西小山と府中の次に住みたい街 [日常]
答:人形町。
さて、今日は家族団欒の日。
朝から車を出して、自然と温泉を満喫しにGO!と行きたいところだったんだけど、夕方には東京を発たねばならない父の都合上、今日はfeel東京。
出だしは品川歴史館。
目的は企画展「中原街道」(http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/hsindex.html)。
渋い!
中原街道は我が家から4~5分のところを走っているけれど、企画展にまで発展させるなんて、知恵を絞ったわね。南に東海道、北に大山街道と並行している中原街道は江戸時代にはお殿様も通ったらしいよ。
丸子橋を渡ったところ(綱島街道との分岐点付近)には小杉御殿なんていう休憩所もあったそうな。
今も小杉御殿町っていう町名が残っている。
個人的に気になったのは、中原街道ではないんだけど、品川を起点として江戸時代に利用されていた「品川道」。
終点が府中なんです。
先日府中郷土の森博物館に行ったとき、かの大國魂神社のくらやみ祭り(「燃えよ剣」の冒頭で土方歳三がやんちゃするあの祭り)は品川にある荏原神社での祭事に始まると習い、この因果はどんなものかと思っていたんだけれど、品川と府中をつなぐ「品川道」なる街道が走っていたのね!
しかしながらメイン展示がやはり中原街道なので、「品川道」が何なのかは詳細にわからず。
宿題にしましょう。
さて、そのまま品川歴史館を後にした我が家は、秋晴れの軽い空気に浮足立ちながら、清澄庭園で清く澄んだ心を獲得せんと欲す!と勇んで車を飛ばす。
が、はからずも、空腹という偉大なる煩悩に誘惑された小市民は、奇しくも「今半に行きたひ」という神の声もとい母の声を預かってしまい、これは天命!との思いで冒頭に書いたとおり、人形町へ向かったのが11:30。
甘酒横丁とか水天宮とか、なんか素敵な街並みでした。
どこも並木が陽ざしを受けて気持ちいい色をしていたので、ご機嫌なまま散策して。
美味しいすき焼きを食べて満腹な気持ちで帰宅。
そして昼寝。
のちランニング。
のち鶴瓶の家族に乾杯を家族で視聴。
ピースな夜は更けていき、これから11月に予定している旅の企画書を制作。
楽しみすぎて仕事よりはかどりそうな。
さて、今日は家族団欒の日。
朝から車を出して、自然と温泉を満喫しにGO!と行きたいところだったんだけど、夕方には東京を発たねばならない父の都合上、今日はfeel東京。
出だしは品川歴史館。
目的は企画展「中原街道」(http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/hsindex.html)。
渋い!
中原街道は我が家から4~5分のところを走っているけれど、企画展にまで発展させるなんて、知恵を絞ったわね。南に東海道、北に大山街道と並行している中原街道は江戸時代にはお殿様も通ったらしいよ。
丸子橋を渡ったところ(綱島街道との分岐点付近)には小杉御殿なんていう休憩所もあったそうな。
今も小杉御殿町っていう町名が残っている。
個人的に気になったのは、中原街道ではないんだけど、品川を起点として江戸時代に利用されていた「品川道」。
終点が府中なんです。
先日府中郷土の森博物館に行ったとき、かの大國魂神社のくらやみ祭り(「燃えよ剣」の冒頭で土方歳三がやんちゃするあの祭り)は品川にある荏原神社での祭事に始まると習い、この因果はどんなものかと思っていたんだけれど、品川と府中をつなぐ「品川道」なる街道が走っていたのね!
