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高橋建がブルージェイズとマイナー契約 [スポーツ]

2525407 広島からフリーエージェント宣言した高橋建投手(39)が、トロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだと2月2日に発表した。
 高橋は昨シーズン、広島の先発の柱として活躍し、8勝5敗をマークした。メジャー昇格が実現すれば、今年4月に40歳を迎える彼は桑田真澄(前パイレーツ)を抜き、日本人最年長大リーガーとなる。
 高橋は代理人を通じ、「期待と不安が入り交じった状況です。行くからにはまず、メジャーで1勝を挙げることです。球団が決まりましたので、今後とも温かい声援をよろしくお願いいたします」とコメントした。 

 ブルージェイズは昨シーズン20勝をマークしたエース・ハラデーら、先発陣の3本柱はいずれも右腕。リーグ最多奪三振のバーネットはヤンキースに移籍し、マーカムは手術で5月まで、マゴワンは今季絶望。左腕も2年目のパーセイだけと層は薄く、高橋の左腕への期待は大きい。高橋は16日からのキャンプに招待選手として参加し、メジャー昇格を目指す。


高橋 建(たかはし・けん)1969年、神奈川県生まれ。横浜高校から拓殖大学、トヨタ自動車を経て、1994年ドラフト4位で広島入り。速球を武器に先発で活躍し、2001年に10勝を挙げた。通算成績は433試合に登板し66勝87敗5セーブ、防御率4.23。184センチ、90キロ、左投げ左打ち。
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ホッケーの暴力に過半数が反対 [スポーツ]

2509791 ハリス=デシマ社が1月22日から24日にかけて実施した世論調査は、カナダ人の過半数がNHL(北米ホッケーリーグ)の暴力に反対していることを明らかにした。
 回答者の54%は暴力に反対だと回答し、40%は構わないと回答した。暴力への反対は特にケベックで強く、62%が反対した。
 ただしNHLを愛好する回答者の68%は、NHLの現行のペナルティシステムにおいて暴力は容認されるべきと回答した。
 オンタリオ・シニアリーグのドン・サンダーソン選手が、ゲーム中の暴力により頭部を氷に強打して1月2日に死亡した事件を契機に、ホッケーにおける暴力がカナダではこのところ話題になっている。


2509792写真:2004年3月8日、バンクーバー・カナックス対コロラド・アバランチ戦で、カナックスのトッド・バツージ選手がアバランチのスティーブ・ムーア選手を背後から殴り、さらに倒れた彼の首を掴んで氷に顔面を打ちつけた。ムーア選手は頚椎骨折の重傷を負い、バツージ選手は17か月の出場停止と50万米ドルの減給を言い渡された。さらに刑事事件で有罪判決を受け、80時間の奉仕活動を命じられた。
動画:http://jp.youtube.com/watch?v=Fz9RE9RGrVY
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WBCカナダ代表決まる [スポーツ]

 1月20日、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のカナダ代表46人が発表された。代表16チームはそれぞれ4つのグループに分かれ予選を戦うが、カナダは最初の予選ではグループCに入り、アメリカ、ベネズエラ、イタリアと対戦する。試合はトロントのロジャースセンター・スタジアムで行われる。

 北京オリンピックでは左打者をズラリと並べたカナダ打線は、今回も大多数が左打者。打線の中心は、2006年ア・リーグMVPに輝いたジャスティン・モルノー(ミネソタ・ツインズ/.300、23本塁打)が不動の4番となるほか、クリーンナップはジョーイ・ボット(シンシナティ・レッズ/.297、24本塁打)とジェイソン・ベイ(ボストン・レッドソックス/.286、31本塁打)が有力視されている(余談だがベイの妹ローレン・ベイは、ソフトボールカナダ代表の投手としてアテネと北京オリンピックに出場している)。このほか元中日のマット・ステアーズ(フィラデルフィア・フィリーズ/.252、13本塁打)は、2006年大会では3試合で9打数3安打4打点と活躍したが、今回も代表入りを果たした。
 前回代表入りしたアーロン・ガイエル(東京ヤクルト・スワローズ)は、今回知らぬ間に代表メンバーにされていたという。ヤクルト1年目の2007年は35本塁打を放ち大活躍したが、昨シーズンは打率2割・11本塁打と精彩を欠いた。レギュラーになれるかどうかもあやふやなまま間もなくキャンプ入りせねばならず、WBCどころではないため辞退することになりそうだ。

 いっぽう投手陣は、最も期待されていたリッチ・ハーデン(シカゴ・カブス/10勝2敗)が右肩の故障により辞退した。2007年ワールドシリーズで史上初のカナダ人先発投手となったジェフ・フランシス(コロラド・ロッキーズ/4勝10敗)、エリック・ベダード(シアトル・マリナーズ/6勝4敗)、ライアン・デンプスター(シカゴ・カブス/17勝6敗)が先発の軸になるだろう。リリーフでは、2003年に55セーブを挙げサイ・ヤング賞を受賞したエリック・ガニエ(ミルウォーキー・ブルワーズ/4勝3敗10セーブ)が目を引くが、故障がちで往年の威力は望むべくもない。
 元近鉄のマイク・ジョンソン(SKワイバーンズ)は、昨シーズン台湾球界で21勝を挙げMVPに選ばれている。2004年のアテネオリンピックでもカナダ代表として出場しているが、日本との3位決定戦で先発し敗戦投手となった。
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黒人初のNHL選手オリーにオーダー・オブ・カナダ勲章 [スポーツ]

