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豪上院議員、カナダとの二重国籍が発覚し辞職 [オーストラリア]

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 民進党の蓮舫代表は7月18日、自身が重国籍でないことを示す戸籍謄本などを公開した。
 議員の重国籍が憲法で禁止されているオーストラリアでは、14日にスコット・ラドラム上院議員(緑の党共同副党首)が辞職したが、同じ緑の党の共同副党首ラリッサ・ウォーターズ上院議員も18日、重国籍が発覚して辞職した。
 ウォーターズ議員は1977年、マニトバ州ウィニペグでオーストラリア人の両親から生まれた。この時代は、カナダで生まれた外国人はカナダ国籍を取得するには申請が必要で、彼女はそれをしなかったためカナダ国籍がないものと思っていたが、生まれる1週間前にカナダ市民権法が施行された。それは、出生で得たカナダ市民権を知らないうちに喪失しないよう対処されたものだった。
 ウォーターズ議員は、記者会見でこう述べた。
「外国生まれの多くの政治家が連邦議会にいて、同様にきまりの悪い思いをしていることだろう。」

 オーストラリアでは、少なくとも国民の6人に1人が重国籍者と考えられている。トニー・アボット前首相はかつてイギリス国籍を保持していたが、1993年に放棄したことを示す書類をネット上に掲示した。
 シドニー大学で憲法学を教えるアン・トゥーミー教授は、1901年にオーストラリア自治領が成立した時点ですら、オーストラリアとイギリス・カナダ・ニュージーランドは外国ではなく、同じ国と見なされていたと指摘する。オーストラリア裁判所が、法律上イギリスを外国と見なしたのは1986年のことである。なおカナダ自治領の成立は1867年、完全独立は1982年である。
 トゥーミー教授は、若干の元首相は重国籍であった可能性があるが、議員の適格性は1970年代まで問題にされなかったと語った。
 カナダ憲政史において、初期の首相たちは多くが外国籍を保持していた。判明している最後の重国籍の首相は、ジョン・ターナー(イギリス国籍、在任1984年6月~9月)である。カナダは、1982年憲法制定によって完全独立を果たしたと考えられており、それ以降では公職者の重国籍はしばしば問題視された。自由党のステファン・ディオン元党首(前外務大臣)は、野党第一党党首に就任したときフランス国籍を放棄した。ミカエル・ジャン前総督も、就任するときフランス国籍を放棄した。新民主党は万年野党だが、トム・マルケア党首が党首選に出馬したときは、野党第一党だったため彼のフランス国籍が問題視されたものの、放棄していない。

 オーストラリア緑の党は、上院7議席・下院1議席の小所帯だが、2人が辞職した後も、同じ党の2人が当選し現在の勢力を維持するものとみられる。
 ウォーターズ議員は今年5月、連邦議会の議場で授乳した最初の母親となり、世界のメディアで報じられた。


写真:上院議場で授乳するラリッサ・ウォーターズ上院議員。

パイェット次期総督、王室への忠誠は薄い? [総督]

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 トルドー首相は7月13日、次期総督としてジュリー・パイェット氏を指名することに女王の同意を得たと発表した。
 パイェット氏は記者に、総督の地位は国王支配を意味するかと問われたが、「私が今この質問に答えるのは適切でないと思う」とフランス語で応じた。
 総督は近年はカナダ人が就任するが、かつてはイギリス人だった。総督は国王の名代で、ケベックでは王制はイギリスへの屈服をしばしば意味することから、評判が悪い。ケベックの政治家や文化人で、受勲を拒否した人は少なくない。パイェット氏はケベック人として、国王やイギリスに近い発言をすることで自己に不利に働くのを避けたとみられる。

 ケベックで実施された最近の世論調査も、王制への反感の根強さを示している。王制を支持する人はわずか42%しかいない。58%は共和制を支持する。73%が「女王崩御後は王室との関係を絶つべきだ」と主張し、67%がチャールズ皇太子のカナダ王即位に反対している。


図:ケベック人でありながら総督に就任するジュリー・パイェット氏を諷刺した仏語紙「ル・デボワール」のマンガ。カナダがイギリスの「衛星」国になっている描写が秀逸。

コーンウォリス総督像、布で覆われる [先住民]

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 ノバスコシア州ハリファックスのコーンウォリス・パークで7月15日、150人の市民が集まり、エドワード・コーンウォリス総督の像を撤去しようとした。市当局は混乱を回避するため、当面の措置として像を黒い布で覆った。

