こんなオレはこれまでだ。
最近ふと思うんだ。
人生ってやつは
“行き止まりの無い迷路”
だなってね。
たかが20年ちょっとの人生だけどさ、ここまで来るのにはきっと幾度もの分かれ道があって、必ずどちらかを選んできたはずなんだ。
例え目の前に大きな壁が立ちふさがっていても、それはただ大きいだけの扉だったりする。
例え深い谷に突き落とされても、そこには暗いながらも道は続いている。
後戻りという選択肢は無い。人生にやり直しはきかない。裏技なんてあってたまるか。
そう学んだ。
そして学ばされた。
大切なのは前を向いて歩いていくこと。
仮に人生に正しい道があるとしよう。でもその道に座っているだけじゃ車にひかれてしまう。例え話だけどね。
一人で歩くか、二人で歩くか、大勢で歩くか、どれが最良の選択かはまだハッキリ分からない。助け合って歩くのも楽しいと思う。でも、最後に自分の足を動かすのは結局自分でしかないんだよね。
そんな訳でこのブログを閉鎖します。これは今までのオレへのケジメです。
長い間ありがとうございました。
また近い未来で!!
2006-07-19 23:53
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最近、ふと思うんだ。
『引かれたレールの人生だけを歩くのはごめんだ』
ってね。
「自分」という存在が生まれるのが決まった運命だとしよう。
生まれることが決まっているのであれば、
その人間がいつ「死」を向かえ「無」になるかも決まっている。
結局自分っていう存在は誰かに作られていて、
そこに神様(ここではそう表現しておく)が「意思」というものを与えてくれてるの。
その限られた時間と意思で僕はなにかでっかいことでもしようと思ってる。
でも結局、自分だけでなにかでっかいことをするのって無理なんだ。
多くの人の考え方が一つでなかったら、
その考えは、
ただの理想と妄想を願っているにすぎない。
そう、
自分の人生が決まっている時点で、
作られている時点で、
考え方は人それぞれ。
生き方も人それぞれ。
だから世界が一つになるなんて、
『きれいごと』は言っていられない。
もしきれいごとを願っているなら
それは理想と妄想の世界に動かされているだけ。
神様からもらった意思をいかせていないんだ。
もっともっと引かれたレールの人生で
自分の意思をもてよ。
スタートがあればゴールもあるなんて
決まったわけじゃないんだよ。
by ハローグッバイ (2006-07-21 18:09)