2435938 12月30日、オーダー・オブ・カナダ勲章が60人(コンパニオン4、オフィサー14、メンバー42)に授与された。その中には黒人初のNHL選手ウィリー・オリーと、カナダの歌姫セリーヌ・ディオンがいた。

 オリーはニューブランズウィック州フレデリクトンに生まれ、1958年1月18日、ボストン・ブルーインズの選手として、ナショナル・ホッケー・リーグ史上初の黒人選手デビューを果たした。モントリオール・カナディアンズとの試合は3対0でブルーインズが勝利した。
 だがオリーはこの年わずか2試合に出場したに過ぎず、初の黒人選手デビューも、野球のジャッキー・ロビンソンとは異なり、ほとんど注目されることはなかった。
 彼が注目を浴びるのはその2年後、再びNHL昇格を果たし、黒人初のゴールを決めたときのことである。
 彼はこのシーズン43試合に出場したが、世界で最も白人の多いスポーツの一つであるアイスホッケーにおいて、黒人選手への風当たりは強かった。客席からは「南部に帰れ」「農場で綿花の収穫でもしてろ」と野次を飛ばされた。1961年のシカゴ・ブラックホークス戦では、相手チームの選手にスティックで顔面を突かれ重傷を負い、別の試合ではパックを顔面に当てられ右目をほとんど失明したが、彼はそれを隠し通した。
 その後は、マイク・マーソンが1974年にワシントン・キャピタルズからドラフト指名されるまで黒人選手は登場しなかったが、現在は17人の黒人選手がNHLでプレーしている。なおNHLで初めて契約した選手は1950年のアート・ドリントンだが、マイナーリーガーで終わりNHL昇格はならなかった。

 セリーヌ・ディオンもこの日、オーダー・オブ・カナダ勲章の最高位コンパニオンに叙せられた。彼女は1998年にオフィサーに叙せられているが、総督は今回の昇格理由について「ポップ歌手としての並外れた才能と、全国的および国際的な数多い人道的支援のため、世界の聴衆を魅了した」と発表した。

●勲章の返上
 2008年、妊娠中絶を推進した医師ヘンリー・モーゲンテイラーの受賞に抗議してルシエン・ラール司教、ジャン=クロード・テュルコット枢機卿、警察官フランク・ショバン、元ニューブランズウィック州副総督ギルバート・フィンは、勲章の返上を申し出た。またカトリック組織「マドンナ・ハウスの使徒」も、キャサリン・ドハーティの勲章の返上を申し出たが、返上には総督の同意が必要なため、歴史上いまだ誰も返上した人はいない。

●勲章の辞退
 受賞を辞退した人の氏名は公表されないので、辞退者全員の身元は判明していないが、一部については本人の公表により判明しており、ロバート・ウィーバー(キャスター)、クロード・ライアン(州会議員)、モーリー・キャラハン(作家)、モーデカイ・リッチラー(作家)、マルセル・デュベ(劇作家)、ロジェ・ルムレン(作家)、グレン・グールド(ピアニスト)が辞退した。このうちウィーバーとグールド以外は、後年受賞に同意した。
 ケベック独立派として辞退した人にはリュック=アンドレ・ゴッドブー、リナ・ラスニエ(詩人)、ジュヌビエーブ・ブジョルド(女優)がいる。独立派のジャック・パリゾー夫人であるアリス・パリゾー(作家)は、受賞したため非難された。
 セシル・メリットは、カナダ最高のビクトリア十字勲章をすでに受章したという理由で受賞を拒否した。エジンバラ公フィリップ殿下は1982年、名誉コンパニオンの授与を提示されたが、女王の配偶者はカナダ王族であるから自分はカナダ人であるという理由で、名誉としての受賞を拒否した。オーダー・オブ・カナダ諮問会議は1993年、国王の配偶者は自動的にコンパニオンになる規則の改正を申し込んだが、フィリップ殿下は己の能力ゆえに受賞すべきであるとして、名誉としての受賞を再び拒否した。
 ニューファンドランド州初代首相で、ニューファンドランドをカナダ連邦に編入させたジョーイ・スモールウッドは、自分を「連邦の父」と同等の地位があると考えていたので、ナイトの地位がふさわしいと思い受賞を拒否したが、自分がナイトに叙せられないと知って後年受賞した。

●勲章の剥奪
 勲章を剥奪された例は、過去に2件ある。アラン・イーグルソンは1998年、詐欺罪で投獄されたため勲章を剥奪された。デビッド・アヘナキューは2002年、反ユダヤ言説で告訴され有罪判決を受けたため剥奪された。
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F1のカナダGPが消滅 [スポーツ]

 国際自動車連盟(FIA)が10月7日、F1レースの2009年スケジュールを発表したが、モントリオールのジル・ビルヌーブ・サーキットで行われる恒例のカナダ・グランプリが予告なく外されていた。北米でF1が開催されないのは、1950年以来初めて。代わりにアラブ首長国連邦のアブダビで初めてF1が開催される。FIA側は、この変更の理由について言及しておらず、モントリオールのジェラール・トランブレ市長は、「世界中で3億人が観戦し、市に7500万ドルもの経済効果を与える大イベントが、何の説明もなく取り消されるとは信じられない。市としてこれから対応策を練る」とコメントした。
 新民主党のレイトン党首は、連邦議会にカナダ・グランプリ支援法案を提出するとコメントした。
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キラー・コワルスキー死去 [スポーツ]

2086400 元プロレスラーのキラー・コワルスキー氏は、8月8日に心臓発作のためボストンの病院に入院していたが、17日に脳死と宣告されていた。その後は生命維持装置で延命していたが、家族が30日に装置を外したため死亡した。

