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暴走半島・中 [旅]

勝浦の朝市でもっさり買い込んだマイファミリーは、しまいにはあるお店からダンボールをいただき、買ったものはそこにいれて持ち運んだ。

ひとしきり買い物が済んだら、そのまま太平洋沿いに車を走らせる。
鵜原あたりにある、海中公園に来た。
海中公園という名前からその実態はなかなか推測しづらい。
まさか竜宮城なるものかしらん?などと奇特な発想に行き当たり、自分で自分の年齢を確認した。

結論から言うと、海中公園ではなく海中展望塔と呼ぶ方が正しい。
いや、もしかすると正しいって言うよりもわたしたちは海中公園ではなく海中展望塔に行っただけなのかも。
まぁいいや。
とにかく、海中展望塔に行った。
半分地上に突き出し、半分海中に沈んでいる塔だ。
もちろんメインは海中の側で、ローテクなことに螺旋階段をかつかつ96段近く下ると、そこにはせまっくるしい円形の空間があった。
ところどころに丸い窓が取り付けられていて、海底がよく見える。はずだった。
何しろ波も荒れていた。
海中はにごっており、透視度は3㍍だった。
けど、鯛やらウツボやらわらわら目撃できた。
特に印象的だったのは、海底から見る海上の波の美しさだった。
波の揺らめきによって光がキラキラ変化するさまが美しかった。

行きはよいよい帰りはしんどい。
階段ってやつはまるで人生と一緒だね。
さて、海中公園をあとに再び車を走らせ、房総半島をさらに南下した。
鯛の浦というところで車を停める。
誕生寺という日蓮上人の生誕地とされるお寺に行った。
寺に対する好奇心やら知識欲やらはあまり持ち合わせておらず、しかも悪いことにお腹が減っていたので相当ボサッと拝観してしまった。
寺の中で帽子を脱がなければいけないことが不服でならなかった。
筋の通った理由を言って欲しい。

誕生寺も早々に、鯛の浦という地名どおり、鯛で有名なこの地の海を堪能すべく、遊覧船に勇んだ。
懐かしい日本の観光地の風情を残した遊覧船にはステキなバックミュージックというか民謡が流れていた。
奇岩を望む。
日蓮が生まれたとされる岩肌にうさんくささを覚える。
海の青さに嘆息する。
鯛にやるエサをついばむ鳥たち。
短時間だったけど陽射しの暖かさと船の走行による風の冷たさが気持ちよかった。

お昼ごはんは近くの旅館兼料理屋に飛び込んだ。
そこで初めて魚の天ぷらを食す。
自分でもまさかこんなところでこれまでの22年間の生涯を後悔することになろうとは思いもよらなかった。
なぜこれまで魚の天ぷらを食わず嫌いしてきたのか!?
おいしい。
おいしすぎる!
ふわりとやわらかに揚がった白身の魚は抹茶塩でいただく。
口の中に含んだ瞬間、脂の乗った身はほろほろと崩れ落ちる。
陳腐な表現だが、まさに至福のときだった。
ほかの家族が食べていた焼き魚や刺身も大変おいしく、また付け合せの酢の物やひじきの煮物も感動ものだった。
菜の花の天ぷらもわたしを幸福にさせた。


暴走半島・上 [旅]

実際、渋滞だらけだったけど、房総を暴走してきた。

クラシックなタイプのギャグは比較的好きな部類に入る。

さて、11日は建国記念日だったらしいんだけど、わたしは千葉にいた。
朝6時に起きて、家を6時15分に出た。
産業道路を突っ切って、川崎の方から工場群を抜ける。
あたりはまだ暗くて寒々としている。
森本毅郎のスタンバイを聞きながら、アクアラインに乗った。
海の淵が徐々に白みがかるが、すぐに消えた。
海底トンネルに入ったからだ。
美しいまでに真っ直ぐな道は単調で、ドライバーを眠りに誘う危険と隣り合わせ。
父の計画では日の出を勝浦で望むはずだったんだけど、もうそれはかなわないようだ。
先を急ぐ一行に反旗を翻し、海ほたるに立ち寄ろうと提案するわたし。
こういうとき末娘の権力は絶大だ。

