ケベック党、住民主導の住民投票案を採択 [ケベック]
ケベック党は1月29日の会議で、政権を獲得した場合、15%の有権者の要望があれば住民投票を実施する法案を上程する方針を採択した。同党はこれまで「政権を獲得したら、独立を問う住民投票を政府が実施する」と公約してきたが、今後は住民が主体となることで、否決されても党が責任を取る必要はなくなる。これはケベック独立に消極的なマロワ党首への、ハードコア独立派による執拗な攻撃に対し、団結して総選挙を戦うための妥協である。
マロワ党首は、こう宣言した。
「我々はケベック経済を、石油企業から解放しなければならない。我々は、ケベックをカナダから解放しなければならない。」
独立の是非ではなく、焦点をあくまでも反保守党に絞ろうとするマロワ党首は、記者会見で「『解放』はいつ行う予定なのか」と尋ねられると、「適切な時期が来て、必要とされるなら、住民投票を実施することを検討する。我々は必ず実施するとも、しないとも言うつもりはない」と、歯切れの悪い回答に終始した。
ケベック党はまた、選挙権を16歲まで引き下げる提案を採択した。若い人ほど独立を支持する傾向があることが知られており、選挙権引き下げはケベック党で長年検討されてきた問題である。
ケベック党はさらに、政権獲得した場合、議員の党移籍を禁止する法案を上程する方針を採択した。任期中に離党した議員は、無所属となるか、党移籍するなら辞職して補選で再選されなければならない。
ケベック党は昨年夏から、7人もの議員が離党した。そのうち3人がCAQ(ケベックの未来のための連合)に移籍している。今回の決定は、他党議員を熱心に引き抜きにかかるCAQへの対策である。
レジェ・マーケティング社が28日に発表した世論調査は、ケベック独立を支持する人が43%もいるにもかかわらず、ケベック党の支持率が25%しかないことを示した。デュセップ氏を担いだクーデターを完封したマロワ党首も、この結果は無視できなかったようだ。CAQは35%、自由党は26%だった。
また誰が最も首相にふさわしいかという設問では、フランソワ・ルゴール党首(CAQ)が25%、ジャン・シャレー首相(自由党)が19%、ポリーヌ・マロワ党首(ケベック党)が15%と、マロワ党首が主要3党の中で最下位であった。
自由党の支持基盤は主に、アングロフォンとアロフォン(英語もフランス語も母語としない人々)である。世論調査は、フランコフォン有権者の36%がCAQを、30%がケベック党を支持することを示した。かつてフランコフォンの間で圧倒的な支持を誇っていたケベック党が、CAQを下回ったことは衝撃的であり、独立に反対するCAQに対し、差異を強調し独立派の支持を取り戻す必要があったようだ。
モントリオール島は、自由党の強固な地盤である。ケベック党とCAQはともに、モントリオール周辺部の80選挙区の支持を奪い合っている。
マロワ党首は、こう宣言した。
「我々はケベック経済を、石油企業から解放しなければならない。我々は、ケベックをカナダから解放しなければならない。」
独立の是非ではなく、焦点をあくまでも反保守党に絞ろうとするマロワ党首は、記者会見で「『解放』はいつ行う予定なのか」と尋ねられると、「適切な時期が来て、必要とされるなら、住民投票を実施することを検討する。我々は必ず実施するとも、しないとも言うつもりはない」と、歯切れの悪い回答に終始した。
ケベック党はまた、選挙権を16歲まで引き下げる提案を採択した。若い人ほど独立を支持する傾向があることが知られており、選挙権引き下げはケベック党で長年検討されてきた問題である。
ケベック党はさらに、政権獲得した場合、議員の党移籍を禁止する法案を上程する方針を採択した。任期中に離党した議員は、無所属となるか、党移籍するなら辞職して補選で再選されなければならない。
ケベック党は昨年夏から、7人もの議員が離党した。そのうち3人がCAQ(ケベックの未来のための連合)に移籍している。今回の決定は、他党議員を熱心に引き抜きにかかるCAQへの対策である。
レジェ・マーケティング社が28日に発表した世論調査は、ケベック独立を支持する人が43%もいるにもかかわらず、ケベック党の支持率が25%しかないことを示した。デュセップ氏を担いだクーデターを完封したマロワ党首も、この結果は無視できなかったようだ。CAQは35%、自由党は26%だった。
また誰が最も首相にふさわしいかという設問では、フランソワ・ルゴール党首(CAQ)が25%、ジャン・シャレー首相(自由党)が19%、ポリーヌ・マロワ党首(ケベック党)が15%と、マロワ党首が主要3党の中で最下位であった。
自由党の支持基盤は主に、アングロフォンとアロフォン(英語もフランス語も母語としない人々)である。世論調査は、フランコフォン有権者の36%がCAQを、30%がケベック党を支持することを示した。かつてフランコフォンの間で圧倒的な支持を誇っていたケベック党が、CAQを下回ったことは衝撃的であり、独立に反対するCAQに対し、差異を強調し独立派の支持を取り戻す必要があったようだ。
モントリオール島は、自由党の強固な地盤である。ケベック党とCAQはともに、モントリオール周辺部の80選挙区の支持を奪い合っている。
デュセップ氏が公金流用、ケベック党党首就任を否定 [ケベック]

世論調査では新党CAQ(ケベックの未来のための連合)の支持が高く、ケベック党は3位に沈んでいるが、ケベック連合党首を辞任して引退したジル・デュセップ氏が党首になれば、ケベック党が支持率トップに立つことが示されている。
ベルナール・ランドリー元党首やマルク・ラビオレットSPQリーブル会長のようなハードコア独立派は、独立を前面に押し出そうとしないポリーヌ・マロワ党首を引きずり降ろし、後任にデュセップ氏を就けようと以前から画策している。
そんな中、モントリオールの新聞「ラ・プレス」紙が1月21日、デュセップ氏が党首だった時期にケベック連合が、ジルベール・ガルドネルGMの給与を7年間、毎年10万ドル以上も下院スタッフ予算から流用して支払っていたと報じた。他党はこれを倫理違反だと非難しており、デュセップ氏が連邦議会の査察を受ける可能性もある。
デュセップ氏はこれまで、ケベック党の反乱分子に担がれていることについて「それはケベック党の問題であり、私はマロワ党首が『正しい決断』をするよう望んでいる」と意味深長なコメントをして、完全否定しなかった。しかしこの報道を受けて、彼は翌22日に「今後は、己の誠意と評判を守ることに専念したい。それゆえ政界復帰は想像できない」という声明を発表した。
この完全否定発言によって、マロワ降ろしを画策するハードコア独立派は、担ぐ神輿を失った。「沈みゆくタイタニックの甲板で演奏するバンドのメンバーになるのは真っ平だ」と、マロワ党首のもとで選挙を戦う危険性を訴え続けてきたラビオレット会長は、デュセップ氏がCAQと自由党を倒せる唯一の人物だったから刺されたと説明した。