 コワルスキー氏はオンタリオ州ウィンザーに生まれ、本名はワルディック・コワルスキー。ルー・テーズにスカウトされ1947年にレスラーとしてデビュー。ヒールとして活躍し、AWA世界ヘビー級、WWWF世界タッグ王座などを獲得した。2メートルを超える巨体に加え、正統派のレスリングから反則技までこなし、ヒールとしての資質の全てを兼ね備えた名レスラーだった。1959年、ユーコン・エリックにトップロープからニードロップを与えた際、シューズのひもが引っ掛かって左耳をそぎ落とす事故が起こり、悪名を轟かせた。その後エリックが自殺したのはこの事故が原因と噂されたが、実際は妻の不貞が原因だった。また梶原一騎は「タイガーマスク」の中で、コワルスキーがこのときエリックのそぎ落とされた耳を見たせいで菜食主義者になったと綴っているが、実際はそれ以前からそうであった。
 日本へは日本プロレス参戦のため3度来日し、1963年の第5回ワールドリーグ戦では決勝で力道山と対戦したほか、開幕戦でジャイアント馬場の凱旋帰国第一戦の相手を務め、時間切れ引き分けの熱闘を演じた。第10回大会では馬場と決勝で対戦したほか、アントニオ猪木とも対戦している。1971年にはNWAタッグリーグ戦に登場し、パイルドライバーで選手二人を死なせたキラー・バディ・オースチンとの「キラー・コンビ」で好成績を収めている。また全日本プロレスにも2回参戦している。
 引退後はマサチューセッツ州セーラムにレスリングスクールを設立し、トレーナーとして活動した。
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【北京五輪】 馬術障害飛越の混合個人でラメーズが金メダル [スポーツ]

2045606 8月21日、馬術障害飛越の混合個人で、エリック・ラメーズが金メダルを獲得した。彼は18日の混合団体でも銀メダルを獲得しており、今大会2個目のメダル獲得となる。
 彼は薬物中毒の母から生まれ、アルコール中毒の祖母に育てられた。中学生でドロップアウトし、路上で生活した。1992年、カナダワールドカップリーグで2位となり注目されるようになり、1996年にはカナダのオリンピック代表に選ばれるが、コカイン使用が判明し4年間資格を停止され、オリンピックに出場できなかった。停止処分は後に7か月に短縮された。
 2000年にも再び尿検査で陽性となり、今度は永久追放となりまたもオリンピックに出場できなかったが、後に短縮された。

 ラメーズはインタビューに答えて言った。
「8年の月日は長かった。あなたが人に、過ちから学び立ち返るチャンスを与えたら、きっと素晴らしいことが起こるだろう。私は、人を見捨ててはいけないという好例になったと思う」。
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【北京五輪】 板飛び込みでデパティが銀メダル [スポーツ]

2040322 カナダオリンピック委員会が予想メダル獲得数を13~19個と発表したとき、人々は無理だと感じた。だが初めの10日間メダルを獲れなかったカナダは、今週のメダルラッシュで早くも13個を獲得し、バルセロナ大会の18個・アトランタ大会の22個に迫る勢いである。なおカナダが最も多くのメダルを獲得したのは、1984年ロサンゼルス大会の44個(金10・銀18・銅16)である。

 8月19日、男子板飛び込みでアレクサンドル・デパティが銀メダルを獲得した。彼はアテネ・オリンピックでもこの種目で銀メダルを獲得しており、2大会連続のメダル獲得である。彼は13日にもシンクロ板飛び込みで、アートロ・ミランダとともにはメダルを獲得しそうだったが、惜しくも5位に敗れていた。
 デパティは語った。
「今年起こった全ての災難を思えば、銀メダルは私にとっては金メダルですよ」。
 彼は4月にサッカーをしているとき、右足を骨折し、7週間休養したためオリンピック選考試合に出場できなかった。彼は7月のカナダジュニア大会に出場してようやく代表に選ばれたのである。
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【北京五輪】 ロペス=シュリープが100m障害で銅メダル [スポーツ]

2040324 8月19日、カナダのプリシラ・ロペス=シュリープが女子100m障害で銅メダルを獲得した。オーストラリアのサリー・マクレランと同タイムだったが、写真判定でマクレランが2着と判定された。優勝はアメリカのドーン・ハーパーだった。
 カナダの陸上でのメダル獲得は、1996年アトランタ・オリンピックにおけるドノバン・ベイリーの100mと1600mリレーでの金メダル以来で、女子では1992年バルセロナ・オリンピックにおけるアンジェラ・チャーマーズの3000mでの銅メダル以来である。
 ロペス=シュリープは語った。
「まるで自分が体の外に飛び出して、天国に行って戻って来るみたいだったわ」。
 多くのカナダ人は100m障害で、2003年世界陸上金メダル・2007年世界陸上銀メダルのパーディタ・フェリシエンか、アンジェラ・ホワイトがメダルを獲るのを期待した。ところがフェリシエンはけがのため出場せず、ホワイトは予選落ちし、ロペス=シュリープがカナダ唯一の望みとなった。
 2008年世界室内陸上選手権金メダリストのローロー・ジョーンズ(アメリカ)は、セカンドハードルに衝突してつまずき、7位に沈んだ。そのほか、メダルの有力候補が決勝に進めなかった。2007年ヨーロッパ室内陸上選手権金メダリストのスザンナ・カルル(スウェーデン)は、準決勝で最初のハードルに衝突し棄権した。アテネ・オリンピック金メダリストのジョアンナ・ヘイズは、アメリカ代表選考に漏れ、出場できなかった。
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【北京五輪】 ホイットフィールド、チームプレーでトライアスロン銀メダル [スポーツ]

