カナダ、TPP交渉参加を表明 [経済]

ホノルルで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に参加したハーパー首相は、11月14日にアメリカのオバマ大統領と首脳会談を行った後、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加を表明した。また同日、NAFTA(北米自由貿易協定)加盟国のメキシコも参加を表明した。日本・カナダ・メキシコの3か国が参入すれば、世界のGDPの35%をも占める巨大な自由市場が形成されることになる。
カナダとメキシコの参加表明について、オバマ大統領は「日本・カナダ・メキシコのTPP交渉参加を歓迎する。アメリカで数万人の雇用を創出する画期的な出来事だ」と評価した。高い失業率に悩むオバマ大統領にとって、2012年大統領選での再選は厳しい。彼は貿易拡大による雇用創出に、勝機を見出そうとしているようだ。ハーパー首相は参加に転じた理由について、「オバマ大統領から極めて強く参加を求められた。12日の大枠合意の内容も、カナダは容易に適合できる」と説明した。
実はカナダは、2010年10月にもTPP交渉に参加しようとしたが、酪農を保護するカナダはニュージーランドの乳製品を警戒し、関税撤廃の例外品目に指定するよう求めたため、参加を拒否された経緯がある。エド・ファスト国際貿易大臣などは2日前に、「TPPがカナダの国益になると確信できたときにのみ交渉に参加する」と述べ、無関心を装っていた。
カナダの唐突な参加表明は、各方面で様々な憶測を呼んでいる。ナンヤン理工大学(シンガポール)のデボラ・エルムス教授は、こう推測した。
「ホノルルで何があったのかは、いまだ不透明なままだが、私の考えは、アメリカが単独で日本と交渉することを望まなかったということだ。それでアメリカは、カナダとメキシコに参加を要請した。オバマ大統領は、酪農・養鶏業を保護する障壁を維持できる何らかの保証をカナダに与えたのではないか」。
カナダの元外交官コリン・ロバートソン氏は、「キーストーンXLが転換点だったかもしれない」と説明した。
アメリカは10日、アルバータ州の原油をテキサス州などの製油所に運ぶ「キーストーンXL」パイプライン計画の凍結を一方的に発表した。するとジム・フレアティ財務大臣は11日、パイプライン計画凍結によって、カナダは石油市場をアジアに求めることになるだろうと述べた。
だがカナダで生産される石油と天然ガスは、その100%がアメリカに輸送されている。またカナダの輸出の75%が、アメリカ向けのものである。成長著しい中国への輸出は、わずか3.3%にすぎない。ロバートソン氏は「地理的条件を変えることはできない。アメリカは依然として、カナダ最大の市場である。カナダはアメリカを捨て去るわけにはいかない」と語った。
オタワで酪農を営むピーター・ルイターさんは、次のような見通しを語った。
「アメリカは、綿花の保護を望むだろう。日本は、米の保護を望むだろう。どの国も保護したい何かがあるから、カナダの酪農業もきっと生き残れるはずだ。」
カナダは、穀物・油料種子・牛肉・材木・パルプでは強みがあるが、乳製品と鶏肉は例外品目としたい。いっぽう日本が死守したい品目は、米・牛肉・簡易保険である。特に米は、関税率が778%にものぼっている。ところがカナダの自動車関税率は6.1%と、アメリカの2.5%に比べ高いものになっていることから、カナダのTPP参加は日本にとって悪い話ばかりでもなさそうだ。カナダが日本と協調して、アメリカに関税撤廃の例外品目を認めさせる展開も十分考えられる。
経団連の米倉弘昌会長は15日、「カナダ・メキシコに先駆けて、日本が参加表明できたのは非常に良かった」と評価した。日本の参加表明によってTPPの意義は格段に大きくなり、早期に参加しなければ巨大市場のルール作りに参加できなくなり、参加が遅れればすでに作られたルールを一方的に押し付けられることになるからである。
TPPは2005年、「P4」と呼ばれるブルネイ・チリ・ニュージーランド・シンガポールの4か国によって形成された。カナダも参加を要請されたが、この時点では世界のGDPの0.9%でしかなく、参加を辞退した。