「我々は今まさに、政治的暗殺を目撃した。これは連邦主義者とCAQを利するものだ。」
だがケベック連合のミシェル・ギモン元議員は、こう推測した。
「情報をリークしたのは、ケベック連合に近く、デュセップ氏にケベック党党首になってほしくない人物だろう。」
デュセップ氏の失脚によって最も得をした人物が、マロワ党首であることに疑いの余地はない。彼女は、情報をリークしたのは自分だという疑惑を否定した。
「情報の出所について、思いあたることはありません。ケベック連合が政治資金をどう使っているかは、私にはわかりません。」
「私は、私のリーダーシップに関する論争が終結することを望んでいます。ハーパー政権は、長銃登録制廃止や少年犯罪厳罰化によって、ケベックのニーズに背を向けようとしています。保守党の政策は『教育より刑務所』なのです。今こそ違いを乗り越え、一致団結して戦う時です。」
党首就任以来、幾度となく起こった反乱をその都度はね返したことで、マロワ党首は「コンクリート・レディ」の異名を取った。だがケベック党幹部会が来週開催されることになっており、独立派はそこでマロワ党首のリーダーシップ論争を蒸し返すものと見られている。
民主行動党消滅、CAQへ合流 [ケベック]
ケベック民主行動党(ADQ)は1月22日、党員による郵便投票の結果、「ケベックの未来のための連合」(CAQ)への合流を承認した。党員の54%が投票し、70%が賛成票を投じた。
これにより民主行動党は、18年の歴史に幕を引いた。全盛期には5万人いた党員は、2500人にまで減っていた。
民主行動党を吸収したことで、連合は新たに議員を4人加えた。1月9日にはケベック党のフランソワ・ルベロ議員が移籍しており、合計9議席となった。民主行動党に割り当てられた70万ドルの助成金も、連合が引き継ぐことになる。
与党自由党はマフィアとの関係を噂され、支持率が低迷している。野党第一党のケベック党は、独立を主張する過激派がマロワ党首降ろしを画策し、党内抗争をひき起こしている。新しい連合にとっては、絶好の機会といえよう。
これにより民主行動党は、18年の歴史に幕を引いた。全盛期には5万人いた党員は、2500人にまで減っていた。
民主行動党を吸収したことで、連合は新たに議員を4人加えた。1月9日にはケベック党のフランソワ・ルベロ議員が移籍しており、合計9議席となった。民主行動党に割り当てられた70万ドルの助成金も、連合が引き継ぐことになる。
与党自由党はマフィアとの関係を噂され、支持率が低迷している。野党第一党のケベック党は、独立を主張する過激派がマロワ党首降ろしを画策し、党内抗争をひき起こしている。新しい連合にとっては、絶好の機会といえよう。
ルゴールの「連合」が州会議員8名を確保 [ケベック]

11月4日に正式に旗揚げした右派新党「ケベックの未来のための連合(Coalition pour l'avenir du Québec/The Coalition for Quebec's Future: CAQ)」は12月19日、州会議員8名を確保したと発表した。
ケベック民主行動党(ADQ)は12月14日、CAQとの合併にすでに合意している。党大会の承認を得られれば、民主行動党議員4名がCAQ議員となる。
今回の発表は、両党の正式な合併に先立ち、ケベック党を離党した無所属のベノワ・シャレット議員とダニエル・ラット議員、民主行動党を離党した無所属のエリック・ケール議員とマルク・ピカール議員の計4名を加えるものである。なおフランソワ・ルゴール党首には議席がないため、民主行動党のジェラール・デルテル党首が院内幹事長を務めるものとみられている。
ルゴール党首は記者会見で、次のように述べた。
「私は、ケベック党議員と民主行動党議員を加えたことを誇りに思う。ゆくゆくは、自由党議員も何名か加えたいと思う。自由党議員たちは、今こそ目を覚まし、停滞から抜け出して、ケベック再建のために我が党に加わるべきである。」
写真:右からフランソワ・ルゴール党首、ダニエル・ラット議員、マルク・ピカール議員、ベノワ・シャレット議員、エリック・ケール議員。
ケベック連合党首にパイエ [ケベック]
12月11日に行われたケベック連合党首選で、ダニエル・パイエ元議員が当選した。彼はケベック州のパリゾー内閣で産業大臣を務め、2009年の連邦議会補選に当選して下院議員となったが、2011年総選挙で落選した。この年の総選挙で、ケベック連合議員は4人だけになったが、パイエは61%の票を獲得し、現職のマリア・ムラニ議員・ジャン=フランソワ・フォルタン議員を破った。
当選したパイエ新党首は、新民主党はケベックの利益のために戦うことができなかったと非難し、ケベック連合こそがケベックのために働く唯一の党だと訴えた。
パイエ党首には議席がないため、議場に入ることはできない。このような場合は、若手議員がわざと辞職して補欠選挙を行うものだが、議員がわずか4人では、辞職してくれる人はいないだろう。よって彼は、ケベック州に欠員が出るのを待つことになる。
2011年総選挙で、ケベックの議席の大多数を奪った新民主党もまた、現在党首選の真っ只中にある。最有力のブライアン・トップ氏は、もし党首に当選した場合は、故レイトン党首のトロントの選挙区ではなく、彼が生まれたケベック州の補選に挑むと語った。この場合、二人の党首がケベックの補選に挑むことから、両党が談合する可能性もある。
ケベック州で国旗掲揚を要求 [ケベック]
ケベック州サン=ドニ=ブロンプトンで11月7日、100人ほどの町民が町議会を包囲し、かつて撤去されたカナダ国旗を再び掲揚するよう要求した。
国旗は2009年までは掲揚されていたが、分離主義政党であるケベック党のクロード・ブシェ市長が就任した直後に撤去され、ユリの紋章をかたどったケベック州旗に差し替えられた。
抗議グループの一人ウェリー・ラロッシェ前市長は「ケベックはまだ独立していない。その事実を尊重すべきだ」と語った。
また、ルナール・ラロッシェは「国旗を撤去するのは、我々の先祖に唾する行為だ。軍人たちは誰のために戦ったのか」と語った。
クロード・ブシェ市長は「カナダで国旗がこれほどの情熱をひき起こすことになろうとは、考えたこともなかった」とコメントした。
国旗は2009年までは掲揚されていたが、分離主義政党であるケベック党のクロード・ブシェ市長が就任した直後に撤去され、ユリの紋章をかたどったケベック州旗に差し替えられた。
抗議グループの一人ウェリー・ラロッシェ前市長は「ケベックはまだ独立していない。その事実を尊重すべきだ」と語った。
また、ルナール・ラロッシェは「国旗を撤去するのは、我々の先祖に唾する行為だ。軍人たちは誰のために戦ったのか」と語った。
クロード・ブシェ市長は「カナダで国旗がこれほどの情熱をひき起こすことになろうとは、考えたこともなかった」とコメントした。
ルゴールの旗揚げ、大山鳴動して鼠一匹 [ケベック]