 ノバスコシア総督コーンウォリスは、1749年イギリス人入植者を連れて今日のハリファックスに入り、街と要塞を築いた。彼は事前にインディアンと協定を結んでいたが、相手は大半がニューブランズウィックのインディアンで、ノバスコシアのミックマック族の同意を得ていなかった。彼らは小規模な軍隊の駐屯は容認したが、大規模な植民は1726年の協定に反すると異議を唱え、イギリス人への攻撃を開始した(ル・ルートル神父戦争)。これに対しコーンウォリス総督は、ミックマック族の頭皮を剥いだら報奨金を払うと布告した。

 像に布がかけられると、抗議者たちは拳を挙げ、太鼓を鳴らして歌い、手をつないで像の周りを回った。ケープブレトンから来たインディアンのエリザベス・マーシャルさんは、次のように語った。
「これは私が経験した、最も喜ばしい日の一つだ。我々は常に排除されていたから、入植者たちと新しい関係を始めることを予期していなかった。我々は圧迫されていると感じ、声を上げられずにいた。だが今日、我々は声を上げた。」
 ディグビーから来たインディアンのパトリック・ルブランさんは、こう述べた。
「この人物は、我々の同胞の大量虐殺を象徴する。」
「これを毎日見るたびに、思い出す。そして、心が痛む。」
 ケープブレトンから来たインディアンのメリーアン・ジュンタさんは、像が布で覆われたことについて「当面は十分だが、いずれは取り壊されるべきだ」と語った。
 16歳の匿名の人物は、コーンウォリスの像について「ヒトラーの像をユダヤ人の街に置くのと同じ」と述べた。

 像は3メートル近い台座の上に乗っており、抗議者たちがどうやって像を撤去するつもりだったかは不明である。
 やがてイギリス国旗を掲げた少数のグループが乱入し、抗議者たちに怒鳴り始めたが、警察が事前に待機しており、大事には至らなかった。
 今年7月1日のカナダ・デー(建国記念日)には、行方不明となっている先住民の女性を記念する「哀悼式」が、コーンウォリス像の前で開催されている。この集会は、右翼団体「プラウド・ボーイズ」5人の乱入によって妨害された。5人はカナダ軍の軍人で、停職処分を受けた。
 コーンウォリス総督は、しばしば論争の対象となっている。コーンウォリス・プレイスは1995年、ハリファックス・サミット開催を記念して「サミット・プレイス」に改称された。またコーンウォリス中学校は、ハリファックス中央中学校に改称された。


写真:コーンウォリス総督像が黒い布で覆われ、歓喜する抗議者たち。

次期総督に元宇宙飛行士パイェット氏 [総督]

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 メディアは7月12日、元宇宙飛行士のジュリー・パイェット氏が次期総督に就任すると報じた。トルドー首相は、13日に後継総督を正式に公表する。
 総督はアングロフォンとフランコフォンが交互に就任する慣例があり、現職のデビッド・ジョンストン総督がアングロフォンであることから、次はフランコフォンの間で後継者が注目されていた。

 パイェット氏はモントリオールに生まれ、フランス語と英語のほか、スペイン語・ドイツ語・イタリア語・ロシア語も話す。マギル大学で工学を、トロント大学で応用科学を学び、1996年スペースシャトルディスカバリーで宇宙飛行を行った。
 カナダの初の女性宇宙飛行士ロバータ・ボンダー氏は、次のように述べた。
「私は、彼女には本当に大きな長所があると思う。宇宙から世界を見たことで、彼女が世界とカナダへの異なる視点を導入するのは興味深い。私は、本当に楽しみにしている。」
 パイェット氏は工学の技術者で、法律・行政の経験に乏しいが、総督に就任すればアドバイザーがつくので、心配はないという。ジョンストン総督が就任したときは、ハーパー政権が議会で過半数割れしていたため、政権が動揺したときそれを支えてくれる後ろ盾となることが期待されたはずだ。だが現在はトルドー政権が安定多数を占めているため、総督が誰であっても大きな問題はなさそうだ。

 総督は、首相の助言を得て、女王が任命する。トルドー首相は先週、ドイツで開催されたG20サミットの道中、イギリスに立ち寄り、スコットランドに滞在していたエリザベス女王に謁見し、次期総督の指名を明かしたという。
 総督の任期は規定がなく、「随意」であるが、通常5年で、1度だけ延長できる。ジョンストン総督は2010年に就任し、2017年9月までに延長された。


写真:2011年、デビッド・ジョンストン総督(右)からオーダー・オブ・カナダ勲章を授与されるジュリー・パイェット氏(左)。
【参照】 カナダ人宇宙飛行士、宇宙ステーションで歴史的対面
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2009-07-18

クラーク内閣不信任、16年ぶり新民主党政権へ [バンクーバーとBC]