2038159 男子トライアスロンは、シドニー・オリンピックの金メダリスト、カナダのサイモン・ホイットフィールドが銀メダルを獲得した。
 カナダはトライアスロンに3人の選手を送り込んでいた。だがカナダの狙いはただ一つ、エースのホイットフィールドを入賞させることだった。最後のマラソンまで体力を温存するため、水泳のスペシャリスト、コリン・ジェンキンスをレースに参加させ、スイムではホイットフィールドを先導して泳ぎ、次の自転車ではホイットフィールドの前を走って空気抵抗を軽減させる作戦である。
 スイムを終えたとき、ジェンキンスは15位、ホイットフィールドは19位だった。最後のマラソンに入ったときは、ホイットフィールドはトップより58秒も遅れ、メダルは絶望かと思われたが、体力を十分にキープした彼は徐々にペースを上げ、先頭グループの4人の1人となった。
 最後の5kmで、世界チャンピオンで優勝候補のフランシスコ=ハビエル・ゴメス(スペイン)がいつも通りスパートをかけてくると思われたが、気温28度・湿度80%の過酷な気象条件でその力は残っていなかった。レースをずっとトップで先導してきたゴメスは後退し、4位に沈んだ。優勝はドイツのヤン・フロデノ、3位はニュージーランドのベバン・ドカティだった。日本の山本良介は30位、田山寛豪は48位、ジェンキンスは最下位の50位だった。
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【北京五輪】 馬術障害飛越の混合団体でカナダが銀:ミラーが61歳でメダル [スポーツ]

2038157 8月18日、馬術障害飛越の混合団体でカナダのイアン・ミラー(61)、マック・コーン(55)、ジル・ヘンゼルウッド(45)、エリック・ラメーズ(40)組が銀メダルを獲得した。平均年齢50歳のグループで、イアン・ミラーの61歳はカナダ史上最高齢のメダル獲得である。

 ミラーは25歳で初めてミュンヘン・オリンピックに出場して以来、カナダのあらゆる乗馬チームのメンバーに選ばれ続け「キャプテン・カナダ」の異名を取った。1987年にはパン・アメリカンゲームで、個人で金メダルを獲得した二人目のカナダ人となった。1986年にはオーダー・オブ・カナダ勲章を受章し、1996年にはスポーツの殿堂にも入っている。
 だが10度のオリンピック選出においては、1972年ミュンヘン大会で団体6位、1976年モントリオール大会で団体5位、1980年モスクワ大会はボイコットのため不参加、1984年ロサンゼルス大会で団体4位・個人14位、1988年ソウル大会で団体4位・個人15位、1992年バルセロナ大会で団体9位・個人54位、1996年アトランタ大会で団体16位・個人46位、2000年シドニー大会で団体9位・個人13位、2004年アテネ大会で個人24位と、彼は一度もメダルを獲ることができなかった。

2038160 ミラーはインタビューに答えて言った。
「妻が私に言ったことがある。『気にすることはないわ。あなたは遅咲きなのよ。次を頑張ればいいのよ。』それからどうなったと思う? ついに咲いたんだよ!」
 その妻リンは、長い闘病の末に今年亡くなった。
 「馬に乗ったとき、天使がいっしょに乗っていたんだ。今言えることはそれだけだ。」
 ミラーは涙を浮かべながらそう語った。

 オリンピック史上最高齢の金メダル獲得は、スウェーデンの射撃選手オスカー・スバーンの64歳258日で、史上最高齢のメダル獲得は、スバーンの72歳280日である。ミラーが2012年のロンドン・オリンピックで金メダルを獲得すれば、もちろん世界記録となる。
 「私は、2012年にも出場しているだろうか? もちろんだ。馬は、すでに用意した」。


写真左:左からコーン、ミラー、ラメーズ、ヘンゼルウッド。
写真右:イアン・ミラー。
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【北京五輪】 コックバーンがトランポリンで銀メダル [スポーツ]

2035322 8月18日に行われた女子トランポリン決勝で、カナダのカレン・コックバーンが銀メダルを獲得した。彼女はシドニー大会で銅メダル、アテネ大会で銀メダルを獲得しており、個人競技で3大会連続メダル獲得したカナダ人は、キャロライン・ブルーネット(カヤックシングル500mで1996年銀、2000年銀、2004年銅)に続き2人目の快挙となる。団体競技を含めても、3大会連続はフィル・エドワーズ(1928年1600mリレーで銅、1932年800mで銅・1500mで銅・1600mリレーで銅、1936年800mで銅)、レスリー・トンプソン=ウィリー(ボートエイトで1992年金、1996年銀、2000年銅。なおフォアで1984年銀)らに続き4人目。
 今大会の金メダルは中国の何雯娜、銅メダルはウズベキスタンのエカテリーナ・ヒルコだった。シドニー大会金メダリストで世界選手権2連覇中のイリーナ・カラバエワ(ロシア)は、予選を2位で通過したものの決勝は5位に終わった。アテネ大会金メダリストのアンナ・ドゴナゼ(ドイツ)は、コントロールを失い8位に沈んだ。またカナダの19歳の新鋭ロザンナ・マクレナンは、コックバーンの影に隠れていたが予選を3位で通過しメダルを期待されたものの、決勝は7位に終わった。