実は海ほたるに来るのは初めてだった。
周囲を海に囲まれた不思議な空間だった。
遠くにはお台場が見える。
富士山も見える。
すごくすごく遠い。
間に横たわる海は、東京湾のくせに果てしない心持にさせる。
好きだな、ここ。
ただしもう少し暖かければ。

海ほたるを出ると、トンネルはもう終わりで海上をひた走った。
木更津北インターで降りる。
あっという間に房総半島入りした。
川崎から木更津まで2、30分くらいか。

そこからゴルフ場が連なる山を越えて外房まで出る。
勝浦に着いたのは8時半だった。
400年の歴史を誇る朝市は、飛騨高山と輪島にともに日本三大朝市のひとつらしい。
細い路地のような小道の両脇に、シートやテントを並べたじいさん、ばあさん、おじさん、おばさんが並ぶ。
干物や海藻などの海産物から、野菜、おもちなどなど色んなお店が連なる。
ずっと昔からそうしていたように古く擦り切れた布にまかれたおばあさんは、眉間にしわを寄せながら石油ストーブで足を暖めている。
なんでこういうところのおばあさんは皆、かつて鮮やかに彩られたであろう布でつくられた服を身にまとっているのだろう。
冷静にまじまじと見ると、その色合いは毒々しい。
しかし長年着込んでいるせいか、均一に色あせ、古びているために、かつて娘だったおばあさんに妙になじんでいる。
こういう人たちの生活のにおいは比較的好きな部類に入る。

お店の人に調理法を聞いたりとおしゃべりしながら、気付くと両手は買い物袋でふさがった。
祖母にいたっては一人暮らしのはずなのに、我が家よりも多く買っている。
市場マジックとしか言いようがない。
ただでさえこの雰囲気で買いたくなってしまうと言うのに、なまじ安いからつい不要なものまで買いたくなる。
でもわたしは大丈夫。
史上まれに見る金欠に陥っているからね。
しょぼーん。


逃避行⑦ [旅]

かれこれ何度か旅日記を書いてはいるが、実は書ききったことはあまりない。
途中で力尽きるのだ。
つまらないところまで詳細に書きすぎるからだ。
今回の旅も、まだ1日目の朝8時の時点で7つ目の記事。
ちなみに、これまでの旅日記はmaxが7つ目。
つまり、この記事で終わらせなければ今回の旅日記が史上最長となる。
別に長くする事を目的としているわけではないし、むしろ読みづらくて厄介なのでできれば避けたい。
なーんて思っている暇があるならば、さっさと続きに進もう。

確か新幹線に乗り込んだところだったと思う。
そうそうMaxやまびこ。
イケてない名前だな~と思いつつも、ホームに滑り込んだ車体を見るや否や心から謝罪。
流線型のボディにとりあえず目がきらっきら輝くのは少年だけではない。
しかも2階席。
気分はるんるんです。

雪の街をくぐりぬけ、気付けば車窓は平坦な土地を映していた。
空から降る白いものは、駅に停まらないと気づかない。
新幹線は何しろ速い。

福島を越えたあたりから様相が変わってきた。
仙台に着くとその変化は明らかだ。
雪は消えていた。
だのに空気は刺すように冷たかった。
目的地に着いた。

仙台はアーバンだった。
周遊パスを購入し、一路、本旅の目的である松島を目指した。
仙石線は想像以上に来ず、しかも混んでいたため、あえて一駅となりの終点駅まで逆送し、始発に乗り込むという貧しい作戦を強行した。
作戦は成功。
電車にカタコト揺られ、やっと松島に着いたのはちょうどお昼頃。
大勢のお客さんが同時に下車し、わたしたちは駅前の広場に向かった。
その日はスペシャルな日だったのだ。
そう、牡蠣祭りの日。


逃避行⑥ [旅]

電車に乗り込み、しかもその電車が予定よりも早くつくことがわかった瞬間、わたしは安堵一色になった。
品川に着くころにはだいぶ落ち着きを取り戻し、我が家の国際救助隊の面々に感謝のメールを送った。
中学受験の親子を観察するほどの余裕が生まれた。
東京駅についてからどう動くかについてのイメージトレーニングをした。

