猫 [オリジナル短編]
オリジナルと云うか、こあとるさんやyoruhaさんがやってらしたこちらのテーマの文を書くという試みに便乗いたしたくなった所存。
いや、全然アイディアが思い浮かばずスルーしてたのですが、2、3日前に旧に思いついたため。
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猫
猫と云うのは、美しい生き物だと思う。
見た目かたちのことを言っているのではない。その生き方について、生き物としての在り様が美しい。
彼らは生きたい様にしか生きないし、生きられる様にしか生きたいと思わない。自分の生が中断されようとすれば抗おうとあがくけど、終幕がくれば黙って受け入れる。彼らは皆、自分の人生の名演者だ。
いや。今目の前にいるものだから猫を例にしてしまったけれど、実はおおよそほとんどの生き物の生き方は同じ様に美しいのだ。
人だって、多分同じ。
若い奴は奇抜な生き方に憧れたりするけれど、本当はシンプルな人生こそが正しく、最も美しい。
働いて、嫁さんもらって、子供を育てて、孫を可愛がって、年とって死ぬ。これほど美しくて、立派な人生もないものだ。
「それで、僕が何が言いたいかって言うとさ」
「うん」
マスターは僕の長広舌に何の感銘を受けた様子もなく、磨いているコップに注いだままの視線を頷かせて相槌を打つ。
「……コーヒーを頼んだら素直にコーヒーを持ってくるのが、シンプルに正しく美しい喫茶店のあり方だと思うんだ」
掲げて見せたカップから、揺らいだ琥珀色の水面が甘い香りを振り撒いた。
「今日は、コーヒー出さないの。代わりに、ハチミツいっぱいサービスしたげたから」
紅茶に蜂蜜。それは確かに名コンビであると言えるのかもしれないが、別段甘党でもない僕にとってはさっぱり嬉しくないサービスだ。
しかも、コーヒーを出せないのではなく出さないと来た。トレードマークのヒゲとサングラスのせいでさっぱり表情は読めないものの、こんなご時世に個人経営の喫茶店を開いてるくらいだから、他の喫茶店の店主同様ここのマスターも自分のこだわりについてはわりかし頑固である。
やむなく僕は、立ち上る蜂蜜の匂いに窒息しそうになりながらカップに口をつけるしかなかった。
「ねえ、マスター」
「うん」
マスターの返答は、やっぱりどこか曖昧であったけれど、ひとまず気にせず訊ねてみる。
「けるびんの奴、今日は何だか元気ないね」
甘ったるい湯気越しの視線をカウンターの端へ移しつつ、僕は言った。
移した視線の先には、一抱えくらいのもこもことした黒い物体がある。
カウンターの隅っこを己のねぐらと陣取る、それは丸まった一匹の黒猫だった。
パサパサとしてあちこち乱れた艶のない毛並みは、もう彼女がすでに、相当の老境にあることを示していた。
それでも、つい先月この店を訪れたときには、自分の名前が会話に出れば、耳をぴくぴくさせながらそのびっくりしたような顔をこちらに向けるくらいはしてくれたのに。
そして僕がコーヒーを飲んでいることを目聡く見つけると、すかさず寄ってきてカップの中を覗き込む。喫茶店の猫らしいと言えるかどうかは微妙だが、とにかくけるびんは、コーヒーの香りが大変お気に入りである。
そうしてマスター自慢のローストを存分に堪能した後、おもむろにひとつ、くしゃみをする。敏感な鼻のせいなのか、それとも何かのアレルギーの類なのか。ともかく決まって、くちゅんと小さくくしゃみする。そうして彼女は、すごすごと己の定位置に引き返し、また次の客がコーヒーを注文するのを待つのだ。
嫌な人には嫌だろうが、面白いと思う人にはこれが面白い。そうしたわけで、この店の常連客はまず必ずブレンドを注文する。けるびんの特別な接客を楽しみに、毎日ここでコーヒーを飲んでいく常連も存在する。僕はだけど仕事があるから、休日くらいしか訪れることが出来ないのだけど。
けるびんは十年前、まだマスターが風俗嬢をやっているときに出会ったとのことだった。ヒゲ男に風俗嬢とか言われても何なんだけど、実際そうだったというのだから仕方ない。世の中おかしいと云う他ないが、世の中には結局おかしいことばっかりなのだから、つまりはそれで正常なんだろう。
そして6年前にマスターがここで喫茶店を始めて以来、彼女はずっとここで看板娘をやっている。彼女というのはもちろんヒゲのマスターのことではなく、黒猫けるびん嬢のことだ。
けるびん、と云う名前は、彼女を拾ったときにマスターがつけた。そのころすでにいい年齢に見えたとのことだから、それから十年たった現在はもう相当のご長寿に在るといって良いだろう。
ちなみに、マスターは毎週日曜に欠かさず礼拝に赴くほどの、敬虔なカトリック信徒である。
敬虔なカトリック信徒的に言って飼い猫に天使の名をつけることが良いことなのか悪いことなのか、信徒でない僕には判断しかねる。あと、元プロのソッチ系てのもクリスチャン的にどうなのよってあたりも、もちろんわからない。
ともあれけるびんはけるびんとして、マスター以上にここの主らしくここにいる。結果として僕が理解できるのは、つまりそれだけである。
「もう、年だからね」
マスターは、独り言のような口調で応えた。