しかしながらメイン展示がやはり中原街道なので、「品川道」が何なのかは詳細にわからず。
宿題にしましょう。
さて、そのまま品川歴史館を後にした我が家は、秋晴れの軽い空気に浮足立ちながら、清澄庭園で清く澄んだ心を獲得せんと欲す!と勇んで車を飛ばす。
が、はからずも、空腹という偉大なる煩悩に誘惑された小市民は、奇しくも「今半に行きたひ」という神の声もとい母の声を預かってしまい、これは天命!との思いで冒頭に書いたとおり、人形町へ向かったのが11:30。
甘酒横丁とか水天宮とか、なんか素敵な街並みでした。
どこも並木が陽ざしを受けて気持ちいい色をしていたので、ご機嫌なまま散策して。
美味しいすき焼きを食べて満腹な気持ちで帰宅。
そして昼寝。
のちランニング。
のち鶴瓶の家族に乾杯を家族で視聴。
ピースな夜は更けていき、これから11月に予定している旅の企画書を制作。
楽しみすぎて仕事よりはかどりそうな。
泣きたくなったら… [日常]
One more time, One more chance / 山崎まさよし(1997)
http://www.youtube.com/watch?v=BqFftJDXii0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=BqFftJDXii0&feature=related
ハヤブサが教えてくれたこと [日常]
昨日・土曜日。
府中に行った。
郷土の森の体育館で知り合いのフットサルを見に行った。
ひいきの選手は、華麗なる足技を見せたが、得点には結び付かず、あいにく試合は負けた。
それは大変残念で、見ているこちらも大変悔しくて、なんか、今すぐもう一試合やって、そして勝ってほしいと思った。
そう、ワガママですが。
なんならひいきの選手にぜひ一点二点と入れてほしい。
直接決めなくてもいい。
むしろアシストの方がいい。
影の立役者的な。
松井大介的な。
さて、試合には負けたけど、お腹はすいた。
郷土の森に興味を抱きつつ、京王バスにて府中駅まで出、中華を食べ、ちゅーバスでまた郷土の森に戻った。
郷土の森は府中市立だったが、それはとても立派ないでたちだった。
大きくて広かった。
大きくて広いものはだいたい立派だと思う。
そこには博物館とプラネタリウムと古民家と梅園があった。
森の深くには水田もあった。
600円で博物館とプラネタリウムの入場券を入手した。
プラネタリウムで見た演目は「ハヤブサ~back to the earth」とかいう感じの。
最初、わずかな知的好奇心が掻き立てられただけだった。
まさかこんなに感動するとは思わなかった。
てんで思わなかった。
プラネタリウムに行く前、中華を食べながらとりとめもなく話していた。
3年目の憂鬱について。
転職するの?とか、今の会社に居続けるの?とか、挨拶のように日常的に会話に出てくる昨今。
つまり3年目は、なんとなく岐路に立っている気分。
ここで変化しないともう変化することはないんじゃないかという気分。
とはいえ、いま決断を下したとして、果たして正しいのか否か不明やもし・・という気分。
このままではマズイと思いつつも、さりとてどう転ずればいいのか決断しきれぬ未熟な不安。
本当に私はこれをやりたくて会社に入ったのかと自問しつつも、転職したとしてもイメージしている仕事なんてできないと諦念する。
そう、仕事の99%は準備であり、調整であり、つまり地味なもの。
だから、実際に動かしている手よりも、その先に創造される価値を意識すべきなのよ。
価値ある仕事、しているかしら?
ハヤブサは東京―大阪間を15秒で飛ぶスピードで宇宙を駆け巡った。
地球に訪れるであろう大きな気候変動に対応できるよう、原初の地球と近似している環境の惑星イトカワの石を採取してくることが彼の使命だった。
とてつもなく広い宇宙で(陳腐な表現)、彼は地球を旅立ち、イトカワに接地、そしてまた地球に帰ってくる。
国家を超えて、行政を超えて、会社を超えて、あらゆる小さなコミュニティを超えて、地球のためにハヤブサは飛んでいった。
宇宙から見たら、私なんてアリよりも小さい。
ムスカも言っていたように、人間なんてゴミのようなちっぽけな存在。
地球の引力に縛られていたハヤブサは、宇宙空間に飛び出てからは、太陽の引力に支配された。
その他の恒星と同じように、太陽系をまわった。まわった。まわった。
そして、地球と再接近するとき、ハヤブサは地球の引力を利用してその軌道を変えた。
ハヤブサは太陽系の中に自分を定位し、太陽系のその他の星たちから自分がどう影響を受けるかを計算したうえで、それらの星たちに接近していた。
すなわち、自らを変えるために自らの環境を変えた。
自ら機会を創出し、その機会で自らを変えよ。
はるか昔に前述したが、リクルートの理念である。
私自身とても好きな言葉である。
ハヤブサはリクルートのように戦略的に成長を続け、目的を達成していく。
地球規模、宇宙規模で。
イトカワへの着陸失敗や、音信不通、エンジン故障等に見舞われながら、ハヤブサはその役目を果たし、地球に帰ってきた。
最後に美しく散って。
ハヤブサは宇宙探査機だったが、人間そのものだった。
自分の悩みはなんてちっぽけなんだろう。