 ブリティッシュコロンビア州議会で、野党提出のクラーク内閣不信任案が6月29日に可決された。クリスティ・クラーク首相は公約を翻し、解散・総選挙を要請したが、ジュディス・ギション副総督に拒否され、内閣総辞職した。副総督は同日、新民主党のジョン・ホーガン党首に組閣を命じた。

 6月22日に召集された州議会での最初の作業は、空席となっている議長の選出だった。議長は公平を期するため、離党して無所属になるのが通例だが、リンダ・リード前議長は自由党政権の高等教育大臣に就任したため、辞任していた。
 定数87の州議会で、与党自由党は43議席と過半数に一つ足りないが、野党は新民主党41議席・緑の党3議席で、野党連合は過半数に達しているため、数の力で議長の椅子を取るのはたやすい。だがその場合、与野党双方が43議席になってしまう。可否同数の場合は最後に議長が投票するが、カナダは日本と異なり、議長は継続審議になる方に投票しなければならない。内閣不信任案に対しては、信任する方に投票しなければならないので、野党連合は議長の椅子を取るとクラーク内閣を倒せなくなってしまう。結局、立候補者が自由党のスティーブ・トムソン議員一人だけだったため、彼が当選した。
 次の作業は、クラーク首相の施政方針を副総督が代読する「スローン・スピーチ」である。首相はその中に、手厚い社会保障、企業・組合による政治献金の廃止、炭素税増税、保育予算の増額と、野党の選挙公約をてんこ盛りに盛り込んだ。野党がスローン・スピーチを不信任した場合、彼らの政権が同じことをできないようにする嫌がらせである。クラーク首相は緑の党の離反を誘うため、公式政党の資格のない3議席の党にその資格を付与する法案を上程したが、野党連合の結束は固く、否決された。
 野党連合は、スローン・スピーチの信任投票に先立ち、内閣不信任案を提出した。これは、44対42で可決された。するとクラーク首相は、トムソン議長を辞職させた。わずか1週間の任期だった。新しい議長は、新民主党から選出されるだろう。そうすれば与野党の議席は同数となり、新与党に一人でも欠員が生じたら、政権打倒のピンチを迎えることになる。

 ホーガン次期首相はメディアに、最低時給15ドル、比例代表制を問う住民投票、キンダーモルガン・パイプライン延長反対などの方針を伝えた。

クラーク首相が宣誓:新政権発足は22日以降に [バンクーバーとBC]

 クリスティ・クラーク首相は6月8日、首相として宣誓した。彼女が総辞職しなかったため、彼女の政権はしばらくの間続行する。
 ブリティッシュコロンビア州議会は、6月22日に召集される。冒頭でまずスローン・スピーチ(所信表明演説)が朗読され、信任投票を行う。過半数を占める新民主党と緑の党は、すでにクラーク内閣を不信任する協定に合意しているため、スローン・スピーチは不信任される。これは内閣不信任と見なされるため、クラーク首相は総辞職か解散・総選挙のいずれかを選択することになる。副総督は解散・総選挙に同意しないだろうし、クラーク首相もそれを要請しないと明言している。よって慣例に従い、クラーク首相は辞表を提出し、最大野党・新民主党のジョン・ホーガン党首に組閣を命じるよう、副総督に要請するだろう。
 クラーク首相は、緑の党の協力を取り付けることに失敗した。緑の党は、新民主党を政権に就ける道を選んだ。クラーク首相は、なぜすぐに総辞職せず、スローン・スピーチまで首相の座にしがみつくのだろうか。
 彼女は、自由党党首の職を辞任していない。そのつもりがあるなら、とっくにそうしているだろう。よって新政権発足後、彼女は最大野党党首として「影の内閣総理大臣」を称する。自由党は依然として議会の最大勢力であり、過半数に1議席足りないだけである。議員は病気になったり、死亡したり、辞職したりする。補欠選挙は一般に、【政権交代をひき起こさないため】与党への批判票を集めやすく、野党が有利になる(ただしこの情勢では別である)。クラーク党首は、あと1議席を獲得し首相に返り咲くため、ありとあらゆる手段に訴えるだろう。
 ブリティッシュコロンビア自由党の元党首デビッド・アンダーソン氏は、クラーク首相の一見不可解な動きを、以下のように説明する。今回総選挙で自由党は、右派に訴える政策を主張して、バンクーバー郊外の中道票を失った。スローン・スピーチは自由党にとって、中道寄りへの軌道修正をアピールする機会となる。彼女はここに、新民主党右派が喜びそうな政策を盛り込んで、新民主党と緑の党に反対投票させる。これがあとで、議会での討論や次回総選挙に効いてくるのだ。
 トランスマウンテン・パイプラインの延伸は、アルバータ新民主党政権とブリティッシュコロンビア新民主党新政権の対立を、すでにひき起こしている。

