もぎもぎ [日常]
のっそり起きたら、今日も快晴だった。
2008年の三が日は毎日快晴。
すっきり晴れ渡る空の青っていうのは、なんでこんなにも広いんだろう。
いつまでたっても見飽きない青ばかり見てたら、いつの間にか信号の赤も青に変わっていた。
隣の車が発進するのを感じて慌ててアクセルを踏むと、意外に用心深い自分がギアをニュートラルにシフトしていた。
派手にうなるぜオレのエンジン。
新年早々、恥のかき初め。
車は首都高を颯爽と駆け抜ける。
改めて気付いたけれど、冬の空気は透明だ。
脇を流れるビル群がやけにくっきり空に映える。
あまり混んでいない首都高は、アドレナリンの巣窟だ。
ひとり首都高バトルを繰り広げる私。
おびえる両親。
あの道の狭さと不親切な急カーブ。
そして何より街の中をすり抜けていく感じが気持ちいい。
もしも東京が身体だとしたら、首都高は東京という身体に張り巡らされた血管。
私は赤血球として東京中に酸素を運びます。
えっさほいさ。
どこだい?酸素が足りないのは!
えっさほいさ。
どうやら、私のアタマみたい!
えっさほいさ。
ぼんやりした頭を抱えながら、ときに外気を注入し、ときに遠くの山々に見入り(富士山、赤城山、日光・男体山など、雪をかぶったそれらがくっきりはっきり浮かんでいたんだ)、祖父母宅に着。
祖父母宅では箱根駅伝復路を見たり、本を読んだり、寝たり、うどん食べたりした。
今年の箱根駅伝は波乱続きで、なんと3校も棄権。
関東学連選抜がなんと4位。
そして早稲田が2位。
モグスという名前が覚えられない。
大東大の選手が棄権する瞬間を見るなり祖母が、「どうしたの、この子?転んじゃったの?」。
んなわきゃない。
いろいろありえないことが起きた第84回箱根駅伝。
私も、他が見えなくなるほど熱く何かに没頭したくなりました。
目指せ、世界!
今年の正月は、上述のような例年通りの過ごし方に加えて、新たな試みにも挑んだ。
こんな仰々しく書くことじゃないんだけど、野菜の収穫をしたんだ。
祖父母は農家なので、祖父と一緒に裏の畑に野菜をもぎもぎしに行った。
いつもはこたつでゴロゴロして何の手伝いもしないダメ孫だけれど、今年は違うよ。
というか、もぎもぎしたかっただけなんだけどさ。
まず、大根をもぎました。
大根は垂直に引っ張れば、容易に引っこ抜けました。
たわしでごしごしと土を落としました。
次に、ねぎをもぎました。
ねぎは周囲の土をスコップの如き道具で取り除いてやってから引っこ抜きます。
ちぎれるような嫌な手ごたえがあったのですが、それはひげ根が切れるぶちぶち音でした。
次に、白菜をもぎました。
白菜は横になぎ倒すだけで根っこごともげます。
もいだ後におしりの部分ざっくり切り落として、汚れた表面の葉を捨てました。
最後に青菜をもぎました。
鎌で根っこの部分を切り落とすのですが、くっついている葉がばらばらにならないように気をつけます。
根っこのうち土で汚れた部分だけさらに切り落とし、余分な葉っぱも取り除きます。
収穫は快感だった。
野菜が土中で生きていた時期をファーストステージだとすると、もいで土から切り離された瞬間に彼らはセカンドステージへと移行する。
人間にたとえるならば、親の庇護下にある時期がファーストステージで、就職なり何なりで自立する青年期がセカンドステージに相当するだろう。
収穫の瞬間というのは、野菜にとってそれだけ大きな変化ではないかと察する。
野菜としての存在意義が変わるのだ。
自分はどんな用途にもちいられるのだろう?
調理されるのかしら?
肥料になるのかしら?
飼料になるのかしら?
はたまた研究に用いられるのかしら?
不安と希望に満ち溢れた野菜たちを、私は収穫した。
彼らはとても美しかった。
威風堂々と私にもがれていく野菜たち。
将来に不安を抱えつつも、きっと今の自分の出来と可能性に自信があるのだろう。
私もその精神をみならいたい。
私のこのような感慨もつゆ知らず、私たちは渋滞を避けるために早めに帰途に就く。
道中、いつも私を救ってくれる文殊様のところに新年の挨拶と抱負、祈り等を捧げに立ち寄る。
文殊焼きも食べたからバッチリだと思う。
狙い通り、高速は順調に流れ健全な時間に東京に戻った。
そのまま家に帰るかと思いきや、本日の締めは地元の銭湯だった。
何やらお湯が温泉らしい。
やけに混んでいたけど、久々の銭湯、というか温泉は気持ちよかった。
もはや不治の病なんじゃないかってくらいにすぐできるニキビが、入浴後には消えていた!
これだから温泉はやめられない!
一日運転して、しまいには温泉まで入ったものだから、相当疲れた私はハーゲンダッツを食べて仮眠。
ドルチェうまー。
そして今に至る。
気付けば卒論がやばいことに気付く。







コメント 0