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西伊豆は遠かった [旅]

先月、同期と二人で西伊豆にいった。
名目は温泉
主眼は伊豆の長八美術館。
結論は遠い。
滞在時間よりも運転時間の方が長いという奇跡。
いやー、疲れたね。

いつものごとく、ふたこでピックアップの待ち合わせをしてたんだけど、某高層マンションの建設の影響でいつもの高架下が通行止めで、幸先悪かった土曜の朝。
東名をびゅんびゅんとばしても西伊豆には全然着かず、お昼は沼津で魚を喰らう。
朝食抜きのぺこぺこおなかは、駐車場至近の店以外受け付けなかった。
というか待てなかった。
非常灯がともっていた。
おなかのね、非常灯。
一応、補足。

そんなこんなでひょっこり入った魚屋の刺身定食が絶品なのです。
刺身と煮つけのペアは最強でしょう。
何が美味しかったかっていうと、覚えていません。
とりわけ煮つけが美味しかったのですが、覚えていません。
というか、煮られると、ほぼ何者かわかりません。
とにかく脂がのりのりで、きっと魚界のホープだったことだろうと、つまらぬ想いを馳せました。

さて、西伊豆への道中です。
いやー、山中まさかのにわか雨。
と思ったら美しい海。
あーもーしあわせ。
堂ヶ島付近、激キレイ。←若ぶった物言い。

さて、そろそろ長はっつぁんのいる松崎町。

と、その前に、あまねガードの話をしなくてはなりません。
沼津市内の何の変哲もないガード下。
そこに真新しい看板が一枚ペロッと存していた。
それが「あまねガード」。
ものを知らない若者、アヤコとその連れは、あまねガードが何なるや、そのこころなぞ、つゆ知らず。
おそらく著名な小説の中に出てきた地名で、地域振興のために最近看板をつけたに相違ない、とストーリーテリング。
というか妄想。
つまり、あまねガードが何なのか、宿題状態だったわけです。
しかるに、調べました、いま、その意味を。
http://www.siz-sba.or.jp/kamihon/tanabata.htm

西周(にしあまね)の屋敷がすぐそばにあったこと。
加えて「あまねく」たくさんの方に利用されてほしいという願い。

上記二点が名前の由来だそうな。
すっきり。

ちなみに西周は明治の思想家で、森有礼や福沢諭吉らと明六社を結成した人だって。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%91%A8_(%E5%95%93%E8%92%99%E5%AE%B6)

閑話休題。

松崎町に着いたのです。
日も傾く、美術館閉館一時間前に。
何の変哲もない地方の小さな町に、奇天烈な建築物は突如現れた。
それはあまりに突如としており、かつこじんまりしていたので、天才的に空間把握能力の低い私は当然の如く美術館の前をスルーした。
それは、もう、見事なまでに。。
得意のUターン(この日二度目)で目的地にたどりつく。
石山修武氏設計の奇天烈が私たちを待つ。
奇天烈は自称「江戸と21世紀を融合させた建物」だという。
どういうことか。

中はさらにシュールな展開。
まず自称おねえさんが左官技術や漆喰についてレクチャーをしてくださる。
こういうご教授好き。
漆喰は湿気に強いので、大切なものを保管する倉に用いられるそうな。
先日訪れた直島も焼杉の黒と漆喰の白が絶妙なコントラストを配して、伝統的な中にもモダンな街並みを生み出していた。←恥ずかしくなるくらい陳腐な表現。
直島→湿気た海風にさらされる→漆喰!
ちなみに焼いた杉も強度が高いそうな。そうな。

長八さんは、松崎町の左官屋さんで、左官の技術と狩野派の絵画技巧を掛け合わせて、左官の鏝(こて)で絵を描く鏝絵というジャンルを確立した人だそうな。
鏝絵自体は正直大したことない印象。