約束の時間よりも15分近く早くに着いたわたしは、何はともあれトイレに駆け込んだ。
決して腹痛を催したわけではない。
イメトレどおり、トイレで最低限の身支度をした。
フレンズに対する生理的嫌悪感を与えない程度に身なりを整えないと、この先1泊2日の旅をするうえで何がしかの不和が生じてしまうやもしれぬ。
何としてでも避けねばならない事態である。

而してわたしは上記の事態を避けられた。
いや、避けられたと信じている、と記した方が正しいかもしれない。
フレンズがわたしをどう思っているのか。
想像し、信ずるほかに確かめる手段はない。
だからそれでよい。

フレンズは改札の前に立っていた。
ぽつねんと立っていた。
そこはとりわけ待ち合わせのメッカでも何でもない改札前だった。
フレンズの周囲では電車に乗り込む人と電車から降りてきた人が行き交っていた。
潮にも似た人の流れのあいだに佇むフレンズは海上に浮かぶブイのよう。
ターミナル駅にごった返す大量の人間に向けられた視線は、わたしを探しているのか、どこかこころもとなく漂っている。

わたしの方が先にフレンズを見つけた。
フレンズの視線は収まるべきところに収まった。
必死に走っても自分はまったく移動していない車輪のなかのハムスターのような心持だったわたしも、やっと収まるべきところに収まった。
フレンズの隣でほっとひと息ついた。


逃避行⑤ [旅]

陳腐な表現だけど、外は一面銀世界だった。
いつもの町並みが違って見えた。

なんてのんきなことを言っている場合ではない。
父隊員に恐縮しまくりつつ、車に乗り込む。
普段のスピードで行けば5分で山手線の駅に到着するはず。
家から歩いて最寄の私鉄駅に行くと、おそらく上述の山手線の駅に着くまでに20分くらいかかるだろう。
万が一乗り継ぎが悪ければ、プラス5分くらい見なければならない。
これだからいくら環境に悪く、経済的にも負担以外の何ものでもない車ライフから抜け出せない。

が!しかし!
予想guyの展開!
いつもはびゅんびゅん飛ばす父隊員がトロトロ走るではないか!
「 雪 だ か ら 徐 行 し な き ゃ 」
ジョコウ?
女工哀史?
野麦峠?
いえいえ中原街道だから!

どうやら雪が積もりたてで除雪されていないから、徐行するしかないとのこと。
しかしながらそれも中原街道に出るまでのわずかな住宅街のみでのしばり。
すぐにいつもの父隊員のわくわくドキドキドライビングが披露された。

駅前のバス乗り場に一台の乗用車が停まる。
われわれだ。

車からひらりと飛び降りたわたしは早口に父隊員に礼を告げた。
車の窓越しにお互い軽く手を挙げると、父隊員は早足に車を出し去っていった。

予定よりも一本早い山手線に乗れた。
しかも、座れた。


逃避行④ [旅]

ここ最近、国際救助隊の出動頻度が極めて高くなっていることは、家族の誰もが了承しつつもあえて触れない事実であった。
1月11日の乱でタクシーの運ちゃんもまっつぁおなドライビングテクニックを披露してくれた母隊員は、その翌日も品川までりんりんの変が突如勃発してしまったがゆえに出動してくれた。
基本的に国際救助隊に救助を依頼することは最終手段なわけで、たとえて言うならばリーサルウェポンなのである。

もはや何が言いたいのかわからないかもしれないが、筆者自身もわからない。
5人くらいの読者とともに無意味の海にダイブする心地よさ。
これぞ本当の散文とな。

つまり、国際救助隊に頼ることは極力避けねばならないと言いたいの。
ごっつつまらないことで借りをつくることになるから。
迷惑をかけることになるから。

しかしながら我が家の国際救助隊は舌を巻くほどのプロ意識にあふれている。
困っている人をほうっておけないのだ!