党首選出馬のニキ・アシュトン議員が妊娠 [新民主党]

220px-Niki_Ashton_2012-02-12.jpg 新民主党党首選に立候補しているニキ・アシュトン議員(34歳)は5月29日、妊娠していることを公表した。 党首選の投票は10月29日に行われるが、彼女の出産予定日は11月冒頭であるにもかかわらず、立候補の辞退はしないという。
「多くのカナダ人女性と同様に、私は仕事を続ける。これは社会と環境と経済における正義を築くため、国中の党員・活動家・革新勢力とつながり続けることを意味する。」
 彼女は2011年に結婚したが、2015年には別居し、2017年に離婚が成立している。

グラバ-氏、ナンバープレート撤去を警察に要請される [犯罪・事件]

 苗字を記したナンバープレートを無効にされ、州当局を告訴したローン・グラバー氏は、5月29日に警察から出頭を要請されたと語った。
 ノバスコシア州では法律で、有効なナンバープレートを車の後部にのみ設置することになっている。だが多くの州民は、前部にも有効でないプレートを取り付けている。グラバー氏は、息子がアルバータ州で取得した苗字が記されたナンバーを前部に取り付けていたが、警察は、偽装ナンバープレートと見なし刑事罰を科する可能性があると告げた。グラバー氏は、自分だけがターゲットにされたことに不快感を覚えたが、アルバータ州のプレートをすでに撤去している。
 彼は自分の苗字と、先祖たちを誇りに思っている。彼の曾祖父は19世紀初頭、オーストリアからアメリカに移住した。彼の祖父は1890年、カナダのアルバータに移住した。そして彼の父が、第二次大戦中17歳で軍隊に入り、ノバスコシア州ケープブレトンに連れて行かれたという。
 公判は31日に予定されていたが、事情により6月6日に延期された。

新民主党と緑の党、新政権協定に合意:クラーク首相は辞任を拒否 [バンクーバーとBC]

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 新民主党のジョン・ホーガン党首と緑の党のアンドリュー・ウィーバー党首は、5月29日に共同記者会見を行い、クラーク政権を打倒し新政権を樹立する協定に合意したと発表した。これにより、新民主党政権が16年ぶりに成立することが、確実となった。新政権は連立政権ではないので、緑の党は入閣せず、新民主党の少数政権を4年間支える。
 ウィーバー党首は、新民主党と自由党の双方と交渉したと認めた。そして、自由党がキンダーモルガン・パイプラインに熱心だったことが、新民主党を選んだ理由だった。
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 これを受けて、クリスティ・クラーク首相は30日、辞任せず、議会を召集し信任投票を行う意向を述べた。
「この州で権力の移動があるなら、それは密室で起こってはならない。」
 自由党は総選挙で第一党になったため、彼女は辞任を強制されない。いったい彼女は、何を目論んでいるのだろうか。
 一つ考えられることは、わずかな時間稼ぎをすることで、副総督が議会を停会してくれたり、野党議員が一人造反してくれたり、死亡したりしてくれることを期待するかもしれないが、非常に考えにくい。もう一つは、今辞任すればホーガン党首に組閣の大命が下るが、ひとたび議会を召集したうえで信任投票を行えば、総辞職だけでなく解散・総選挙の選択肢がある。総選挙になれば、自由党は資金力で優位に立てるだろう。だが、解散・総選挙は首相の要請により副総督が行うもので、日本とは異なり首相の自由にできるわけではない。総選挙直後の解散に、副総督は同意しないだろう。そして彼女自身も、解散・総選挙を要請しないと明言した。では彼女の真意は、どこにあるのか。
 ここにもう一つの考えがある。政治評論家のデビッド・モスクロップ博士は、こう説明する。
「彼女は、非常に気前のよい予算案とスローン・スピーチ(所信表明演説)を発表するだろう。そして新民主党と緑の党に、それを不信任させる。そうすることによって、野党になったときに有利なポジションを得るのだ。」


写真上:新政権構想を発表する新民主党のジョン・ホーガン党首(右)と、緑の党のアンドリュー・ウィーバー党首(左)。
写真下:総選挙当日に勝利宣言するクリスティ・クラーク首相。

シーア新党首、ハーパー路線を継続 [保守党]

