a><br />
<br />
 　さっそく、瀧井敬子さんから送って下さったのだが、これは実に面白い。学者らしく、幸田延がヨーロッパで聞いたコンサートの現地図書館の確認作業まで行われている念の入ったもので、当時の日本の音楽状況もだが、１９００年前後（この日記は１９１０年頃）のヨーロッパの音楽事情、音楽教育事情を垣間見ることが出来るのは貴重な文献といえる。延さんはいろいろなレッスンの現場を見学して克明に記録にのこしている。<br />
<br />
　パリのコンセルヴァトワールで、ガブリエル・フォーレ学長同席の卒業試験について、各楽器の一人一人に曲目とコメントなどがついていて、幸田延、という個性の強い辛口批評で、生徒たちは、ほとんどがかわいそうにコテンパンに書かれているのだが、それを少し差し引いて読んでも当時のコンセルヴァトワールの卒業試験のレベルはそれほど高いものではなかったようである。また、モーツアルトのレクイエムの合唱がひどい、これなら東京音楽学校の合唱の方がマシだ、とさえ言ってのける。<br />
<br />
　Ｒ、シュトラウス自身の指揮のコンサートとか、ニキッシュ、モットルといった当時世界最高の指揮者のコンサートであってもかなり厳しい目で見ている。何でもかんでもヨーロッパは素晴らしい、などと思わないところが幸田延の面目躍如たるものである。しかしそういう勝ち気な性格がたたったのか、４０才で東京音楽学校（現在の芸大）のピアノの教授の職を体よくクビにされてしまい、非常に悩んだところも赤裸々に描かれている。いまなら多分裁判沙汰になるところであろう。<br />
<br />
　日記はドイツ語でかかれたものや、日本語のものがごっちゃになっているが、原文をそのまま残した上、詳細な訳文と注釈がある。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>東京文化会館にて</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-20</link>
      <category>ピアノ音楽</category>
      <pubDate>Fri, 20 Apr 2012 17:58:21 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-20</guid>  
      <description><![CDATA[　日本演奏連盟主催の恒例のクラシック・フェスティバル、私が企画にかかわったこともあって、札幌から直行して東京文化会館のリハーサルから立ち会った。演奏も素晴らしく、ほぼ満席の大ホール、大成功だったと思う。私の編曲の第８シンフォニーの８手連弾も伊藤恵さんのリードで全体が見事にまとまり、ブラボーもすごかった。いろいろの事情でこのクラ・フェスも来年度で終わりとなる。少し淋しい。<br />
<br />
　ところで休憩時間にめずらしい人にあった。瀧井敬子さんである。彼女は何年も前に「漱石の聞いたベートーヴェン」という著書を出されていて、昔一度読んだのだが、たまたまもう一度読んでみる気になって、往復の飛行機の中で読み直していた。なかでも永井荷風の台本に菅原明朗が作曲した浅草オペラ「葛飾情話」についてのくだりに興味を持ち、彼女にこの録音やスコアが残っていないか聞いてみたい、と思っていた矢先だったのだ。それがなんと、ふだん、まずめったに会うチャンスのない、ご本人から休憩時間中に声をかけられたのである。奇遇というしかない。「先生の編曲ものがプログラムにあるから、いらっしゃるかもしれないと思っていました」とのことだが、彼女の著書を読んだばかり、というまさにその時ご本人が現れたのだから、一瞬、瀧井さんが夢枕に立ったのか、と思ってしまった。<br />
　日本の音楽界の先駆者ともいうべき「幸田延」（幸田露伴の実の妹）の話で盛り上がった。どうやら「幸田延」の著書を最近完成されたとか。幸田延の妹「安藤幸」はヴァイオリニストで、戦後も東京芸大で教えていて、私がちょうど入学した年あたりに退官されているようである。これも何かの因縁であろう。それにしても幸田家兄弟姉妹は、たいへんな才能の持ち主揃いだったようで、夭折した人を除いて、みんなひとかどの人物になっている。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
        <item>
      <title>ショパンの書簡</title>
      <link>http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-17</link>
      <category>日本ショパン協会</category>
      <pubDate>Tue, 17 Apr 2012 09:08:28 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://blog.so-net.ne.jp/klaviermusik-eisenbahn-koba/2012-04-17</guid>  
      <description><![CDATA[　始めて本格的なショパンの書簡の日本訳が完成し、そのお披露目の会が関係者を集めて、日本プレスセンターで行われた。１９５５年に発行されたショパンの書簡集はポーランド語のオリジナル本体に不備が多く、邦訳もその時代はポーランド語を日本語に正確に翻訳出来る人が少なかったこと、などがあって、半世紀以上もたって新しい知見も取り入れながら刊行されたもの。壮大なプロジェクトである。これ以上のものは今後１世紀くらいは望めないのではないか、という力の入れようである。<br />
<br />
第１巻　１８１６−１８３１（少年時代からパリ到着まで）<br />
第２巻　１８３１−１８４１<br />
第３巻　１８４１−１８４９<br />
<br />
　現在、第１巻が１０年の時間をかけて完成、日本語訳が東京外国語大学教授、関口時正氏とそのグループで２年を費やして日本語刊行の運びとなったことは喜ばしい。それ以後の予定はどうなっているか、という私の質問に対して、第２巻はショパン研究者イーゲルディンゲル氏（スイス在住）を中心にフランス語で刊行される予定なので、ポーランド語訳を待たずに直接翻訳が可能。すでにかなりなところまで進行しているので、翻訳も同時進行で始まっているらしい。全巻が完成するのは２０２０年の予定、という。ショパンの手紙の日本語訳は困難を極めたようである。そもそも１８００年代のポーランド語が現在の言葉とちがっている上、親しい人に宛てた手紙だから、当事者同士でしかわからない文言やスラングが多い。さらにポーランドは２度の大戦や外国の侵略をうけて、相当の部分の書簡が爆撃などで消失してしまっている、など。ただし、ショパンに関する資料は、それを所有していたアメリカ在住の人などから、かなりのものがこれまで見つかっていて、ワルシャワのショパン博物館に寄贈されたりしているから、今後も新しい資料が世界各地で見つかる可能性もないわけではない。（なにしろ、バッハのカンタータの知られていなかった資料が日本で見つかって話題になったこともあるくらいだから）<br />
<br />
　第２巻がフランス語で出される、というのはショパンがパリに移ってからなのでフランス語の手紙が多い、という事情にもよるのだが、ショパンの父のニコラ（ポーランド流にいえばミコワイ）はフランス人であるにもかかわらず、フレデリクもフランス語を母国語と同じように話せたわけではないらしく、日常会話でも手紙でも文法上、もしくは発音のミスが多かったらしい。これも困難な作業になろう。<br />
<br />
<br />
　著者のズビグニェフ・スコヴロン氏が来日して翻訳者の関口氏とともに、刊行までのいきさつを聴けたのは有意義な会であった。ちなみに外国語で翻訳出版されるのは、日本が最初の国となる。<br />
<br />
岩波書店、８００ページ、１８．０００円<br />
<br />
訂正:   私の聞き取りの不確実なせいで、コメントの通り、第2巻以降もポーランド語で出版されるが、当然フランス時代はフランス語の手紙はふえるので、フランス語の部分は先に日本語訳ができるであろう、とのことのようです。訂正してお詫びします。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>klaviermusik-koba</author>
          </item>
      </channel>
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