2010年、TPPはアメリカ・オーストラリア・マレーシア・ペルー・ベトナムの5か国が参加したことによって、世界のGDPの27%を占める巨大市場に拡大した。カナダもこのとき参加を表明したが、拒否された。
そこへ日本・カナダ・メキシコの3か国が参入すれば、世界のGDPの39%を占める市場が形成されることになる。さらに、韓国とフィリピンも参加するものと推測されている。
カナダは韓国とのFTA(自由貿易協定)締結に失敗しており、TPPはアジア市場に手っ取り早くアクセスできる頼みの綱である。
カナダは国民皆保険制度を敷いており、NAFTA締結後もそれを維持している。国民皆保険制のカナダが参加を表明したことで、「日本がTPPに参加すれば国民皆保険制は瓦解する」という反対論は、その論拠を失うことになる。
図:「チャイナ・シンドローム」 地球の裏からコンニチハ。
カナダドル、米ドルとパリティに [経済]
ギリシャのデフォルト懸念や、欧州中央銀行(ECB)のシュタルク専務理事の年内辞任が発表されたことで、米ドルを買う動きが出た模様である。
対円レートにおいても1カナダドル=77.5円は、2年半ぶりのカナダドル安となっている。
職場復帰法案可決、郵便スト終結へ [経済]

6月25日(土)、職場復帰法案が58時間に及ぶ議事妨害の後、下院で可決された。法案は、与党保守党が多数を占める上院で26日にも可決され、その日のうちに総督の勅裁を経て成立する見込みである。法案が成立すれば、カナダ郵政公社は24時間以内に業務を再開しなければならない。
カナダ郵政公社労働組合は、賃上げと年金改革を要求して6月3日から全国的にストライキを実施した。与党保守党は20日、連邦議会に職場復帰法案を上程したが、郵政公社はロックアウトで対抗し、22日には労使交渉が決裂した。
6月24日はケベックの守護聖人「サン・ジャン・バチストの日」で、ケベックでは事実上の建国記念日に当たる祝日である。連邦議会は23日から休暇に入る予定になっていたが、リサ・レイト労働大臣は「職場復帰法案が可決されるまで休暇にはしない」と強い態度で臨み、23日から下院で法案の審議が始まった。ところが法案には、職員の賃金が公社の提示額より低く設定されていた。
新民主党のレイトン党首は「総理は、わが国の団体交渉権を無意味なものにした。もしも交渉の席で要求を受け容れられなくても、あなたが雇用者側であれば、政府が法律でそれを規定するという。これは恐るべき前例となろう」と述べて、法案から賃金条項を削除するよう求めたが、ハーパー政権はいかなる交渉にも応じなかった。労組に支援された新民主党はこれに反発し、議事妨害を始めた。審議は24日の「サン・ジャン・バチストの日」になっても終わらず、異例の土曜開会となった。
新民主党議員の半数はケベック州選出だが、議場にとどまり、各自20分の演説を行った。パット・マーチン議員は「演説は生き生きとして、明快で情熱的ですらある。電話帳を朗読する者は誰もいない。これは本物の審議だ。斬新で興味深い」と語った。
58時間に及ぶ長時間の審議中、議員たちはいつ投票が始まってもいいよう交代で事務所に行き、仮眠をとった。議場に残る議員たちは、差し入れられたピザを食べた。ある議員は、ボードゲームの「モノポリー」を小脇に抱えて下院ロビーを歩くのを目撃されたという。だが緑の党は、1議席しかないため交代要員がおらず、メイ党首は23日に徹夜して翌24日夜には気丈に演説した。
法案可決を受けて、ハーパー首相は次のように述べた。
「市民はどちら側にいたか、我々は知っている。そして反対側の議員たちもようやく、それに気づき始めたものと思う。3日間にも及ぶ議事妨害は全く不必要なもので、国民特に中小企業と慈善事業がまもなく郵政サービスを受けられるようになることは、喜ばしい。」
図:「おい衛視、レイトンを止めろ!」
ポリマー製の新紙幣を発表 [経済]

カナダ銀行は、新しい紙幣のデザインを発表した。従来の紙幣が綿で作られていたのに対し、新紙幣はポリマー製で、誤って洗濯機にかけても破れず、乾燥機に入れても溶けることはない。