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 アンドリュー・シーア新党首(38歳)は、オタワで生まれたカトリック教徒である。初めオタワ大学で学び、後に妻となるジル夫人と知り合ってから中西部で暮らすようになり、レジャイナ大学でも学んだ。サスカチュワン州レジャイナ=カペル選挙区選出、当選5回。閣僚経験はなく、下院副議長と議長を務めた。
 メディアは彼を「笑顔のあるハーパー」と評した。彼は自身を、社会保守主義と定義する。だが党首選では「あらゆる保守派を歓迎する」と称し、社会保守主義のテーゼを掲げることを回避した。
 彼が党首選で掲げた政策は、財政赤字を2年で解消、炭素税廃止、犯罪厳罰化、憲法への財産権明記、言論の自由を保障しない大学への助成金カット、子供たちを私立校に通わせる親への税額控除、イスラム教から転向し死の危険のある中東のキリスト教徒の難民優先などである。
 彼の過去の言動を見れば、社会保守主義者としての特徴は明らかだ。彼は、医師の安楽死幇助を認めたC-14号法案に反対投票した。彼は妊娠中絶合法化に反対投票し、また中絶を行うヘンリー・モーゲンテイラー医師がオーダー・オブ・カナダ勲章を授与されたときも「オーダー・オブ・カナダの質を下げた」と語っている。2004年には同性婚認可に反対投票し、2006年には同性婚廃止法案に賛成投票した。
 だがそのような個人的信条にもかかわらず、彼は妊娠中絶の禁止や、同性婚廃止、安楽死幇助の禁止などの法制化を支援しないと公言している。これは、カナダ同盟と進歩保守党の2つの保守政党を合併させ新党結成したハーパー前首相が、2つの勢力の融和に心を砕いた結果としてこれらの問題を政治日程に載せないとしたことに似ているが、シーア党首がこれらの問題について投票の自由は保障すると公約したことは、これに圧力をかけたハーパー前首相と異なるところだ。シーア党首は銃所持者の権利を擁護するが、その権利を拡大はしない。彼はマリファナ合法化には賛成ではないが、「ひとたびそれが合法化されれば、それに関連する人が多く出て来る。我々は党として、非常に現実的でなければならない」と述べている。

 社会保守派は党首選に勝てなかったが、負けもしなかった。党が放棄した中絶反対を堂々と主張したブラッド・トロスト議員は、4位に入り健闘した。第1回投票で彼が獲得した8.4%と、ピエール・ルミュー議員が獲得した7.4%を合わせると、社会保守主義は16%近くを集めたことになる。
 ルミュー候補が脱落したとき、彼の票の28%がシーア候補に、わずか6%がベルニエ候補に行った。トロスト候補が脱落したときは、彼の票の57%がシーア候補に、27%がベルニエ候補に行ったことが、両者の差を詰めた。最後にオトゥール候補が脱落したとき、彼の票の59%がシーア候補のものになったが、僅差で逆転するにはそれで十分だった。
 ベルニエ候補の斬新の政策は、多くの党員と資金を集めることには成功したが、彼らはベルニエ候補に投票しなかったようだ。シーア候補の勝因は、社会保守派の支援を受けたことと、穏健な発言で党内で幅広い支持を集めたことだ。保守党は、ハーパー路線の継続を選んだのである。
 党首選が終わって間もないが、トロスト議員は早くも「新党首がゲイ・プライドのパレードに参加するなら、その資質に疑問符が付く」と牽制した。
 野党は、ベルニエ氏の当選を予測していた。彼の公約は、不可能なことばかり。外相時代に暴力団関係者だった女性と交際し、彼女の家に機密文書を置き忘れて辞任した彼は、ツッコミどころ満載で大歓迎だっただろう。だが結果は、えくぼのあるチャーミングな笑顔の若者だった。
 新民主党元スタッフのイアン・キャプスティック氏は、ツイターでこう述べた。
「10ラウンドにもなってゲイの男性を排除するなんて、2017年にそんなことができるのか?」
 自由党のパブロ・ロドリゲス議員は、こう総括した。
「結局のところ、極右の社会保守派と極右の経済保守派との戦いで、極右の社会保守派が勝ったということだ。」
 自由党のアダム・ボーン議員は、次のように批判した。
「間違えてはならない。これはこの25年間で、全ての市民権進歩に反対投票した人物である。」
「彼は、思想警察になりたがっている人物である。」

 今回党首選で採用された優先投票システムは、保守合同の際、小所帯だった進歩保守党が巨大なカナダ同盟に飲み込まれるのを阻止するため、導入が約束されていたものである。だが結果は、地域対立がなかったことを示している。ベルニエ候補はアルバータ州・マニトバ州・ケベック州で勝ったが、シーア候補はブリティッシュコロンビア州・サスカチュワン州・オンタリオ州と東部で勝った。なんと、アルバータにもケベックにも推されていない人が当選したのである。むしろ地域性よりも、政策の違いで争った党首選だった。
 本命が辞退したせいか、立候補者が多くなりすぎ、10位まで順位をつけられるにもかかわらず、知らない候補が多いため10位まで順位をつけなかった党員がいたと思われる。それでも接戦となった党首選は、13人の候補のうちの一人が過半数に達するまで、13回の投票を必要とした。つまりは、党の命運を決定的に左右した最後の方の投票には、参加していない党員が多くいた可能性がある。


