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オタワ首都選定150周年 [オンタリオ]

 2007年12月31日、オタワで首都選定150周年記念式典が行われた。
 オタワは元はアルゴンキン族インディアンの住む土地で、彼らの言語で「交易」を意味する。1832年にオタワ川とオンタリオ湖を結ぶリドー運河が建設され、測量を担当したジョン・バイ大佐にちなみ町は「バイタウン」と命名された。1855年、オタワ川にちなんで「オタワ」と改名される。
 1857年、カナダ植民地の新しい首都を選定するに当たり、ケベック、モントリオール、キングストン(当時首都)、トロントの4都市が候補に挙がったが、ビクトリア女王の英断でモントリオールとトロントの二大都市の中間に位置するオタワが選ばれた。女王が気まぐれに両都市の中間にピンを刺して決めたというのは根拠のない風説だが、オタワは当時人口2万人の小都市であり、それくらい意外な決定だったのだろう。
 だがオタワはもともと材木商が拓いた町であり、周囲を森に囲まれ、国境から遠かった。当時アメリカとは緊張関係にあり、1812戦争で首都ヨーク(現トロント)が侵攻を受け、街を焼き払われた記憶もまだ新しかったのである。またオタワ川はオンタリオ州とケベック州の境にあたり、川を越えるとフランス語圏のハル(現ガティノー)に達する地理的条件も、有利に働いた。
 なお現在の国会議事堂が完成し、植民地議会がオタワに遷ったのは1865年のことである。
 現在人口は81万人で、広域圏の人口は113万人と、トロント、モントリオール、バンクーバーに次ぐカナダ第4の都市である。住民の5人に1人は、連邦政府職員である。


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