今日の彼女は、すぐ隣で自分の噂をされているというのに、おっくうげに丸まったままであった。まるで、縁側で正座のまま昼寝するお婆ちゃんだ。ほっとかれる孫の立場としては、大変寂しい。
でもマスターは、僕の視線に篭った感情を承知の上で、首を振った。
「無理、させたくないのよ」
くしゃみひとつでも、弱った体には相当の体力を奪ってしまうものだ。パートナー候補が男性か女性かはしらないがともかく独身のマスターには、けるびんはたったひとりの家族である。彼女の身を気遣うのも、当たり前のことかもしれない。
見回せば他にも2、3人、見覚えのある顔の客がしょぼくれた顔をしてティーカップを傾けていた。
そうして多分、彼らから見れば同じ顔をして僕は、蜂蜜の味しかしない紅茶を口にすすり入れるしかないのであった。
それからしばらく仕事が立て込んで休日出勤が続き、次にこの店を訪れたのは、一ヶ月も後のことになった。
ランチにはもう遅い昼下がりの時間が作る影は、店の中をモノトーンの写真じみた光景にする。その影に覆われるようにして、ヒゲのマスターはいつものように、カウンターの向こうでカップの受け皿を磨いていた。
ドアを開けるとガラガラと、余り軽快ではない音を響かせるのは、マスターがヨーロッパ旅行へ行ったときに買ってきたというカウベルである。店内を見渡すと時間帯のせいなのか、他には客の姿はなかった。
カウンターのスツールに腰を掛けると、ほどなくして目の前にカップが置かれる。
透き通るような黒を満たした、厚手のカップ。果実のような酸味のある芳香は、懐かしくも嗅ぎなれたマスターご自慢のブレンドの香りだ。
「……マスター。僕、まだ注文してない」
「この前頼んだでしょ。その分」
マスターは僕の抗議に振り返りもせず、カップを磨き続けていた。
ひと月前の間違いに、今更替わりかよと。もうそんな風に突っ込む気にもならず、僕はカップの耳に指をかけた。
「今日はコーヒーしか出さないの」
そう彼が言うのだから、実際本日この店で、コーヒー以外のものは望み得ない。
どのみちこの香りに、僕の口はすっかりコーヒーを受け入れる状態になってしまっているのだ。今更取り上げられてもかなわなかった。
「――くしゃみして、それで1分2分寿命が縮んだとしたって、好きな香りくらいいっぱい嗅がせてあげるべきだったのかもねえ」
スプーンを磨くクロースに視線を落としたまま、マスターはぽつんと呟く。
それは多分、ひとり言だったのだから。僕は何も応えない。
代わりに、手の中のカップを揺らして、少しだけ香りを宙に撒いてやる。
そうすると、くちゅん、と。
どこかから、小さなくしゃみの声が、返ってくるような気がするのだ。
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とまあ、テーマからはいささか反則気味でありますがとりあえず。
反則ついでに、解説については勘弁してください。
プロットなんか書いたこともねえですよ!






めっさ切ないです……。うあー。
いい話を読ませていただきました。感謝。
by よるは (2007-03-25 00:27)
>よるはさん
ご無沙汰しております。
私の、癒し系としての一面を垣間見せてしまいましたかな。フフフ。
…というお約束のアレはともかくとしまして。
お楽しみ頂けたましたのならば幸い。
yoruhaさんの作品も、トボけたマスターのキャラクターと主人公とのボケツッコミの応酬がとても魅力的な話でありました。
by DEEPBLUE (2007-03-28 11:07)
夜羽さんトコと合わせまして、今日気付きましたデスヨ。
余裕のない生活、超イヤ。何とか一段落付いたからいいようなものの。
で、とりあえず 短 文 じ ゃ な い 気がするんですケドも。
くそうズルイぞDEEPBLUEさん。ナチュラルに長くなろうとする行数をば縮めるのにアタマかきむしったワタクシの立場は(※知らねっつーの)。
とまあひとしきり糾弾させてイタダキマシタが、――そうそうこの雑味。
マスターがホモセクシャルだとかクリスチャンだとかドアベルの由来だとか、本筋にほとんど関係ないこの雑味がまた、活字を旨くしてくれる勘所のひとつと思っているワタクシのような人間としては大変美味でアリマシタ。猫モノってトコロもまたポイント高しで。
[ネギと卵だけでチャーハン作れ]みたいな課題に、平然と五目あんかけチャーハン出してきたDEEPBLUEさんの横紙破りっぷりに乾杯。いやむしろ完敗。
by こあとる (2007-04-07 18:48)
>こあとるさん
しかも、そのチャーハンにはネギも卵も入ってなかったりしてね。(解説なしの点)
ていうか、短文という縛りは完全に見逃しておりました――元のページ確認したら「単文」となっておったんですが、さすがにこれは誤変換ですよね?いや無理だろ一行とか!
で、こあとるさんの作品もナイスサトリでありました。背後に長い物語のありそうなマスターと給仕さんに対して、あえて何も知らぬ通りすがりさんの視点にしてさらりと書いてるのが上手いですな。妖怪小説は理不尽で終わるのが王道。
by DEEPBLUE (2007-04-08 23:41)