図:ハーパー二世、トルドー二世に馬鹿にされる。

保守党党首にアンドリュー・シーア:“Andrew who?” [保守党]

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 5月27日に行われた保守党党首選で、アンドリュー・シーア前下院議長が当選した。
 「イケメン王子」トルドー首相の人気は高く、保守党は誰が党首でも勝てないと言われ、本命のジェイソン・ケニー前国防大臣やピーター・マッケイ前法務大臣らは出馬せず「中継ぎ」選びと揶揄された。小粒揃いと言われた党首選は、最終的に13人が出馬したが、マクシム・ベルニエ元外務大臣が鉄板の本命と目された。
 今回党首選は従来と異なり、一人ずつ足切りする方法ではなく、最大10人までの候補に順位をつけて投票し、まず第1回投票では1位のみの票数を数え、過半数に満たない場合は第2回投票で2位の票数を加え、過半数に達するまで行う方法だった。第12回投票ではベルニエ候補40.4%・シーア候補38.4%・エリン・オトゥール候補21.3%と、ベルニエ候補が第1回投票からトップを走り続けていたが、最終投票でシーア候補50.9%・ベルニエ候補49.1%と逆転された。

 当選したシーア新党首は、次のように述べた。
「我が党は、常に納税者を代表する。オタワのインサイダーではなく。」
「トルドー自由党は、セルフィーを撮らせることに熱中し、その政策が中流階級を傷つけ、助けなくても気にかけない。サニー・ウェイズは金にならない。」
 ベルニエ候補は、大規模な支出削減、連邦政府の健康保険からの撤退、供給管理システムの終了、CBC(カナダ放送協会)とCRTC(カナダ・ラジオテレビ通信委員会)を骨抜きにすることを主張したが、あまりに過激であった。彼は第2・第3候補の票を十分獲得できなかった。
 シーア候補は、炭素税廃止、財政赤字を2年で解消、子供を私立校に通わせている親の税額控除、言論の自由を擁護していない大学への助成金カット、憲法に財産権を明記するなどを主張したが、より穏健であった。
 党が放棄した中絶反対を主張するブラッド・トロスト議員は、14.3%を獲得して4位に入り、影響力の誇示に成功した。彼ら社会保守主義は、依然として党内に勢力を持ち続ける。
 炭素税導入を主張したマイケル・チョン元政府間関係大臣は、9.1%を獲得して5位に入り、レッド・トーリー健在を示した。
 「カナダの価値」論争をひき起こしたケリー・リーチ前労働大臣は、7.9%の6位に終わった。彼女の早々な脱落は、保守党が移民に対し開かれた党であることを示した。

 38歳で閣僚経験のないダークホースの当選を、トロント・スター紙は“Andrew who?”と報じた。同紙は1976年の進歩保守党党首選のとき、35歳で無名のジョー・クラーク氏が当選すると“Joe who?”と報じている。このフレーズは終生彼に付きまとったが、彼は39歳で総選挙に勝利し首相になっている。クラーク氏が倒した相手は、現首相の父ピエール・トルドーだった。奇跡は再び起きるだろうか。


写真:決選投票で敗れたマクシム・ベルニエ候補に右手を挙げられ、微笑むアンドリュー・シーア新党首。背後に“UNITED/UNI”(団結)の文字が見える。

BC州議会選挙、自由党過半数に及ばず [バンクーバーとBC]

 ブリティッシュコロンビア選挙管理委員会は、不在者投票を含む票の再集計を行い、5月24日に選挙結果を確定させた。9日に暫定的に発表された当選者の変更はなく、議席は自由党43議席、新民主党41議席、緑の党3議席(定数87)で確定した。
 コートニー=コモックス選挙区は、新民主党のロンナ=レイ・レナード候補が9票差で当選と暫定的に発表されたが、再集計の結果、189票差で当選が確定した。
 それ以外の選挙区は、再集計する「得票差が100票以内」「得票差が500分の1以内」の規定を満たさなかった。不在者投票分を加算した結果、自由党候補が当選と発表されたリッチモンド=クイーンズバラ選挙区、コキットラム=バークマウンテン選挙区、バンクーバー=フォルスクリーク選挙区はいずれも自由党候補の当選、新民主党候補が当選と発表されたメイプルリッジ=ミッション選挙区は新民主党候補の当選が確定し、変更なしで終了した。最終的に、自由党の得票数は79万6672票で、79万5106票の新民主党を1566票上回ったにすぎず、ブリティッシュコロンビア州の歴史で最も接戦となった。