フランソワ・ルゴール前厚生・社会福祉大臣は2月21日、ケベック市で記者会見を行い、無党派政治団体「ケベックの未来のための連合」(La coalition pour l'avenir du Québec/the Coalition for Quebec’s Future)の結成と、マニフェストを発表した。それは、多くの期待をもって受けとめられた昨年10月の右派新党結党宣言から、大きく後退したものだった。
ルゴールの新党は、独立論争に終止符を打ち、真にケベックの生活のために働く超党派のドリームチームを結成してくれるものと、結成前から世論調査で圧倒的な支持を受けていた。だがシャルル・シロワ氏(テレシステム最高経営責任者)とジャン=フランソ・シマール元環境大臣を伴った記者会見では、大物政治家の名は出なかった。ルゴールは明らかに、カリスマのルシエン・ブシャール元首相やモニク・ジェローム=フォルジェ元歳入委員長らを、引き入れることに失敗したのである。ルゴールは近いうちに、学者や財界人など17人のリストを公開すると述べたが、ブシャール元首相と相談したかについては回答を拒否した。また連合は、当面は政党にはならないが、将来の結党の可能性については排除しなかった。
発表されたマニフェストは、ケベックの聖域にメスを入れるというかつての宣言から大きく後退し、教員への昇給、教育制度の分権化、ヘルスケアの経費削減、医師増員への反対など、既成政党によってすでに発表されたものばかりだった。また、水力発電による増収を図ることで公共サービスを向上させるという公約は削除されたため、財源はどうやって得るのかは判然としなかった。
連合は、連邦主義対分離主義の対立軸を放棄し、「民族主義」を採用する。
「ル・ケベコワ・リーブル」編集者のマルタン・マッス氏は、「ルゴールの連合は、自由党と何も違わないようだ」と語った。
写真:フランソワ・ルゴール(左)とシャルル・シロワ(右)。
ティム・ホートンズ、ケベック用マグカップからメープルリーフを削除 [ケベック]
ドーナッツ・チェーンのティム・ホートンズは、クリスマス・マグカップをリリースした。そこにはロッキー山脈やCNタワーなどとともにメープルリーフが描かれているが、ケベック・バージョンではこれらは全て雪に差し替えられている。 ケベック向け商品からカナダの象徴であるメープルリーフを削除するのは、近年よく見られる風潮で、ラバッツ・ビールも英語圏ではメープルリーフが入っているが、ケベックではユリの紋章に差し替えられている。
ティム・ホートンズは、今回の措置には政治的意図はないという声明を発表した。

写真上:英語圏のクリスマス・マグカップ。
写真下:カエデのマークが入った英語圏のラバット・ブルー(左)と、ユリのマークが入った仏語圏のラバット・ブルー(右)。右の商品には“Canada's”の文字がない。
ケベック党の内紛 [ケベック]
自由党のシャレー政権は、相次ぐスキャンダルの発覚により有権者から見放されている。あらゆる世論調査は、今総選挙が実施されれば、ケベック党が過半数を獲得し、ポリーヌ・マロワ党首が首相になることを示している。
にもかかわらず、ジャック・パリゾー前党首・ベルナール・ランドリー前党首らハードコア独立派は、独立を強固に主張しようとしないマロワ党首に不満を抱き、ケベック連合のデュセップ党首にケベック党党首になるよう依頼している。党首に対し、その成績ではなくイデオロギーを理由に造反するのは、ケベック党の宿命的な病気とも言える。
マロワ党首は、ケベックの歴史上初の女性公認反対党党首である。彼女は、物腰が柔らかすぎるという理由で非難される。ときには優雅に着飾りすぎだと非難され、髪がブロンドなのは選挙に不利だ(ブロンド女性は頭が悪いという迷信がある)と非難される。
ケベック独立への支持は、今では40%以下でしかない。マロワ党首が独立を前面に押し出さないのは、その方が選挙に有利と判断しているからだが、パリゾー前党首とランドリー前党首がマロワ党首を嫌うのは、彼女のやり方では選挙に勝てないからではなく、ハードコア独立派として危機感を抱いているからである。
奇妙なのは、2007年にボワクレール党首が辞任したとき、デュセップ氏はケベック党党首選に出馬の動きを見せたが、世論調査でマロワ氏に大きく差をつけられているのを見て、辞退していることである。最近の世論調査では、ケベックで人気の高いデュセップ氏を党首に据えれば、ケベック党は歴史的圧勝を収めることが示されているが、独立運動が下火になった今、独立をレゾン・デートルとするケベック党において、デュセップ氏が火中の栗を拾いに行くとは考えにくい。
ケベック連合創始者のルシエン・ブシャール氏は、ケベック党のパリゾー党首が1996年に突然辞任したとき、離党してケベック党党首に迎えられたが、同党のお家芸であるハードコア独立派と社民主義者の内ゲバでもみくちゃにされ、政界を引退している。彼は今では「ケベック独立は不可能」とさえ言い切り、独立派を失望させている。
1990年にケベック連合が旗揚げされたとき、多くの批評家は「独立を達成できずに、数年でつぶれるだろう」と冷ややかな目を向けた。だがそれから20年、ケベック連合はケベック独立を達成することなく、ケベック州の第一党であり続けている。それはケベック州の有権者が、ケベック連合はケベック州のために働く党だと信頼しているからである。つまりケベック連合の支持者は、その綱領にもかかわらず、必ずしも独立を支持しているわけではないのだ。
「ケベック党に問題があるというなら、それは彼らの問題であって、私の問題ではない。」
デュセップ氏は、どこまでも平静を装っている。彼は、次の連邦議会選挙はケベック連合党首として戦うつもりだと明言している。
にもかかわらず、ジャック・パリゾー前党首・ベルナール・ランドリー前党首らハードコア独立派は、独立を強固に主張しようとしないマロワ党首に不満を抱き、ケベック連合のデュセップ党首にケベック党党首になるよう依頼している。党首に対し、その成績ではなくイデオロギーを理由に造反するのは、ケベック党の宿命的な病気とも言える。
マロワ党首は、ケベックの歴史上初の女性公認反対党党首である。彼女は、物腰が柔らかすぎるという理由で非難される。ときには優雅に着飾りすぎだと非難され、髪がブロンドなのは選挙に不利だ(ブロンド女性は頭が悪いという迷信がある)と非難される。
ケベック独立への支持は、今では40%以下でしかない。マロワ党首が独立を前面に押し出さないのは、その方が選挙に有利と判断しているからだが、パリゾー前党首とランドリー前党首がマロワ党首を嫌うのは、彼女のやり方では選挙に勝てないからではなく、ハードコア独立派として危機感を抱いているからである。
奇妙なのは、2007年にボワクレール党首が辞任したとき、デュセップ氏はケベック党党首選に出馬の動きを見せたが、世論調査でマロワ氏に大きく差をつけられているのを見て、辞退していることである。最近の世論調査では、ケベックで人気の高いデュセップ氏を党首に据えれば、ケベック党は歴史的圧勝を収めることが示されているが、独立運動が下火になった今、独立をレゾン・デートルとするケベック党において、デュセップ氏が火中の栗を拾いに行くとは考えにくい。