面白かったのは観賞方法。
マンガみたいな虫メガネを一人一本配布されます。
それでもって細かく描かれた絵をじっくりご覧なさいね。という運び。
若者にとっては虫メガネなくても十分見えて、むしろ虫メガネ使った方が見づらいんだけどな。
でも、ゲーム感覚?で面白い観賞方でしたね。

美術館は二つの展示室があるだけの、きわめてこじんまりしたものでした。
片道3~4時間かけて、美術館は1時間もいませんでした。
人生そんなもんだと思います。

温泉は公営のなぎさの湯。
海沿いに位置し、露天がウリなのに、柵が高くて温泉につかりながら海が見えない事件勃発。
確かに温泉から海が見えるならば、海からも温泉が見えるので破廉恥だ。
やむなし。
ざざーんという音と、刻々とオレンジを濃くしていく空気が、目に見えない夕陽の美しさを逆に際立たせる。気がする。
見えからこそ掻き立てられる想像は、やはり夕陽を見たい!という衝動へと転じ、真っ裸でお風呂から出て背伸びをする24歳女子。
夕陽が折なすオレンジと影の黒と空の青が、得も言われぬ色の連なりを生み出す。その海への反射。
美しいものを美しいと感じる感性とは何なのか。
私は自分を良く知りたい。
どうしてそう感じるのか、定義づけたい。把握したい。
ただただ圧倒される、自然に。naturallyではなく、natureに。ということ。

西伊豆は日帰りには適さない。

とんぼ返りでふたこで飲んだ。
ウーロン茶をね。

よく生きる① [旅]

正月休みが明けて2010年の日常が始まった一週間前。
「こんな会社辞めてやる!」と悶々していた年末から、「うーん、冷静にうちの会社の事業範囲やら目指すところはいいよな~。やはり辞めずに異動程度の希望を出そう」と、へたれた日常。
少しずつ少しずつ、自分の足元をかみしめつつ、まぎらわせつつ、社会復帰の途についた私。
ほんの一週間という果てしのない時間を経て、また日常の歯車にからめとられる志。
何だかんだ過ぎていく刹那。
砂の上に描いた落書きのように、気にも留めていなかった風の力によってパラパラと散っていく。。

夜は暗い。
冬は朝も暗い。
そして暗いと目が覚めない。
私はぼさっとした顔で車に乗っていた。
羽田空港に伸びるトンネルで時速は80キロを差していた。

連休初日、空港は混んでいた。
出発時刻になっても飛行機は飛ばなかった。
軽く寝て、起きてもまだ羽田だった。
現実に夢オチはなかなか起きないものらしい。

私は高松行きのJALに乗っていた。

京都・大阪遠征 [旅]

おとといから今日までの三日間、大阪京都に行ってきた。
目的は昨日執り行われた友人の結婚式
これに合わせて有休取得し、遊び呆けてきたどー。

初日は前夜に飲みすぎ、寝坊をして新幹線の指定の時刻に間に合わず、散々だ!
と思っていたんだけど、世の中偶然なんてないんですね。
すべて必然。すべて御縁なんですよ。

かなり行く気が失せつつも、母が優しく、せっかくだから行きなさい、と諭してくれたおかげで、クルーザー級に重い腰を上げ、のぞみに乗ること11:30。
京都に立ち寄るのももはや面倒くさい。
このまま新大阪まで行こうかと、ほうほう考えながらトイレに立つと、車窓に映る紅葉の何と美しいこと。

そうだ、京都へ行こう。

行くならゆったりとした時間の流れるところで東京砂漠を忘れさせてくれる紅葉スポット。
市内はいやだ。
嵐山ももういい。
うーん、うーん。大原?

