アスファルトの終点 [脳考]

「楽しいことだけじゃない。嫌なことも辛いことも、なんだって終わりがくるのは哀しいものよ」
と言ったのは今は亡き舞台女優の平和堂ミラノ氏で
私はやはり美しい女は(そして女優は)いう台詞が違うと感嘆したものでした。
* * *
だってどれほど殺人的な業務をしていて
ああ早くおわれーおわれーオレを休ませろーと思っていたとしても、
勝手なもので、終わるとやっぱり少しさみしくなったりする。ミラノの言うとおりだ。
というわけで終わりを一考するよ。
例えば、休みの日の終電車ともなると
ドアーの前に立ちふさがり、アホほどにゃあにゃあひっついている男女などおるわけだが、
私がずい、と彼らの間に足を突っ込み
「どーせ別れるんだから離れたまえ。邪魔だ。退け。去ね」なんかいうと牙をむいて怒られてしまう。あたりまえだ。
でもいつか死別することを入れれば、どんな男女だって100%終わるわけだ。
私の言葉は凡そ正しい。赤ペン先生くらい正しい。
けれども、正しさというのはそんなもんではないのだろうな。多分。噫。
これではいけない。
ならばせめて、終わりの時を自分で選ぶのが、法治国家に生きる民主的な生き方、というものではあるまいか。
敢えて終わらす。そうだこれだ。万物を制御してこそ、叡智ある人間というものじゃあないか。小林君。
というわけで、
誰に乞われた訳でもないのに、私はあらゆる物事に終わりを告げてまわる決意をしたよ。
タクシーに乗ってる午前2時くらい、
これから家に帰るまでに、できるだけ多くのものを終わらせてやろう思った。
なに、ようするに、棄てる。片っ端から棄ててしまうのさ。
とすると話は早い。私は勢い勇んで棄てるものを探した。
手を突っ込んで革ジャケットのポケットをさぐってみる。
どうも重いと思ったら中から、
マイルドセブン、金属ライタ、小銭、パスネット、消費者金融のティッシュ、リップクリーム、鎮痛剤、目薬、ナックルの指輪、クロレッツ、などが次々と出てきた。
私は舌打ちをして、しばらくそれらの品々を吟味していたけれども、思い切って煙草と小銭とパスネット以外、えい、と窓をあけて、ごっそり舗道にうち棄てた。
からんと浅い音をたてて跳ね返る数々の俗物。
よしよし、いい感じ。
けっこう高価なものもあったようだが、まあいい。
しつこいくらい両のポケットを裏返して、私はさらに棄てるものを探したが、
ふさわしいものが見当たらない。
ならば仕方があるまい、と「疲れたので別れましょう」と一本メールを書いて、男を棄てた。
そして電話のメモリを全てデリートしてこれもまた路上に叩きつけて、記憶を棄てた。
それから、IDのついた社員証を二つに割って、名前を棄てた。
故郷も棄てようと思ったが、そんなものは10年以上前に既に棄てていた。
「お客さん寒いから窓しめてくださいよ」
背後には月が滲んでいる。
舗道に落ちて跳ね返った、たったいま塵芥と成り果てたものに反射している。
美しいような、美しくないような、鈍い光である。
まだまだ棄て足りない。
と煩悶しながら、しかし帰の途は終結、タクシーは滑らかに自宅前に停車。
ラジオからアメリカ人の男の口笛が聞こえる。私が生まれる前の曲。
キィを差しこみドアーノブに手をかけると、傍らに猫。
しゃがみこむ私に、片目の猫は笑って
「粗忽者め。まだ生者の気でいるとはおめでたい」と言った。
然ても。
私はなによりも最初に、命をうち棄てたことを、すっかり忘れていたのでしたとさ。
つんのめって暗転。







Jericoさんが書かれる文章
すごく不思議な感じですね。
すごく印象的な連作の絵とか。
短編の映画をみたような。
光とか影とかがちらちらと踊ってそうな。
唄のように流れていくこの文章、ほんと好きです。
とか、感想とかうまく書けないから、
コメント書くのも、憚られるくらい好きです。
書いてるけど…。(汗)
by shino (2005-11-16 01:44)
>shinoさん
ヮーヮー 過ぎた賛辞です。ありがとうございます。
更新してる時は だいたい酔ってるか眠たいか なので
翌日自分でも意味わかんないことも多々。
ほんと。もっと有用なことを書けるといいんですが。有効な資産運用の話とか。納豆レシピのバリエーションとか。
コメントは気が向いたらいつでも残してってください。私が会社で一人でニヤっと喜びます。
by Jerico (2005-11-17 01:03)