だが何より重要なのは、透明の窓にメタルの肖像と建造物、そして表裏どちらからも見える微細なナンバーが、偽造をいっそう困難にしていることである。カナダ紙幣は2001年から2004年までの間に、100万枚につき470枚が偽造されるというピークに達した。そこでカナダ銀行は、小売業者に偽札を識別するトレーニングを実施して、偽札流通量を100万枚につき35枚にまで減少させたが、カナダのある地域では、小売業者の1割もが100ドル紙幣の受け取りを拒否する事態となっていた。
新紙幣は破れにくいため、従来のものより長く流通することから、紙幣を発行する経費を2億ドル削減する。そして古くなった紙幣は、プラスチック製品としてリサイクルされることになる。
新紙幣は、高額のものから流通する。まず11月には100ドル紙幣が導入され、次に50ドル紙幣が2012年3月に導入され、2013年末までには5ドル紙幣が導入される予定である。100ドル紙幣の表はもちろんロバート・ボーデン元首相の肖像で、裏は「医学の進歩」をテーマに顕微鏡をのぞく女性が描かれている。50ドル紙幣の表はマッケンジー・キング元首相の肖像で、裏はアムンゼンの砕氷船が描かれている。
最も大きな課題となるのは、キャッシュディスペンサーなどに使われ最も流通量の多い20ドル紙幣である。カナダ銀行は、18か月以内に旧20ドル紙幣の70から80%を回収する予定である。
世界で最初にポリマー紙幣が発行されたのはオーストラリアで、1988年のことだった。
1ペニー硬貨廃止を勧告 [経済]
委員会は、インフレーションが1世紀以上続き、1ペニー硬貨の価値は、それが初めてカナダで製造された1908年の5%にまで低下したと結論づけた。
1ペニー硬貨はかつては96%が銅だったが、今では鉄に銅メッキを施している。それでも1ペニー硬貨を生産するのに、1枚あたり1.5セントの費用がかかっている。
1908年以降、1ペニー硬貨は310億枚製造された。そのうちの3分の1が廃棄されたと仮定しても、国民一人当たり600枚の1ペニー硬貨を持っていることになる。それらが貯金箱や、ズボンのポケットや、箪笥の引き出しに貯蔵され、流通していないことは明らかだが、ロイヤル・ミント(造幣局)はそれゆえ1ペニー硬貨の増産を強いられ、昨年は5億枚を鋳造した。
財務省は、1990年にオーストラリアが1ペニー硬貨を廃止したときの物価に与えた影響について調査してきた。またカナダ銀行は、1ペニー硬貨廃止に伴う潜在インフレについて検討し、その影響は取るに足らないものと結論づけた。
1ペニー硬貨の製造中止と聞くと、それを保管しておけば古銭として高値で売れると思う人がいるかもしれない。しかし1870年、25セント硬貨の不足を補うため発行された25セント紙幣は、その大きさから「絆創膏」と呼ばれたが、現在7ドルから9ドルの間で取引されているにすぎない。
1ペニー硬貨については、3枚しか存在しない1937年製造のものが、今年40万2500ドルで売却されている。だがほかに希少価値があるとされるものは、1923年製造と1925年製造のものが50ドル程度、カナダ最初の1ペニー硬貨である1858年製造のものが80ドルから100ドルの間で取引されているのみである。
カナダドル、米ドルと半年ぶりに等価に [経済]
カナダ・ロイヤル銀行のパトリシア・クロフト氏は、カナダドルは今後も高騰し来年にも1.15米ドルに及ぶ可能性もあると予測した。だがそれは米ドルが暴落した結果にすぎず、必ずしもカナダドルが上昇していることを意味しない。
カナダ・ロイヤル銀行のデビッド・ワット氏は、カナダ経済は輸出依存体質であり、米ドルが下落すればそれに引っぱられることになるという見解を示した。彼はまた、カナダドルの伸びはユーロ・日本円・オーストラリアドルよりかなり悪く、「米ドルを除く世界最悪の通貨のうちの1つだ」と語った。
現在、アメリカドルとカナダドルとオーストラリアドルがほぼ等価となっており、スイスフランはその上を行くという非常に珍しい相場になっている。
【参照】
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2010-04-07
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2007-09-22
世界最大の金貨を3.6億円で落札 [経済]