ケベック連合創始者のルシエン・ブシャール氏は、ケベック党のパリゾー党首が1996年に突然辞任したとき、離党してケベック党党首に迎えられたが、同党のお家芸であるハードコア独立派と社民主義者の内ゲバでもみくちゃにされ、政界を引退している。彼は今では「ケベック独立は不可能」とさえ言い切り、独立派を失望させている。
1990年にケベック連合が旗揚げされたとき、多くの批評家は「独立を達成できずに、数年でつぶれるだろう」と冷ややかな目を向けた。だがそれから20年、ケベック連合はケベック独立を達成することなく、ケベック州の第一党であり続けている。それはケベック州の有権者が、ケベック連合はケベック州のために働く党だと信頼しているからである。つまりケベック連合の支持者は、その綱領にもかかわらず、必ずしも独立を支持しているわけではないのだ。
「ケベック党に問題があるというなら、それは彼らの問題であって、私の問題ではない。」
デュセップ氏は、どこまでも平静を装っている。彼は、次の連邦議会選挙はケベック連合党首として戦うつもりだと明言している。
デュセップ党首ならケベック党圧勝 [ケベック]

クロップ社が11月17日から22日にかけて、1000人のケベック州有権者を対象に実施した世論調査は、主要政党の支持率をケベック党38%、自由党23%、民主行動党15%、ケベック連帯12%、緑の党10%と示した。
ケベック党がフランコフォン有権者の45%、モントリオールとその周辺では35%の支持を集めているいっぽう、与党自由党はモントリオールとその周辺では26%の支持しかない。
これらの調査結果に基づき、今総選挙が行われた場合の獲得議席をシミュレートすると、ケベック党83議席、自由党24議席、民主行動党15議席、ケベック連帯3議席(定数125)となる。自由党はかろうじて野党第一党にとどまるが、1956年以降で最低の結果に終わる。
党首を、人気のあるナタリー・ノルマンドー副首相にすると自由党支持率は28%と微増するが、レーモン・バシャン財務大臣にすると21%に低下する。
与野党伯仲のため、22日に提出された内閣不信任案を、閣僚を伴った訪仏を延期して僅差で凌いだものの、シャレー首相の支持率はわずか16%しかない。首相辞任を求めるウェブ嘆願書サイトが2万人もの署名を集め、アクセス過多のためサーバーが15日にパンクする珍事まで起きている。
ケベック党支持者の72%は、ポリーヌ・マロワ党首は留任すべきと考えているが、ジャック・パリゾー前党首・ベルナール・ランドリー前党首らハードコア独立派は、独立を強固に主張しようとしないマロワ党首に不満を抱き、ケベック連合のデュセップ党首にケベック党党首になるよう依頼している。
そこで政党支持率を、デュセップ氏が党首の場合について調査すると、ケベック党支持率は49%にはね上がる。自由党は21%に低下し、民主行動党は11%に、ケベック連帯は8%に低下する。
そこで、総選挙が実施された場合の獲得議席をシミュレートすると、ケベック党は101議席を獲得し圧勝することになる。これはケベック党結党以来最大の勝利であり、これを上回る記録は歴史上、1973年に自由党が102議席を獲得したのみである。自由党はわずか15議席に転落し、しかもモントリオール島以外での議席はわずか3議席となり、シャレー首相自身も落選する惨敗となる。民主行動党はケベック市とその周辺で7議席、ケベック連帯は2議席を獲得する。
ただしデュセップ党首は、次の連邦議会選挙をケベック連合党首として戦うつもりだと明言している。
「ケベック自由ネットワーク」結成集会 [ケベック]

ケベック市で10月23日、草の根保守主義の「ケベック自由ネットワーク(Réseau Liberté-Québec/Quebec Freedom Network)」結成集会が開催された。一般の参加者はおよそ450人で、ゲストとしてマクシム・ベルニエ元外務大臣、ジャック・ブラサール元運輸・天然資源大臣、ジェラール・デルテル民主行動党党首も出席した。ハーパー首相の元広報コリー・テネイック氏は出席を取りやめた。
ベルニエ元外務大臣は演説で、ケベックのより多くの自治は、連邦憲法を尊重し、州の問題への連邦の干渉を終わらせることによって実現すると述べた。そしてケベック州政府は過去50年間、人口比以上の議席や憲法改正への拒否権など、連邦政府から絶えず特権を要求し続けることで、結果的にこれを損なったと非難した。
「ケベック州は、ケベックだけが特別であり、他州より多くの権限を持つべきだと主張してきた。」
「我々は、喉元にナイフを突きつけて要求した。『要求に応じなければ、我々は独立する』と。そのやり方は、誤っていた。」
さらに、ケベック民族主義は左翼と国家主義にのっとられていたと批判した。
「過去を振り返って見るがいい。ケベックには、社会主義と大きな政府しかなかったではないか。しかし今ここに、大きな政府を拒絶し、より小さな政府、より多くの自由を信じる大勢の民衆がいる。」
そして発起人の一人であるジョアンヌ・マルコットは「今こそケベック党と自由党に占められてきた『内政干渉政治』と訣別するときだ」と語った。
「ケベック自由ネットワーク」は、より小さい政府、より少ない連邦の干渉、減税、自己責任を志向し、カナダで最も左寄りの州であるケベックで、保守的な声を糾合する試みである。それは政党ではなく、綱領もないが、ケベック独立問題には関わらず、経済を重視するという方針を示している。
この日はまた、ケベック党党大会の日でもあった。マロワ党首は500人の聴衆の前で、ケベックは反独立の新たな政党を必要としない、それは自由党であると語った。
ケベック政界は長い間、ケベック党と自由党の二つの左派政党によって、独立か連邦残留かを争点としてきた。ところが一方ではルゴールによる右派新党が人気を博し、もう一方では草の根保守主義が集会を開き、ともにケベック独立を争点としないと明言している。ケベック独立をレゾン・デートルとするケベック党は、反独立派と右派の拡大におびえているかのようだ。
ケベック党政権の閣僚だったブラサール元大臣は、「この運動は、ケベックの政治的空白を満たすものだ」と指摘した。
「クイヤール問題」でハーパー内閣の閣僚を辞任したものの、ここ最近のベルニエ元外相は、人気が上昇する一方である。彼は、自党の政策に反する意見を表明してはばからず、メディアでひっぱりだことなっている。
もしもハーパー首相が引退したら、彼は保守党党首選に打って出るものと多くの人に見られている。
写真:演説するデルテル民主行動党党首(右)。左はベルニエ元外相。
ケベックで右派新党結成の動き、政界再編へ [ケベック]
