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ケベックでの争点、より複雑に [ケベック]

 6月24日は「サン=ジャン=バチストの日」(ケベックの守護聖人洗礼者ヨハネの日)で、ケベックの事実上の独立記念日である。新民主党のマルケア党首は、その前日にケベックを訪問し、党の持論である「シェアブルック宣言」について言及した。
 それは、ケベックの有権者が50%より一票でも多い賛成を示せば独立できるとするものであり、連邦政府が制定した「明確化法」でいう「明確な多数派」(明確な多数派が何%なのかは不明確だが)をもって独立の意志とするという思想に反している。
 自由党のトルドー党首は、さっそくこれを批判した。
「サン=ジャン=バチストの日にマルケア党首が、明確化法を廃止して国家の解体をより容易にしようというのは、まさに最低の政治と言わざるをえない。彼がケベックで有権者に迎合するためこれを取り上げているのは、間違っていると思う。」
 彼はケベックを訪問し、人々が話題にしているのは雇用・経済・環境・ヘルスケアであって、決して独立ではないと感じたので、彼らのプライオリティを共有したいと語った。

 ケベックの有権者にとって、ケベック連合はもはや選択肢ではなくなり、新民主党と自由党が激しい争いを繰り広げていた。ところがデュセップ氏の政界復帰により、ケベック連合が再びゲームに参入しようとしている。ケベックでのゲームは、新民主党対自由党から、新民主党対とケベック連合に変わる兆しを見せているのだ。CROP社が先週末に発表した、ケベックにおけるフランコフォンの政党支持率は、新民主党38%に対しケベック連合は30%となり、ケベック連合が急速に支持を回復していることがわかる。
 ケベックの政界地図は、右派政党が保守党1つであることに対し、左派政党は自由党・新民主党・緑の党と3つある。そこへケベック連合が再び参入すれば、左派票はさらに分裂し、保守党を利するだけになるかもしれない。さらに右派対左派の構図に加え、連邦主義対分離主義という新たな構図がもたらされることになり、問題はいっそうややこしいことになる。
 ケベックの第一党は1980年までは自由党、84年から88年までは進歩保守党、93年から2008年まではケベック連合だった。分離主義の脅威に対し、連邦主義者は総選挙において特定政党に票を集中させてきたから、自由党は93年から2008年まで連邦主義票を独占できたが、2011年になってその地位を新民主党に奪われた。だが現在ケベックの第一党である新民主党は、その地位を維持するため、そして参入してきたケベック連合に競り勝つため、「シェアブルック宣言」を持ち出してきた。このような分離主義者への迎合は、ケベック以外の「残りのカナダ」において影響を与えないわけにはいかないだろう。
 デュセップ氏の復帰は、第一に新民主党へのダメージとなり、第二に保守党への援護射撃になると言えるだろう。
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