カナダで5枚だけ鋳造された世界最大の金貨(直径53センチ、厚さ3センチ、重さ100キロ、額面100万カナダドル)が6月25日、ウィーンでオークションにかけられ、スペインの大手貴金属商OROディレクトが327万ユーロ(約3億6千万円)で落札した。巨大金貨はエリザベス二世のほか、アラブ首長国連邦の投資家らが所有している。今回の金貨は、オーストリアの投資グループAvWが保有していたが、グループ代表が詐欺容疑で摘発され、今年5月に破産したことに伴い、売りに出された。
貨幣は通常、金属としての価値以上の額面価値を発行元が保証するものだが、このメープルリーフ金貨は、額面が金属としての価値の4分の1しかない。競売開始価格は、同日の金相場から算出した材料原価だった。
【参照】世界最大、額面100万ドルの金貨を発行
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2007-05-05
カナダドル、米ドルと等価に [経済]
カナダドルは3月半ばにも上昇したが、このときはギリシャの債務への警戒感からパリティには達しなかった。今回は原油価格・金属価格の上昇に加え、2日発表の米雇用統計が強い内容となったことが要因である。
カナダの財政は順調で、連邦債務の対GDP比率は2010~11年度に35.4%でピークに達すると予想されている。 いっぽう経済成長はインフレ率の上昇をもたらし、すでにカナダ銀行の目標をわずかに上回っている。広範な経済見通しから、6月にも利上げがあると見られている。カナダ銀行は、第2四半期末までは政策金利を0.25%で維持すると約束している。
TDセキュリティーズは、今後2~4週間で徐々にカナダドルが上昇し1米ドル=0.98カナダドルになり、さらに数カ月で0.95カナダドルに到達すると予想している。スコシア・キャピタルのカミラ・サットン氏は「ファンダメンタルズに基づくゆっくりとした慎重な動きだ。あらゆる要素は、強いカナダドルが来年まで持続することを示している」という見解を述べた。
カナダドル高は、カナダ人に様々な影響を与える。カナダに拠点を置くホッケー・チームは、アメリカ人選手により多くの報酬を米ドルで支払うことができるので、自チームからの流出を阻止しまた他チームからの引き抜きを容易にする。カナダドルはまた、米ドルに対してだけでなくユーロ・ポンドに対しても強く、カナダ人にとってヨーロッパ旅行への強い要因となろう。輸出業者にとっては、カナダドル高はかつてほど問題視されていない。それは上昇ペースが緩やかであることと、同国製品に対する世界の需要が旺盛なことが原因だ。
★カナダドル相場の歴史
1817年:モントリオール銀行がカナダ最初の紙幣を発行する。
1854年:カナダドルの価値が金に対して固定され、米ドルと等価となる。カナダ植民地の法定通貨は、カナダドル・米ドル・イギリスポンド。
1864年7月11日:1米ドル=36カナダセントの史上最高値を記録。
1867年7月1日:カナダ連邦建国。
1957年8月20日:1カナダドル=1.06米ドルの20世期最高値を記録。
1962年5月2日:1カナダドル=92.5米セントの固定相場制に移行。
1970年5月31日:インフレ率上昇のなか、対米ドル変動相場制に移行。
1976年11月25日:カナダドル上昇し、米ドルと等価となる。
2002年1月18日:1カナダドル=61.98米セントの史上最安値を記録。
2007年9月20日:カナダドル上昇し、31年ぶりに米ドルと等価となる。
2007年11月6日:1カナダドル=1.08米ドルで建国以来の最高値を記録。
2008年7月21日:カナダドルの下落が続き、米ドルと等価となる。
2010年4月6日:カナダドル上昇し、米ドルと等価となる。
【参照】カナダドル、31年ぶりに米ドルと等価に
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2007-09-22
自動車メーカー公的援助に国民の半数が反対 [経済]