ケベック政界は今、中道右派の新党結成の話題で持ち切りである。政界を引退したフランソワ・ルゴール前厚生・社会福祉大臣が、仮称「フォルス・ケベック」の名のもとに、連邦主義でも分離主義でもない中道右派を結集しようとしている。それは、連邦主義者と分離主義者による果てしない争いに飽きた多くのケベック人たちへの、決して成功したことのない第3の道である。 世論調査によると現在は、ケベック人の21%が分離主義、20%が連邦主義で、それぞれがケベック党と自由党を支持してきた。ところがケベック人の48%は、自らを民族主義者と見なしているにもかかわらず、独立を志向しない。二大政党がこれらの有権者の利害を集約できていないことは明らかであり、また汚職にまみれた自由党を政権から引きずり落とすべきとは考えるが、さりとて独立は望まない人々には、受け皿がないのが現状である。
独裁者モーリス・デュプレシが死去した後、カリスマのルネ・レベックが登場し、ケベック民族主義を高揚させたことで、ケベック政界は連邦主義と分離主義の戦いとなった。ルゴールの新党はこの構図に終止符を打ち、ケベック政界地図を大きく塗り替えるビッグ・バンを惹き起こすことになるだろう。
フランソワ・ルゴールは1957年、ケベック州サン=タン=ド=ベルビューに生まれた。1998年ケベック党から州会議員に当選し、ブシャール内閣の産業・商業大臣と文部大臣、ランドリー内閣の厚生・社会福祉大臣と文部大臣を務め、2009年6月、政界から引退した。
自由党党首であるジャン・シャレー首相は14日、うすら笑いを浮かべながらインタビューに答えた。
「彼は、ケベック党の元閣僚じゃないですか。彼は、マロワ党首とケベック党を引きずり落として新しい政治を始めるというのでしょう。」
支持率が低下して追いつめられている彼は、新党結成はケベック党の支持を奪うことになるので好都合だと歓迎したのである。ところが同日に発表されたレジェ・マーケティング社による世論調査は、各方面に衝撃を与えた。新党「フォルス・ケベック」が結成されれば、その支持率はいきなり第一党になるというのである。
政党支持率は現状では、ケベック党39%、自由党29%、民主行動党12%、ケベック連帯8%、緑の党6%、その他6%となるが、選択肢に「フォルス・ケベック」を加えると、その場合の政党支持率はフォルス・ケベック30%、ケベック党27%、自由党25%、民主行動党7%、ケベック連帯6%、緑の党4%となり、「フォルス・ケベック」はいきなり第一党となる。
また「フォルス・ケベック」は、あらゆる党からその支持を奪う。民主行動党支持者の半分、ケベック党・緑の党・ケベック連帯の支持者の3分の1、自由党支持者の14%が、フォルス・ケベックに流れる。
現在の州議会勢力は、自由党65、ケベック党51、民主行動党4、ケベック連帯1、無所属3、欠員1議席(定数125)となっている。そこでレジェ・マーケティング社による世論調査に基づき、州議会選挙が今実施された場合の獲得議席数をシミュレートしてみると、ケベック党81、自由党35、民主行動党7、ケベック連帯2議席となり、ケベック党が自由党の議席の多くを奪い圧勝する。ところが「フォルス・ケベック」を選択肢に加えた場合は、ケベック党51、フォルス・ケベック40、自由党32、ケベック連帯2議席に変わる。 支持率では1位のフォルス・ケベックは、獲得議席数では2位となり、いきなり野党第一党となる。中道右派の同党は、右派の民主行動党がかつて獲得した選挙区のほとんどを奪い、民主行動党は議席0に転落する。また同党は自由党から26議席、ケベック党からは8議席を奪い、自由党に最も大きな打撃を与える。換言するとフォルス・ケベックは、ケベック党が自由党から奪う予定になっている議席の大部分を手中にすることになる。
写真:フランソワ・ルゴール前厚生・社会福祉大臣。
【参照】 【世論調査】「ケベック独立論争は終わった」
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2010-05-19
Wikipediaの「公用語法」を「ケベック・ナチ法」に改竄、政府が調査へ [ケベック]

Wikipediaの「公用語法(Official Languages Act)」の項目が「ケベック・ナチ法」に改竄された事件について、カナダ更生サービスは8月23日、調査を開始した。
ケベック州選出のドニ・コデール議員は8月12日、Wikipediaの改竄を発見した。そこには、こう書かれていた。
「ケベック・ナチ法は、1969年カナダ連邦議会によって採択された法律で、1988年に大幅に改正された。法律はカナダ政府において、フランス語を話すカナダ人に、英語を話すカナダ人より多くの機会を与える。それは、すでにオンタリオに在住する人々に対し、ケベック人が職務上優遇されることを許す。」
コデール議員はまず、Wikipediaに通報した。そしてWikipediaが調査したところ、オタワのウェスト・ローリエ通りにある連邦政府事務所へ、そしてその中にあるカナダ更生サービスのコンピュータに辿りついた。ビック・テーブス公共安全大臣は、悪質な改竄が連邦政府事務所で行われたことを知ると、ただちに調査を命じた。
コデール議員は、こうコメントした。
「Wikipediaには、誰でも何でも書くことができるのはわかっている。だがこれは、連邦政府のコンピュータで行われたものだ。ケベックをナチスに喩えることは、ヘイトプロパガンダであり、容認できない。」
Wikipediaは現在、ほぼ元どおりに復旧している。
(http://en.wikipedia.org/wiki/Talk:Official_Languages_Act_(Canada))
Wikipediaに関して連邦政府が調査された最初の事件は、今年7月に「ロッキード・マーチンF-35 ライトニングⅡ(Lockheed Martin F-35 Lightning Ⅱ)」の項目が改竄された事件である。政府のF-35購入に批判的な文章を削除し、政権奪回したら計画を見直すと主張したイグナティエフ党首(自由党)を障害者と断定する改竄は、国防省ウィニペグ司令部のコンピュータで行われたことが判明した。
イグナティエフ党首はこれについて「政府は何か隠しているのではないか」と語った。
ミーチレイクから20年 [ケベック]
ミーチレイク協定失効から20年後の6月20日、400人のケベック民族主義者たちがモントリオールでデモを行った。混乱や暴動はなく、穏やかでありきたりのものだった。
協定が失効した20年前の1990年6月22日、失望した何千人ものケベック人たちは、誰が組織するでもなくダウンタウンを行進し、イーストエンドに向かった。オリンピック・スタジアムになだれ込んだ群衆は、「オー・カナダ」の演奏にブーイングを浴びせた。ほとんどのカナダ人にとって、カナダ人がカナダ国歌にブーイングするのを目撃するのは初めての経験だった。