父隊員は言った。
「車出してくるよ」

そこに父はいなかった。
品川の神が降臨していた。
神のなかでも父は大黒天って感じですな。
ごめんなそい。。

父は颯爽とキーを片手につっかけに足を入れる。
すっぴん・めがね・謎の帽子のわたしはドタバタとバッグを背負ってスニーカーに足を入れる。
母がパンを手渡す。
「新幹線でお食べなさい」
娘、強くホロリ。
口には出さなかったけど、必ずお土産を買ってこようと心に誓い、勢いよく玄関を飛び出す。

うー、寒!
…雪。やんか。。


逃避行③ [旅]

正直酸っぱいものはあんまり好きじゃない。
大嫌いっていうわけでも、受け付けないわけでもないんだけど、あんまり好きじゃない。
おにぎりにかぶりついてみたら、具が梅干だったとき、食べるのをやめたりはしないけれど、やっぱりちょっぴりがっかりする。
酸っぱいものはあんまり好きじゃないんだ。

でも好きとか嫌いとかウダウダ行っている場合じゃない事態は実際結構少なくない。
だから私は口を酸っぱくして言いたい。

鉄は熱いうちに打て。と。

つまり、やろうと思ったことはすぐにやれ。と。
その日にあったことはその日に書け。と。

酸っぱいものあんまり好きじゃないけれど、酸っぱい口に慣れなくちゃ。
早く、旅日記を進めなきゃ。
急げ急げ。
旅日記中のわたしも急げ急げ。
新幹線に乗り遅れるぞ。

ガバリと布団から飛び起きたわたし。
やけに心音が近くに感じる。
ベタな演出のテレビドラマに出ているかのごとき典型的な動揺の仕方で動揺する。
いや、実際テレビドラマ的動揺のあり方なんて知らんけど。
とりあえず、「やべーやべー」とか「ふほーむおー」とかのたまいながら右往左往。

前夜に乗り換え案内で調べていた時間は、もう、まさに、たったいまだけれど、余裕をもって新幹線の発車20分前に駅に着くよう検索したものだ。
だから調べた時間より多少遅くても実際大丈夫なはず。
とにかく着替えてご飯も化粧もいいから電車に飛び乗っておしまい!自分よ!
という心持。

このとき副業として国際救助隊に所属する父はリビングでミイラのように毛布にくるまりながらテレビを見ていた。
時はちょうど7時を5分ほど過ぎた頃だった。


逃避行② [旅]

目覚ましは鳴った。
カーテンの隙間からあさひはこぼれず、オレンジのカーテンは部屋を暗くしたままだった。
まったくふさわしくないのだが、目覚ましの音楽はデフォルトで入っていた"ハワイアン"だ。
陽の光を浴びていない大気はツンと冷たい。
カーテンを開けるともっそり重たそうな空が透けて見える。
ガラスから冷気が伝わる。
わたしをいらつかせることにかけては右に出るものはいないハワイアン音を即座に消すと、頭ごと布団のなかにもぐりこむ。
鼻がもげそうに冷えている。
もはや痛い。
あと5分くらい布団のなかで心の準備に時間を費やせば、きっと起きられるだろう。
だから、あと5分…。
細心の注意を払い、二度寝をしないよう改めて目覚ましをかける。
たった5分のために再びハワイアンを。

そこでわたしは重大な事実に気付いた。
もしかしたらノーベル賞級かもしれない。
そしたらスウェーデンにいける。
今回の旅先よりはるかに未知にあふれていて楽しそうだ。
ついでにフィンランドによってムーミンに会いたいな。

しかしながら現実とはそんなに甘いものではない。
わたしが気付いた事実とは単に、あと10分で地元駅を出て東京駅に向かわねばならないということである。
なんと瑣末なことだろう。
この発見によって世界の何人が救われるだろうか。
おそらくわたし一人である。
というか、この発見自体ではわたしすら救われないかもしれない。

なるべく冷静さは保っていたかったのだが。
そう。
寝坊したーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

いや、厳密に言うと寝坊ではない。
そもそも目覚まし設定時刻を一時間ミスったのだ。
つまりバカだったということだ。

バカが己のバカさを知ったらば、賢くなれるのだろうか。
答えはおそらく否。
知ることは賢さとは無関係なのだ。
知ったことでバカな行為が避けられたとき、賢くなったと言えるのだろう。
知識よりも実践が重要なのだ。
このことは王陽明の唱えた「知行合一」に通ずるものがあるだろう。
知っていても行動できないのであれば、それは知らないも同然なのである。

