黒いバレンタイン [脳考]
その昔、バレンタインだというのに講談を聴きにいったことがある。
* * *
講談っていうのはあれ、舞台の上に壇があって、そこで袴とかはいた爺さん(別に爺さんじゃなくてもいいんだけど)が扇子とか持って台をパンパン叩きながら朗々と喋る、あれ。
何ゆえバレンタインに講談など。それは偏に、男に呼び出されたからである。
男はワタナベといい、私より少し年上でイベント関係の仕事をしていた。
私はワタナベのことは少し好ましくは感じていたけれど、彼にはゴージャスで可愛いモデルをやってるとかそういう彼女がいたので、あんまり深入りしたくないなあ、と思ってた。今ならまだ、なんというか嫉妬とか独占欲とか醜いゾーンに突入しなくてすむ、と予防線を引いていたのだと思う。
ワタナベはその日、おそらく、場を仕切っていて、客の入りがわるかったから、急遽知り合いを動員したのだろう、というのは丸わかりだったのだけれど、わざわざ私を呼ばわったというのに、迂闊にも浮き足立ってしまった。
ジーパンにするかスカートにするかやや悩んで、結局スカートで果敢にでかけていったというわけ。
出かける道すがら、ターミナル駅で乗り換えると、どこの店舗でも大々的にチョコレートを売っていた。
スイスのメーカーの、元祖生チョコだかなんだか、とお店の人は言っていて、私はしばらく迷った末、ワタナベのためにチョコレートを買うことにした。
ふうん、そう。おいしそうね。まあ、あげなかったとしても、自分で食べたらいいし。と、なんとなく心中で言い訳をしながら。
講談は両国のとあるホールで行われていて
(しかし両国という土地は其処此処に力士が溢れていた)。
ホールの入り口で、ワタナベはつまらなそうな、鋭いような、眠たいような、老猫のような顔をして煙草を吸って待っていた。無言でチケットを手渡され、
「なにゆえ講談なのです」
と私が問うと、
「チケットがあまってたものだから」
という、予想通りの返事。
ワタナベと一緒に関係者席に通されると、意に反して、ホールは8割方客で埋まっていた。
バレンタインにわざわざ講談などを聴こうという物好きがこんなにいるものか、と私はたいそう感心したものだった。
ややあって、死に損なったような紋付袴姿の老人が、上手から登場して扇子をパシパシやりながら話し始める。
しかしその内容はやれ東京オリンピックが云々、とか、それって生きてる人間の半分くらいはわからないよね、という内容で、つまらないわけではないのだが、どう頑張っても現役のエンターテイメントではなく、半ば発掘された化石のような面白みなので、なんとも。
まったくなあ、と思って傍らのワタナベを見ると、案の定ぐうぐうと寝息を立てていた。
やがてパラパラとまばらな拍手で講談は終了。
私はワタナベを揺り起こしてホールを出ようとすると
「僕はこれから仕事だから」
と言って、そこらの関係者の群れにまじっていこうとする。
「仕事ですか」
「仕事ですよ」
「それじゃ。ま。また」
微笑んで私はさっさと身を翻してその場を去る。
まったく、ほんとに。
何のために呼ばれたのかさっぱり分からない。いや、サクラで呼ばれたんだけど。
やっぱりチョコレートなど買うのではなかった。スカート姿で、そこらの塵箱を腹いせにガンガンと蹴り飛ばす。私も塵箱もこんなことでは傷つかない。
私は、暮れなずむバレンタインの両国で流浪する。
腹が減っていたので、なんでもいいから飯屋に入ろうとするも、両国にはちゃんこ屋くらいしかない体たらくで、やっとみつけた一軒は「本日はバレンタインディナー予約のお客様のみとなっております」といわれて追い返される始末。ああもう、全員死ね!