 再集計の結果を受けて、クリスティ・クラーク首相(自由党党首)は声明を発表した。
「43人のBC自由党候補は、議会の多数派として選ばれた。我々には前に進み、政権を築く責任がある。」
 だが新民主党のジョン・ホーガン党首は、選挙の結果は有権者が変化を望んだ証だと語った。
「クリスティ・クラークとBC自由党は及ばなかった。16年後の、今こそ新しい政権を築くときである。」
「我々は議会で過半数の支持を得る枠組みを構築できると、楽観している。」
 緑の党のアンドリュー・ウィーバー党首は、自由党と新民主党の両方と交渉していると認めた。
「ブリティッシュコロンビア州民に確実性を与えることが、重要である。」
「我々が正しいことを成し、我々が真摯にそれに取り組むよう、有権者が我々に重い責任を課したと受け止めている。」
 クラーク首相は引き続き政権を担う意欲を見せているが、鍵は緑の党が握っている。どの党が政権を握ることになっても、与野党が伯仲していることから、議員の移籍や、辞職・死亡あるいはそれを受けての補選の結果次第では、与野党が逆転することもありえるため、当分の間不安定な状況が続くことだろう。カナダの歴史上、少数政権は短命に終わることが多い。不安定な状況に耐えられなくなった与党が解散・総選挙に打って出たり、過半数を占める野党が内閣不信任したりして、早期に再選挙が行われる可能性が高い。

進歩保守党とワイルドローズ党が合併に合意 [アルバータ]

 5月18日、アルバータ進歩保守党のジェイソン・ケニー党首とワイルドローズ党のブライアン・ジーン党首が、合併に合意したと発表した。
 両党は7月22日、党員による投票を行う。進歩保守党は50%以上、ワイルドローズ党は75%以上の同意で承認される。10月28日には党員による党首選を行い、それまでは幹部会が選出した暫定党首が就任する。そして2018年の初めに、結党大会を開催する予定となっている。ケニー党首とジーン党首は、いずれも党首選に出馬する意向を示した。

 ジーン党首は、次のように述べた。
「これは、保守合同である。」
「これは、権力を目的とし権力を握るためではない。それ以上のものだ。」
 ケニー党首は新党結成について、革新政権を打破し保守新政権を樹立することの意義を強調した。
「この合意は、この壊滅的な新民主党政権の敗北と、アルバータの優位性を新しくする自由企業制政権の選出を確実にする。」
 ケニー氏が3月に党首に就任して以来、両党は協議を重ねてきた。中道右派の進歩保守党の中には、社会保守主義のワイルドローズ党との合併に難色を示し、離党する者が出ている。

 レイチェル・ノトリー首相(アルバータ新民主党党首)は同日、声明を発表した。
「それがワイルドローズ党だろうと保守党だろうと、彼らが、上位1%の富裕層に減税するため公共サービスの切り捨てに合意したのは明らかだ。」
「彼らは、LGBTの権利に同情的でもなければ支援もしないという点に合意した。」
「彼らは、学校給食がいいことだということには合意できないようだ。少なくとも彼らは、我々とは合意できない。」
 アルバータ党のグレッグ・クラーク党首は、保守合同を「敵対的買収」と評した。
「進歩保守党を離党する流れは、それがもはやピーター・ローヒード(元首相)のものではなく、彼が戦ってきたものへの回帰であると悟り、すぐに洪水になるだろう。」

アンブローズ党首が引退を表明 [保守党]

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 保守党のロナ・アンブローズ暫定党首は5月16日、6月に連邦議会の春のセッションが終了しだい議員を辞職し、政界から引退する意向を述べた。引退後は、ウッドロー・ウィルソン国際学術センターのカナダ研究所に勤める。保守党は5月27日、トロントで党首選を行い、正式な党首を決定する。

 ハーパー前首相(前党首)は、フェイスブックで彼女を賞賛した。
「私は首相として、彼女を政権で最も複雑かつ挑戦的なポストに就けた。重い責任にもかかわらず、彼女は暖かくチャーミングな姿勢とアルバータ・ユーモアを保持し続けた。」
「彼女は、女性の権利のための情熱的な提唱者であった。女性の地位担当大臣として、国連で10月11日を国際ガールズデイとする決議を後押しした。」
 彼女が野党党首として最初に挑んだ党首討論で、ジャスティン・トルドー首相に「首相がカナダのために行動しないとき、私が何をするのだろうと首相が思うなら、こう言うだろう。“Just watch me.”」と発言した。これは十月危機のとき父ピエール・トルドー首相が、国民の権利を制限する戒厳令を施行したとき語った有名な言葉である。