連邦政府とオンタリオ州政府は、経営再建のためゼネラルモータースに30億ドル、クライスラー・カナダに10億ドルを融資することを決定している。調査では51%が「ゼネラルモータースとクライスラーへの40億ドルの融資に反対する」と回答し、63%が「世界の自動車市場において振るわないなら倒産すべきだ」と回答した。自動車産業の中心オンタリオでは、公的資金援助に賛成46%、反対48%と分かれた。
全国では48%が「自動車メーカーは十分儲けてきたのでこれ以上資金を投入すべきでない」と回答した。「会社により多く融資すべきだ」と回答したのは12%、「倒産を阻止するため必要なお金はいくらでも投入すべきだ」と回答したのはわずか3パーセントにとどまった。
全国では、28%が「北米ビッグ3の車を購入するつもり」と回答し、45%が「外国産の車を購入するつもり」と回答した。ブリティッシュコロンビアでは外国産を購入するつもりの回答者はおよそ60%だったが、オンタリオではビッグ3から購入するつもりの人は35%に上昇した。
自動車メーカー公的支援、支持されず〔世論調査〕 [経済]
クライスラー・カナダは、連邦政府とオンタリオ州政府に23億米ドルの援助を求め、労組には賃金25%カットを求めている。またゼネラルモータースは、30億米ドル以上が必要だと主張している。
自動車メーカー公的支援に関する調査結果は、以下の通りである。
強く支持する:10%
やや支持する:36%
(支持計:46%)
やや反対する:26%
強く反対する:28%
(反対合計:54%)
カナディアン・プレスは3月17日、クライスラーはすでにカナダ撤退を視野に入れ、労組と交渉に入っていると報じている。これに関し61%の回答者は、援助がなければカナダから撤退し、多くの失業者を出すことになると自動車メーカーが脅迫的言辞を弄するなら、公的支援を支持しないと回答した。
「保守党政権が自動車メーカーを支援する場合、保守党に投票する可能性はあるか」という質問の結果は、以下の通りとなった。
かなりある:4%
あるかもしれない:7%
(ある合計:11%)
どちらとも言えない:52%
たぶんない:13%
ほとんどない:24%
(ない合計:36%)
回答者は次に、クライスラー・フォード・ゼネラルモータースのビッグ3が深刻な経営危機に陥った理由として、3つの選択肢を提示された。その中で最も多かった回答は、指導力不足だった。
・役員は外国のメーカーと競争する際、十分な指導力を発揮しなかった:39%
・世界的経済危機が、消費者の自動車購買意欲を低減させた:32%
・労働者の賃金や待遇が高すぎた:29%
また回答者の88%は、役員の報酬が減額されるのなら緊急支援を支持すると回答した。これについてストラテジック・カウンセル社のティム・ウールステンクロフト氏は「彼らは、会社を今日の危機に招いたのは自分たちだという自覚が役員たちにあるとは考えていないようだ」と語った。
カナダが「健全な銀行世界一」に [経済]
銀行システムが最も健全な国トップテンは、以下の通りである。
1.カナダ (6.8)
2.スウェーデン (6.7)
3.ルクセンブルク (6.7)
4.オーストラリア (6.7)
5.デンマーク (6.7)
6.オランダ (6.7)
7.ベルギー (6.6)
8.ニュージーランド (6.6)
9.アイルランド (6.6)
10.マルタ (6.6)
39.アメリカ合衆国 (4.0)
40.ドイツ (3.9)
93.日本
ブリティッシュコロンビア州リッチモンドで選挙運動していたハーパー首相は、これを受けて「カナダの銀行は公的援助を求めていないし、政府もそうするつもりはない」とコメントした。
ザ・ベイを米投資会社が買収 [経済]
NRDC社の最高責任者リチャード・ベイカー氏は、
「カナダの歴史の中でハドソンベイ社が占めている重みは十分理解している。ハドソンベイ社のよき伝統を今後も継続させていくつもりだ。店名は一切変更しないが、いくつかの店舗は大きすぎるため規模を縮小し、同じ場所にロード&テイラー店舗を置くことになるだろう」と語った。
またマーク・バンティング氏は「皆さんは、北米で最も古い2つのデパートの合併を見ているのです」とコメントした。