ちっぽけであることがつまらないことなのではない。
ただ、その先に創造される価値を意識すればいいんだ、と思った。
そして、その価値は、できるだけ多くの人が幸せになることだといい。
それはたぶん、未来を見つめることなんだと思う。
府中に行った。
郷土の森の体育館で知り合いのフットサルを見に行った。
ひいきの選手は、華麗なる足技を見せたが、得点には結び付かず、あいにく試合は負けた。
それは大変残念で、見ているこちらも大変悔しくて、なんか、今すぐもう一試合やって、そして勝ってほしいと思った。
そう、ワガママですが。
なんならひいきの選手にぜひ一点二点と入れてほしい。
直接決めなくてもいい。
むしろアシストの方がいい。
影の立役者的な。
松井大介的な。
さて、試合には負けたけど、お腹はすいた。
郷土の森に興味を抱きつつ、京王バスにて府中駅まで出、中華を食べ、ちゅーバスでまた郷土の森に戻った。
郷土の森は府中市立だったが、それはとても立派ないでたちだった。
大きくて広かった。
大きくて広いものはだいたい立派だと思う。
そこには博物館とプラネタリウムと古民家と梅園があった。
森の深くには水田もあった。
600円で博物館とプラネタリウムの入場券を入手した。
プラネタリウムで見た演目は「ハヤブサ~back to the earth」とかいう感じの。
最初、わずかな知的好奇心が掻き立てられただけだった。
まさかこんなに感動するとは思わなかった。
てんで思わなかった。
プラネタリウムに行く前、中華を食べながらとりとめもなく話していた。
3年目の憂鬱について。
転職するの?とか、今の会社に居続けるの?とか、挨拶のように日常的に会話に出てくる昨今。
つまり3年目は、なんとなく岐路に立っている気分。
ここで変化しないともう変化することはないんじゃないかという気分。
とはいえ、いま決断を下したとして、果たして正しいのか否か不明やもし・・という気分。
このままではマズイと思いつつも、さりとてどう転ずればいいのか決断しきれぬ未熟な不安。
本当に私はこれをやりたくて会社に入ったのかと自問しつつも、転職したとしてもイメージしている仕事なんてできないと諦念する。
そう、仕事の99%は準備であり、調整であり、つまり地味なもの。
だから、実際に動かしている手よりも、その先に創造される価値を意識すべきなのよ。
価値ある仕事、しているかしら?
ハヤブサは東京―大阪間を15秒で飛ぶスピードで宇宙を駆け巡った。
地球に訪れるであろう大きな気候変動に対応できるよう、原初の地球と近似している環境の惑星イトカワの石を採取してくることが彼の使命だった。
とてつもなく広い宇宙で(陳腐な表現)、彼は地球を旅立ち、イトカワに接地、そしてまた地球に帰ってくる。
国家を超えて、行政を超えて、会社を超えて、あらゆる小さなコミュニティを超えて、地球のためにハヤブサは飛んでいった。
宇宙から見たら、私なんてアリよりも小さい。
ムスカも言っていたように、人間なんてゴミのようなちっぽけな存在。
地球の引力に縛られていたハヤブサは、宇宙空間に飛び出てからは、太陽の引力に支配された。
その他の恒星と同じように、太陽系をまわった。まわった。まわった。
そして、地球と再接近するとき、ハヤブサは地球の引力を利用してその軌道を変えた。
ハヤブサは太陽系の中に自分を定位し、太陽系のその他の星たちから自分がどう影響を受けるかを計算したうえで、それらの星たちに接近していた。
すなわち、自らを変えるために自らの環境を変えた。
自ら機会を創出し、その機会で自らを変えよ。
はるか昔に前述したが、リクルートの理念である。
私自身とても好きな言葉である。
ハヤブサはリクルートのように戦略的に成長を続け、目的を達成していく。
地球規模、宇宙規模で。
イトカワへの着陸失敗や、音信不通、エンジン故障等に見舞われながら、ハヤブサはその役目を果たし、地球に帰ってきた。
最後に美しく散って。
ハヤブサは宇宙探査機だったが、人間そのものだった。
自分の悩みはなんてちっぽけなんだろう。
ちっぽけであることがつまらないことなのではない。
ただ、その先に創造される価値を意識すればいいんだ、と思った。
そして、その価値は、できるだけ多くの人が幸せになることだといい。
それはたぶん、未来を見つめることなんだと思う。
イカセンター [日常]
イカセンターに行った。
それは西新宿にあった。
しかも雑居ビルの5階だった。
でも、とてもおいしいぷりぷりのイカだった。
送別会だった。
あんまり送りだす話はしなかった。
お別れめいた話はしなかった。
ただただ普段どおりしゃべってた。
アホみたいにしゃべってた。
言葉を発していた。
それはアウトプットだった。
自分のなかのもやもやしていたものが、自分のそとに吐き出された。
それはもやもやと渦巻いて、友達の顔をびっしょりと覆った。
でも友達は、もやもやなんか気にも留めていなかった。
それはもやもやではなかった。
私だった。
人間だった。
私だけじゃない。
なんら特別なことではない。
私はいない。
イカセンターのメニューは着実に売り切れが増えていった。
イカはどんどん消えていった。
代わりに私たちは増えていった。
もやもやを吐き出した分、イカを摂り込んだ。
イカ・デトックス!
