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「私」についての考察 [日常]

6年3組 肌と心の乾燥がひどくなってきた方のアヤコ

いつも作文の出だしで立ち止まる子だった。
とにもかくにも書き出せない。
平気で5分立ち止まり、10分立ち止まり、挙句飽きて部屋の掃除を始める。
書き出すのは3日後くらいだろうか。
一度書いてみると、修正の連続ではあるが、とにかくすらすら文字が連なった。
なーんだ、書けるじゃん自分。
と思うくらいなら3日前に書き出せよ自分。
必要な3日なんです。

作文の書き出しは、状況説明が多い気がする。
これから繰り広がる物語の舞台をまず設定いたしたい。
あ、明日稟議あげなきゃ。
稟議も取り掛からにゃー取り掛からにゃーと頭の片隅にバツ悪く居座っていた案件だが、これも3日前から手帳のTO DOリストに書かれていた。
やはり3日。
話が脇道にそれた。
作文の書き出しは、状況説明が多い気がする件について。
そもそも、ものを書くという行為には、伝える。という本質的な目的がはらまれておりまして。
ラブレターなら意中の相手に対して。
稟議なら社内の人に対して。
備忘録なら未来の自分に対して。
伝える。のですね。はい。

実はこの作文においては、誰に対して何を伝えるっていうことを特段意識せずにだらだら書いている次第なのですが。
とすると、この作文は、書くという行為ではないのでしょうか。
それとも、意図せず自分は何か誰かに伝えてしまっているのでしょうか。
どうなのでしょうか。

そうなのでしょうね。
きっと伝えてしまっているのでしょう。
厳密に言うと、「伝わって」しまっているのでしょう。
伝える、ということは本質的に不可能な行為であって、行為者の意図に関わらず、人は読み取ってしまうでしょう。
伝える、というより、「伝わって」しまうものなのかな、と思う冬の夜。

「私」もきっと同じこと。
「私」の意図に関わらず、伝わってしまう。
「私」の意図よりも、伝わったことの方が真実。

以上をもちまして、「私」についての考察を締めさせていただきたく存じます。

起立。気をつけ。礼。さようなら。
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