 コックバーンは昨年10月に右膝の軟骨を損傷し、翌月ケベック市で開催された世界選手権では最後まで演技することができず、手術を受けることにした。彼女は北京オリンピックを万全のコンディションで迎えられないことを心配したが、今年5月のワールド・カップでは、不安を微塵も感じさせない演技で金メダルを獲得した。
 コックバーンは、すでに右膝の手術を二度行っており、これがおそらく最後のオリンピックになるだろうと語った。
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【北京五輪】 ハートリーが板飛び込み決勝で4位敗退 [スポーツ]

2034914 ブライズ・ハートリーは、最後の選手を残した段階で3位につけていた。彼女はほとんどメダルに手が届いていた。飛び込み競技歴は、彼女の人生のほとんど半分を占めていた。
 オリンピックを控えたこの1年は、彼女にとって特別に苦しい年だった。昨年の夏、兄のストラチャンを非ホジキンリンパ腫で亡くし、一時は競技をやめようとさえ思いつめたのである。また今年2月の飛び込みワールドカップのとき、この競技の第一人者でモデルとしての顔も持つ中国の美人アスリート郭晶晶に、「カナダのデブ(那個胖子)」と呼ばれた。ハートリーはその発言を無視して、インタビューでは郭選手の技術をただ賞賛することに努めたが、気持ちは治まらなかった。
 コーチのミッチ・ジェラーは言った。
「自分の感情と戦うのではなく、君のありのままの感情を受け容れて、そのままの気持ちで飛び込むんだ」。

 郭はモデルも務め、映画やCMに出演し、実業家との浮名を流し、ラブメールまで暴露され、週刊誌やウェブサイトでおもしろおかしく取り上げられ、妊娠・引退のデマさえ報道された。だが彼女は、競技ではそれらの雑音をはねのけ、圧倒的な強さを発揮し続けていた。
「私は飛び込みが好きだから、まだ引退しようとは思いません。世間が何と言おうと、問題ではありません。気にしません。」

 ハートリーは、一つのことだけを考えることができなかった。2000年のシドニー・オリンピックでは2つの競技に出場したものの、メダルを獲ることはできなかった。2004年のアテネ・オリンピックでは、10mシンクロナイズド高飛び込みで銅メダルを獲得したが、大きな期待をかけられた彼女の、これが最後で唯一のメダルとなった。
 ハートリーは語った。
「トップだろうと最下位だろうと、兄はいつも私を受け容れ、私に微笑んで、私を誇りに思ってくれていました」。

 最後の選手は、郭晶晶だった。彼女は決勝でも完璧な演技を見せつけ、シンクロに続き堂々の二冠に輝いた。ハートリーは4位で彼女の競技人生に幕を引いた。
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【北京五輪】 カナダ、1日で4個のメダル獲得 [スポーツ]

●男子1500m自由形でコクレーンが銅メダル

 20319928月17日、競泳男子1500m自由形でライアン・コクレーンが銅メダルを獲得した。
 昨年の世界選手権で15位に終わっていたコクレーンは、予選を2位、オリンピック新記録で通過した。決勝では1000mの地点ではトップに立っていたが、1050m地点では3位に後退し、1150m地点では2位に浮上していた。
 最終的にはチュニジアのウサマ・メルーリが金メダル、予選を1位通過したオーストラリアの世界記録保有者グラント・ハケットが銀メダル、そしてコクレーンが銅メダルを獲得した。カナダが男子1500m自由形でメダルを獲得するのは、1920年アントワープ大会のジョージ・バーノットの銀メダル以来のことである。
 カナダはアテネオリンピックで、1964年以降初めて競泳でメダル0に終わり、コーチのデーブ・ジョンソンは更迭され、代わってピエール・ラフォンテーヌが就任した。カナダ競泳チームは、北京で最低でも1個のメダル獲得を胸に期した。
 だが、2007年世界選手権において100m自由形で優勝したブレント・ヘイデンは、予選を3位で通過したものの準決勝で11位と敗退し、メダル獲得を期待された男子800mリレー(ヘイデンを含む)は、5位に終わった。この時点でカナダ競泳チーム最高の記録は、男子200m平泳ぎのマイク・ブラウンの4位であった。
 予選を2位で通過したコクレーンは、カナダ競泳チーム最後のチャンスと期待されたが、プレッシャーは特に感じなかったという。コクレーンはインタビューに答えて言った。
 「ぼくは、ほかの誰よりも多くのプレッシャーを自分にかけたんだ。ぼくはそれだけ多くのサポートを、チームメイトから受けてきたからね。ぼくたちがカナダ人であることを、今は本当に誇りに思う」。



●ボート女子軽量級ダブルスカルと男子軽量級かじなしフォアで銅メダル

 120319967日、ボート女子軽量級ダブルスカルでメラニー・コック&トレーシー・キャメロン組が銅メダルを獲得した。またボート男子軽量級かじなしフォアでも、イアン・ブランベル&ジョン・ベア&マイク・ルイス&ライアム・パーソンズ組が銅メダルを獲得した。