そうだ、大原へ行こう。

京都駅からバスで1時間ちょい。
大阪での友人との待ち合わせ時間を鑑みると、大原滞在時間は2時間あまり。
往復バス時間と同じ。。
悩む悩める乙女。
煩悩を断ち切り、やはり。行こう。

ガイドブックの表記通り、わびしい山里だった。
寂光院はふーんて感じ。
御縁があったのは三千院。
ここのお坊さんに私は助けられた。
本当に救われた。
詳細は書かないけど、忘れないよ。
心からありがとう。

夜。
大阪。天満。
治安悪い雰囲気。

二日目、京都。
みやこみちでお茶をすすりながら友人を待つ。
そして式場であるホテルへ。
時間があるので清水寺に。
紅葉が真紅。深紅ではない。
目とか心とか奪われた。
ころ合いを見て再びホテルへ。
キレイだった。
とてもキレイだった。
和装も洋装もよく似合っていた。
幸せいっぱいなのが伝わったよ。
本当におめでとう。

三日目、大阪。
なぜか海遊館へ。
魚以外がかわいかった。
カワウソとかカメとかクラゲとか。
IMAXも見た。
NHKの生き物地球紀行みたいだった。
道頓堀ではグリコおじさんを見た。
串揚げ食べた。
また新幹線に乗り遅れた。

今回の旅の教訓は、三千院の一件と、新幹線は指定席を買う必要なし、とのこと。
以上。

西方旅行 [旅]

そういえば、今月の13~15に有馬・神戸姫路旅行に行ってきた。
母親の誕生日旅行ということで、旅費は娘がすべて出した!
といっても航空券はマイルですが。
現地での食費等は結構出してもらいましたが。

一日目の有馬は紅葉がきわめて美しく、瑞宝寺公園のモミジの赤さっいったらないね。
ほれぼれしちゃう。
なんであの赤に惹かれるんだろう。

あの日、天気はぼんやりした感じの晴れ。
雲がちぎれちぎれ浮いていた。
淡いみず色の空にモミジの赤はあまりにも映えていた。
モミジの美しさは葉の重なりだと思う。
そしてあの形。
複雑で細やかな光の影を落とす。
光が最高の演出役なんだよね。
モミジの輪郭をくっきり浮かび上がらせる。
風が吹くとまた違う顔を見せる。色を見せる。
グラデーションコントラスト
いいなぁ、赤。

有馬の温泉は金と銀。
振り返ると有馬っていうのはカラフルだね。
とろとろは肌にまとわりつくタイプのお湯。好き。
金はなんだかぴりぴりと刺激を感じるよ。しょっぱい。
いいお湯。

夕げは地のものを活かした部屋食。
生たこの石焼きなんて、はじめてよ。
そのままでも美味しいのに、じんわりあつあつに熱された石の上でさっと焼くと、透き通っていた身がみるみる白く引き締まる。
塩をちょちょいとまぶして、くにゃこりな食感を楽しむ。
幸せを体現してます、私。

二日目の神戸は北野からスタート。
今日は突き抜けるように空が青い。雲が白い。
港が陽の光を浴びて黄金色にきらめいているよ。
何度挫折しそうになったか知れぬ坂を上り、そして下り、異国情緒の石畳を歩く。
ラインの館、うろこの家、風見鶏の館をめぐる。

旧居留地でランチをして、神戸ビエンナーレへ。
メリケンパークの会場にはコンテナがごろごろ。
コンテナ内を暗くして、光を投影による映像表現がいささか多い印象だったが、私はこういうの好きでない。
何がしたいのかわからない。
部屋中時計で埋め尽くしたり、鏡で反射させてコンテナの奥まで日光を届ける試みとか(それでコスモスを育てる)楽しいじゃん。
ぽつぽつ配置されていたグリーンアートがおもしろかったな。
グリーンをこう見せるんだ!っていう驚きがいっぱい。

憧れの大丸の前で道案内をし(旅人によく聞くよね)、夜は摩耶山から1000万ドルの夜景を母にプレゼント。
鬼のように寒かった。

三日目は姫路。
しらさぎ城でなく、はくろ城と読むらしい。
ループバスでひとまず城周辺を一周。
なんと美しい街並み。
好古園が最高に良かった。
これまで訪れた庭園の中でベストかつベストシーズン。
城も良かった。