ケベック連合のジル・デュセップ党首にとって、ミーチレイク協定失効は終わりではなく始まりだった。協定への失望がケベック連合旗揚げに繋がり、党が初めて迎えたその年8月の補欠選挙に立候補したのが、ほかでもないデュセップ自身だったのである。ケベック独立などできない、ケベック連合はいずれ解散するだろう、誰も投票しないだろうと多くの人々は冷ややかに見ていたが、予想に反し、デュセップは党の最初の当選者となり、ブーム・メーカーとなった。当時ゴマ塩頭だった彼は、今はすっかり白髪になっている。デュセップ党首は当時を述懐する。
「まるでベルリンの壁が崩壊したかのようだった。」
あれから20年、エクスポスとともに、民族主義の情熱もこの街から消えた。1995年の住民投票以来、ケベック独立は15年間俎上に上らなかった。人々は長く続いた独立騒ぎに疲れ果て、この問題を避けて通っているかのようだ。ケベック連合創始者のルシエン・ブシャールは今年「ケベック独立は不可能」と発言し、最近の世論調査でも、ケベック独立はもはや争点ではないと考える人が多数を占めている。
だがデモの主催者ドニ・プルールドは、独立問題はいつか再び話題の中心になる日が来ると語った。
「独立の精神は、今もケベックで健在だ。それは酒場で、理髪店で、あらゆるところで話題にされている。それは我々の日常の、日々のあらゆる瞬間にある。」
協定が失効した20年前の1990年6月22日、失望した何千人ものケベック人たちは、誰が組織するでもなくダウンタウンを行進し、イーストエンドに向かった。オリンピック・スタジアムになだれ込んだ群衆は、「オー・カナダ」の演奏にブーイングを浴びせた。ほとんどのカナダ人にとって、カナダ人がカナダ国歌にブーイングするのを目撃するのは初めての経験だった。
ケベック連合のジル・デュセップ党首にとって、ミーチレイク協定失効は終わりではなく始まりだった。協定への失望がケベック連合旗揚げに繋がり、党が初めて迎えたその年8月の補欠選挙に立候補したのが、ほかでもないデュセップ自身だったのである。ケベック独立などできない、ケベック連合はいずれ解散するだろう、誰も投票しないだろうと多くの人々は冷ややかに見ていたが、予想に反し、デュセップは党の最初の当選者となり、ブーム・メーカーとなった。当時ゴマ塩頭だった彼は、今はすっかり白髪になっている。デュセップ党首は当時を述懐する。
「まるでベルリンの壁が崩壊したかのようだった。」
あれから20年、エクスポスとともに、民族主義の情熱もこの街から消えた。1995年の住民投票以来、ケベック独立は15年間俎上に上らなかった。人々は長く続いた独立騒ぎに疲れ果て、この問題を避けて通っているかのようだ。ケベック連合創始者のルシエン・ブシャールは今年「ケベック独立は不可能」と発言し、最近の世論調査でも、ケベック独立はもはや争点ではないと考える人が多数を占めている。
だがデモの主催者ドニ・プルールドは、独立問題はいつか再び話題の中心になる日が来ると語った。
「独立の精神は、今もケベックで健在だ。それは酒場で、理髪店で、あらゆるところで話題にされている。それは我々の日常の、日々のあらゆる瞬間にある。」
【世論調査】「ケベック独立論争は終わった」 [ケベック]
CROP社が4月15日から22日にかけて、1000人のケベック人を対象に実施した世論調査は、過半数のケベック人が「独立論争は終わった」と考えていることを示した。
調査によると、自分を「連邦主義者」と思う人は22%、「主権(独立)派」と思う人は24%、「両方」と思う人が22%で、「どちらでもない」が25%、「わからない」は7%だった。
58%のケベック人が「独立論争は終わった」と考えるいっぽう、26%が「より身近になった」、17%が「わからない」と回答した。ケベックが30年以内に独立国になると回答したのは、わずか14%だった。
またケベックが過去30年間で連邦政府に対し力を失ったと思う人は44%、思わない人は38%だった。56%の回答者が、ケベックと連邦政府の間の論争が、両者にとって満足できる結果になることはないだろうと回答した。
「フランス語は生き残れるか」という設問には、「30年前より安全になった」が15%、「安全だ」が21%、「より危険になった」が57%、「わからない」が6%という結果が出た。
CROP社のアラン・ジゲール社長は、ケベックの有権者にとって独立論争はもはや第一の問題ではなくなったという意味で、調査結果は連邦と州の政治家への警告となっただろうと述べた。
「私が若いころは、州の全部が保守かリベラルだった。だがこれはもはや、我々自身を定義する方法ではない。今では4つの党派が、ほぼ4分の1ずつの割合で存在している。それは主権派、連邦派、『部分的に両方』と『どちらでもない』だ」。
分離主義のケベック連合が結成されたとき、独立を達成できずに数年で解散するだろうと多くの人々は見ていた。だが「ラ・プレス」紙のアンドレ・プラット氏は、ケベックの有権者は独立を支持することなしに、自分たちの利害を代弁してくれるケベック連合を支持し続けてきたと指摘し、こう述べた。
「ケベックの二大政党はそれぞれ連邦派と主権派を代表しているので、ケベックの政党システムはもはや適切とは言えない」。
だがオタワ大学で政治学を教えるアンドレ・ルクール教授は、こう反論した。
「しかしケベック人の半数は、連邦派とも主権派とも自認していない。有権者の第三政党への欲求は、ケベック民主行動党をポピュリスト路線によって、2007年州議会選挙で野党第一党にまで躍進させた。現在同党は、わずか4議席に後退している。だがこの調査は、これらの人々がまだ存在し続け、またいわゆる『自治主義』などの類の政党に居場所があることを示している」。
調査によると、自分を「連邦主義者」と思う人は22%、「主権(独立)派」と思う人は24%、「両方」と思う人が22%で、「どちらでもない」が25%、「わからない」は7%だった。
58%のケベック人が「独立論争は終わった」と考えるいっぽう、26%が「より身近になった」、17%が「わからない」と回答した。ケベックが30年以内に独立国になると回答したのは、わずか14%だった。
またケベックが過去30年間で連邦政府に対し力を失ったと思う人は44%、思わない人は38%だった。56%の回答者が、ケベックと連邦政府の間の論争が、両者にとって満足できる結果になることはないだろうと回答した。
「フランス語は生き残れるか」という設問には、「30年前より安全になった」が15%、「安全だ」が21%、「より危険になった」が57%、「わからない」が6%という結果が出た。
CROP社のアラン・ジゲール社長は、ケベックの有権者にとって独立論争はもはや第一の問題ではなくなったという意味で、調査結果は連邦と州の政治家への警告となっただろうと述べた。
「私が若いころは、州の全部が保守かリベラルだった。だがこれはもはや、我々自身を定義する方法ではない。今では4つの党派が、ほぼ4分の1ずつの割合で存在している。それは主権派、連邦派、『部分的に両方』と『どちらでもない』だ」。