 コック&キャメロン組は、カナダでメダルを期待された重量挙げのクリスティン・ジラール、平泳ぎのマイク・ブラウン、砲丸投げのディラン・アームストロングがいずれも4位と、惜しくもメダルに手が届くことなく敗退していくのを目の当たりにしてきた。そして軽量級ダブルスカルにおいても、3度オリンピックで優勝した強豪ルーマニアと、世界チャンピオンのオーストラリアが予選敗退するのを見たのである。
 カナダクルーは、予選第2組ではドイツに競り負けて2位で通過した。準決勝第2組はトップで通過したものの、コックは課題があるのを感じていた。
「最初の2つのレースの後、最後の500mで追いつかれそうになる傾向があるので、最後の500mをがんばり抜くことに決めました」。
 2031994決勝でカナダクルーは、中間地点ではドイツのすぐ後方の2位につけていたが、その後メダル候補のオランダに追い越された。フィンランドはこのとき後方の4位につけていたが、後半にスパートをかけ追い抜いた。最終的に優勝はオランダ、2位はフィンランド、3位はカナダとドイツがほぼ同時にゴールインしたため写真判定が行われ、カナダが0.04秒の差で際どく銅メダルを手にすることになった。
 だがキャメロンは、カナダの勝利を微塵も疑わなかった。
「私たちのバウボールが、ドイツより先にゴールインするのがはっきり見えました。だからあとは、審判がそれを確認するのを待つだけでした」。

写真上:左からイアン・ブランベル、ジョン・ベア、マイク・ルイス、ライアム・パーソンズ。
写真下:左からメラニー・コック、トレーシー・キャメロン。



●ボート男子エイトがカナダ2個目の金

 2031990ボート男子エイトのブライアン・プライス、カイル・ハミルトン、アダム・クリーク、ドミニク・セイタール、マルコム・ハワード、ジェイク・ウェッツェル、アンドリュー・バーンズ、ベン・ルトレッジ、ケビン・ライト組が、カナダ2個目の金メダルを獲得した。
 カナダクルーは8月11日の予選で、中間地点で早くも2位に1艇身差をつけ、最終的に7秒差をつけて圧勝した。決勝でもカナダの勢いは止まらず、最初の500mを驚異的なペースで駆け抜け、2位イギリスを寄せ付けず、世界チャンピオンの実力を見せつけて圧勝した。
 2031988カナダクルーは、2004年のアテネ・オリンピックでメダルを期待されたにもかかわらず5位に終わった雪辱を、ようやく果たすことができた。アテネでの敗戦から、クルーは北京で勝つことのみを目指してきた。カイル・ハミルトンは語る。
「金メダルで表彰されるのは夏だが、それを獲るのは冬だ。ここまで、4年の厳しい冬があった」。
 カナダクルーは、ここ2年の間一度も負けなかった。彼らは2007年の世界選手権で優勝し世界チャンピオンに輝いたが、世界チャンピオンは1973年以来、オリンピックで金メダルを獲れないというジンクスがあった。だがカナダクルーは、そのジンクスをも吹き飛ばした。


写真上:国旗を掲げるカナダクルー。右端は舵手のブライアン・プライス。彼は幼児期に白血病を患い、投薬の影響で甲状腺を損傷し背が伸びなかったため、身長は164センチしかないが、それゆえ舵手として理想的な体型となった。
写真下:舵手のブライアン・プライスを投げ飛ばすカナダクルー。
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【北京五輪】 カナダ、1時間に3個のメダル獲得 [スポーツ]

●カナダ初のメダルはボートのカルダー&フランドセン組
 2027597これまでメダルを獲得できなかったカナダは、8月16日の1時間の間に金・銀・銅の3つのメダルを獲得した。
 16日に行われたボート男子かじなしペアで、カナダのデビッド・カルダー&スコット・フランドセン組が2位となり、カナダ最初のメダルを獲得した。
 カルダーは2004年のアテネ・オリンピックにも出場しているが、コースをはずれ失格となった。フランドセンは男子エイトで出場しているが、5位に敗れている。この日の銀メダルは、二人にとってアテネの雪辱を晴らす機会となった。


●レスリング女子フリースタイル48kg級でハインがカナダ初の金メダル
 同じく16日に行われたレスリング女子フリースタイル48kg級では、カナダのキャロル・ハインがカナダ初の金メダルを獲得した。
 決勝での相手は日本の伊調千春。伊調は3度世界チャンピオンに輝き、2004年のアテネ・オリンピックでは銀メダルを獲得している。いっぽうハインは、世界選手権で3度メダルを獲得(2000年・2001年銅、2005年銀)したのみで、2007年世界選手権では5位に終わっている。
 2029062ハインは序盤から積極的に攻め、伊調につけ込む隙を与えず、第1ピリオドは1ポイントを取った後、タックルを浴びせて背中から場外に落とし決定的な3ポイントを取って4-0で勝利した。第2ピリオドでもハインは伊調のバックを取り、アンクルホールドでローリングして2ポイントを取り2−1と、第3ピリオドに進むことなく完勝した。
 ハインの勝利は、多くの人々に番狂わせと受け留められた。コーチたちはハインを肩車に乗せ、カナダの国旗を掲げながら勝利のパレードを行った。カナダの国歌が演奏されると、彼女は表彰台で泣いた。
「私は、自分がカナダ人であることをどれほど誇りに思っているか、そして私がここに辿り着くまでの道のりについて考えていました」。
 ハインはブリティッシュコロンビア州ヘイズルトンの生まれだが、彼女の母はベトナムで生まれている。父は中国で生まれ、3歳のときベトナムに移った。二人は1970年代にカナダに逃亡し、ウェイトレス、埠頭作業員、製材場などあらゆる仕事に従事したという。
 伊調千春はアテネに続き2大会連続の銀メダルで、妹の伊調馨との姉妹金メダルの悲願はまたも幻に終わった。