3日も旅をすると社会復帰できなくなることが分かった。

下呂合宿 [旅]

そういや先月の24・25で岐阜に行ってきた。
それは笑いを追求する合宿だった。
旅をしながら「からしシュークリームロシアンルーレット」をしてみたり、フレンドパークⅢをしてみたり、全国から(おおげさ)アホな子たちが集まった合宿。
2日間で人は変わる、といやな成長体験をした下呂の日々。
二日目の温泉「ひめしゃがの湯」がぬるめでとても長風呂向き。
というリマインド日記でした。

教訓多き旅④ [旅]

いつものことながら、旅行記は書きながら途中で飽きてしまってこまる。
多分にもれず、今回も息切れ気味なので、さくっといく。

ペンションでは食事から諸々の対応から何から何まで温かいおもてなしの気持ちを感じた。
ポイントを箇条書きにする。
①食事が美味しい。食材を生かした洋食。ご主人のアレンジも他では味わえないような希少性を付加している。
②酔っぱらった父の相手をしてくれる。
③お勧めお散歩スポットを丁寧に教えてくれる。お勧めしないところ・危ないところも包み隠さず教えてくれる。
④桧原湖には自然とマッチした落ち着いた宿が合うと言い、猫魔ホテルを暗に批判する。
⑤グランデコやデコ平のデコは大根のこと。
⑥猫魔ホテルは星野リゾートが経営権を握っている。
⑦お見送りで手を振ってくれる。ちょっぴり切ない。

夕食の席で、経済活動を行う上で、顧客接点の場ってキモだよね、とつい話題に上がってしまうほどに素晴らしいおもてなしだった。
リピーター勝負の世界なだけあって、素晴らしい。

さて、翌日は朝食をとるや否や桧原湖周辺をお散歩した。
裏磐梯はまだ春に片足を踏み込んだ程度の春で、若い芽が淡い黄緑に萌えている箇所がありつつ、雪になぎ倒された枯れた葦がありつつ、季節の境界だった。
また、湿地帯・沼というものは、水と土の境界だと思った。
古川日出男だ。
のんびり湖畔で読書でもしたい。
が、しない。

昼前には喜多方についた。
蔵カフェで田楽を喰らい、なんか秩序立たない喜多方の街を歩きながら、もったいないと思いつつも、これでいいのかなと思ったり。
観光客に溢れた街でラーメンを食べたり、裏道をほてほて歩いたり。

そして、帰路に大内宿を寄ろうかとも思案したけど、結局混雑がひどいので直帰する。
やはり東北道は混んでいた。

パラパラと書いたこの旅行記の、題名にも掲げたとおりの教訓を、ここでひとつまとめておく。

①大型連休では、日帰りないし一泊二日の旅はすべきでない。これらは週末にすればいいものであり、大型連休では大型連休でなければ行けないところに行くべき。

②大型連休では、航空機や新幹線等の公共交通機関を利用すべき。

③ペンションはいいぞ。

④でかい目的をもって仕事に取り組め(白虎隊より)

単純な私はとりあえず、いま「燃えよ剣」を読みだしました。
少しfeel幕末。

教訓多き旅③ [旅]

さて、会津藩は部隊を青竜・朱雀・玄武・白虎の四神にわけたということを白虎隊歴史館みたいな安っぽい展示館にて学んだ後、宿へ向かう。
半月ほど前に予約した裏磐梯のペンション。
物心ついてからペンションを利用するのは初めてなので、そのクオリティの如何が若干不安だった。

裏磐梯まではゴールドラインという有料道路を飛ばす。
道中、幻の滝という安易な名前の滝を望んだり、山湖台(さんこだい)という展望スポットから猪苗代湖
磐梯山を望んだりと、寄り道しながら走っていった。