それは西新宿にあった。
しかも雑居ビルの5階だった。
でも、とてもおいしいぷりぷりのイカだった。
送別会だった。
あんまり送りだす話はしなかった。
お別れめいた話はしなかった。
ただただ普段どおりしゃべってた。
アホみたいにしゃべってた。
言葉を発していた。
それはアウトプットだった。
自分のなかのもやもやしていたものが、自分のそとに吐き出された。
それはもやもやと渦巻いて、友達の顔をびっしょりと覆った。
でも友達は、もやもやなんか気にも留めていなかった。
それはもやもやではなかった。
私だった。
人間だった。
私だけじゃない。
なんら特別なことではない。
私はいない。
イカセンターのメニューは着実に売り切れが増えていった。
イカはどんどん消えていった。
代わりに私たちは増えていった。
もやもやを吐き出した分、イカを摂り込んだ。
イカ・デトックス!
藤本壮介展@ワタリウム美術館 [日常]
大学3年生のときに来たぶりのワタリウム美術館。
あの頃はあの頃で甘酸っぱい思い出。
今日は今日で甘酸っぱい。
さて、藤本壮介。
建築はよくわからないけど、興味はある。
なんで興味あるのかはよくわからないまま、今に至っているのだけど。
この点について書くと、それはそれで一日終わってしまうので、ここでは感想にとどめるとする。
さて、藤本壮介。
初めてその名を知ったのは、東京ガスの方の紹介で宇都宮のSUMIKAプロジェクトを見学に行ったとき。
家が「木」みたいなの。
なんか違うなぁ。
木にくくられた「鳥小屋」みたいで。
いろんな部屋が分化して繋がって、ジャングルジムで遊ぶみたいに移動して生活する。
今回の展示を見て、藤本さんのメッセージを読んで、一番面白かったのが「巣と洞窟」の件。
巣は、生活するように整えられた空間。
洞窟は、ただのほらあな。どう使うか、使用者のアイディア次第。
藤本さんは「ぼくは洞窟がいいな~」と言う。
初期の安藤忠雄の建築である「雨の日には傘を差さなきゃいけないトイレの家」も、積極的・能動的に「住む」ことを要請する家。
建築家と住宅デベの間に横たわる確執をまざまざと見せつけられた気分。
特にマンションになると、居室の面積を広げる=販売できる面積を広げることを目指すと、だいたい同じような間取り、居住空間になる。
買うのは一世帯だけど、売る相手は不特定多数だから、なるたけ特徴のない商品にする。
結果、差別化を図れるのは価格と立地だけ。
結局、大量生産の画一的な工業製品。
飛躍に飛躍を重ねて至った私の疑問。
・個人の能動性ってどこまで可能なのかな。
(ある人間の一生において有限である時間とお金を分配する上で、個人として、またその集団である社会として、何に投資することがベターなのか?家なのか?)
・個人の能動性に頼るのであれば建築家は何をデザインするのか。
(個人の能動性が可能ならば、ある意味みんな建築家?)