●女子フリースタイル55kg級でトーニャ・バービークが銅メダル
 2029061レスリング女子フリースタイル55kg級でトーニャ・バービークが銅メダルを獲得したのは、それから20分も経たないうちのことだった。
 バービークは1回戦でモンゴルのオトゴンジャーガル・ナイダンを7-0で破り、2回戦でモルドヴァのルドミラ・クリステアを6-1で破った。だが準決勝で日本の吉田沙保里に8-0で完敗し、3位決定戦に回ってスウェーデンのイダ=テレース・ネレルに2-0で勝ち、銅メダルを獲得した。
 バービークは2004年アテネオリンピックでは銀メダルを獲得しているが、試合を終えた彼女は笑みを浮かべながら「試合に負けて銀メダルを獲るより、試合に勝って銅メダルを獲る方が気分がいいわ」と語った。
 バービークは女子フリースタイルレスリングで最初にメダルを獲ったカナダ人だが、今回のオリンピックを最後に引退することを示唆した。


写真上:デビッド・カルダー(右)とスコット・フランドセン(左)。
写真中:キャロル・ハイン。
写真下:銅メダルを掲げるトーニャ・バービーク。
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NFL進出阻止法案を提出 [スポーツ]

 元バンクーバー市長のラリー・キャンベル上院議員(自由党)が6月13日、アメリカのNFL(ナショナル・フットボールリーグ)のカナダ進出を阻止する法案を個人提出した。これは、カナダ内でのNFL新チームの設立もしくは現存フランチャイズの移転を禁止するものであり、バッファロー・ビルズが今後5年間、トロントのロジャース・センターで8試合を開催する動きを牽制したもの。
 キャンベル議員は、この動きをビルズがカナダへ移転する前兆と見ており、「トロントにアメリカのチームを誘致するなら、それは我々の最大のマーケットの損失であり、CFL(カナディアン・フットボールリーグ)の終焉を意味する。 CFLはカナダ国民に雇用を与え利益をもたらし、カナダ文化の一部となっている。これを守るためには、NFL上陸を全力で阻止しなければならない」と語った。
 だが自由党のある上院議員は、NFLはCFLにとって何ら脅威ではないと語った。
「CFLは、カナダ人に何百万ドルものお金と何千もの仕事を提供している。なぜNFLがそれを失わせることになるのだろう。私は、CFLはカナダの文化の一部になっていると思う。」
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河合卓真選手、日本人初のジュニアホッケーリーグ優勝 [スポーツ]

1769296 5月9日、河合卓真選手が日本人として初めて、ケベック・メジャー・ジュニアホッケーリーグ(QMJHL)でリーグ優勝を果たし、メモリアル・カップに駒を進めた。

 河合選手は1988年北海道恵庭市に生まれ、小学5年のとき釧路市に移りアイスホッケーを始めた。2003年カナダに渡り、モントリオールのハリントン・カレッジでホッケー留学し、2006年7月QMJHLのケープブレトン・スクリーミングイーグルスとトライアウト契約。その1か月後にはドラモンビル・ボルテイジャーズに移籍し、2006年9月15日のシーズン開幕戦で、日本出身選手として史上初のQMJHL出場を果たした。2007年からはガティノー・オリンピックでプレーしている。ポジションはLW、背番号は44。
 なお兄の河合龍一選手は西武プリンス・ラビッツ所属で、日本代表にも選ばれている。
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カーリング女子世界選手権でカナダ優勝、日本は4位 [スポーツ]

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 ブリティッシュコロンビア州バーノンで開催されたカーリング女子世界選手権は3月30日、決勝でカナダが中国を7対4で破り、金メダルを獲得した。
 日本代表のチーム青森は、1次リーグを7勝4敗で終え、プレーオフでトリノオリンピック銀メダルのスイスを6―4で破り準決勝に進んだが、過去最多の15回の優勝を誇る強豪カナダに敗れた。日本は第8エンドを終えた時点で8―5とリードしていたが、第9エンドに2点、第10エンドに1点を奪われて追いつかれ延長戦に入り、第11エンドに決勝点を許し8―9で力尽きた。
 同日の3位決定戦で再びスイスと対戦した日本は、カナダとの接戦を落としたショックから立ち直れず7―9で敗れ、1997年の4位に並ぶ日本の過去最高の成績を挙げたが、五輪を含め日本初のメダル獲得を逃した。
 日本の次の目標は、来年の世界選手権の出場権がかかる秋のパシフィック選手権。来年の世界選手権は韓国で開催されるため、通常2つのアジア枠は、開催国を除くわずか1つとなる。今回の世界選手権で後塵を拝することになった中国が最大のライバルとなろう。 1562280


写真上左:金メダルを獲得したカナダチーム。左からジェニファー・ジョーンズ(スキップ)、キャシー・オーバートン=クラパム(サード)、ジル・オフィサー(セカンド)、ドーン・アスキン(リード)。
写真上右:目黒萌絵(日本)のショットを見つめるジェニファー・ジョーンズ(カナダ)。
写真下:日本チームを下して意気を上げるカナダチーム。
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ライバルは「カナダのデブ」 [スポーツ]

1691149 2月23日、飛び込みワールドカップで2位となった中国の女王・郭晶晶(グオ・チンチン)は、記者会見で携帯電話をいじりながら、不機嫌そうに20語ほどの短いコメントをした後、
「オリンピックでのライバルは誰ですか」
の質問に、
「ロシアのユリア・パハリナとカナダのあのデブ(那個胖子)」
と答えて記者たちを絶句させた。
 アテネ・オリンピックの飛込み種目で2つの金メダル、シドニー・オリンピックで2つの銀メダルを獲得し、並はずれた美貌を持つ郭選手は、映画に出演し化粧品のイメージガールを務めるなど、芸能面においても活躍してきた。2005年の中国国体では、化粧を何度もやり直すうち表彰式に遅刻したという前歴もある。
1691152 郭選手は「ハートリー選手の名前を思い出せなかったので、冗談のつもりで『デブ』と表現した」と弁明し、監督は「思い通りの結果が出せなかった直後だったからだと思う」と釈明したが、「五輪を控え、国内選手の礼儀教育が急務だ」という声も上がった。