幻の滝について。
先にも書いたが、安直な名前だ。
が、これがもし「白糸の滝」とか「九段の滝」とかだったら、どうだろう?
わざわざ車を降りて見に行くだろうか?
白糸の滝ならば、おそらくきっと細っこい感じにさらさら滝が流れているだろう。
九段の滝ならば、おそらくきっと九段くらいの見せ場がある滝がゴウゴウ流れているだろう。
さて、幻の滝とは?
なんかわくわくしちゃう名前だと思った。
だから安直でいいんじゃないかと思った。

山湖台について。
2台の車からインド人グループが出てきた。
それぞれ彼・彼女関係らしく、4組のインド人のつがいが現れた。
彼らはそれぞれがそれぞれの彼女を猪苗代湖の前に立たせ、写真に収める。
4組のつがいがそれぞれ自分の彼女が一番美人だと言わんばかりにポージングさせる。
しかも等間隔に。
インド人楽しいな。
新潟から来た彼らに幸あれ。

そうこうしているうちに猫魔ホテルというとんでもない大袈裟なリゾートホテルの温泉につかり、茶褐色になってから、ペンションに向かった。
母のナビゲートがあまりにずさんでいらついたけど、ぎりぎり夕食の時間に間に合った。
ログハウスのような趣のペンションだった。

教訓多き旅② [旅]

大内宿は努めてその歴史的・文化的な景観を保全し、多くの観光客を誘致している。
観光資源を切り売りしている。

(ふと思ったんだけど、「資源」っていうのは何だろうね。古くから絶対的に存在しているって思いがちだけど、いつか遠い昔に資源を作った人か何かがいるんだよね。それは永久になくなることはないと思いがちだけど、現代の人たちが切り売りしている限り、いつか枯渇する日がくるはず。だから、いまのうちから「遠い未来に資源になるもの」を仕込んでおく必要があるんじゃないかな。でも、何が「資源」になるんだろうね。)

一方で、大内宿から会津までの道中には観光資源にならなかった生活が伸びていた。
ここは観光地ではなかったけど、十分特徴的な町並みだった。
家屋はどれもお寺みたいに立派な屋根をかぶっていて、それぞれ敷地がきわめて広い平屋建て。
お屋敷のような町並みに、田舎の象徴である浅黒く日焼けしたしわしわのおばあちゃんが、かつて派手色だった薄汚れたかっぽう着とほっかむりを身につけている。
彼女が軒先にぽつねんと立っているだけで、そこはどうしようもなく日本の原風景となる。

山間部では、家族総出で田植えの準備に取り掛かっている光景に出会った。
なぜ田舎の小学生はまるまるとしているのか。
やはり美味しい米を食べているからか。
恐ろしく偏見にまみれた私です。

そうこうしているうちに、今回の旅の目的地ではなかった会津の市内に入った。
鶴ヶ城を横目に、飯盛山を目指した。
家族一同初めて行く。
(そういえばこの旅は家族except兄で出ました)

学生時代に会津を旅した時は、若干市内から遠い飯盛山には足を伸ばせなかった。
両親は、父が白虎隊の歴史が悲しすぎて飯盛山には足を伸ばせなかったそうな。
おセンチな父。

飯盛山は、会津人にとっても先の戦争である会津戦争の際に、16、7歳の少年で構成された部隊・白虎隊の子らが、敗走中に会津城(鶴ヶ城)が燃えているのを見、城が落ちたと誤認の末、自刃した地である。
悲しい歴史を抱いた土地なのだ。

しかしながら、人心に響くドラマチックな出来事があった地であれば、そこは常に観光地化する。
かくいう私たちも、動く坂道という名のエスカレーター風ベルトコンベヤに運ばれて山を登る。
周囲では味噌田楽やらソースかつ(会津名物らしい)やらを食む観光客がわやわやしている。

私は彼らに同情したり、共感したり、はたまた彼らを悼むことはできなかった。
というのも、私は彼らについても、彼らをそのような結末に導いた時代についても、心から理解できなかったから。
浅い理解で同情も共感も追悼もできぬ。