ハドソンベイ社は1670年、毛皮交易のため設立されたイングランドの国策会社で、初代総督はカンバーランド公ルパート。ハドソン湾に流れ込む全ての河川の流域での毛皮独占取引権を勅許され、カナダ中西部・北西部の大部分を私有地として領有していたが、1869年ルパーツランドをカナダに譲渡し、毛皮貿易から小売業へ転じた。1991年には、動物愛護団体からの抗議により毛皮の販売を中止している。
ウェストジェットが荷棚をベッドに-エイプリルフールのジョーク [経済]
ボブ・カミングス社長は4月1日、次のような声明を発表した。
「機内にある頭上の荷棚は、従来お客様の手荷物置き場として使われていました。ですが当社の機にはこの業界で最も広い荷棚を備えています。そこで、お休みになるキャビンとしてご利用いただくことにしました。お客様は目的地まで横になり、到着時にはすっきりとした気分でお出かけになれます。」
声明には航空機の荷棚の中で枕を頭に、毛布にくるまって気持ちよさそうに寝ている乗客の写真も添えられていたという。
カナダ人実業家がギネスブックを買収 [経済]
パティソン・グループは、カナダ第3位の規模を誇る年商63億ドル(約6800億円)の企業で、従業員は2万9000人。米経済誌「フォーブズ」の長者番付によると、パティソン氏は世界第230位、カナダでは第8位で、個人資産額は38億ドル(約4000億円)と推定されている。
「ギネス世界記録(旧称ギネスブック)」は、ギネス醸造所の委託により1955年に初版が発行され、現在は世界100か国以上37言語で毎年発行されている。
カナダドル、31年ぶりに米ドルと等価に [経済]

東部時間の2007年9月20日午前10時58分、カナダドルが米ドルと1976年11月25日以来31年ぶりに等価(パリティ)となった。カナダドルが対米ドルで最高値となったのは1957年8月21日(1カナダドル=1.0614 米ドル)で、その後20年かかって徐々に値下がりして1977年に等価となり、その後の20年で値下がりし続けて2002年1月21日には1カナダドル=0.6179米ドルの史上最安値を記録し、その後は上昇に向かった。
対円レートでも1カナダドル=114.5円は16年ぶりの高値となるが、そのころの1米ドルは125円くらいであった。
カナダドル高騰の背景には原油価格の上昇、財政黒字とそれに由来する所得税・法人税引下げ検討、バンクーバーオリンピックによる投資などが挙げられる。ハーパー首相は「製造業保護のためカナダドル高を阻止することは間違っている」とコメントし、カナダ銀行も、カナダドル高はアメリカからの輸出品を値下げしインフレ抑制効果があることから、為替市場に介入する意図はなさそうだ。
いっぽうアメリカは、サブプライム問題、投資ファンド増税法案、追加利下げ観測と日本の利上げ観測による日米金利差縮小などの要因から、欧州・オセアニアの通貨がおしなべて高騰する中、じりじりと値下がりし続けている。
米ドルの方が金利が高く、多くの店では米ドルが流通するし、口座を持てば米ドル建てで小切手も出せるので、カナダ人で米ドル建て預金を持っている人は非常に多い。ところが今年に入って15%もカナダドルが高騰したので、多額の米ドル建て資産を所有するカナダ人にとってはかえってうれしくない話かも知れない。
世界最大、額面100万ドルの金貨を発行 [経済]
ジョン・ガルブレイス死去 [経済]
アメリカを代表する経済学者ジョン・ガルブレイスが2006年4月29日、老衰のためマサチューセッツ州の病院で死去した。彼は経済学界での偉大な業績と、2メートルを超える身長も相まって「経済学の巨人」と評された。ガルブレイスはオンタリオ州アイオナ・ステーションの農家に生まれ、ダットンで育った。1931年にオンタリオ農業大学(現ゲルフ大学)を卒業後、1934年カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。1937年にはアメリカ市民権を取得した。
第二次世界大戦中、彼は物価局副局長として戦時インフレ抑止に働き「物価皇帝」の異名をとった。また連合国戦略爆撃調査団の一員として、戦略爆撃は戦争終結の早期化に効果はなかったとの結論を導き出している。1943年から1948年にかけて「フォーチュン」誌の編集者を務め、1949年にはハーバード大学の経済学教授に就任した。