そう、藤本壮介は建築家というよりも思想家であり表現者。
現代アートと同じく、意味を載せた媒体としての建築。
しかしながら、どのような考えのもとかくのごとき意味となったのかがわからない。
現代アートの評価ポイントは、考えもなく、ただただ新しいというだけな場合が多いように、彼もまたそうなのか。
考えは、いわゆる思想家(堅い言い方だな・・)に任せているのか。
面白いことに、10月には東浩紀との対談があるそうな。
行っちゃおうかしら笑
あの頃はあの頃で甘酸っぱい思い出。
今日は今日で甘酸っぱい。
さて、藤本壮介。
建築はよくわからないけど、興味はある。
なんで興味あるのかはよくわからないまま、今に至っているのだけど。
この点について書くと、それはそれで一日終わってしまうので、ここでは感想にとどめるとする。
さて、藤本壮介。
初めてその名を知ったのは、東京ガスの方の紹介で宇都宮のSUMIKAプロジェクトを見学に行ったとき。
家が「木」みたいなの。
なんか違うなぁ。
木にくくられた「鳥小屋」みたいで。
いろんな部屋が分化して繋がって、ジャングルジムで遊ぶみたいに移動して生活する。
今回の展示を見て、藤本さんのメッセージを読んで、一番面白かったのが「巣と洞窟」の件。
巣は、生活するように整えられた空間。
洞窟は、ただのほらあな。どう使うか、使用者のアイディア次第。
藤本さんは「ぼくは洞窟がいいな~」と言う。
初期の安藤忠雄の建築である「雨の日には傘を差さなきゃいけないトイレの家」も、積極的・能動的に「住む」ことを要請する家。
建築家と住宅デベの間に横たわる確執をまざまざと見せつけられた気分。
特にマンションになると、居室の面積を広げる=販売できる面積を広げることを目指すと、だいたい同じような間取り、居住空間になる。
買うのは一世帯だけど、売る相手は不特定多数だから、なるたけ特徴のない商品にする。
結果、差別化を図れるのは価格と立地だけ。
結局、大量生産の画一的な工業製品。
飛躍に飛躍を重ねて至った私の疑問。
・個人の能動性ってどこまで可能なのかな。
(ある人間の一生において有限である時間とお金を分配する上で、個人として、またその集団である社会として、何に投資することがベターなのか?家なのか?)
・個人の能動性に頼るのであれば建築家は何をデザインするのか。
(個人の能動性が可能ならば、ある意味みんな建築家?)
そう、藤本壮介は建築家というよりも思想家であり表現者。
現代アートと同じく、意味を載せた媒体としての建築。
しかしながら、どのような考えのもとかくのごとき意味となったのかがわからない。
現代アートの評価ポイントは、考えもなく、ただただ新しいというだけな場合が多いように、彼もまたそうなのか。
考えは、いわゆる思想家(堅い言い方だな・・)に任せているのか。
面白いことに、10月には東浩紀との対談があるそうな。
行っちゃおうかしら笑
うどんどどーんの会 [日常]
筋力アップ! [日常]
今日怠けると、からだも頭もたるんでしまって、明日もきっと怠けたくなる。
今日ひと踏ん張りして頑張ると、ちょっとずつ力が積み上がっていって、明日はもっとできることが増える。
基礎体力も筋力アップ!
怠け心も筋力アップ!
もしも私が30で子どもを生むのであれば、自由な時間はあと5年のみ。
やりたいことはいっぱいある。
(長期的な目標)
・同窓会を持続可能な組織にする(運営上および財務上)
・理想の社会に対する考え方を明確にする。
(中期的な目標)
・自分自身、どこかのコミュニティにコミットする。
・物事を端的に、説得的に伝えられるようになる。
(短期的な目標)
・シンガポールを中心に東南アジアを旅する。
・フランス・ナンシーを旅する。
・部屋の掃除をする。
(恒常的な目標)
・仕事を必死にやる(与えられた業務をこなすのではなく、精通する・骨肉へと昇華させる)
・やりたいことを考え続ける・行動し続ける。
・週に1回ランニング。
筋力アップ!
今日ひと踏ん張りして頑張ると、ちょっとずつ力が積み上がっていって、明日はもっとできることが増える。
基礎体力も筋力アップ!
怠け心も筋力アップ!