ここで私が深く考えさせられたのは、16、7の齢で国事に奔走した事実である。
もちろん白虎隊の面々がどれだけ自分の意思でそれを選び取り、行動したかは不明だが、事実として、彼らは国を左右する戦争に殉じた。

翻って私。
私は何のために働いているのか?
目の前の雑多な仕事に追われ、職場の人からの評価を気にして働いているのではないか?
国のために働く白虎隊の少年たちを慮ると、自分の小ささを感じざるを得ない。
彼らと違って、私は自分の意思が自由である(完全に自由は不可能だが、彼らと比べれば自由)。
働く意味を考える必要性を、改めて白虎隊の少年たちに突きつけられた。

教訓多き旅① [旅]

メインディッシュ抜きの旅行に行った。
と書くと、非常に後ろ向きに聞こえる。
けど、それが事実。
前菜やスープがかなりいい働きをしたといえど、それが事実。

しかしながら、人は自己否定をしたくないから、多少の事実の歪曲を日常的に容易になす。
私も人の子なので、例に漏れない。
だから私は声を大にして言いたい。

旅行楽しかった!

さて、会津周辺を旅した。
大内宿という、かやぶき屋根の連なる宿場町を散策することを主たる楽しみとしていた。
結論から言うと、私はこの楽しみにありつくことができなかった。
阻んだものは渋滞
1キロ進むのに1時間。
目的地まであと5キロ。
単純に考えると5時間かかる計算だ。
朝6時に首都高に乗ったにもかかわらず、東北道で目論見どおり渋滞にかかり、時はすでにお昼をまわっていた。
回収できないコストに固執してさらなるリスクを背負うのは、賢明な判断にあらず。
サンクコストの概念を持ち出すまでもなく、私たちの1時間は回収しきれないコストとして、谷底に放り出した。

会津を目指した。
悲しいやっかみを一つ言わせていただくならば、大内宿から会津までの道中の町並みが素敵だった。

暴走半島・下 [旅]

そして家族全員食べ過ぎた。
腹8分目にしないと眠くなるという教訓はいつ身につくだろうか。

鯛の浦をあとにしたわたしたちは鴨川のお土産屋さんでひとやすみ。
ここのチョコソフトが尋常でないくらいにおいしかった。
これまでの人生で食べたソフトクリーム史上ベスト3には入る。
濃厚でビターなチョコレートにありがとうと伝えたい

引き続き房総半島を南下し、鴨川で花摘みをした。
花摘みだなんて童話の主人公しかしないと思っていたのだが、まさか齢22のわたしは摘み摘みするとは思わなんだ。
そこは花農園で、きんせんやキンギョソウ、ポピーなど春のお花がすでに満開だった。
気付けばダウンを着なくても気持ちいい暖かさの太陽が降り注いでいた。
遠くには海が見え、背後には山がそびえる。
千葉ってステキだナァとの感慨にふけりながら、ハサミで茎の下の方をちょきんと切った。

再び房総半島を突っ切って、内房に戻る。
目指すは富津。
道が混んでいた。
しかし富津には今回の旅の目的がある。
それは、のりの佃煮だ。
以前、両親が富津に来た時に買ったもので、あまりにおいしすぎたからぜひまた買いたいと思っていたのだ。
そして、買った。
今日という日、バンザイ

帰り、海ほたるで日没を見たかったけど間に合わず、てゆか駐車場も満車だったのでそのまま帰宅した。
最後の最後に川崎辺りから交代してもらったけど、ほぼ一日運転し続けて右足が疲れた。
でも、そんな疲れよりもはるかに大きな価値がこの一日にはあった。

一日の締めは、近所の銭湯だった。
家族も一日中の移動に疲れていたらしく、なんか知らんけど勢いで銭湯に来た。
小さい時に来たぶりだったその銭湯は、思ったよりも小さくて、お湯が鬼のように熱かった。
気持ちのいい一日の幕締め。


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