彼は生涯に50以上の著作を残したが、1958年の著書「ゆたかな社会」では、消費者は企業の広告・宣伝によって欲望がかき立てられ、物を買っても満たされない「依存効果」が起こり、その精神的欠乏がかつての貧困にとって代わると述べ、消費主体の現代資本主義社会に警鐘を鳴らし、公共サービス拡大を訴えた。これにより彼は最初の脱物質主義者とみなされるようになった。
1967年の著書「新しい産業国家」では、アメリカには完全競争の仮定に当てはまるような産業は実際にはほとんどど存在しないと述べた。
1983年の著書「不確実性の時代」では、グローバル化と情報化の進展により世界が密接な関係を持つようになり、不確実な要素がかつてないほど増大したと述べた。また「不確実性」はこの年日本で流行語にもなった。
彼はフランクリン・ルーズベルト、ハリー・トルーマン、ジョン・ケネディ、リンドン・ジョンソンの各政権に仕え、1961年から1963年まで駐インド大使を務めた。1972年にはアメリカ経済学会会長に就任した。
私生活では4人の息子をもうけ、うち一人は早世したが、ジェームズ・ガルブレイスは経済学者となり、ピーター・ガルブレイスはアメリカの外交官・外交評論家として知られている。
格安航空会社ジェッツゴーが倒産 [経済]

カナダの格安航空会社ジェッツゴーは3月11日、裁判所に破産を申請しすべての業務を停止した。空港に出向いた搭乗予定の乗客を待っていたのは、無人のカウンターだった。こうしてこの日約1万7000人が搭乗できず立ち往生することになった。
「ぼくたちディズニーランドに行けないの?」。ある母親は子供に家族旅行の中止を告げた。
「私たちの結婚式はどうなるの?」。フロリダまでレンタカーで移動せざるを得なくなった結婚予定のカップル。
「代替フライトは現金払いと言われたので、旅行はあきらめます」
これらはこの日空港で、また旅行先で乗るはずの飛行機が飛ばない悪夢を見せられた1万7000人の悲痛の声のごく一部だ。
ひどいことに、倒産発表前日も新聞に広告が掲載され、また発表1時間前にオンラインでチケットを購入した人もいたという。前日の真夜中まで予約を受け付けておいて、客には「明日の朝はお早めに空港へ」などとコンファームしていたというから、従業員も何も知らなかったのだろう。春休み前にできるだけ多くのチケットを売りさばき収入を得ようとする、最後まで「ケチケチ経営」ぶりであった。
2002年6月12日に営業を開始したジェツゴーを、わずか32カ月で終わらせたその主はジェッツゴーのCEO(最高経営責任者)ミシェル・ルブラン氏。2001年ロイヤルエアをカナダ3000に売却した人物だ。
航空ビジネスへの野望は、16歳で単独飛行を成し遂げたときに始まった。18歳で商業パイロットのライセンスをとり、ケベックで航空学校を経営していた父の事業を継いだのが30歳のとき。それ以来航空会社を買収しては数年後に売却を繰り返し、2002年にジェツゴーを始めたときは55歳だった。
株式非公開のワンマン経営。貸借対照表も損益計算書も外部には無縁。彼の経営哲学は第一に、人件費を抑える。第二に、パイロットの研修は自己負担。第三に、古い機体を安くリースする。第四に、航空機の機種は二つだけに絞る。第五に、航空券の販売はインターネットに集中させる。
だが機体の故障が絶えず、莫大な修理費が経営を圧迫した。さらにジェット燃料の高騰が会社を襲った。ルートと機体をどんどん増やし、格安チケットを売って補填する自転車操業となった。開業以来フライトの遅延、キャンセルが極端に多かった理由がここにある。大事故につながらなかったのは奇跡としか言いようがない。
パイロットの最近の給与は最低賃金に近かったとも言われ、おまけに入社時に3万ドルを訓練費として収めている。2年後に返金されるはずがいまだに支払われていない。この穴埋めのため二つ目の住宅ローンを組んだ人もいるという。
「明日出勤しなくてよいと真夜中に会社から電話があったんです。悪い冗談を言うなあと言ったら、本当でした」
寝耳に水のこの知らせを受けた1350人の従業員たちに、会社側は「制服と駐車場のパスを返却しなければ最後の給与は渡しません」と言い放った。そのためオフィスには大勢の元社員が、寒空の中小切手を受け取りに集まっていた。