 ロナ・アンブローズはアルバータ州バレービューに生まれ、ビクトリア大学とアルバータ大学で学んだ。政界に入る前から、女性に対する暴力を撲滅する運動に従事していたが、2004年の連邦議会選挙で初当選した。新人議員だった彼女は、ケン・ドライデン社会開発大臣(※往年のホッケースター)の提唱する保育プランに反発し、「働く女性が求めているのは自ら選択する権利だ。私たちに何をすべきか指図する白人の年寄りは要らない」と言って注目を浴びた。そして保守党が2006年に政権を奪取すると、彼女はまず環境大臣、次いで枢密院議長、政府間関係大臣、労働大臣、西部経済多様化大臣、公共事業・政府業務大臣、女性の地位担当大臣、厚生大臣を歴任した。

 2015年に政権を失った保守党は、人心と資金を失い、疲れ果てていた。暫定党首に就いた彼女が取り組んだことは、党首選をフェアに進めることと、党を刷新することだった。
 先住民の女性が多数行方不明になっている問題について、ハーパー前首相は熱心に取り組もうとしなかった。だがアンブローズ党首は、ジョディ・ウィルソン=レイボールド法務大臣(※女性)に会い「できることは何でもする、これは党派を超えた問題だから」と言って協力を約束した。
 また彼女が党首でいる間に、保守党は長年訴えてきた同性婚廃止の方針を撤回した。
「性的嗜好に関係なく、保守党はすべての保守派を歓迎する。あなたが小さな政府、安い税金、均衡予算と個人の自由を支持するなら、我が党はあなたを必要とする。」
 2017年度第1四半期において、保守党は4万2500人から530万ドルの献金を受けた。これは与党自由党の、3万1812人から280万ドルより多い。
 C-337号法案は、彼女が個人提出したものである。これは、新任の裁判官に性的暴行プログラムの履修を義務づけるもので、与党自由党も最終的に賛成し、15日に下院を通過した。これはおそらく、野党党首として彼女が与党に勝利する最後になるだろう。


写真:下院で引退演説を終え、トルドー首相と抱き合うロナ・アンブローズ暫定党首。

BC州議会選挙、再集計は2選挙区 [バンクーバーとBC]

 ブリティッシュコロンビア選挙管理委員会は5月13日、再集計を要請された5選挙区のうち、2つについては認め、3つについては却下したと発表した。
 再集計が認められたのは、バンクーバー=フォルスクリーク選挙区とコートニー=コモックス選挙区。再集計は、当選者と次点者の得票差が100票以内の場合と、得票数と集計結果に食い違いがある場合に認められる。ブリティッシュコロンビア選挙管理委員会は、今回要請された5選挙区の全てが、100票以内もしくは集計の食い違いという基準を満たしたわけではないと説明した。
 コートニー=コモックス選挙区では、新民主党のロンナ=レイ・レナード候補が10058票で当選と暫定的に発表されたが、わずか9票差で敗れた自由党のジム・ベニンガー候補による再集計要請が認められた。
 バンクーバー=フォルスクリーク選挙区では、自由党の現職サム・サリバン候補が9332票で当選と発表された。560票差の次点で敗れた新民主党のモーガン・オジャー候補は、再集計を要請したが却下された。ところが、6位となったBC市民ファースト党のフィリップ・ジェームズ・ライアン候補による再集計要請が認められた。不在者投票が、ある候補に403票入ったにもかかわらず、その封筒が399しかなかったというのが理由である。
 リッチモンド=クイーンズバラ選挙区では、自由党のジャス・ジョハル候補に263票差で敗れた新民主党のアマン・シン候補が再集計を要請したが、却下された。
 コキットラム=バークマウンテン選挙区では、自由党のジョーン・アイザックス候補に170票差で敗れた新民主党の現職ジョディ・ウィッケンズ候補が再集計を要請したが、却下された。
 メイプルリッジ=ミッション選挙区では、新民主党のボブ・ディース候補に120票差で敗れた自由党の現職マーク・ダルトン候補が再集計を要請したが、却下された。

 5月9日に発表された暫定集計結果は、自由党が過半数に1議席足りない43議席、新民主党が41議席となっているが、再集計の結果、両党が+1から-1議席まで変わる可能性がある。自由党は最大で44議席(過半数。このとき新民主党は40議席)、新民主党は最大で42議席(第1党。このとき自由党は42議席)となる可能性があり、3議席の緑の党が去就を鮮明にしていないことから、自由党が過半数に達しない場合、政権の行方はなおも不透明である。
 暫定集計結果は、17万6000票の不在者投票を加算していない。再集計は5月22日から24日の間に行われるが、候補者は最終的な集計が確定してから6日以内に、裁判所に再集計を求めることができる。
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