もしも私が30で子どもを生むのであれば、自由な時間はあと5年のみ。
やりたいことはいっぱいある。
(長期的な目標)
・同窓会を持続可能な組織にする(運営上および財務上)
・理想の社会に対する考え方を明確にする。
(中期的な目標)
・自分自身、どこかのコミュニティにコミットする。
・物事を端的に、説得的に伝えられるようになる。
(短期的な目標)
・シンガポールを中心に東南アジアを旅する。
・フランス・ナンシーを旅する。
・部屋の掃除をする。
(恒常的な目標)
・仕事を必死にやる(与えられた業務をこなすのではなく、精通する・骨肉へと昇華させる)
・やりたいことを考え続ける・行動し続ける。
・週に1回ランニング。
筋力アップ!
祭りが終わった [日常]
だらだらと活動を続けていた高校同窓会。
去年から母校の文化祭に出展するほどしゃしゃっています。
もう卒業して7年目だけど。
もう社会人3年目だけど。
去年の出展は、大変だった。
今年の出展も、大変だった。
去年は、初めてのことだったからっていうのと、意志決定の錯綜、また、自らの技術力の冷静な把握ができていなかった。
去年を踏まえて、今年は、誰に対して、何を、どの程度のquontityおよびqualityを実現すればいいのかが何となくわかったので、わりと意志決定はスムーズ。
が、圧倒的に人員が不足していた。
だから、意志決定はスムーズ。
反省点で言うと、多くの人を巻き込む努力(こまめな連絡とか)をしてこなかったこと。
仕事を(あまり)振らなかったこと。←お願いしたら、必ずやってくれるのは本当に助かった。
二人の後輩がかなり強い責任感と高い技術力でもって推進してくれたから、今回無事に実施に至ったと考えている。
多くの中学生・保護者が刺激を受け、卒業生は懐かしんでくれたと思う。
私自身、はっとさせられること、忘れかけていた大切な思い、に気づかされた日々だった。
とはいえ、消費されるばかりで糧にならないようなので、もう少し得られるものの多い出展にしたいな。
もっと面白くしたいな。
でも面白いって何だろうな。
ただ、面白いこと・刺激的なことをしている人の話を聞いても、ふーん、面白いな。で終わっちゃうよな。
人から評価を受けること・人が喜ぶこと・人からありがとうと言われること・人を変えていくことっておもしろいよな(こういうのも他人本位っていうのかな)。
つまり主体性が楽しいのかな。
かなり重い負荷をかけてしまった二人の後輩が、祭りが終わり、ほっと一息つく間もなく、次のイベント、次にすべきことを真剣に考えていたのが、嬉しくて・素晴らしくて、なんだか泣きそうな気分になって帰りながら、久しぶりに明日が楽しみになった。
去年から母校の文化祭に出展するほどしゃしゃっています。
もう卒業して7年目だけど。
もう社会人3年目だけど。
去年の出展は、大変だった。
今年の出展も、大変だった。
去年は、初めてのことだったからっていうのと、意志決定の錯綜、また、自らの技術力の冷静な把握ができていなかった。
去年を踏まえて、今年は、誰に対して、何を、どの程度のquontityおよびqualityを実現すればいいのかが何となくわかったので、わりと意志決定はスムーズ。
が、圧倒的に人員が不足していた。
だから、意志決定はスムーズ。
反省点で言うと、多くの人を巻き込む努力(こまめな連絡とか)をしてこなかったこと。
仕事を(あまり)振らなかったこと。←お願いしたら、必ずやってくれるのは本当に助かった。
二人の後輩がかなり強い責任感と高い技術力でもって推進してくれたから、今回無事に実施に至ったと考えている。
多くの中学生・保護者が刺激を受け、卒業生は懐かしんでくれたと思う。
私自身、はっとさせられること、忘れかけていた大切な思い、に気づかされた日々だった。
とはいえ、消費されるばかりで糧にならないようなので、もう少し得られるものの多い出展にしたいな。
もっと面白くしたいな。
でも面白いって何だろうな。
ただ、面白いこと・刺激的なことをしている人の話を聞いても、ふーん、面白いな。で終わっちゃうよな。
人から評価を受けること・人が喜ぶこと・人からありがとうと言われること・人を変えていくことっておもしろいよな(こういうのも他人本位っていうのかな)。
つまり主体性が楽しいのかな。
かなり重い負荷をかけてしまった二人の後輩が、祭りが終わり、ほっと一息つく間もなく、次のイベント、次にすべきことを真剣に考えていたのが、嬉しくて・素晴らしくて、なんだか泣きそうな気分になって帰りながら、久しぶりに明日が楽しみになった。