分離主義のケベック連合が結成されたとき、独立を達成できずに数年で解散するだろうと多くの人々は見ていた。だが「ラ・プレス」紙のアンドレ・プラット氏は、ケベックの有権者は独立を支持することなしに、自分たちの利害を代弁してくれるケベック連合を支持し続けてきたと指摘し、こう述べた。
「ケベックの二大政党はそれぞれ連邦派と主権派を代表しているので、ケベックの政党システムはもはや適切とは言えない」。
だがオタワ大学で政治学を教えるアンドレ・ルクール教授は、こう反論した。
「しかしケベック人の半数は、連邦派とも主権派とも自認していない。有権者の第三政党への欲求は、ケベック民主行動党をポピュリスト路線によって、2007年州議会選挙で野党第一党にまで躍進させた。現在同党は、わずか4議席に後退している。だがこの調査は、これらの人々がまだ存在し続け、またいわゆる『自治主義』などの類の政党に居場所があることを示している」。
トマッシ家庭大臣を罷免 [ケベック]
ケベック州のジャン・シャレー首相は5月6日、トニー・トマッシ家庭大臣が、モントリオールの証券企業BCIA(Le Bureau canadien d'investigations et d'ajustements)傘下のガス会社のクレジットカードを使用したことを理由に、大臣を罷免し自由党幹部会から追放したと発表した。首相は事件をこの日の朝に知り、クレジットカード使用は2008年だったと述べた。後任には、ヨランド・ジェームズ移民及び文化コミュニティ大臣が就任する。
モントリオールの新聞「ラ・プレス」はこの日、BCIAのルイギ・コレッティ社長が従業員に自由党のパーティ参加を強制していると報じた。これを受けて野党は、州議会でこの問題についての調査を要求するなど、与党への攻勢を強めている。民主行動党は、BCIAが2008年に政府との契約において800万ドルの報酬と400万ドルの助成金を受けたと、州議会で公表した。だがコレッティ社長は、メディアからインタビューの要請を受けたにもかかわらず、これに返答しなかった。
ケベック州選挙法は、企業・団体の政治献金を禁止し、個人による3000ドル以下の政治献金を合法と規定している。また、雇用主が従業員に政治献金を代行させることを禁止している。シャレー首相は、トマッシ家庭大臣がどのような法律に触れたのかについて回答を拒否した。
昨年秋にはデビッド・ホイッセル労働大臣が、自らがオーナーの一人である舗装会社が受注した公共事業に関して、辞任を余儀なくされている。
モントリオールの新聞「ラ・プレス」はこの日、BCIAのルイギ・コレッティ社長が従業員に自由党のパーティ参加を強制していると報じた。これを受けて野党は、州議会でこの問題についての調査を要求するなど、与党への攻勢を強めている。民主行動党は、BCIAが2008年に政府との契約において800万ドルの報酬と400万ドルの助成金を受けたと、州議会で公表した。だがコレッティ社長は、メディアからインタビューの要請を受けたにもかかわらず、これに返答しなかった。
ケベック州選挙法は、企業・団体の政治献金を禁止し、個人による3000ドル以下の政治献金を合法と規定している。また、雇用主が従業員に政治献金を代行させることを禁止している。シャレー首相は、トマッシ家庭大臣がどのような法律に触れたのかについて回答を拒否した。
昨年秋にはデビッド・ホイッセル労働大臣が、自らがオーナーの一人である舗装会社が受注した公共事業に関して、辞任を余儀なくされている。
元法相がシャレー首相の汚職を暴露 [ケベック]
ケベック州のマルク・ベルマール元法相は4月12日、TVAの番組においてジャン・シャレー首相の不正を暴露した。ベルマール元法相は、シャレー首相のゼネコン企業特にビッグウィッグス社との懇ろな関係について告発した後、2003年12月と2004年1月の2度、党のスタッフが大口献金者であるゼネコン企業から金を受け取るのを目撃したと証言した。元法相はさらに、大口献金者の意向により、彼らの支持する特定の人物を裁判官に指名するよう圧力を3度かけられたと語った。なおケベック州の政治資金規正法は、3000ドル以上の政治献金を禁止している。
ベルマール元法相は2004年4月、シャレー政権の腐敗に対する不快感を理由に法相を辞任し、翌日には州議員も辞任している。
ミシシッピでの会議に出席していたシャレー首相は、事態を告げられると「彼は私にそんな話はしなかった」とすぐに疑惑を否定し、元法相を告訴すると息巻いた。またナタリー・ノルマンド副首相は、ケベックの裁判官はあらかじめ推挙されたリストの中から選任されるため、元法相の主張は虚偽であるだけでなく不可能だと断言した。
シャレー政権は、ゼネコンとマフィアに関連する数々の暴露が続き、12日にル・デボワール紙が発表した世論調査では、不支持率が記録的な77%にも達した。さらに、電気料金値上げと消費税(PST)・ガス税・健康税増税を含む予算上程が拍車をかけ、先週末には5万人もの人々が抗議デモを行った。
シャレー首相はケベック州で連続3選され、ポスト・ハーパーの有力候補として州政治から退き連邦政界に転身するものと見られていたが、彼の政治生命はいまや絶体絶命の危機に追いつめられた。
ケベック党が組合系左派を追放、右傾化へ [ケベック]
ケベック党は3月14日、組合系の党内左派グループ「SPQリーブル」(Syndicalistes et progressistes pour un Québec libre)の追放を決定した。
ポリーヌ・マロワ党首は2007年の就任以降、英語教育の容認など結党の理念から踏み出した路線を指向してきた。2008年州議会選挙ではあえて独立を争点として掲げず、党内で強い批判にさらされたが、議席を上積みして野党第一党に復帰したことで、彼女のリーダーシップは安泰となった。しかし党内左派で独立志向の強いSPQリーブルは、マロワ党首の中道寄り政策への批判を続けてきた。特に彼女は、公務員の給与が高すぎると批判していた。
そこでマロワ党首は、党の団結への妨げになるという理由で、同グループの追放に踏み切った。ただし、メンバーが個人として党員に留まることは認めた。SPQリーブルは来週、離党するかどうかを決定する。
SPQリーブルの広報マルク・ラビオレットは、今回の追放は、マロワ党首の下で右傾化するケベック党において反対の声を押さえ込もうとする試みだと語った。
いっぽうマロワ党首は「我々は今後も革新政党であり続ける」とコメントした。
ポリーヌ・マロワ党首は2007年の就任以降、英語教育の容認など結党の理念から踏み出した路線を指向してきた。2008年州議会選挙ではあえて独立を争点として掲げず、党内で強い批判にさらされたが、議席を上積みして野党第一党に復帰したことで、彼女のリーダーシップは安泰となった。しかし党内左派で独立志向の強いSPQリーブルは、マロワ党首の中道寄り政策への批判を続けてきた。特に彼女は、公務員の給与が高すぎると批判していた。