さて、わたしはバカなのか賢いのかという論点は、圧倒的に過半数を超えてバカだと結論付けられるだろうが、本稿は旅行記であるがゆえに、かような論点に足止めを喰うことなく旅の続きへと馳せ参じたい次第である。
敬具。


逃避行① [旅]

天気予報は雪だった。
確かに今夜は冷え込むけれど、でも雨すら降る気配を見せない。
もう2月になったというのに、東京にはまだおもちゃのような雪しか降っていなかった。
先月天気予報を裏切って降らなかった雪を、なぜだか心待ちにしているわたしがいた。
目が覚めたら真っ白だったりして。
…まさかね。
天気予報に信頼を寄せないわたしは、冗談のように雪を思いながら荷を詰めた。
雪が降ろうと降らまいとどうでもいいやと思う一方で、本当は雪を待ち望んでいるのかもしれない。

毎度のことながら、旅の準備は出発前日の深夜にとりかかる。
忘れ物をしてしまう恐れがある点においても、旅中に睡眠不足になってしまう点においても推奨される事態ではない。
でも、毎度のことながら、これで何とかなってしまうんだ。
だからついつい、自分に甘いわたしは面倒な荷造りを後回しにしてしまう。
布団にもぐりこむべき時間になってやっとタンスやらポーチやらを引っかき回す。
といっても、1泊2日の国内旅行だから、特に大げさな持ち物もない。
サクサク荷造りを進める。
このときからわたしの旅は始まっていた。
一見すると旅行じゃなくて単に登校するだけじゃないの?っていうくらいに軽装備なカバンと、明日朝真っ先に着替える洋服を枕元に置き、久しぶりに早起きしなきゃと目覚ましセットして、横になった瞬間夢の中へ。
まだ雪は降っていなかった。


グアムを消費する④ [旅]

目覚ましをかけて寝た。
けど、目覚ましで起きなかった。
幹事からのモーニングコールでの目覚め。
目覚ましが鳴らなかったのだ。
それもそのはず。
時差の関係で一時間早く設定しなくてはならないところを、一時間遅く設定していたのだ。
こういう地味な計算がとても苦手。
悲しいまでに苦手。
さすがに恥ずかしかったので、同室の子以外には秘密にしていた。

しかしながら特に準備することもなかったので、集合時間通りにはロビーに行けた。
本当は5分遅れたけど、想定の範囲内でしょう。

そう、この日は朝も早くから集合がかかっていたのだった。
ココス島という離島のリゾートできゃいきゃいするためだ。

一時間くらいバスに揺られ、ちなみに私は軽く車内で寝、目覚めたら島の南端に着いていた。
小さな船着場には中くらいの船が停泊していた。
船の下には青く澄んだ海が広がる。
波のない穏やかな海に反射する日差しがまぶしくて、私の小さな目はますます小さく細められた。
私が小学生の時分によく描いていたタイプの犬が貧しそうに船着場を徘徊していた。

こういう旅行において、わけも分からぬまま待たされることはよくあるが、まさにこのときもそうだった。
何待ちかはわからないが、とにかく待っていた。
船は目の前に浮かんでいるのに待っていた。
そして、どのタイミングかはわからないが、ある一定の時間になって、私たちは船に乗り込んだ。

陳腐な表現を恐れずに言うと、海は青く、空も青く、雲は白かった。
船のデッキから眺めたのは、思考が停止するような風景だ。
何とか思考が停止する前に、日焼け止めを塗り終えた。
ちょっぴり湿気を含んだ空気と肌を刺す太陽の光が私を熱した。

うかうかしているうちに気付いたらグアムの離島に着いて海を堪能する運びとなったのだが、この展開の素早さには舌を巻く。
勢いでグアムの海まで来た気分だ。
回転寿司が自動的に流されるように、私も自動的にジェットスキーに乗るらしい。
初めてのジェットスキー。


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