最終聖火ランナーは誰か [バンクーバー五輪]
SNSサイト“Facebook”では、バンクーバーオリンピックの最終聖火ランナーを当てる投票が盛り上がっている。骨肉腫で右脚を失いながら義足でカナダ横断マラソンに挑んだテリー・フォックスの母ベティにその栄誉を与えるべきだとするコミュニティは、メンバーが12万人を超えた。 ブリティッシュコロンビア州が会場になるため、地元出身者こそふさわしいという意見には説得力がある。ベティ・フォックスは、コキットラムでテリーを育てた。
車椅子バスケットボールでテリーのチームメイトであり、1987年車椅子で世界一周旅行を成し遂げたリック・ハンセンは、しばしば第一候補に挙げられた。彼はブリティッシュコロンビア州ポート・アルバーニ出身で、何人かはベティとハンセンがともに最終ランナーになるべきだと主張した。ところがハンセンは、開会式の3日前にリッチモンドで聖火ランナーを務めることが発表され、彼の可能性は消えた。
有力候補の一人だったウィニペグ生まれのクララ・ヒューズは、カナダ選手団の旗手に指名されたため、彼女の線もありえない。 ほかに人気のある候補としては、1968年グルノーブル・オリンピックで金メダリストを獲得した、ブリティッシュコロンビア州ロスランド出身のナンシー・グリーン・レイン上院議員がいる。だが彼女はすでにカムループスで聖火ランナーを務めたため、彼女の可能性も薄い。
元バンクーバー・カナックスのトレバー・リンデンも、バンクーバライツの間で人気が高い。彼は1998年長野オリンピックに出場しているが、メダル獲得はなく、国際的知名度に劣る。彼はおそらく最終ランナーではなく、バンクーバーのどこかの地点を走ることになるだろう。
グローブ&メイル紙のコラムニスト、ゲイリー・メイソンはオンタリオ州ブラントフォード出身のウェイン・グレツキーを挙げる。
「グレート・ワン」の彼こそ、東京からモスクワまで広く知られたスーパースターである。彼は選手として長野オリンピックに出場し、メダル獲得はならなかったものの、2002年ソルトレークシティ・オリンピックでは監督としてカナダに金メダルをもたらした。なお筆者は、パラリンピック4大会で14個のメダルを獲得したシャンタル・プチクレールを推している。
写真上:テリー・フォックス。
写真中:リック・ハンセン。
写真下:シャンタル・プチクレール。