そこでマロワ党首は、党の団結への妨げになるという理由で、同グループの追放に踏み切った。ただし、メンバーが個人として党員に留まることは認めた。SPQリーブルは来週、離党するかどうかを決定する。
SPQリーブルの広報マルク・ラビオレットは、今回の追放は、マロワ党首の下で右傾化するケベック党において反対の声を押さえ込もうとする試みだと語った。
いっぽうマロワ党首は「我々は今後も革新政党であり続ける」とコメントした。
「ケベック独立は不可能」ブシャール元党首 [ケベック]
ケベック党のルシエン・ブシャール元党首が2月16日、ケベック市で開催された討論会において、党が教育や経済・財政といった重要な問題から目をそむけ、ケベック独立という「達成不可能な」テーゼに固執し、少数民族に対し原理主義的になっていると批判したことが波紋を呼んでいる。
「私は、ユダヤ人学校問題についてケベック党が主張することが、好きになれない。私は、ルネ・レベックを思い出す。彼はそのような問題は起こさなかった。彼はそのようなことで、我々のアイデンティティが脅かされるとは考えなかった。」
自由党政権は、異文化コミュニティの相互理解を謳い、ユダヤ系私立学校への資金援助を決定したが、ユダヤ系民族団体から自由党に政治献金があったことや、宗教系の学校に公的援助を与えることなどに批判の声があがっている。ブシャールの発言は、フレンチ至上主義にとどまらず、少数民族への配慮を忘れなかった党創設者のレベックの名を挙げ、近年の党の政策が過度に原理主義的になっていると批判したものである。そして彼はさらに、
「独立論争は、それが視野に入ってくるまで棚上げされるべきだ。」
と発言し、党の存在意義そのものであるケベック独立の放棄を提言した。
ブシャールは、分離主義のケベック連合創設者で、1995年の独立を問う住民投票では、壊死性筋膜炎のため左足切断を余儀なくされたにもかかわらず、独立派のカリスマとして奮闘した。1996年ケベック党党首とケベック州首相に就任したが、2001年の政界引退以降は、表舞台から退き、沈黙を守ってきた。
ブシャール元党首の発言を受け、ケベック党のポリーヌ・マロワ党首は、こうコメントした。
「私は彼を、とても尊敬している。しかし彼の意見には、同意しない。」
ケベック連合のジル・デュセップ党首は、1960年代の「静かな革命」が起こる前は、誰もそれが達成可能だとは思わなかっただろうと指摘し、次のように述べた。
「ブシャール氏は、独立は夢だと言う。だが私は、夢は実現されるべきだと言う。そう、我々は夢を見る。連邦主義者には、夢さえもない。」
「私は、ユダヤ人学校問題についてケベック党が主張することが、好きになれない。私は、ルネ・レベックを思い出す。彼はそのような問題は起こさなかった。彼はそのようなことで、我々のアイデンティティが脅かされるとは考えなかった。」
自由党政権は、異文化コミュニティの相互理解を謳い、ユダヤ系私立学校への資金援助を決定したが、ユダヤ系民族団体から自由党に政治献金があったことや、宗教系の学校に公的援助を与えることなどに批判の声があがっている。ブシャールの発言は、フレンチ至上主義にとどまらず、少数民族への配慮を忘れなかった党創設者のレベックの名を挙げ、近年の党の政策が過度に原理主義的になっていると批判したものである。そして彼はさらに、
「独立論争は、それが視野に入ってくるまで棚上げされるべきだ。」
と発言し、党の存在意義そのものであるケベック独立の放棄を提言した。
ブシャールは、分離主義のケベック連合創設者で、1995年の独立を問う住民投票では、壊死性筋膜炎のため左足切断を余儀なくされたにもかかわらず、独立派のカリスマとして奮闘した。1996年ケベック党党首とケベック州首相に就任したが、2001年の政界引退以降は、表舞台から退き、沈黙を守ってきた。
ブシャール元党首の発言を受け、ケベック党のポリーヌ・マロワ党首は、こうコメントした。
「私は彼を、とても尊敬している。しかし彼の意見には、同意しない。」
ケベック連合のジル・デュセップ党首は、1960年代の「静かな革命」が起こる前は、誰もそれが達成可能だとは思わなかっただろうと指摘し、次のように述べた。
「ブシャール氏は、独立は夢だと言う。だが私は、夢は実現されるべきだと言う。そう、我々は夢を見る。連邦主義者には、夢さえもない。」
タヨン党首「保守党とデュモン氏の陰謀」を暴露 [ケベック]
ケベック民主行動党党首辞任を発表したジル・タヨン氏は、11月11日に公開書簡を公表した。彼はそこで、自分が党首辞任を余儀なくされた原因は、党創設者であるマリオ・デュモン氏一派と連邦保守党による陰謀だと暴露した。
テロン党首によると、彼は党首選立候補直後、保守党のレオ・ウサコ上院議員と会談した。彼はハーパー首相側近で、民主行動党の主要な資金調達者であり、両党をつなぐキーパーソンであった。
タヨン氏はその席で、小所帯となった民主行動党は連邦保守党の傀儡ではなく、自治を貫くとして、自分が党首に当選したら保守党との提携関係は解消すると語った。そしてこの会談こそが、保守党とデュモン氏による追放劇を惹き起こしたと示唆した。
「党首選で私が当選したことは、党の『オーナー』であるマリオ・デュモン氏一派にとって『アンタッチャブルな同盟』の終わりを意味したのだ。党員による民主主義的選択にもかかわらず、その日から、ジル・タヨンは民主行動党党首としてとどまることはできない運命だったのだと、今日わかった。」
タヨン党首はさらに、離党したエリック・ケール議員と、デュモン氏が次の党首として宣伝したジェラール・デルテル議員をも、陰謀に加担したと名指しした。
だがデュモン氏はテレビ・ショーで、タヨン氏の主張を笑いながら否定した。
「この男は、自分の失敗をひけらかしている。」
テロン党首によると、彼は党首選立候補直後、保守党のレオ・ウサコ上院議員と会談した。彼はハーパー首相側近で、民主行動党の主要な資金調達者であり、両党をつなぐキーパーソンであった。
タヨン氏はその席で、小所帯となった民主行動党は連邦保守党の傀儡ではなく、自治を貫くとして、自分が党首に当選したら保守党との提携関係は解消すると語った。そしてこの会談こそが、保守党とデュモン氏による追放劇を惹き起こしたと示唆した。
「党首選で私が当選したことは、党の『オーナー』であるマリオ・デュモン氏一派にとって『アンタッチャブルな同盟』の終わりを意味したのだ。党員による民主主義的選択にもかかわらず、その日から、ジル・タヨンは民主行動党党首としてとどまることはできない運命だったのだと、今日わかった。」
タヨン党首はさらに、離党したエリック・ケール議員と、デュモン氏が次の党首として宣伝したジェラール・デルテル議員をも、陰謀に加担したと名指しした。
だがデュモン氏はテレビ・ショーで、タヨン氏の主張を笑いながら否定した。
「この男は、自分の失敗をひけらかしている。」