写真上:郭晶晶。
写真下:カナダのブライズ・ハートリー。2004年アテネ・オリンピックで銅メダル、2003年パン・アメリカン大会で2つの金メダルを獲得した。
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ミッチェル報告書、薬物使用した大リーガー77選手を公表 [スポーツ]


 ジョージ・ミッチェル元上院議員は、大リーグの依頼を受け2006年3月から薬物使用実態について調査していたが、2007年12月13日「ミッチェル報告書」を発表した。
 409ページに及ぶ報告書は、筋肉増強剤やヒト成長ホルモンを使用または購入したことが明らかになったとして、3つのグループに分類して77選手の実名を挙げている。栄養補助食品会社「バルコ」社の創業者らが違法に薬物を提供した事件に絡む8選手、薬物の違法売買により逮捕されたメッツ元球団職員からの情報をもとに特定された53選手、インターネットによる購入記録がある16選手。そのほか球団が通報した薬物所持例や、大リーグの薬物検査に陽性反応を示した例、薬物の処方で摘発された例などを挙げている。
 リストは7人のMVP選手を含み、さながら90年代後半のオールスター名簿のようである。 ミッチェル元上院議員は「野球界全体が責任を負わなければならない」と問題の根深さを指摘したが、悪質なケース以外は処罰を踏みとどまるようにとの指摘に「手ぬるい調査だ」との批判もある一方で、様々なスキャンダルに揺れた大リーグの、薬物使用の根絶に向けた今後の取り組みが期待される。大リーグは2003年から禁止薬物使用に罰則を化し、1回目で出場停止50試合、2回目で100試合、3回目で永久追放となる。
 薬物疑惑をめぐっては、2007年8月に大リーグ通算最多本塁打記録を更新する通算756号を放ったバリー・ボンズ外野手が、偽証罪で起訴されている。

●リストに掲載された主な選手
【ブルージェイズの現役選手】
グレッグ・ゾーン(36歳、ブルージェイズ)
トロイ・グロース(31歳、ブルージェイズ)
【元ブルージェイズの現役選手】
ロジャー・クレメンス(45歳、97・98年ブルージェイズ)
スコット・ショーエンワイス(34歳、06年ブルージェイズ)
ボビー・エスタレーヤ(33歳、04年ブルージェイズ)
ハーウィー・クラーク(33歳、03・07年ブルージェイズ)

【その他の現役選手】
エリック・ガニエ(31歳、ブルワーズ)※カナダ人
バリー・ボンズ(43歳、ジャイアンツ)
ブライアン・ロバーツ(30歳、オリオールズ)
アンディ・ペティット(35歳、ヤンキース)
ミゲル・テハダ(31歳、アストロズ)
ゲーリー・シェフィールド(39歳、タイガース)
ジェーソン・ジアンビ(36歳、ヤンキース)
ポール・ロデューカ(35歳、ナショナルズ)
リック・アンキール(30歳、カージナルス)
ロン・ビローン(37歳、ヤンキース)
ライアン・フランクリン(34歳、カージナルス)
マイク・スタントン(40歳、レッズ)
ジェリー・ヘアストーン(31歳、レンジャーズ)
トッド・ウィリアムス(36歳、オリオールズ)
ロンデル・ホワイト(35歳、ツインズ)
ステファン・ランドルフ(33歳、アストロズ)
マット・ハージェス(37歳、ロッキーズ)
ブレンダン・ドネリー(36歳、レッドソックス)
ヌック・ローガン(28歳、ナショナルズ)
ジャック・カスト(28歳、アスレチックス)

【元ブルージェイズの引退選手】
ホセ・カンセコ(98年ブルージェイズ)
デビッド・セギ(99年ブルージェイズ)
グレナレン・ヒル(89・90年ブルージェイズ)
ベニト・サンチャゴ(97・98年ブルージェイズ)
ラウル・モンデシー(00~02年ブルージェイズ)

【その他の引退選手】
レニー・ダイクストラ(元フィリーズ)
トッド・ハンドリー(元メッツ)
チャック・ノブロック(元ツインズ)
ジェイソン・グリムズリー(元ロイヤルズ)
デビッド・ジャスティス(元インディアンス)
モー・ボーン(元レッドソックス)
デニー・ネーグル(元ロッキーズ)

【日本で活躍した選手】
ラリー・ビグビー(2008年横浜と契約)
ジェフ・ウィリアムス(2003年~阪神)
チャド・アレン(2007年オリックス)
ダン・セラフィニ(2004~2005年ロッテ、2006~2007年オリックス)
アダム・リグス(2005年~2007年ヤクルト)
アレックス・カブレラ(2001年~2007年西武)
マット・フランコ(2004年~2006年ロッテ)
バートン・ミアディッチ(2005年巨人)
クリス・ドネルス(1996年近鉄、1997~1999年オリックス)
マーク・キャリオン(1997年~1998年ロッテ)
フィル・ハイアット(1997年阪神)

 
 
写真上左:ブルージェイズ時代のロジャー・クレメンス投手。
写真上右:グレッグ・ゾーン捕手。
写真下:ブルージェイズ時代のホセ・カンセコ外野手。


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