唯一開いているマクドナルドに入り、ホットコーヒーを飲みながら、あんな男とは早く切れてしまおう、と思いながら、自分の愚鈍さに呆れ果てた。
鞄からスイスの生チョコを取り出し、乱暴に包装をはがした。
ああ、なんだかこれじゃあとっても可愛そうな子みたいだなあ、と思いながら、コーヒーを啜ると、不意に携帯が鳴って、着信を見るとワタナベからであった。
「どうしたの」
「メシとか付き合えなくてごめんね」
「いやべつに。仕事たいへんだね」
「うん」
「バレンタインなのに。はやく帰りなよ」
「……うん、あのさ」
「なあに」
「バレンタインだから言うけど、ほんとうは、君と一緒にいたいんだ」
「……」
馬鹿にしてる。馬鹿にしてる。
私はチョコレートをぎゅうぎゅうに口に押し込んだ。余計なことを考えないように、幾つもいくつも詰め込んで、租借することに専念しようとしたけれど、カカオの甘い味がいつまでも舌に残ってしまった。
――っていうところまで妄想してみたんだけどどうか。ダメか、そうか。
* * *
講談っていうのはあれ、舞台の上に壇があって、そこで袴とかはいた爺さん(別に爺さんじゃなくてもいいんだけど)が扇子とか持って台をパンパン叩きながら朗々と喋る、あれ。
何ゆえバレンタインに講談など。それは偏に、男に呼び出されたからである。
男はワタナベといい、私より少し年上でイベント関係の仕事をしていた。
私はワタナベのことは少し好ましくは感じていたけれど、彼にはゴージャスで可愛いモデルをやってるとかそういう彼女がいたので、あんまり深入りしたくないなあ、と思ってた。今ならまだ、なんというか嫉妬とか独占欲とか醜いゾーンに突入しなくてすむ、と予防線を引いていたのだと思う。
ワタナベはその日、おそらく、場を仕切っていて、客の入りがわるかったから、急遽知り合いを動員したのだろう、というのは丸わかりだったのだけれど、わざわざ私を呼ばわったというのに、迂闊にも浮き足立ってしまった。
ジーパンにするかスカートにするかやや悩んで、結局スカートで果敢にでかけていったというわけ。
出かける道すがら、ターミナル駅で乗り換えると、どこの店舗でも大々的にチョコレートを売っていた。
スイスのメーカーの、元祖生チョコだかなんだか、とお店の人は言っていて、私はしばらく迷った末、ワタナベのためにチョコレートを買うことにした。
ふうん、そう。おいしそうね。まあ、あげなかったとしても、自分で食べたらいいし。と、なんとなく心中で言い訳をしながら。
講談は両国のとあるホールで行われていて
(しかし両国という土地は其処此処に力士が溢れていた)。
ホールの入り口で、ワタナベはつまらなそうな、鋭いような、眠たいような、老猫のような顔をして煙草を吸って待っていた。無言でチケットを手渡され、
「なにゆえ講談なのです」
と私が問うと、
「チケットがあまってたものだから」
という、予想通りの返事。
ワタナベと一緒に関係者席に通されると、意に反して、ホールは8割方客で埋まっていた。
バレンタインにわざわざ講談などを聴こうという物好きがこんなにいるものか、と私はたいそう感心したものだった。
ややあって、死に損なったような紋付袴姿の老人が、上手から登場して扇子をパシパシやりながら話し始める。
しかしその内容はやれ東京オリンピックが云々、とか、それって生きてる人間の半分くらいはわからないよね、という内容で、つまらないわけではないのだが、どう頑張っても現役のエンターテイメントではなく、半ば発掘された化石のような面白みなので、なんとも。
まったくなあ、と思って傍らのワタナベを見ると、案の定ぐうぐうと寝息を立てていた。
やがてパラパラとまばらな拍手で講談は終了。
私はワタナベを揺り起こしてホールを出ようとすると
「僕はこれから仕事だから」
と言って、そこらの関係者の群れにまじっていこうとする。
「仕事ですか」
「仕事ですよ」
「それじゃ。ま。また」
微笑んで私はさっさと身を翻してその場を去る。
まったく、ほんとに。
何のために呼ばれたのかさっぱり分からない。いや、サクラで呼ばれたんだけど。
やっぱりチョコレートなど買うのではなかった。スカート姿で、そこらの塵箱を腹いせにガンガンと蹴り飛ばす。私も塵箱もこんなことでは傷つかない。
私は、暮れなずむバレンタインの両国で流浪する。
腹が減っていたので、なんでもいいから飯屋に入ろうとするも、両国にはちゃんこ屋くらいしかない体たらくで、やっとみつけた一軒は「本日はバレンタインディナー予約のお客様のみとなっております」といわれて追い返される始末。ああもう、全員死ね!
唯一開いているマクドナルドに入り、ホットコーヒーを飲みながら、あんな男とは早く切れてしまおう、と思いながら、自分の愚鈍さに呆れ果てた。
鞄からスイスの生チョコを取り出し、乱暴に包装をはがした。
ああ、なんだかこれじゃあとっても可愛そうな子みたいだなあ、と思いながら、コーヒーを啜ると、不意に携帯が鳴って、着信を見るとワタナベからであった。
「どうしたの」
「メシとか付き合えなくてごめんね」
「いやべつに。仕事たいへんだね」
「うん」
「バレンタインなのに。はやく帰りなよ」
「……うん、あのさ」
「なあに」
「バレンタインだから言うけど、ほんとうは、君と一緒にいたいんだ」
「……」
馬鹿にしてる。馬鹿にしてる。
私はチョコレートをぎゅうぎゅうに口に押し込んだ。余計なことを考えないように、幾つもいくつも詰め込んで、租借することに専念しようとしたけれど、カカオの甘い味がいつまでも舌に残ってしまった。
――っていうところまで妄想してみたんだけどどうか。ダメか、そうか。
2009-02-14 21:12
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コメント(2)







落ちが甘いがそこはそれ、チョコレイトだけに
ってね
ってね。
by や (2009-02-19 22:12)
山田くん座布団ぜんぶもってちゃいなsry
こまめになんか書こうと思うんだけど
つづかないですねーほんとにねー
by Jerico (2009-03-05 01:19)