原因と結果の日々 [日常]
先週金曜夜から昨日まで、弾丸秋田旅行に出ていた。
疲労困憊が予想されたので、今日も休暇をとってみた。
何も予定のない一日。
何かすべきことはあったんだろうけれど、一切覚えていないから。
何も予定のない一日。
朝起きたら、頭も体もすべてが痛くて、ごろごろーんとする以外なくて、だからごろごろーんとしていた。
10:00になって、このままではいけない、と気がついた。
熱いシャワーを浴びて、軽くお洗濯をした。
洗濯が済むと休日がうまく始動した感覚が湧きあがる。
その調子で、ほいほいストレッチをしながらテレビを見ていると、IKEAのCMが流れていた。
その30分後には出発していた。
さらにその30分後にはIKEAに着いていた。
本棚がほしかった。
1時間40分かけて、本棚を始め、もろもろ約10,000円分の買い物をした。
帰り道、柿の木坂のケーキ屋さんでケーキを買って帰った。
夕飯を食べて、本棚等、購入した物品を組み立て、整理した。
ものが片付いていくサマを見て、明日からまた仕事を頑張ろうという気になった。
今日の自分の行動が、明日の自分の行動となるのです。
だから、今日という日を毎日一番ベターに生きていけば、明日はさらにベターになるのです。
昨日は原因で今日は結果。
今日は原因で明日は結果。
すべての物事には原因がある。
何かをやると必ず結果が出る。
原因と結果の日々。
明日からまた仕事を頑張ろうという気になった。
疲労困憊が予想されたので、今日も休暇をとってみた。
何も予定のない一日。
何かすべきことはあったんだろうけれど、一切覚えていないから。
何も予定のない一日。
朝起きたら、頭も体もすべてが痛くて、ごろごろーんとする以外なくて、だからごろごろーんとしていた。
10:00になって、このままではいけない、と気がついた。
熱いシャワーを浴びて、軽くお洗濯をした。
洗濯が済むと休日がうまく始動した感覚が湧きあがる。
その調子で、ほいほいストレッチをしながらテレビを見ていると、IKEAのCMが流れていた。
その30分後には出発していた。
さらにその30分後にはIKEAに着いていた。
本棚がほしかった。
1時間40分かけて、本棚を始め、もろもろ約10,000円分の買い物をした。
帰り道、柿の木坂のケーキ屋さんでケーキを買って帰った。
夕飯を食べて、本棚等、購入した物品を組み立て、整理した。
ものが片付いていくサマを見て、明日からまた仕事を頑張ろうという気になった。
今日の自分の行動が、明日の自分の行動となるのです。
だから、今日という日を毎日一番ベターに生きていけば、明日はさらにベターになるのです。
昨日は原因で今日は結果。
今日は原因で明日は結果。
すべての物事には原因がある。
何かをやると必ず結果が出る。
原因と結果の日々。
明日からまた仕事を頑張ろうという気になった。
憤り [日常]
「なんで私がやらなきゃいけないの!?」
という気持ちがいっぱいの昨今。
こういう感情を抱く自己を分析すると、
・自分の仕事の目的感が胎におちていない
・自分の仕事が正当に評価されていない
・自分の仕事が自己の満足につながっていない(一点目に類似)
要するに、私に仕事を振った輩ないし実施を承認した輩に物申したいわけだ。
「あなたたちは自分の仕事に価値があると思っているんですか?」
おめいら、本気でやる気あんのかっていう。
だったら評価しろ、支援しろ、おめいが手を動かせ、汗をかけ。
意味のある仕事・価値を創造する仕事がしたい。
独りよがりではなく、部内よがり、社内よがりでなく、最終的には顧客に、社会に評価される仕事がしたい。
という気持ちがいっぱいの昨今。
こういう感情を抱く自己を分析すると、
・自分の仕事の目的感が胎におちていない
・自分の仕事が正当に評価されていない
・自分の仕事が自己の満足につながっていない(一点目に類似)
要するに、私に仕事を振った輩ないし実施を承認した輩に物申したいわけだ。
「あなたたちは自分の仕事に価値があると思っているんですか?」
おめいら、本気でやる気あんのかっていう。
だったら評価しろ、支援しろ、おめいが手を動かせ、汗をかけ。
意味のある仕事・価値を創造する仕事がしたい。
独りよがりではなく、部内よがり、社内よがりでなく、最終的には顧客に、社会に評価される仕事がしたい。






